第79話「正しく見てくれる人」
王立苦情処理局の新たな独立機関としての改組が正式に決定し、王宮全体が未曾有の慌ただしさに包まれる中、エリシアは一人で静かな西側の回廊を歩いていた。
その彼女のもとに、まるで待ち伏せていたかのように、レオンハルト王太子が現れた。
合同査問会で己の無自覚な罪と統治者としての決定的な敗北を突きつけられた彼の顔には、かつての傲慢で華やかな威光はもう微塵も残されていなかった。
彼はエリシアの姿を認めるとまるで重い鎖を引きずるような足取りでゆっくりと歩み寄り、その場に深く頭を下げた。
「私は君を見誤っていたのかもしれない」
「私はただ民に寄り添いたかっただけだ。しかし君がなぜあのように振る舞わなければならなかったのか——今なら少しだけ分かる気がする」
エリシアは静かに受け止めた。
「殿下どうかお顔をお上げください」
「私はもうあの夜の出来事に対して殿下を憎んだり恨んだりするような感情は微塵も持ち合わせてはおりません。失われた時間は決して元には戻りませんし今さら戻す必要もどこにもないのです。私たちはただ見ている世界と守ろうとしたものの形があまりにも違いすぎただけなのでしょう」
エリシアが小さく一礼してその場を立ち去ろうとしたとき、レオンハルトは力なく自嘲の笑みを浮かべた。
彼もまた彼女がすでに自分の手の届かない遥か高みへと登り詰めてしまったことを完全に悟ったのである。
自嘲する彼を残してエリシアは一度も振り返ることなく、光の差す大理石の回廊を静かに歩み去っていった。
レオンハルトと別れ、再び回廊を歩き始めたエリシアの足取りはわずかに重くなっていた。
過去の呪縛から完全に解き放たれたという静かな安堵とともに、これまでずっと彼女の心を支え張り詰めていた見えない緊張の糸が不意に切れてしまったのだ。
大公謁見の間での息詰まるような思想の戦いと巨大な権力に真っ向から立ち向かった果てしない重圧。
さらにディートハルトの悲劇をはじめとする無数の人々の切実な悲鳴を背負い続けた泥臭い日々の記憶。
それらが一気に肉体的な疲労となって彼女の細い肩に重くのしかかってくる。
抱えていた分厚い資料の束が急に鉄の塊のように重く感じられ、彼女のインクで汚れた素手が限界を迎え微かに小刻みに震え始めた。
腕の力が抜け、足元がふらつき、分厚い書類の束が床へと滑り落ちそうになったその瞬間。
横からすっと伸びてきた大きくて無骨な手が崩れかけた書類の端を無言のまましっかりと支え止めた。
驚いて顔を上げるとそこには、いつものように少し気怠げな姿勢で横に並んで歩くユリウスの姿があった。
彼はエリシアの疲労困憊した様子や震える手について大げさに心配するような野暮な言葉は一切口にしない。
ただ彼女が背負いきれなくなった重さの半分を自らの腕で静かに引き受け、歩調を合わせてゆっくりと前へ進み続けるだけであった。
「君は最初から十分に有能だった」
前を向いたままユリウスがふと低い声で呟いた。
「純白の手袋で自分を隠して必死に強がっていた頃からあんたは誰よりも正確にこの国の歪みを見抜いていたよ。しかし今はあの頃よりもずっと強い」
エリシアはその言葉を聞きながら、胸の奥底に静かなものが広がっていくのを感じていた。
かつての彼女は、認められることを求めていた。
王太子に選ばれること。王妃に認められること。正しさを証明すること。
しかし今ユリウスが言ったことは、そういうことではなかった。
この人は——自分が純白の手袋をはめていた頃から、その下を見ようとしていた。
完璧な令嬢としての自分ではなく、論理に酔いしれた傲慢な自分でもなく。
泥にまみれて不格好に壊れた自分を、そのまま見てくれた。
それは称賛ではない。同情でもない。
ただ——正しく見てくれた。
かつての彼女が本当に求めていたのはこれだったのかもしれない。
自分を可哀想なヒロインとして甘やかす者ではなく、自分が泥水にまみれて戦い抜いてきたその不格好な真実の姿を、ただそのまま正しく見てくれる存在。
「行きましょうユリウス。私たちにはまだ拾い上げなければならない無数の声が待っています」
エリシアが微かに微笑みながらそう告げると、ユリウスもまた口元に小さな笑みを浮かべて深く頷いた。
分厚い書類を二人で支え合いながら並んで歩く彼らの背中を、窓から差し込む午後の柔らかな光が優しく包み込んでいる。
過去のすべてを乗り越えた彼女の足取りには、もはやいかなる迷いも孤独な恐怖も存在していなかった。




