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嫌われ王女は辺境の地でたくましく生きていくしかないようです

 ミッションインポッシブル的な事件から三ヵ月後。

 私はトーリ様とハトゥーシャの王都に向かっていました。

 リーナ様と陛下の結婚式に出席するためです。

 エルザちゃんの背中でカッポカッポと揺られて前を行くのはトーリ様で、私は馬車に乗っています。

 御者はヒュージェットさんで。

 隣りにはユーグさんが騎馬で並んでいます。

 馬車の後ろにはハトゥーシャの親衛隊が従います。


 私が馬車なのは、下宿を引き払ったからなのでした。

 でも荷物はトランク一つとお手軽な引っ越しです。

 食堂の看板娘の退職に町のみんなは随分と悲しがってくれました。


 体に気をつけて

 いつでも戻っておいで

 リナちゃんのことは忘れないよ


 食堂のおじさん、おばさん、大家さん、パン屋のおじさん……

 短い間でしたがお世話になりました……


 陛下が迎えに寄越してくださった馬車はとてもゴージャスで、食堂の娘が乗るにはもったいない限りです。

 できればヒュージェットさんに馬車に乗っていただきたいくらいです。

 私、御者くらいお茶の子さいさいですもの。

 それに、ヒュージェットさんは何と言ってもお年寄り……ゲフンゲフン

 窓を開けると埃っぽいですわね。


 当然のことながら私の希望は却下されてしまい、大人しく古ぼけたトランクとともに馬車に揺られているのですわ。

 陛下は私が結婚式に出席するのをとても楽しみにしていてくださるのだとか。

 きっとリーナ様が良いことばかり伝えて下さったのでしょう。

 若しくは私を恋のキューピットか何かのように勘違いして下さっているのかもしれません。


 私……

 そんなにイイ人ではありませんから……


 ガスパールを離れ、ハトゥーシャの宮殿を出て、影さんの教えてくれた町に住んで感じたこと。


 やっぱり私は一人なんだなあ、ということでした。

 ダラハーの町での暮らしは大変でしたが今思えば楽しい日々でした。

 とにかくトーリ様を幸せにする

 それだけを考えていましたもの。

 そしてハトゥーシャでの慌ただしい時間。


 なぜダラハーに戻らなかったのか。

 なぜトーリ様を訪ねなかったのか。


 いいえ、いいえ……


 なぜ一人になりたかったのか


 私の居場所はここではない


 そう思ったからなのでした。

 元の世界に帰りたいとか、この世界が嫌になったとか、そういうコトではないのです。

 望んで来た場所ではありませんが、元の世界では知ることが出来なかった自分というものを知ることができたのは良かったことと思います。


「ふう……」

「利衣奈様? 少し休憩を取りましょうか?」


 ユーグさんが心配そうに声をかけてきました。

「大丈夫ですよ、ユーグさん。いつも動き回っていたから、こんなに大人しくしているのは久し振りなんです」

「そうですか。それでももう少し行けば宿場に着きます。一休みすることにしましょう」


 あっという間にユーグさんの乗った馬はトーリ様のところへ駆けて行きます。

 何だか不思議な光景でした。

 国交もなかったガスパールとハトゥーシャの若者がクツワを並べているのです。

 二人の向こうには異世界の風景が広がっています。


 なだらかな曲線を描く丘、ざわめく樹々の葉、遠くできらきら光る川面……


 私はここでどういう風に生きていけばいいのでしょう……


 思わず涙がこぼれそうになりました。

 感傷とでも言えばいいのでしょうか。

 トーリ様がいる……

 リーナ様がいる……

 ダラハーのみんながいる……


 それなのに?

