09 彼女達が隠していたこと
※今回は少しショッキングなシーンがあります。
※次回冒頭にあらすじを載せますので、苦手な方は飛ばすようにしてください。
一真は宮殿の廊下を歩く。
歩きながら、王の言ったことを思い返す。
神前戦儀。
各国に与えられた神機とそれに乗る代表者同士による戦闘大会だという。
優勝者には奇跡が与えられる、らしい。
奇跡、その意味通りなんでも願いが叶う。
豊穣も平穏も、奇跡によって与えられ、維持している。
それがこの国を初めとする、この世界の国々だというのだ。
その神前戦儀に、あのロボットに乗って出ろという。
ロボットはかっこいい。
乗って見るのはいい。
神前戦儀で死ぬことはないとも聞くし。
だけど……。
一真は渡された紙の束をめくる。
取り扱い説明書のようなものだった。
武装はない。
飛行能力はない。
特殊な能力はチャクラと気の増幅。
搭乗者と同期しての格闘のみのロボット。
「どうしろというんだ……てかチャクラってなんだチャクラって」
格闘技。
父がまだ戦ってたとき、少しだけ手ほどきを受けた。
少しだけだ。
一真には戦闘経験どころか、格闘技の試合経験すらない。
戦い慣れた対戦相手達に勝てるとは、どうしても思えないのだ。
「だいたい、何も期待されてないのにな」
気の緩みからか、一真は独り言が多くなってしまっている。
神域でずっと王様と話をしてから、一真は神域から続く外で少しだけ神機を動かした。
その後に使用人用の食堂で夕食を取っていた時のこと。
一真の周りではずっと、神前戦儀や神機の噂話で持ちきりだった。
一人でスクスを食べる一真には自然、周りの話が聞こえてしまう。
内容はどれも同じ。
今回はだめだ、諦めよう、がっかりだ。
その類いの話ばかり。
今朝まではどうにも仲間に入れず疎外感を感じていた。
当事者として話が分かるようになったらなったで気が滅入る話ばかり。
一真としてはたまったものではない。
王からは今回の神前戦儀が望みを賭けて期待されてきた、というのは一真も聞いている。
流行病だ。
治すのが難しい病気が、上から下まで流行っていると、王様にも聞いた。
一真だって、なんとかしてやりたいとは思う。
あのロボットに乗って、戦って、勝ち上がれば、その病気だってなくせるのだ。
だが。だが、だ。
あの神機で勝てるか。
王様が乗ってた神機だってミサイルやライフルやら持ってたと聞くのに。
手ぶらだ。
ビームや砲弾をばかすか飛ばしてくる連中に、ピクニック気分で身を晒せというのか。
何度考えても、無理、としか一真には思えなかった。
前回優勝した神機はニーネのフェロフラカン。
腕が4本で散弾銃2丁に長銃(ライフルのことか)2丁で銃弾を撃ちまくり、背中の大砲から上空で分裂する砲弾を撃って降らせてくるような神機だったらしい。
その前はオーグトのハウンズマスター。
飛行砲台を二機分離して、操るのか自立するのか相手を追いかけていろんな方向からビームで襲ったらしい。
その前も、その前も、20ほどさかのぼって、一真は調べるのをやめた。
遠距離が主体の機体がほとんど。
遠距離じゃない機体も、なにがしかの武器を持っていて無手の強い神機はない。
そう結論づけるのに時間は掛からなかった。
ため息一つ。
人の居ない廊下に消える。
王様も、諦めたように、出なくて良いと言った。
勝てるとは思えない。
今の一真に、神前戦儀に出る気力は無かった。
ふいに、
「父さん……」
父を思い出す。
元・格闘家で、一真が小さい頃はテレビの中で戦っていた。
小柄で、横幅のある体格で、大柄な対戦相手を速さ翻弄していた記憶がある。
頭も良かった。
いろんな武術のエッセンスを取り入れた自己流の流派を作って実戦していた。
幼い頃は手ほどきを受けていたが、怪我をしてからは全くだ。
あれから今まで続けていたら、何か対抗出来ただろうか。
一真は頭を振って想像を振り払う。
無理だ。
