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婚約破棄された令嬢は、修道院ではなく王立苦情処理局で真実を拾う  作者: 早野 茂


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第55話「慈善行事の混乱」

レオンハルトと王宮の冷たい大理石の回廊で完全に決別してから、数日の時間が経過していた。

彼との間に横たわる永遠に埋めようのない断絶を再確認し、過去の未練から完全に解放されたエリシアの胸の奥には、奇妙なほど静かで鋭い透明感が広がっていた。

決して苦情の存在を許さない美しくも恐ろしい王宮の暗い深淵に比べれば、今彼女の目の前に広がっている泥と喧騒にまみれた貧民街の広場の方が、はるかに息がしやすく生々しい現実に満ちているように思えた。


本格的な冬の足音が近づく王都は、重く垂れ込めた鉛色の空から冷たいみぞれを執拗に降らせていた。

エリシアは王立苦情処理局の次席補佐として、この過酷な季節を前に貧民街へ物資を配給する慈善行事の現場へ派遣されていた。

荷馬車が泥濘む広場を忙しく行き交い、厚手の防寒着に身を包んだ役人たちが白い息を吐きながら怒声にも似た指示を飛ばしている。

その雑然とした喧騒の中、突如として広場の中央に設けられた特設テントの周辺から、殺気立った群衆の凄まじい怒号と悲鳴が上がり始めた。

人だかりの中心で青ざめ、どうしていいか分からずに呆然と立ち尽くしているのは、次期王太子妃として行事の象徴を務めているミレーユである。


彼女は寒さに震える貧民街の子供たちや老人たちの痛ましい姿を前にして激しく胸を痛め、またしても自らの無邪気な善意から致命的な失言をしてしまったのだ。

「前回の配給が古着の打ち直しになってしまった分、今度こそはすべての家庭に、真新しくて分厚い羊毛の毛布を確実に三枚ずつお配りしますわ」

かつての慈善行事で予算不足を招いた自身の失敗を取り戻そうとする、哀しいほどに純粋で不器用な善意。

しかしその甘く希望に満ちた言葉は瞬く間に広場中を駆け巡り、新しい毛布を求める人々の波が怒涛のように押し寄せて、現場の物資配布の列は完全に崩壊しかけていた。


特設テントの裏に急遽設置された倉庫にある毛布の在庫はすでに底を突きかけており、追加の予算などどこにも組まれてはいない。

暴動一歩手前の群衆を前にして、現場の末端の実務官たちは完全に思考を停止して立ち尽くしていた。

かつてのエリシアであれば、この致命的な愚行を群衆の前で冷徹な論理で糾弾し、彼女を完膚なきまでに叩きのめしていただろう。

だが泥臭い苦情処理局で数々の声なき悲鳴に触れ、誰かを守るための盾の作り方を学んだ今の彼女は、静かに混乱の渦中へと足を踏み入れた。

近衛の騎士たちに的確な指示を飛ばして群衆の圧力を押し留めると、ミレーユと現場の責任者を急造の控室テントへと素早く誘導する。


「ミレーユ様。前回行き渡らなかった分まで彼らを温めたいというお優しいお気持ちは、痛いほどによく分かります」

エリシアは真っ直ぐに彼女を見据え、冷徹だが決して嘲笑を含まない声で事実だけを突きつけた。

「ですが現状の在庫では、ご公言された数の三分の一も賄うことは到底不可能です。もしこのまま無理に毛布の配布を強行すれば、一番遠い区画のさらに弱い立場にある老人たちへ配るはずだった冬の燃料の予算まで完全に削ることになります。あなたの純粋な善意が、彼らを今夜確実に凍え死にさせるのです」

その残酷な現実の連鎖を突きつけられ、ミレーユはハッと息を呑んで血の気のない唇を小刻みに震わせた。

自分の優しさが、見えない誰かを地獄へ突き落とす凶器になりかけていた。その事実に打ちのめされ、彼女の大きな瞳から絶望の涙がポロポロとこぼれ落ちる。

「今ならまだ、代用品として古い軍用の外套を近隣の駐屯地から特別に融通してもらう手続きがギリギリで間に合います。ミレーユ様はどうかこのまま、皆を落ち着かせるためだけに表で微笑んでいてください」