 燃え尽き症候群にでもなってしまったのかしらね……




 ふわふわ浮遊しているような奇妙な感覚はハトゥーシャに入ってからも続きました。

 トーリ様が気づき、ヒュージェットさんに心配をさせます。

 宮殿に着いてからはリーナ様まで巻き込んでしまいました。


 リーナ様は仰います。

 ここはリーナ様のお部屋です。

 もっとも扉の向こうは陛下のお部屋なのですが。

 侍女に用意させたお茶とお菓子を間に、リーナ様は白く細い指で私の手を握りました。


「利衣奈……私の代わりにマリッジブルーになったのではなくて?」

「はい?」

「それもこれもあのニブチンのトーリのせいなのでしょう?」

「いえ、あの……」

「私はね、利衣奈にも幸せになってもらいたいの。利衣奈と入れ替わって召喚されてしまったけど、私は感謝しているのよ?」

「リーナ様……」

「ガスパールにいたのでは陛下と出会うことは叶わなかったもの」

「……」

「それに第六王女なんてどこへ嫁がされていたか……あの聖女召喚がなかったらと思うとゾッとするわ。陛下も大概ニブチンでしたが、それでもちゃんとプロポーズをしてくれました。でもトーリは」

「違うんです、リーナ様!」

「利衣奈?」

「これは……トーリ様とは関係ない、私の気持ちの問題なんです!」

「利衣奈……」



 私は気の小さい女です。今は晴れていても一時間後には雨が降り出すかもしれません。友達だっていつマウンティングしてくるかわかりません。もちろん、自分に自信なんかありません。目立たないように、周囲に溶け込むように慎重に、慎重に暮らしてきました。

 十七年の間、ずっとそうやってきたんです。


 でも、こちらの世界に来てしまった。

 おまけにリーナ様という王女さまの姿を借りて。

 その姿があったから頑張れたんです。

 その姿のおかげで本当の利衣奈では絶対に出来なかったコトでさえできた……


 その姿を失くし、元の冴えない女では……

 トーリ様があの街まで来てくださったのは、嬉しかったんです。

 これは本当。

 エルザちゃんに乗せられて死ぬ思いをしたのも良い思い出。

 トーリ様の剣を持って戦う姿を見ることが出来たのも良い思い出。

 手品のようにパイや焼き菓子を売っていたのもカッコ良かった……



 でも、どうしたというのかしらね……



「ね、利衣奈!」

「はい、リーナ様……」

「ちょっとこれを見てちょうだい」


 言いながら、リーナ様はチェストの引き出しを開けます。

 中から出てきたのは……


 制服!

 スマホ!

 カバン!