少しはマシだったかもしれないが、パンチやキックで銃には勝てるわけがない。
「あーあ……」
ぼやきながら、一真は自分に宛がわれた部屋のドアを開け、入る。
部屋の中は暗い。
ドアを閉めて、頭の中で魔術を組み立て、右手の平を上に向けた。
大きく息を吸って、吐いて、呟く。
「《てらすあかり》」
その言葉と同時、右手の平の上に光の玉が現れ、部屋の中が照らされる。
見慣れた部屋に、人影。
「うわあ!」
一真は驚き叫んで、人影が誰かを認める。
「ああ、エルミスか」
ソーラに一番近しい侍女、エルミスだった。
大きなミトンを右手につけて、他の侍女たちと同じ侍女服を着た年頃の娘。
「カズマさん」
エルミスの声は震えていた。
よくよく見れば、目は赤く、目元には泣きはらしたように荒れている。
「え、エルミス!?」
エルミスは一真のベッドに腰掛けていた。
暗い部屋にどれほど居たのかは一真には分からない。
人の気配も感じられないほどに、じっとただそこにエルミスは座っていたのだ。
エルミスが立ち上がる。
「お待ちしておりました」
「お、俺を」
自然に一真が普段使っていた一人称が出てしまった。
宮殿に暮らすとはいえ、普段は礼儀もかねて「私」か「僕」を一真は使っている。
エルミスの顔と、ここに二人きりという事実が一真を動揺させたのだ。
エルミスは数歩、歩いてテーブルの向こうに立った。
「なんで」
「お願いがあって参りました」
「お願い?」
疲れもあるのか、一真の頭は鈍くしか動かない。
オウム返しに聞き返すのが精一杯だった。
「神前戦儀に出てください」
エルミスがいつものように平坦な声で言う。
一真はすぐに返答を言えなかった。
「あ、あー、エルミスも見てただろう。あの神機じゃあ」
「関係ありません。あなたにすがるしかないのです」
目を逸らして言いよどむ一真に、エルミスは言い切る。
「あなたが勝つ以外に、この国に流行る病を止める方法はないのだから」
神前戦儀で優勝すれば、奇跡を起こせると言う。
ならば、流行病も止めることも可能、かもしれない。
王様にも聞いたし、食堂で耳に入ってきたこともそうだ。
それが期待されてきたことなんで、もう一真には理解出来ている
一真は神域で見た、皆の落胆の理由を理解した。
だからといって、一真には勝てるとは想わない。
「だからって、無手では」
エルミスが右手を胸の前に持ち上げ、左手で右手のミトンを持る。
「これを見てください」
そう言うと、エルミスは右手からミトンを外した。
白熱灯程度には明るい一真の魔法による光が、エルミスの右手を照らす。
親指以外、包帯が巻かれていた。
薬指以外の指の包帯には血が滲んでいるのか、赤い色が下から覗いている。
「それは」
これがあのミトンの理由か、と一真は思った。
指の怪我、家事をするのにどれほど大変だったのだろうと、一真は想像しかける。
しかし続くエルミスの行動によって、想像を中断せざるをえなかった。
エルミスは慣れた手つきで、片手で包帯を解き始めたのだ。
「ちょ、っと!」
一真の制止にエルミスは止まらず、包帯を引き解いた。
一真は思わず目を逸らしてしまう。
忌避しているようで失礼だと思ったのは直後だった。
一真は自制心によって目をエルミスに向ける。
エルミスはテーブルの上に右手を置き、金槌を左手に持って自分の右手に振り下ろそうとしていた。
「えっ! まっ!」
一真は手を伸ばして止めようとしたが間に合わない。
金槌は振り下ろされ、硬く鈍い音が響いて、エルミスが叫ぶ。
「ぐ、ふぐぁああああ!」
金槌を取り落として右手を抱え込むようにエルミスはうずくまった。
「な、なんでそんなことを」
一真はエルミスに駆け寄ってエルミスの右手を取り、見る。
エルミスの右手は手首から上が何故かひんやりしている。
エルミスは左手を動かして、右手を一真が見えるようにした。
「なっ!」
一真が見たエルミスの右手は、尋常な怪我ではない。
いや、怪我などしていなかった。
