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48 ディスペル

48 ディスペル


ひんやりした感覚が戻ってくる。

 痛みはそれほどないが、耳鳴りが続いていた。

 これが死ぬと言うことなのだとしたら、とても不思議なものだ。

 生きているのとほとんど変わらない。

「……ジ……ケ……」

 耳鳴りが収まってくると、声が聞こえてきた。

 必死に訴えかけてくるその声は、とても聞き馴染みがあるようで、なんだか少し懐かしい気分にもなった。

 そういえば、最近聞いていなかったな、なんてふらりと思う。

「ケン……ケ……ジ!」

 だんだんとハッキリしてきたその声は、どうやら自分を呼んでいるようでもあった。

 なんだよ、そんなに必死になって。

 大声なんか出さなくたって聞こえてるよ、


「ケンジッ!」

「うわっ!」

 急な覚醒。

 死んだと思っていた自分の身体を飛び跳ねさせる勢いで起き上がる。

「な、なんだ!?」

「よ、良かった……心配させるんじゃないわよ」

 ケンジの傍らには、先ほどから声をかけてきていた主がそこにいた。

 顔を見ると、やはり間違いない。

「マリナ!? どうしてここに!?」

 声の主はマリナであった。

 改めてケンジが周りを見回すと、そこは死後の世界などではなく、間違いなくアグリム・ドゥガルの洞窟である。

 しれっと神殺しの英雄もその辺に佇んでいる。こちらに襲い掛かってくる様子はない。

 こうなると本当に、マリナがここにいる理由がいまいちわからなくなった。

「マリナはレデニアに残ってるはずじゃ……!?」

「誰がそんな事決めたのよ。私は私のやりたいように行動するわ」

「だって、ここは危険なんだぞ!? アグリム・ドゥガルだってすぐそこにいるんだ」

「だったらどうだってのよ。そんなトカゲのバケモノなんて、私の魔術で殺してやるわ」

 傲岸不遜なマリナの態度は、こんな時でも相変わらずであった。

 しかし、そのいつもどおりがケンジを冷静にさせた。

 頭が冷えると、少し笑いがこぼれた。

「はは、なんだよ……そんないつもどおりな態度なんて……」

「大体、アンタ、私が来なかったらあの変なヤツに殺されてたのよ? 感謝して欲しいモンね」

 そういってマリナが神殺しの英雄を指差す。

 確かに気絶する前、ケンジは死を覚悟していたはずだ。

 それがどうして命を繋いだのか。

「マリナがボクを……? どうやって?」

「私が魔法で吹っ飛ばしたのよ。本当なら向こうのヤツをふっ飛ばしたかったけど、アンタのほうが軽そうだったからね」

「吹っ飛ばしたって……」

「もちろん、魔法で」

 やはり。ケンジの身体の痛みや地面に寝転がっていた状態は、マリナの魔法によって引き起こされたものだ。

 推察するに、マリナが風の魔法でケンジを思い切り吹き飛ばした結果、ケンジは壁などに激突して一瞬気を失い、地面に倒れたのだろう。

 なんて乱暴な危機回避だったのだろうか。

「もっとマシな方法はなかったのかよ」

「緊急事態だったの。贅沢言わないで」

 確かにそうだっただろう。

 数瞬でも遅れれば、ケンジは神殺しの英雄によって一刀両断されていたのだ。

 今現在、命を繋いでいるのは奇跡にも等しい。

「ありがとう、マリナ」

「え? あ、えと……うん」

 素直に礼を言われるとは思っていなかったのか、マリナも少し動揺したようだった。

 それをごまかすかのように、彼女は一つ咳払いを挟む。

「コホン、さて、そんなことより、アイツの対処よね」

 改めて神殺しの英雄に向き直ると、相手もこちらを見据えるように身体の向きを変えた。

 敵から攻めてくる様子はないが、それでも隙は見当たらないように見える。

「ストライダーの剣術を以ってしても敵わないってんなら、別の方法を探るしかないわよね」

「何か秘策でもあるのか?」

「前に言ったでしょ? 私は解呪も出来るのよ」

 そう言えばちょっと前にそんなことを言っていたような気もするが……

