住めば都、いいえ、ダラハーを本当の都にしてみせます
私のひと睨みが聞いたのか、駄犬、いえ、役人は黙ってしまいましたが、今度はなぜか震えています。
私の顔がそんなに怖いのでしょうか。
失礼にも程があります。
だって、王宮を出る前に、こっそり鏡を見たのですもの。
びっくりしました。
だって、美少女でしたから。
アッシュグリーンの長い髪と大きな水色の瞳、ツンとした鼻、小さめの唇。ミルク色の肌はすべすべで、悔しいことにお胸は立派でした。
「く、く、く、」
役人は私を指差し、震えています。いい加減しつこいです。
肩の辺りに熱い吐息と体温を感じました。
そして動物臭。
馬ですわ!
昨夜、一宿の恩義に預かったので、馬小屋の馬とはすっかり仲良しなんです、私。
私は後ろに手を伸ばして、鼻づらを指でカリカリ掻いてやりました。
きゅーん
ああ、可愛い! ほっぺにキスもしてあげました。ちょっと毛深いコですね。
ぐるるるる
わー、喜んでるー!
体温が離れていきます。満足したのでしょうね。
やはり動物は可愛いです。癒されます。
役人はなぜか失神してますけど。
倒れた役人はほっといて私は馬小屋から外へ出ました。
夜の間に雨が少し降ったようでした。
あの、優しいお爺さんは無事に帰れたでしょうか。
私は役人に蹴飛ばされた木の実を拾い集めて、ドレスの隠しポケットに入れています。三秒ルールがこの国でも有効なのかはわかりませんが、この木の実はこの国に来て、初めて善意からもらった大事な贈り物です。泥だらけになってたって、洗えばすむことです。
一つ、口に入れて歩きます。
派手なドレスはこの風景の中で浮きまくっていました。
「ねえ、なにたべてるの?」
声をかけてきたのは、やせ細った、顔色の悪い男の子です。
喋りかけて、気付いてハンカチに木の実を出します。
「これは硬くてあなたには無理だと思うわ」
「……そうなんだ」
「おなか、空いてるのね?」
「……うん」
そうだ! バスケットにケーキが残っていました! 焼き菓子も!
「いっしょに来て!」
子どもの手を引いて馬小屋へ戻ると、役人は私を探していたようです。
「何だ、お前は! しっ! しっ! あっちへ行け! ささ、リーナ様、役場へ行きましょう」
私の名前を聞いて、男の子が叫びます。
「リーナさまだって? おまえ、リーナっていうのか……、くびきりひめ! でていけ! はやくこのむらからでていけ!」
早速、アツい歓迎を受けてしまいました。
リーナ様、有名人だったのですね。でもこんなことくらいじゃへこたれません。
だって、一年間、ここで頑張らないといけないのですから。
私はバスケットを手に取ると、男の子の手に無理矢理もたせ、凄んで言いました。
「さあ、これを持って、さっさとここから出てお行き!」
男の子は疾風のごとく走り去っていきます。
「ふん!」
仕上げとばかりに、手とドレスをパンパンとはたきます。
それから、へっぴり腰の役人に命令します。
「さあ! 私を役場へ案内しなさい!」
役場は二棟ありました。
一棟は事務所と物置で、事務所の一角が手紙を出したり受けたりできる郵便局のようなものになっています。
もう一棟は診療所だそうです。医師は常駐しておらず、二、三カ月に一度、一番近い街から来てもらっているのだとか。
事務所の木の椅子に座り、机に置かれたカップに手を伸ばします。
衝立で区切られた奥でお茶を淹れることができるようです。
「おいしいわ……」
香りも高いし、ほのかな甘みも感じます。
表面に金色の環が浮かんでいるように見えるのも素敵です。
「とても美味しいわ、このお茶」
「ははっ! リーナ様は口がお上手ですな。土地の百姓が作ったお茶ですよ。王都のものとは比べようがないでしょう」
いいえ、おいしいです。
王都のものは高級品なのでしょうが、何だか気取った味でした。
でも、これは、ほっとするような、土の香りがするような、優しさと温かみを感じます。
「陛下からの書状には、リーナ様がこのダラハーの管理をするとのことですが、私は無事ここの役人を解任、ということでよいのですね?」
「残念ですか?」
「まさか! 私が何度、転勤願いを出したとお思いで? 百一回目にして、やっと、やっと、願いが叶いましたああああ! うれひいです。えぐ、えぐ、うほおおおお!」
喜びが露骨過ぎます、この人。
でも、百一回目のアプローチが成功すれば、こうなっても仕方がないんでしょうが。
「それで、ここには一体何人の方が住んでいるのですか? それに地図とかあれば見せていただきたいのですが」
私だとて、無駄に五日間、馬車に揺られていたわけではありません。一年は早いのですからね。まず、ダラハーの土地や住人のことを知る、それから困っていることを聞いて対応する。と、まあかなりアバウトですが、自分なりに計画を立ててみたのですから。
「住人? なぜそんな奴らのことを気にかけるのですか? ただの百姓じゃありませんか! 時間の無駄ですよ」
「お前は誰から給料をもらっているんですか!」
「陛下ですよ!」
「馬鹿者! 税金からです! 税金は百姓たちが納めたもの! お前は百姓たちに養ってもらっているのがわからないのですか! そんな馬鹿だから、王都から五日も離れた僻地に飛ばされるんです!」
はあはあ。
中学校の公民の授業が役に立ちました。
後ろから恐る恐るといった女性の声がしてきました。
「あの、お役人さま。リーナ様のお館の用意ができました。それと、リーナ様、うちの子にありがとうございました、あの、ケーキやお菓子、あんなにおいしいもの初めてで」
「私こそ、お礼を言いたいわ! あんなに美味しいお茶は初めてです!」
「まあ、あの、こちらこそ、ほめていただいて……」
「……リーナさま」
女性のスカートの陰から顔を覘かせたのは、さっきの男の子です。
「あの、ごめんなさい、でていけなんて、いって、あの、おかし、ありがと……」
男の子のそばに行って、しゃがみます。
「いいのよ。リーナ様は嫌われ者なんだから。気にしなくていいのよ。でも、罰として」
その場の三人の顔が引きつりました。
「友達になってくれるかしら? 私、ここのこと何にもわからないのよ。教えてくれると嬉しいわ。それとも、首切り姫の友達は嫌かしら?」
男の子は恥ずかしそうに笑って言います。
「ともだちになってあげる」
「ありがとう」
矛先が自分から逸れてほっとしている役人に向かって言います。
「住民の名簿と地図を出しなさい! とっとと働く! この税金泥棒!」