 ああ、懐かしい……

 思えばこの恰好で召喚されるはずだったのです。

 冴えない女子高生のまま……


 カバンの中の生徒手帳を開きます。

 黒髪に黒い瞳の私がこちらをにらんでいます。


「なんてぶちゃいくなのかしら……」

「今の利衣奈とは全然違うわね!」

「……基本は変わっていませんよ、リーナ様……」


 教科書よりもたくさん入っている少女小説やコミックを見ていると何だかんだ言っても楽しかったんだろうと思えるのです。

 スマホは、今は真っ暗の画面ですけど、俳優「杉坂トーリ」のブログチェックが生き甲斐でした……


 なんて可愛い私……


 何も知らなくて何も考えることなくて、それ相応の悩みはあったのでしょうが、とりあえずあっけらかんと暮らしていたのです。

 でも異世界での生活は私をとっても大人にしてしまったようです。

 これは喜ぶべき成長なのでしょうか。

 とても大事なものを失くしたと、悲しむべきことなのでしょうか。


 制服やスマホを見て、私は元気が出ないワケが何となくわかったような気がしました。

 私は……自分がどこにいたらいいのかわからなくなっていたんだと思うんです。

 自分探し、とでも言うのでしょうか。


 黙りこくってしまった私に困ったのでしょう、リーナ様が仰いました。

「ね、利衣奈、制服を着てみせてちょうだい」

「制服ですか……」


 聖女様が着ていたものなので、洗濯をしてきちんと保管してあったようです。

 ブラウス、リボンタイ、ハイソックス、次々と身につけていき、スマホをポケットに入れ、カバンを提げ、ローファーに足を入れました。


「へんしーん!」


 リーナ様を励まそうとちょっとお道化てみせました。

「利衣奈、可愛いわ! とっても似合っていてよ!」


 リーナ様も喜んでくださいます。

「ねね! 利衣奈のいた世界のことを聞かせてちょうだい!」


 そう言ってリーナ様は大きな長椅子に腰掛けると、隣りをポンポンと手で叩いて見せたのでした。


 ガールズトークは終わりを知りません。

 それにリーナ様の合いの手が絶妙のタイミングで入ります。

 その内、私は夢中になって自分の世界のことを語っていました。



「お話が弾んでいるね」


 そう言って顔を出されたのは陛下です。

 碧の瞳が優し気に細められます。

「でも、そろそろ晩餐会が始まるよ? 支度をしないとね、リーナ? 侍女たちが困っている」


 陛下はリーナ様のことは侍女任せにしたりなどなさいません。

 ドレスのことはご存知ないでしょうが、今のように会話はとても大切になさいます。

 ユーグさんに言わせれば単なる嫉妬、執着だと言うことですが。


 陛下の後から、ドレスや小物を持った侍女たちが部屋に入って来たので、私も客間へ引き上げようと長椅子から立ち上がりました。

 制服に着替える時に脱いだハトゥーシャの服をカバンと一緒に持ちます。


「リーナ様、私も着替えに帰りますね」

「ええ、利衣奈。後でね!」

「では、部屋まで私がエスコートしよう。その服を貸して? 持ってあげよう」


 陛下の言葉とともにリーナ様のお部屋を出ます。

 石造りの宮殿の廊下には既に灯りが入っていました。

 長身の陛下が腕を差し出して来られて、私はそれに手をかけます。

 陛下のお顔がますます嬉しそうになります。


「その服はリーナが聖女として召喚された時に着ていたものだ。懐かしいな」

「ええ、陛下。本当は私がこの恰好で召喚されるはずだったのですよ。リーナ様で良かった」

「でもじゃじゃ馬だったよ。利衣奈とは違う」

 陛下がしみじみと呟くのがおかしくて、私は笑いながら言いました。

「まあ、陛下、後でリーナ様にそのこと、お伝えしておきますね!」

「っ!」


 困った顔をされた陛下ですが、リーナ様への愛に溢れていて全身から色気が出ています。

 その時、廊下のずっと先を曲がった背中に見覚えがあり、私は急いで陛下に言いました。


「影さん!」

「ああ、そうだ。ケレムの代わりにと来てもらった」

「……そうなんですか……陛下、私、挨拶に行ってきますね!」

「利衣奈!」


 私は走りながら陛下を振り返って手を振りました。

 陛下も苦笑混じりで頷いて下さいました。


 影さん!


 出会った時と同じです。

 長い廊下を曲がればあのクマモンみたいな大きな背中に会える。

 私が飛びついてもびくともしない、大きくて優しい背中に。




「影さん! 元気だった?」




 けれど影さんの大きな背中は無くて、私は生垣に片足を突っ込んでいたのです。


「いったーい!」

「利衣奈ちゃん! 大丈夫かい!」

「え、あ……青木のおじいちゃん……?」

「利衣奈……ちゃん、だよね?」

「はい……」


 私はゴソゴソ生垣から脱け出しながら答えます。

 胸はドキドキしていました。


 まさか……

 帰って……きた……?


 私は目を凝らして青木のおじいちゃんを見つめます。

 おじいちゃんも私を見つめます。

 それからしみじみと呟いたのでした。


「利衣奈ちゃん……綺麗になったねえ……朝会った時とは比べ物にならないくらいだ。美容院へでも寄ったのかい? それとも彼氏でもできた?」

「へ?」

「若い子はイイねえ」


 太ももには生垣に突っ込んだ時の引っ掻き傷ができています。

 地味に痛いです。


「お……おじいちゃん! 今日は何年何月何日何曜日ですか!」

「……利衣奈ちゃん、それは痴呆症のテストなのかい……?」

「いーから! 早く!」




 そのままズンズン家まで歩きます。

 私はトーリ様と曲がり角でぶつかった日に戻っていたのです。

 青木さんちの曲がり角には何か異世界への入り口でもあるというのでしょうか。


 でも……

 何となく体に力が漲ってきたような気がいたします。

 私の『居場所』を見つけたような、そんな気がします。


 スマホを充電すれば杉坂トーリのブログチェックができます。

 ハイランダーの最新刊だって買いに行けます。

 コミックだって何だって、異世界で出来なかったあれやこれやが出来ます。

 馬車やロバに乗らなくても、電車やバスでスイスイです。

 カマドではなく電子レンジのオーブン機能でお菓子作りもラクラクです。

 コンビニだってわんさかあります。

 道路は舗装されていますし、街灯はキラキラ、真っ暗なデコボコ道なんてありません。


 便利です!

