不思議な少女
静岡でマンスリーマンションを契約した修一は、家族には内緒で購入していた物件の前に立っていた。
かつて静岡支社に来るたびに気になって仕方のなかった物件で、半年前に彼はこれを購入していた。
以前はレストランだったらしく、200坪の土地に、約100坪の駐車場、店舗は30坪ほどで、裏に30坪ほどの総2階の住居が併設されていた。
彼は直ちに知り合いの業者を呼んで内装工事に取り掛かったのだが、外壁をどうしようかと考えながら建物の全景を見つめていた時だった。
「おじさん、ここ、おじさんが直しているんですか? 」突然、通りすがりの女子高生に尋ねられ
「えっ、直しているのは大工さんで、私はお金を出しているだけですよ」と修一が微笑むと
「おじさん、なかなかやるけど面白くないですよ」彼女が顔をしかめた。
「あっ、ごめん、ごめん」修一が謝ると
「この辺りで商売するんだったら、私に断って欲しいんだけど……」彼女が修一に向かって口を尖らせた。
「えっ、この辺りを仕切っているの?」
「まっ、そんな所ね、ここは何の商売をやっても上手くいかないのよ。中学の頃から見ているけど、すぐにつぶれてしまうのよ」
彼女は腕組をして眉をひそめた。
( あれ、誰かに似てるな…… )修一はふとそんなことを思ったが
「へえー、よく知っているんだ」関心を装った。
「そりゃそうよ、私に相談すればつぶれなくても済むのに、私の言うことに耳を貸さないからよ」
「へえー、じゃあ、今後はいろいろと相談に乗ってよ」
「いいわよ、その代わり、オープンしたら私を雇うのよ」言葉は上からだったが、威圧感も嫌味もなくて、
「ええ、その程度のことでいいの? 」うれしくなった修一は付き合ってしまった。
「まあ、プロデュース料もいただくけどね。だけどいったい何のお店をやるのよ?」彼女が眉を曇らせると
「はははっ、お好み焼きだよ」修一はつい笑ってしまった。
「おおっ! それはいいよ、うん、なかなかいい、私がちゃんと教えてあげるから大丈夫だよ」
急に声が明るくなった彼女に
「そりゃ助かるよ、ありがとう」
なぜか修一はとてもうれしかった。
なんか、可愛い顔してんのに面白い子だな、修一はそんな印象を持った。
その翌日から、毎日のようにやって来たその娘は、安藤ファームの娘で南美と名乗った。
建物改修の完了を1ヶ月後に控えているのに何も決まっていないことに驚いた南美は、世話女房のようにおせっかいを焼き、メニュー、値段に加え、細々としたことを決めていった。
「最初はね、イカ玉と、タコ玉と、エビ玉、それからイカ焼きそばだけでスタートするのよ」
「ええっ、肉玉はいらないの?」修一が驚くと
「肉玉はね、素人には難しいし、私は肉が嫌いなのよ」少女が眉をひそめたが誰かに似ている。
「へえー、奇遇だね、おじさんも肉が嫌いなんだよ」
「じゃ、決まりね、表に【肉は使いません】っていう看板だすから…… 」
「ええっー、そんなことまでしてくれるの? 」
「もちろんよ、イカ、エビ、タコの仕入れ先はもう母さんに頼んでいるから…… 」
「そ、そりゃ助かる」
「それからキャベツは安藤ファームから仕入れるから」
「ふーん、でも、ネットで調べたら、安藤ファームのキャベツってすごいね。予約でいっぱいらしいじゃないの、値段も高いんでしょ」
「うん、だいたい1個300円かな」
「それって高いの?」
「まあ、普通だったら、高くても200円だから……」
「へえー、いいキャベツなんだ」
「だけどさ、そこは上手くやるのよ」
「えっ、南美ちゃんのコネで安く買えるの?」
「そんなわけ、ないっしょ、B級品を使うのよ」
「それ、何なの?」
「あのさー、形が少し悪かったり、少し傷ができたりしている物は出荷しないで処分するのよ。だから安藤ファームのブランドがあるのよ」
「なるほどねー」
「今まで、B級品は出したことないから、母さんを説得するのが大変だったのよ」
「へえー」
「安藤のキャベツだということは口外しないことを条件に納得させたのよ」
