始まる
雲ひとつない空の下を、ムツキはダイヤに手を引かれて歩いていた。
「着きましたわ」
ダイヤが立ち止まった。
見上げると、窓に反射した日光が丁度目に刺さった。
手で覆いながら薄目を開けると、灰色の、5階ほどの建物が目の前にあった。
「…ここは?」
「私のお父様が経営してる、トレーニングジムですわ!」
確かに、窓に貼り出されている看板には、「Kurosaki-Gym」と書いてある。
ダイヤに促され中に入ると、ダイヤが受付の女性に声をかけられた。
世間話をしているようだった。時々、受付の女性がこちらを見て黄色い声をあげていた。どのような内容の会話をしているのかおおよそ見当がついた。やはり女の子だな。
5分くらい経ち、ダイヤが戻ってきた。
「お待たせしました」
「知り合いか?」
「小さい頃からの友達ですわ」
「仲、いいんだな」
「えへへ…」
照れている姿も、やはり可愛いな。
しかし、あの受付の女の子もなかなかに綺麗な人だったな。ヨウに紹介してやったら喜ぶだろうか。…いや、あいつはどうせすぐ告白して振られるから、気まずくなるだけだな。あの女の子が可哀想だ。やはり辞めておこう。そんなことをエレベーターに乗りながら考えていた。
3階のランプが点き、アナウンスとともにエレベーターのドアが開いた。同時に、暑苦しい、ムワッとした空気が流れ込んできた。空気が白く濁って見えた。
3階には、ビルの外見よりも広々とした空間が広がっていた。ダイヤは、このビル全てがトレーニング施設であり、シャワールームやサウナまであると話していた。隣接しているプールもジムの一部なんだそうだ。
「今日から入隊試験まで、私がムツキさんのトレーニングのお手伝いをいたしますわ!」
いつまにか着替えていたダイヤは、上下に「Kurosaki-Gym」のロゴが入ったジャージに、やはり白衣を羽織っていた。
「こう見えて私、アスリート達のトレーナーをしていたこともありますのよ!あなた達の体のことは熟知してますわ」
自信に満ち溢れた表情をしている。
そういえば、ダイヤはミラクリオンの研究をしているのだったか。
特訓をするなら、彼女以上のトレーナーはいないな。
「そうか、それは頼もしいな。でも、いいのか?俺のために、君の貴重な時間を…」
「ムツキさんためだから、ですわ!私、貴方のためなら何も惜しみませんわ!」
「そう言われると照れるな。ありがとう、ダイヤ」
「えへへ…そうと決まれば、まずはアレに座ってくださいませ!」
ダイヤが指した先にあったのは、1つの椅子だった。だが、普通の椅子ではなかった。その椅子からは無数の管が伸びており、その先は妙な機械につながっていた。また、その椅子の上にはボウルのようなものが置いてあり、そこにも、やはり無数の管が繋がっていた。そう、電気椅子というものに酷似していた。
「だ、ダイヤさん…これは…?」
恐る恐る質問すると、ダイヤはよくぞ聞いてくれましたとばかりに、説明を始めた。
「それは、私が開発した『魔力量測定器』ですわ。ムツキさんたちミラクリオンの脳内にある『魔力庫』の容量を、X線等を使って計測する機械ですわ。しかもマッサージ機能付きですわ」
「魔力庫…?」
「そう、魔力庫ですわ。ミラクリオンの脳内にある魔力庫には、奇跡を使うのに必要な、『魔力』と呼ばれるエネルギーのようなものが蓄積されますわ。そのエネルギーが『魔力管』を通って、奇跡に変換されるのですわ」
「なるほど…。ということは、その魔力測定器を使って、俺が今、どれくらいの強さの奇跡をどれくらいの量使えるかを調べる、ということか」
「そうですわ!ムツキさん、天才!」
「いやぁ、君の説明が上手すぎるからだよ。もはや君にできないことはないな」
ムツキの言葉に、ダイヤが照れたように鼻の下を人差し指で擦る。
ムツキは言われた通り椅子に座り、ボウルのような装置を頭に被せた。
数十秒後、機械音が途絶え、代わりにダイヤの声が聞こえた。
「はい、もういいですわよ」
「ふぅ…どうだった?」
ムツキが振り向くと、どこか気まずそうな顔をしたダイヤが立っていた。そんなダイヤの手には一枚の紙が握られており、黙ったままそれを差し出した。
「この、2.3というのは?」
「脳全体のうち、魔力庫が占める割合を%で表したものですわ」
「なるほど…これってすごいのか?」
「平均は…およそ5%だと言われていますわ…」
「半分…以下…!?」
「げ、元気出してください!これから大きくなることだって、無いこともないですわ!」
項垂れていたムツキは、励ましの言葉に顔を上げた。
「それに、こんな数値、たくさんある指標の、ただのひとつに過ぎませんわ!努力と工夫次第でどうにでもなりますわよ!」
「そうなのか…ダイヤ、君は励ましの天才だな。それなら俺にもまだ希望があるということだな」
楽天的なムツキの言葉に、ダイヤの口調がやや厳しくなる。
「ただし、相応の努力が必要になりますわ。恐らく、試験までのおよそ1ヶ月間、血反吐を吐くほどの努力をしなければ、銀河さんの足元にも及びませんわ。ムツキさんに、その試験を乗り越える覚悟があるのであれば、私も全力を尽くして貴方のトレーナーを致しますわ!」
彼女からかつてないほどの気迫を感じた。
そうか、君はこんなにも、俺のことを想ってくれているのか。それならば、俺も君の期待に応えたい。いや、応えなければいけない。
「よろしくお願いします!!」
外からは蝉の鳴き声が絶え間なく聞こえていた。
俺とダイヤの特訓の日々は始まった。
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