 恵まれています!

 楽しい……です……




「ねえ、利衣奈……」

「なあに? お母さん」


 私はキッチンのテーブルで問題集を広げています。

 模試が近いのです。


「最近の利衣奈ちゃんはヘンよ! ママが悪いのならそう言って! 何があったの? 何か困っているの?」

「困っている……もう少し早く勉強を始めれば良かったと。ウチの高校の偏差値では無謀とも言うべき事態です。それは困ってます」

「利衣奈ちゃん! 利衣奈ちゃんはお勉強が嫌いだから今の女子高を選んだんでしょ? 短大へエスカレーターで入って、合コンでカッコいい男の子を見つけて人生を謳歌するんだって言ってたじゃない!」


 私は短くため息をつきます。

「そんな戯言たわごとを言っていた時期もありましたねえ……若気の至りとしか思えません。ふ……」

「利衣奈ちゃーん!」

「あのね、お母さん」

「……もうママって呼んでくれないのね……?」

「お母さんも子離れしなくちゃ。お母さんも自分の時間を持って楽しまなくちゃ」

「利衣奈ちゃん……」

「あ、もうこんな時間。お肌のためにももう寝ることにしますね、お母さん。明日はハイランダーの番外編の発売日なので早起きしますから」




 それから二年。

 私は国立大学の法学部に入学することができました。

 ウチの高校からは初めてらしいです。

 大学で友達もできました。

 私は私の世界で地に足のついた生活を始めていました。

 異世界での出来事は記憶の彼方へと押しやっていたのですが、友人の一言でそれはあっけなく私の目の前へとやってきたのでした。



「利衣奈、関西で評判のピザ屋がこっちにも出店するんだって!」

「へえ、そんなに有名なんですか、そのピザ屋さんは」

「本格窯焼きピザなのよ! それにオーナーが凄いイケメン!」

「それは気になる情報です」

「でしょ? 赤茶の髪にアイスブルーの瞳なのよ!」

「は……?」


 どこかで聞いた設定です。


「見て見て!」


 友人が差し出すスマホにはトーリ様が。

「……トーリさま……」

「そ! 原田桃李! は多分カラコンだと思うけど」


 いえ、カラコンではないと思います。

 こちらの世界で誰かが召喚術でも使ったというのでしょうか。


 誰が?

 何のために?


 そんなことはありえませんから、おそらく他人の空似なのでしょうが、メチャクチャ似ています。


「あの、この方は日本語をお話になるのでしょうか……?」

「当たり前じゃない。コッテコテの関西弁喋ってたわよ? テレビのインタビューで」

「関西弁……」


 あのトーリ様が関西弁を喋る……なぁんてことはナイですから、本当に別人のようです。


 関西弁のイケメン男子……


 思わずヨダレが出そうになりました。


 おいしそう……


「そのピザ屋はいつ開店なのですか!」




 激コミです。

 ピザ窯の中よりも熱い店内です。

 この中でオーナーと話すなんて、雪山で落としたコンタクトを見つけるより難しいような気がします。

 なので、友人ともはぐれてしまった私は入り口近くの壁に掛けてあるオーナーの写真入りプロフィールを眺めていました。


 黒のギャルソンエプロン、白いシャツを腕まくり、赤茶の髪はさらさらで、長身でアイスブルーの瞳のイケメンが体をやや斜めに向けて腕組みをしてこちらを見ています。

 ドヤ顔の原田桃李はどうみたって、トーリ・エステファン・ザッカリーにしか見えませんでした。


 世界に似た人は三人いるというけれど、それは異世界もコミのことなんでしょうか。


 ぜひともオーナーにお話を伺いたい……


 そう思いながらプロフィールを読みます。



 原田桃李

 二十四歳


 ああ、やはり別人です。

 トーリ様は私より一つ上ですから、今は二十歳のはずなので。


 五年前、神戸港で記憶喪失の状態で保護される。

 覚えていたのは自分の名前と年齢だけ。

 日本語は堪能。

 その容姿と才覚で華僑であるリン大人ターレンの目に留まる。

 林氏の支援を受けて……


 店の中がざわつき始めました。

 どうやらオーナーが挨拶に現れたようです。


 おおっ!


