店のオープン
そして7月28日、いよいよオープン初日を迎えた。
11時半、開店の予定であったが、11時を過ぎると人が並び始めたので、南美が11時10分に店を開くと老夫婦が2組と、3人連れの女子高生が席に着いた。
老夫婦は近所の住人だったが、女子高生は南美の同級生で、彼女が頼んでいた様子で、南美が鉄板に火を入れると、すぐに注文が始まり、修一は慌てたが、南美も厨房に入り、手際よく具材を準備すると、老夫婦の鉄板にそれぞれ具材を敷き、焼き始めた。
「店長、見ていないで早くたこ玉3つ、準備して!」
「あっ、はい、わかった」
そうこうしているうちに次の客が入店すると、修一は頭の中が真っ白になってしまって、あたふたし始めたが、南美の冷静な指示で何とか回り始めた。
12時前には、10個のテーブル全てが埋まってしまい、
最初の老夫婦が
「ごちそうさまでした」といってレジに向かうと、JKのうちの一人が慌ててレジに走り、
「はい、高齢者割引がありますので、お二人で1000円です」と会計を始めた。
修一は慌てたが、次々と襲って来る注文に対応するのが精いっぱいで、
(もうどうにでもなれ、今日は皆サービスでもいいや)とそんなことを思ったが、結局、洗い物やら、かたずけ、下準備も含めて3人のJKに助けられ、2時過ぎに最後の客が出ると彼は厨房で座り込んでしまった。
「みんなありがとう、何人だった?」南美が尋ねると
「うーん、53人、うち学生が22人、見たことない人が12人、だから、町の人が19人かな…… 」
JKの一人が答えると、
「思った以上だったね」南美が厨房に向かって微笑むと
「南美ちゃん、もう駄目だよ、夜は開けないよ、無理だ、死んでしまう」修一はもうぐったりしていた。
「何言ってんのよ、今夜だけはそんなわけにはいかないわよ、30人は準備しているんだから」
「ええっー、そんな…… 」
「何言ってんのよ、段取りが悪すぎるわよ、10人分くらいは、卵を割って、エビ、いか、タコを乗せればいいだけにしておけば…… 」
「そ、そうなの…… 」
「店長、頑張ってよ、私たちのアイスだってあるんだから……」
「ええっ、アイスって何なの?」
「この子たちがアイスの研究をしているのよ、ほぼ完成しているから、店が少し落ち着いたら、機械買って、手作りアイスを売るのよ、最中で挟んで、一個150円、原価は、おそらく20円、だから売り上げの20%、この子たちに払ってあげて…… 」
「ええっ、機械はいくらくらいするの?」
「定価は60万だけど、あの子のお父さんが知り合いのメーカーと交渉してくれ、30万円で話がついているから……」
結局、その夜はバタバタしながらも、何とか35人の客をこなし、待機していたJK3人の手を借りないで閉店を迎えた。
「みんなありがとう、南美ちゃんアルバイト料は?」
「今日はね、アイスの話を祝して、皆、ボランティアでいいって」
「駄目だよ、売り上げ、4人で分けて……!」
「はあー、店長、馬鹿なの! 」
「いや、それだけの価値があるよ」
「あのね、そんなことしていたら、すぐにつぶれてしまうよ。私たちはね、店が続いてくれれば勝算があるのよ。だからさ、ちゃんとプロデューサーの指示に従ってくれる?」
「ええっ、もう、自信ないよ」
「何言ってんのよ、当分は昼だけにして、上手にゲストを使うのよ」
「ええっ」
「店長だって、昔、店に入って自分で焼いていたんでしょ」
「あ、ああ……」
こんな感じでスタートしたのだが、1週間もすると、慣れて来た修一の手際も良くなり、
お昼の30人程度は、何とか南美と二人で乗り切ることができるようになり、自信を持った修一は、義息子の裕也を店に招待した。
連絡を受けた新専務の裕也が、翌日、秘書の中山洋子を伴って、2時過ぎに店にやって来た。
この中山洋子は、修一の退社に伴って自分も辞職しようとしていたのだが、新専務になった裕也からの懸命な説得と、修一からの切望によって、引き続き専務秘書を務めることとなり、喜んで裕也に同行して来たのであった。
「まっ、座ってよ」
「お好み焼き屋ですか…… 驚きですね」裕也が微笑むと
「昔からの夢でね、矢田の家に入る前は、40になったら脱サラして、これをやろうって思っていたんだよ、まっ、今では夢のかけらになってしまったけどね」