彼女は「私のおかげよ」と言わんばかりだった。
「そりゃ、感謝するよ、ありがとう」
「だけど、すべて私がプロデュースするんだから、今後の利益の2分の1は私に支払うのよ」
修一がいい人だと感じている南美は言いたい放題だった。
「ええっ、ちょっと待ってよ。上がりの上前を撥ねるって、昔のやくざみたいだね」
「何言ってんのよ、母さんがいつかお好み焼きの店をやりたいっていうから、私なりにずっーと調べて考えてきたのよ。それを教えるんだから利益の2分の1よ」
本気で話していない南美は流れで話し続けたが
「そこは、せめて利益の3分の1にしてよ」
お金のことなどあまり気にしていない修一が応えると
(えっ、このおっさん、本当に払うつもりなの…… )
南美は慌てたが
「ええっ、だったらプロデュース料は別に20万円いただくわよ」
思いつくまま言葉を続けると
「まっ、それは成果にもよるけど10万円にしてよ」
(は、払うんかい!)南美は驚いてしまった。
「小父さんさー、脱サラして勝負かけてんのに、何か気合が感じられないんだけど、どういうことなのよ? 商売をなめてんの……!」
「い、いや、そんなことはないんだけど、まあ、ぼちぼちでいいかなって…… 南美ちゃんが頑張ってくれているし…… 」
「はあー、やる気あんの? だいたい完成後にはすぐにオープンしないと駄目でしょ! 」
「えっ、そ、そういうものなの? 」
「もう…… 母さんに聞いたら、調理師の免許だっているし、保健所の検査だって受けないと駄目らしいよ、そんなことわかってんの?」
「うん、それは大丈夫、免許は持っているし、保健所の方も業者がやってくれるらしいから……」
「まっ、それならいいけど、なんか、勝負かけてるっていうより、道楽でやってるみたいな感じね」
「はははっはは、まっ、そう言われてみればそうかもしれないね」
話はいつもテンポよく進んだ。
そして、鉄板テーブルがセットされると、
「おじさん、焼いてみて!」南美は自らが調合したグザイを差し出した。
「とりあえずタコ玉ね、タコは練りこんであるから…… 」
「ええっー、タコは上に乗せないの?」
「本当に素人ね、上に乗せると片面だけが固くなって、おいしくないのよ、それよりも練りこんで、タコ焼きを食べるような感覚の方がいいのよ」
「なるほどね……」
学生時代、下宿近くの店へ行っては、自分で焼いていた修一は器用なこともあって、あっという間に焼き上げてしまった。
「まあまあね、店をやりたいっていうだけのことはあるわね。次は焼きそばよ」
「わかった」
修一がキャベツをつかもうとすると
「だめ! 麺が先よ、これ、特製の生めんを今日ゆでたものなのよ、まずラードを薄く引いて、先に面を炒めるの」言い方が教師のようだった。
「わ、わかった」
「小手の使い方は上手ね、」
「そうだろ?」
「あっ、麺を炒めながらイカを焼いて」
こんな感じで指導を受けた修一は、楽しくて仕方なかった。
「おじさん、ところでいつ開店するつもりなのよ」
「えっ、この土曜日ぐらいに開店しようかって思ってるんだけど……」
「ええっ、大丈夫なの? お客がわっと来たらどうすんのよ」南美が目を見開いたが
「大丈夫だよ、そんなに来ないって…… 」修一は、まあ来ても5人くらいだろう思っていた。
「おじさん、なめてもらったら困るわよ、安藤ファームの南美ちゃんがプロデュースしてんのよ、私が開店日を口にすれば、30人は来るわよ」
「さ、30人!」
「だいたい、注文受けて、誰が準備して、誰が焼いて、誰が清算するのよ。二人じゃできないわよ。私が注文受けて、おじさんが厨房で準備して、私が焼いて…… あれっ、まあどうにかなるか……」
「おいおい、でも30人も来たらパンクしちゃうよ」
「あのね、私が夏休みの間はいいけど、学校に行きだしたら、土日しか手伝えないよ、そこも考えてよ」南美が眉をひそめたが
「ええっー、まあ、忙しくなったら、店閉めるよ」修一は安気に考えていた。
「かあっー、何なのよ」