それはただ正しさを振りかざして相手を論破する鋭い剣ではなく、現場の致命的な崩壊を防ぐために泥を被る実務官としての分厚い盾であった。

ミレーユは力なく小さく頷くことしかできなかった。

エリシアはすぐに振り返り、冷え切った素手で羽ペンを強く握って代用品手配のための緊急の書類を狂気じみた速度で書き上げ始める。

かつての自分が最も軽蔑していた泥臭い妥協と帳尻合わせの作業を、彼女は今、誰かの命をつなぐための神聖な実務として全力でこなしていた。

数時間後、エリシアの迅速な手配によって軍の古い外套が広場に大量に到着し、暴動寸前だった群衆の不満はなんとか最悪の事態を免れて静かに収束に向かっていった。


夕闇が王都をすっぽりと包み込み、みぞれがようやく本格的な雨へと変わった頃、広場の撤収作業は泥まみれになりながらも着々と進められていた。

エリシアが本日の最後の監査記録を羊皮紙にまとめ終えて、人気のない薄暗い資材テントの裏手を通りかかった時のことである。

雨の音に混じって、積み上げられた木箱の陰から微かな、ひどく押し殺したような苦しげな泣き声が聞こえてきた。

暗がりの中で一人膝を抱えてうずくまっていたのは、誰の目にも触れない場所で激しく泣き崩れているミレーユであった。

彼女は自分の無力さと、善意が空回りして現場を深刻な危機に陥らせた悔しさと恥ずかしさに耐えきれず、小さな子供のように肩を震わせて泣きじゃくっているのだ。

以前のエリシアであれば、その惨めな涙を感情的で厄介な自己防衛だと冷酷に切り捨てていただろう。

安全な隠れ場所で泣くことしかできない哀れで卑怯な娘だと、心の底から軽蔑の目を向けていたはずだ。

だが今のエリシアは、暗闇で震える彼女のその細い背中からどうしても冷たい目を向けて立ち去ることができなかったのである。


王宮の記録保管室で、あの王妃が体現していた波風を立てないための冷酷な善意の黙殺の底知れぬ恐ろしさを知ってしまったからだ。

それを知った今、ミレーユのこの無知で不器用な熱い善意をただの悪だと一刀両断に切り捨てることはどうしてもできない。

あの完璧で美しい死の静寂よりは、間違えながらでも誰かを救おうともがくこの少女の涙の方が、はるかに人間らしい確かな温度を持っている。

エリシアは暗闇の中で静かに立ち尽くし、自分の鞄の奥にしまってあるあの片方だけの白い手袋の重みをひっそりと思い出していた。

かつての自分は完璧な令嬢という見えない檻の中で感情を殺し、正しさという冷たい剣だけを頼りに一人で生きてきた。

そして目の前で泥にまみれて泣いているこの少女もまた、誰からも愛され優しくあるべきだという目に見えない檻の中で必死にもがき苦しんでいる一人の無力な人間にすぎないのだ。

自分とは全く対極の存在だと思っていたこの感情的で厄介な少女が、今は不思議なほど自分と同じように不条理な世界で傷ついている存在に思えてならない。


エリシアの微かにインクと泥で汚れた素手は、泣きじゃくるミレーユの震える背中へ向かってほんの少しだけ迷うように動いた。

かつてなら絶対にあり得なかった、誰かの痛みに触れようとする不器用な優しさの表れであった。

だが結局その手は彼女に触れることなく、雨を切ってただ力なく静かに下ろされたのである。

今の彼女には、この複雑に絡み合った無知な善意の痛みを慰めてやれるような、都合の良い温かい嘘の言葉を持ち合わせていない。

彼女はただ深く重い溜息を一つ吐き出すと、氷のように冷たい雨の降る王都の暗がりの中へ足音を忍ばせて静かに立ち去っていった。

正しさと善意の中間に横たわる果てしなく泥臭い難しさが、エリシアの胸の奥にこれまでで最も重く、確かな痛みを伴って鋭く突き刺さっていたのである。


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