「そうですか…… 」
南美はタコ玉を二つ焼きながら、その会話を聞いていたが、なんか複雑な関係がありそうで、口を挟まなかった。
「こちらのお嬢さんが手伝ってくれているのですか?」裕也が尋ねる。
「はい、安藤ファームの南美と言います」彼女が頭を下げると
「手際がいいですね」中山が微笑んだが、
「ありがとうございます」なぜか修一に対する女を感じた南美は、少し愛想が悪く、その様子を気にした修一が
「この子がすべてプロデュースしてくれたんですよ」と和まそうとしたが南美が微笑むことはなかった。
一方、その様子を見ていた中山も
( この子、専務の娘? えっ、そんなことはないでしょ、まさか…… 高校生なんだから、専務が矢田の家に入った頃? それはないか…… と言うことは、援交? 専務に魅かれている? )思いがけないライバルの出現に女の性をのぞかせてしまった。
「店長、私はこれで帰ります、夕方、アイスの打ち合わせに3人と一緒にもう一度きますから……」
事務的な言い方をして、店を後にした南美は心穏やかではなかった。
「中山さん、火花が散ってたね」裕也が楽しそうに話すと、
「勘違いされたみたいですね」中山は眉をひそめたが
「いやいや、子供と言えども、女性なんですね、鋭いよ」
「おいおい、なに訳の分かんないこと話してんだよ」修一にはわけがわからなかった。
しばらく沈黙があった。
「お義父さん、ここで店をやりたいだけなら、離婚しなくてもいいんじゃないですか、自分のやりたいようにやればいいじゃないですか……」ふと魔がさした裕也が説得にかかろうとしたが
「いや、気持ちはうれしいんだけど、もう矢田の姓を名乗る意味が分からないんだ、ここからは一人で生きていきたいんだ、ごめんよ」穏やかではあるが、その決意が十分に伝わってくる。
「そうですか…… でも、母さんには理解できないと思いますよ」
「そうか…… 」
「それに、まさか、この店一本で食べていけると思っているわけじゃないでしょ、世間体だってありますからね、矢田の家が無一文で追い出したなんて、そんな話は嫌ですよ」
「気持ちはうれしいけど…… 矢田の家のものをいただくわけにはいかないよ」
「何言ってんですか、お義父さんが守って来たものじゃないですか、別れるにしても、このままじゃ困りますよ。恥ずかしくないだけのことはさせていただかないと、社員だって納得しないですよ。未だに崇拝者が多いんですから…… 」
「うーん、どうしたらいい?」
「別れるにしても別れないにしても、役員としては、残っていただいて、毎月、困らないだけのものは支払わせてください。それにもし、別れるとなれば、それ相当のものは用意します」
「ふーむ、でも、困らないだけのものは持っているんだけどね」
「そこじゃなくて、矢田の立場ですよ、お義父さんの気持ちはわかりますよ。でも、矢田の立場を考えてくださいよ。そこはわかっていただけるでしょ。だから離婚の話は別にして、とりあえず役員の辞職は認めるわけにはいかないので…… それにね、もし新しい一歩の中に女性でもかかわってくれば、それなりのものがいるでしょ」
「はははっ、裕也君、私は45だよ、今更、女性はないだろ」
「でもね、45なんて、まだまだ若いですよ」
「そうですよ、私だって手を上げますよ」
「中山さん、からかわないでよ」
「まっ、お義父さん、役員会は欠席続きでかまわないです。母さんとのことは時間をかけて解決していきましょうよ」
「うん、わかった。ありがとう」修一は、義息子は理解してくれるだろうと思ってはいたが、それでも目の前で微笑んでくれるととてもうれしかった。
「それにしても、さっきのお嬢さん、なんとなくお義父さんに似ていたような気がしますけど、隠し子じゃないですよね」裕也が微笑むと
「はははっはは、あの子は高校2年生、今年には17歳になるんだよ。もしあの子が私の娘だとしたら、私は身重の女性を捨てて、由紀子と一緒になったことになるんだよ、いくら私が馬鹿でもそんなことはしないよ」
「まっ、そうか…… そりゃそうですよね」
そして、帰り際、修一が、義息子に一枚のメモを差し出しながら
「実のお父さんの住所だ」と耳元で囁くと
