# 第一話 ダンジョンマスター、遊園地に生まれる。
暗闇だった。
何もない。
上も下も分からない。
時間の感覚すら曖昧な場所で、私はぼんやりと漂っていた。
……私は。
私は?
その瞬間だった。
視界が弾けるように開いた。
ガシャリ、と。
何かの部品が噛み合うような音とともに、意識が現実へと引き戻される。
「……アレ?」
声が出た。
自分でも驚いた。
私は声を出せるらしい。
それどころか、考えることもできる。
目も見える。
耳も聞こえる。
体も動く。
だが――。
「私、誰?」
知らなかった。
自分が何なのか。
何故ここにいるのか。
何をしていたのか。
何一つ分からない。
知識はある。
言葉も分かる。
重力も分かる。
空も地面も分かる。
でも、自分だけが分からない。
「ナンダコレ……」
私はゆっくりと立ち上がった。
関節がかちり、と鳴る。
腕を見る。
白い。
陶器のような肌。
手首にも、肘にも、肩にも継ぎ目があった。
人形みたいだ。
いや、私が人形なのだろうか。
「……?」
首を傾げる。
首も小さくカクンと音を立てた。
私は周囲を見回した。
そこは広い瓦礫の山だった。
崩れた建物。
折れた柵。
朽ちたベンチ。
錆びたレール。
倒れたアーチ状の巨大な看板。
かつて入口だったのだろう。
文字は消え、色だけがかろうじて残っている。
どこか寂しい場所だった。
風が吹くたび、遠くで金属が軋む音が聞こえる。
「ここ……どこ?」
分からない。
だが何故だろう。
見たこともない景色なのに。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
懐かしいような。
寂しいような。
そんな感覚。
私は歩き始めた。
瓦礫の間を抜ける。
崩れた建物の骨組みを越える。
すると。
「あ」
見つけた。
瓦礫の中心。
まるでそこだけが守られていたように。
青白い結晶が埋まっていた。
人の頭ほどの大きさ。
内部で淡い光が揺れている。
「キレイ」
思わず呟く。
その瞬間。
何故か確信した。
これは重要だ。
とても重要だ。
理由は分からない。
だが分かる。
変な話だった。
私は結晶に近づく。
そして。
そっと手を伸ばした。
触れる。
瞬間。
世界が止まった。
『認証確認』
声。
いや違う。
頭の中へ直接流れ込んでくる。
『ダンジョンコア認証』
『ダンジョンマスター認証』
『個体名未設定』
『初期教育開始』
「エッ」
待って。
何?
質問する暇もなかった。
情報が雪崩のように流れ込んでくる。
『あなたはダンジョンの管理個体「ダンジョンマスター」である』
『ダンジョンは知的生命体から向けられる感情をエネルギーとして利用する』
『感情は恐怖、興味、憧れ、信仰、尊敬、娯楽など多様な形態を取る』
『エネルギーを用いてモンスターの生成、物質の複製、構造物の建設、環境改変が可能』
『物体をコアへ吸収することでモンスターの素材とすることが可能』
『召喚命令により生成済みモンスターを呼び出せる』
『ダンジョン機能起動完了』
『初期教育終了』
そして。
沈黙。
完全な沈黙だった。
「…………」
私は固まった。
「…………エ?」
頭の中を整理する。
整理する。
整理する。
「私、ダンジョン?」
答えない。
「マスター?」
答えない。
「管理個体?」
答えない。
コアは無言だった。
「オーイ?」
沈黙。
「質問いいですカ?」
沈黙。
「お客様センターは?」
沈黙。
「ナイんですネ……」
私はがっくりとうなだれた。
説明書だけ渡して担当者が帰ったような気分だった。
「エット……」
とりあえず整理する。
私はダンジョンマスターらしい。
感情をエネルギーにするらしい。
モンスターを作れるらしい。
建物も作れるらしい。
「ソレデ?」
その先がない。
何をすればいいのだろう。
侵略?
支配?
世界征服?
どれも不思議なくらい興味が湧かなかった。
「困りましたネ……」
私は瓦礫の上に腰を下ろした。
風が吹く。
静かだった。
何もない。
誰もいない。
――誰もいない。
その時だった。
胸の奥で何かが引っかかった。
「……誰も」
誰もいない。
それは何故だろう。
とても嫌だった。
私は周囲を見回した。
崩れた観覧車。
止まったままのメリーゴーランド。
割れたチケット売り場。
色あせた案内板。
誰も乗らない遊具。
誰も歩かない広場。
誰も笑わない場所。
違う。
こんなのは違う。
もっと。
もっと――。
賑やかで。
明るくて。
音楽が流れていて。
笑い声があって。
走り回る子供がいて。
写真を撮る人がいて。
拍手があって。
歓声があって。
楽しそうで。
そういう場所。
そういう場所でなければならない。
「……あ」
言葉が自然に出た。
「遊園地」
そうだ。
遊園地だ。
何故かは分からない。
記憶はない。
だが、それだけは確信できた。
「遊園地を作らなきゃ」
立ち上がる。
胸が高鳴る。
楽しくなる。
ワクワクする。
何も始まっていないのに。
「ソウですヨ」
私は笑った。
初めて。
心から。
「遊園地を作りましょう」
侵略?
知らない。
支配?
興味ない。
世界征服?
後回しでいい。
まずは遊園地だ。
最高の遊園地。
世界一面白くて。
世界一賑やかで。
世界一楽しい場所。
「ヨシ」
私はコアの前に立った。
瓦礫。
壊れた遊具。
ゴミ。
残骸。
幸い、材料には困らない。
「試してみますカ」
しぼんだ風船。
スマートスピーカーらしき残骸。
それらをコアへ近づける。
青い光が伸びた。
物体が粒子となり吸い込まれていく。
「オオー」
『素材登録完了』
久しぶりにシステムが喋った。
「召喚?」
試しに言ってみる。
すると。
光の渦が生まれた。
そして。
ぽこん。
風船のような何かが現れた。
丸い顔。
ふわふわ浮いている。
「初期設定完了!」
いきなり喋った。
「ワア」
「管理対象確認!」
「オオ」
「マスター未登録!」
「ナルホド」
「お名前を入力してください!」
「ナルホド?」
私は少し考える。
コアを見る。
淡いシアン色。
そして看板を見る。
色あせた青白い色。
文字は読めない。
だが不思議と目を引いた。
「シアン」
口に出す。
しっくり来た。
「ペール」
それもしっくり来た。
「私は――シアン・ペールです」
「こんにちはシアンマスター!」
風船が元気よく返事をした。
私は少し嬉しくなった。
「相手にも名前は必要ですネ」
スマートスピーカー。
風船。
案内。
「アナタは、アドバイスバルーンです」
「登録完了!」
風船がくるりと回る。
「私はアドバイスバルーンです!」
「そしてシアンマスター!」
「はい?」
「私は何をすればいいですか?」
その質問に。
私は迷わなかった。
「遊園地を作ります」
「おお!」
「最高の遊園地です」
「おおー!」
「人を呼びます」
「おおー!」
「賑やかにします」
「おおー!」
「そして」
私は瓦礫の山を見渡した。
崩れた観覧車。
壊れたゲート。
沈黙した遊具。
誰もいない広場。
それら全部を見て。
宣言する。
「開園準備開始ですヨ」
風が吹いた。
夕日が差し込む。
遊園地跡地に生まれたダンジョンマスター、シアン・ペール。
彼女の野望は世界征服ではない。
ただ一つ。
活気ある遊園地を作ること。
そのための第一歩が、今始まった。