一真の人生に置いて、人の指がそうなっているなど、ありえないことだ。
「な、んだ、これ」
怪我どころではない。
腐っていた。
人差し指と中指と小指が、中程から腐って肉が削げ、骨が見えている。
薬指は根元にほど近いところから欠けていた。
細長い石が割れてかけるように、エルミスの右手薬指は欠けているのだ。
無事な指は親指だけだ。
だが、とうてい無事だとは一真には思えない。
親指の中程から先端までを除き、手の腐っていないところは全て白く変質していた。
一真の指が触れているところも含めて、硬く冷たい。
石のようだった。
心臓を強く鳴らし、一真は恐れを抱きながらエルミスを見る。
「う、ふくっ、ぐぁ」
エルミスは涙をこらえ、歯を食いしばって耐えていた。
「こ、これがっ」
エルミスが口を開く。
右手が痛むのか、声が掠れかけていた。
「ぜくっ、ぜくせりあの! ぐぅううう! ぜっ! ぜきかっ!」
大きく息を吸って、吐く。
息を落ち着けて声を絞り出そうとしている。
「は、速く手当を」
一真が言うと、エルミスは首を素早く横に振って、息を絞り出すように吐き出した。
短い呼吸をしながら、エルミスは一真に訴えようとする。
一真は必死なエルミスに、強く当たれない。
右手の様相と、エルミスの形相によって。
恐れと畏れによって一真の心は折れかけていたのだ。
「ゼクセリアのっ! にっ!
流行るっ! 石化っ、の!
病ぃ、ぐ、がああ!」
言い切って、エルミスは叫んだ。
左手で右腕を押さえ、痛むだろうに振り払って抱え込まない。
エルミスは自らの右手を一真に見せつけるように、一真に押しつける。
「体の、先から! 石になって!
石の先は! ち、血がっ! 行かないの!
で、でも! 痛むの!」
ゼクセリアに流行る石化の病。
体の先端から石になり、石化で阻まれた指は血の巡りが止まる。
そして生きながらに腐り、その痛みが襲う。
一真はそう理解した。
石になるとは比喩ではない。
エルミスが今、自分の指を割って見せたように、真に石になるのだ。
一真はその事に気付き、恐る恐るテーブルの上を見る。
白く、細長く、やや曲がった石がテーブルの上にあった。
石膏で出来た、人の指のように、一真には一瞬、見えたのだ。
すぐに一真はそれがエルミスが今し方割った、エルミスの指だと理解した。
3本の指が腐っていくだけでも相当な痛みだろう。
だというのに。
石になった指を割ったエルミスが今抱えている痛みは、どれほどのものか。
一真には想像もつかない。
「な、なんで」
疑問が漏れた。
エルミスは深い呼吸をして落ち着こうとしている。
「なんでそこまで」
「決まって、います」
痛むだろうに、口調を落ち着かせて、エルミスは言った。
声を荒げず、痛みをこらえるように右手首を左手で強く握っている。
エルミスは侍女だ。ただの侍女の、はずだ。
こんな。
こんな、ここまでの事をするなんて。
一真は思わないようにしていた。
エルミスがここまでするほどの何か。
「姫様の、ためです」
「ソーラ、姫の?」
一真も、最初に思い至って、考えないようにしていたことだった。
「はい」
エルミスは目を逸らす。
「姫が、何を」
一真は否定した。
否定したかったのだ。
ソーラの脚が悪い理由が、こんな残酷なものだとは。
「鈍い、人ですね。
それとも、気付かないように、していましたか?」
エルミスはため息を吐いて、言った。
少々の呆れも混じった声だったが、口角は上がっている。
「いえ、ソーラの、ことを想って。
この痛みが、ないことを、祈ってくれましたね」
「そんな、ことは」
「ですが」
エルミスは左手を一真の顎に添え、自分を見るよう一真の顎に力を入れた。
そして右手の薬指の断面が見えるように、一真に右手を突きつける。
「見なさい」
短い言葉は冷たかった。
「あの子の、足先も、こうです」
※20191122 前回優勝と前々回優勝国が逆でした。修正しました。