「えっ、まさか、そんなことがあるから…… 」義息子は目を見開いたが
「いや、それは誓って関係ない。ただ、君とは血の繋がった人だ、人間、誰しも間違いはある。由紀子がどうあろうと、君は一度会ってみるべきだと思うよ」修一が穏やかな目を向けると
「……」義息子は唇を噛み締めて目を伏せた。
修一は、由紀子との結婚を前に、義父から由紀子の前夫、義息子、裕也の実父が家を出たいきさつを聞いていた。
学生時代から大恋愛の後、結婚した二人だったが、前夫は、一度だけ、秘書と過ちを犯してしまい、由紀子に問い詰められた彼は、そのまま家を出てしまった。彼女は決して離婚まで考えていたわけではないが、初めての裏切りに我を失って夫を罵倒してしまい、夫が家を出た後、後悔したが、それでも女のプライドが、夫を捜すことを許さず、離婚届に印をついてしまった。
「裕也君、君が真実を知っているのかどうかは知らない。でも君が許せても許せなくても、一度は会ってみるべきだと思うよ。父親としての私の最後の言葉だと思ってくれないか…… 」修一が諭すように話すと
「考えてみます」裕也は目で頷いた。
そしてその日の夕方、南美とアイスを作りたいという3人のJKに加えて、南美たち4人が所属する秀麗高校料理研究部の顧問で、高校の理事長の娘、大和葵と名乗る教師がやって来た。
「この子たちの話を聞いて驚いています。まさに私が教育の中に取り入れたいと考えているインターンシップです。それも単なる経常業務の研修だけでなく、自分たちで考えたことを実践させていただけると伺って、もう感激しています」
大和が感嘆の声を上げると
「はあー、」意味の分からない修一は眉をひそめたが
「店長、公にはなかなか認められないことです。でも、とても大切とな経験だと思っています。学校への責任はすべて私がとりますが、本当にこの子たちの言うようなことがやらせていただけるのですか?」
「え、ええ…… 」
「この子たちが考案したアイスを本当に売らせていただけるのですか?」
「ええっ、そ、それはプロデューサーの南美ちゃん、いや安藤さんが計画しているんですから、やりますよ。器械だって購入しているんですから…… 」
こんな話の後、翌日から販売を始めたアイスは、飛ぶような勢いで売れ、慌てた南美は、表に、
【アイスの持ち帰りを希望される方は、保冷バックをご用意ください】と張り紙を出したが、これがまた宣伝になってしまい、アイスだけを購入に来る人も増え、一ヶ月で1000個近くが売れ、南美たちの笑顔は絶えなかった。
結局、8月の売り上げは、お好み焼きが51万円、利益32万円、アイスが15万円、売り上げの20%を支払い、原価を差し引くと、利益が10万円、合計、42万円の利益から諸経費を差し引くと
純利益は39万円となった。
この1/3を南美に支払うと、修一の収入は26万円ということになったが、彼は赤字にならなかっただけでもありがたいと思っていた。
アイスの売り上げ20%、3万円は、料理研究部の今後の活動費に充てるらしいが、プロデュース料10万円と、利益の1/3、13万円の合わせて23万円を差し出された南美は躊躇した。
「店長、これは受け取れないよ。私ね、大学に行きたいの、だけどお金がなくて…… だからさ、これは店長のところでストックして、私が大学に行く時に、私に貸して…… 社会人になったら必ず返すから…… 」
「ええっー、だけど南美ちゃんが大学に行くまでもたないかもしれないよ」修一が微笑むと
「その時はその時よ、付属の大学に行けってことよ」
「えっ、付属だとお金はいらないの?」
「うん、付属だと授業料は全額免除なんだけど、大学院に進んだ後、大学に残るか、高校に帰って教師になるか、いずれにしても秀麗に束縛されることになるのよ」
「なるほどね…… お金がたまらなければその秀麗に行けっていうことなの?」
「そういうことよ」
「だけど、なんかすごい考え方するね」
「まあね、ひいおばあちゃんの口癖だったのよ、人生は流れるように流れていくって…… 」
「ふうーん、そうか…… 」
(たとえ自分がどんなに願っても、進めない道がある。望んでもいないのに進んでしまう道もある。
まさに俺の人生か…… )
修一もその通りだと思った。