 写真よりも実物はトーリ様そのものです。

 あの、人を食ったような横柄な態度、自分の容姿を十分に理解し、最大限に利用している尊大な顔つき。

 私をエルザちゃんに乗せて泣かせたドSの騎士様に酷似しています。

 この世界にもあんなイジワルな男がいるなんて……

 何かを探していたアイスブルーの瞳が私を捉えました。


「リーナ!」


 イケメンの声に、ザザザ、と私までの人垣が割れました。

 モーゼの十戒のようです。

 イケメンが長い足で私に近づいてきます。

 プロフィールの前で立ちすくむ私を見下ろすと、ダン、と壁に手をつきます。

 アイスブルーの瞳がクシャッと細められました。

 色気と殺気がナイアガラ瀑布のごとく雪崩てきます。

 ペロッと舌が上唇を舐めました。

 久し振りの獲物ごちそうを前にした肉食獣のようです。


「利衣奈、久し振りやな」

「……」

「口、閉じぃや。女の子がみっともないで」

「まさ、か……」

「ガスパールの神官に頼みこんでな」

「!」

「こっちの世界へ飛ばしてもろたんや」

「……」

「あいつ、三流やな」

「……はい……」

「場所も時間も間違えくさって、えっらい苦労させられたわ、俺」



 本物です!



「俺、こいつにヤボ用あるねん。後のことはよろしう頼むわ」

 引きつっているスタッフに声をかけると肉食獣はスタッフルームへと私を連れて入ります。

 事務室らしく、デスクが二つ、オフィスチェアが二つ。


「適当に座ってや、利衣奈ちゃん」


 私が転がる様に椅子に腰掛けるとイケメンは滔々と昔語りをし始めました。

 リン氏は表向きは貿易商ということですが、その実態は香港マフィアだというのです。


「敵が多いオッサンでな、偶然、襲われているところを助けたのや」


 私はガクガクと頭をタテに振ります。

「それはトーリ様は騎士団だったから……」

「利衣奈のいた世界は恐ろしいとこやな思たわ。飛び道具は卑怯や」


 いえいえ!

 一般人はマフィアとなんか遭遇しませんから!


「それで、オッサンに気に入られてな。この世界のこと色々教えてもろた」

「言葉も?」


 私は食い気味に尋ねます。

 思い当たることがあったのでしょう、イケメンは途端に不機嫌な顔になります。


「五年やで! 五年! 毎日、毎日、オッサンの関西弁聞かされてみ? もう、直すことなんかできひん。……ヘンか?」

「……少し……」


「せや、みんなから手紙、言付かってきた」


 そう言うとデスクの引き出しから立派な羊皮紙を取り出したのです。

 赤い蜜ろうで封がされています。

 でも、私にはもう読めませんでした。

 迷い子特典は無くなっていたのです。


「なんちゅう顔しとんのや。元気出しぃな! 利衣奈!」


 オチを付けるところなど、トーリ様は根っからの関西人のようです。


「トーリ様は変です……」

「それが命をかけて飛んできた男への言葉かいな?」

「……」

「スマホ出し、利衣奈」

「スマホ!」

「ああ、便利やな、これ。あ、ちなみに運転免許も持っとる。パソコンも使える。文明開化やな」

「……」


 こちらの世界に馴染もうとトーリ様は努力をされたのでしょう。

 きっと神官を脅して儀式を行わせたに違いありません。

 宰相家の三男が、騎士団長だった人が私などのために無茶をしてくれたのです。



「オーナー! そろそろ出てきてくださーい!」

「わかった!」


 スタッフルームのドアを開けて出て行く時、私のスマホを投げ返してトーリ様は言いました。


「俺の連絡先、入れといた」

「……だから?」

「ぅわ! 可愛くねえ! 嫌われっぞ」

「本望ですわ。それこそ嫌われ王女ですもの」




 ドアを開けてイケメンが大笑いしながら出て行きます。

 ドアの向こうには今まで見たことがないような明るい景色が広がっていました。






          FIN

二年越し・・・? やっと完結することができました。

お読みいただいた皆さま、ありがとうございました!

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