意地を張るのもいい加減になされませ、と誰かが言った BYトーリ
トーリ視点です。
「爺、あいつ、どうしてた?」
「やっと帰った年寄りに労いの言葉はないのですか、トーリ様」
「お疲れ。で、あいつ、どうしてた?」
「……」
「爺! おいジジイ! 耳が遠いふりするんじゃない!」
「ふう。そんなに気になるなら、なぜもっと素直になれないんですか……。リーナ様は、一人ぼっちで馬車に乗って行かれましたよ」
それから、街に着くたびに従者や護衛が減っていったこと、誰も彼女の世話をしようとしなかったこと、こっそり後をつけていた爺が、見るに見かねて最後の日は御者に化けて送って行ったこと、それを聞かされた俺は剣を握って立ち上がった。
「トーリ様、どこへ」
「護衛の奴ら、ぶった切ってやる」
「あなたも同罪ですよ! トーリ様!」
そうなんだ……
そもそもの原因は俺にある。
九年前、俺は一つ下のリーナに酷いことを言ってしまった。
男勝りのリーナのブス、少しは女らしくしろ。
できるものなら、光の速さで九年前へと舞い戻り、あの時の自分をぶん殴ってやりたい。
宰相家のスペアのスペアである三男坊の俺、王家の第六王女であるリーナ、年も近いし、親から期待されない子どもという、お気楽な立場も同じで、小さい頃からよく一緒に遊んだ。
あの日も。
「トーリは大きくなったら何になるの?」
「ボクは騎士団に入って、この国を守るよ」
「じゃあ、リーナも騎士団に入る! トーリとこの国を守る!」
「バーカ! リーナは王女だから騎士団に入らなくてもいいんだ。ほかの国の王子様とケッコンして国を守るんだよ」
「いやっ! トーリと騎士団に入るの! ずっとトーリといるの! ほかの国の王子様とケッコンなんかしないの!」
これは愛の告白ではないのか?
今ならそうだとわかるが、九歳の俺には、ただただ恥ずかしいだけで、ふわふわした、くすぐったい気持ちを持て余すだけで……
言ってしまった。
「き、騎士団、騎士団って、リーナは男みたいだ! お、」
男勝りのリーナのブス、少しは女らしくしろ。
大きな瞳からぽろっと涙がこぼれて、スカートの裾を翻して、リーナは行ってしまった。
それから、リーナは変わってしまったんだ。
やたら僻みっぽくなって、口癖は『どうせ私は』、刺繍を始めたり、派手なドレスをいくつも誂え、凝った髪型にケバイ化粧。
俺の一言に過剰に反応しているのがよくわかった。だから、謝りにも行った。
でも。
「あーら、男がいったん口にした言葉を簡単に撤回なさるなんて。騎士団なんて無理じゃありませんこと?」
「黙れ! 男女! 女装似合ってねえ!」
死んでもいいですか?
それからは、顔を合わすたびにケンカ。
リーナの評判はどんどん地に落ちて行くばかりだった。
リーナの評判が下がるにつれて、リーナに仕える侍女や護衛の騎士の質も落ちていった。
世間じゃ、リーナのことを首切り姫なんて、噂しているが、そうなった理由はリーナだけのせいじゃない。だけど、世間ってやつは弱い者の味方をするからな。
俺がリーナを支えてやればよかったわけだけど。
俺は俺で、自分の生き方ってヤツを探していたわけで、つまり、剣の楽しさを知ってしまったわけで。
それに、リーナと会うたびに雲行きが怪しくなることにも疲れていたんだな。
せっせと剣の修行に励んでいるうちに、白騎士団の団長にまでなってしまった。
ガスパールには黒、赤、青、白と四つの騎士団があるんだ。まあ、年齢で分けているんだけど。白は若い騎士が多いこともあって、便利に使われているんだが。
で、団長同士の飲み会で、黒騎士団長の娘を紹介されまして。
会ったこともないのに、飲み会が終わった時には、婚約してたね。
その話が広まるや、リーナのちょっかいは急上昇したんだ。
さすがに俺も頭にきた!
リーナのことを好きか嫌いかと聞かれたなら、ほぼほぼ嫌いへ傾いていたように思う。
でも、宮殿の廊下でぶつかって、たん瘤作ってからのリーナは少し違ってた。
昔のリーナが戻ってきたような気がしたんだ。たん瘤が良かったのかもな。
だけど、おいそれと元通りにはなれないんだよ、これが。
結婚式のキス?
あれは……
も、目測を誤っただけだ。
歯をぶつけるなんて、素人か!
穴があったら入りたい。
でもリーナは平然としていて、俺に何の感情も持っていないように思えた。
だから、一緒に暮らさなくてもいいように、別居を提案した。貴族は結婚してから一年たたないと離婚できないからな。一年たったらリーナを自由にしてやろうと思ったのに。親父が用意してくれた王都の屋敷なら不便なく暮らせるだろうと思ったのに。
陛下のバカヤロー。
ダラハーなんて、なーんにもない、それこそ、クマやタヌキが往来を通るだけのド僻地だぞ。
人間より、獣の数の方が多いんだぞ。
だから、少し、心配をしている。
でも、素直になれない俺は……
あ、婚約はつつがなく解消されました。
まあ、喜びしかないけどな。どんな相手だったのかは、少し気になる。
ははっ。