「まさか、あの英雄にかかってる魔術を解くってのか!?」

「英雄? 大層な呪いを背負っているとは思ってたけど……なに、アイツそんな大層なヤツなの? 頭ないけど」

 ケンジは神殺しの英雄について、掻い摘んで説明する。

 それを聞いて、マリナはなおさら不敵な笑みを浮かべるのだった。

「つまり、あの首なしを現世に縛り付けているのは、神の呪いってことね。面白いわ」

「面白い……って」

 どうやら難問奇問を解くことに手応えを感じてしまうらしいタイプのマリナ。

 神の呪いと聞いて、それを解呪することに俄然燃えてきてしまったらしい。

「やる気が充実したのは良いけど、勝算はあるのかよ?」

「ふん、この私を誰だと思ってるのよ。稀代の天才魔術師マリナさんよ?」

 そう言ったマリナはその場に静かに座り、両手を広げる。

 そして深く呼吸した後、静かに祝詞を唱える。

「我、欲するは神の理を破る魔の法。異界におわす偉大なる王よ、その力を以ってして、破理の奇跡を実現せん」

 言葉を聞いて、感覚的に理解する。

 今のは古代語だ。

 ケンジの頭は聞いた言葉をすぐに翻訳してしまうようになっているため、言葉を聞いただけではちょっと堅苦しい言葉遣いをしているだけにしか聞こえないが、なんとなくわかる。

 そういえば、以前にマリナが『魔術を使うときの言語は古代語だ』とか言っていただろうか。

 しかし、今の祝詞はいつものものと違う気がする。

 恐らく、今のも魔術を使う際に用いる決まり文句、力を借りる相手への挨拶の段階なのだろうが、雰囲気がどことなく違っているように思えた。

「マリナ、何をするつもりなんだ?」

「話しかけないで、集中してるんだから」

 ピシャリと言われてしまい、ケンジは慌てて口をつぐむ。

 実際にマリナは相当集中しているようで、今までに見たことのないくらい真面目な顔をしていた。

 マリナの祝詞が終わると、地面に輝く紋章が浮かんだ。

 それはレデニアの地下で見た魔法陣にどことなく似ているように思える。

 魔法陣は瞬きをする間に、内包する文様を複雑怪奇に描き、さらに魔法陣自体が二重、三重、そして十重、二十重と重なっていく。

 魔法陣の中心には神殺しの英雄。

 今も全く動じる様子もなく、その場にボーっと突っ立っている。

 その英雄を見据えて、マリナが得心したように頷いた。

「なるほど、そういうことね」

「なんだよ? 何かわかったのか?」

「あの英雄にかけられた呪いの本質が見えたわ」

 マリナの作り出した魔法陣の一部が、神殺しの英雄の一部へ侵蝕を始める。

 しかし、特段痛みなども感じていないのか、英雄は身じろぎ一つしない。

「あの首なしにかかっている呪いは、元々あの首なしが信仰している神……恐らくは正教の神様なんでしょうね。そいつから与えられた祝福だったのよ」

 神からの祝福と言うのは、ケンジも覚えがある。

 エストから授けられた力のことはチラッと聞き覚えがあったのだ。

 アレによってケンジもカミケンもストライダーとしての活動が出来ているのだから、きっとありがたいものなのだ。

「でも祝福が呪いになるなんてこと、あるの?」

「普通はないわ。でも、あの首なしは他の神様を多く殺したって話なんでしょ? そりゃ怨みも募るわ。そしてその怨みが臨界点を越えた時、神の祝福を呪いへ変えた。……つまり、根っこの部分は我らが泉の女神エスト様の授ける祝福と、そう大差はないってことね」

「大差なかったら、解呪出来るのか?」

「タネと仕掛けがわかってしまえば、こっちのモンよ!」

 マリナが大きく手を掲げる。

 すると展開された魔法陣たちが一斉に輝きを増し、神殺しの英雄に向かって一気に収束を始めた。

「神気を滅せ、魔なる法よ! 理を蝕み、常軌を逸せ! 境界を渡り、超常を現界せよ!」

 収束した魔法陣は神殺しの英雄の体内にまで侵入し、ついに英雄は体中から光を発し始めた。

 しかし、それでも英雄は身じろぎすることなく、それを受け入れる。

 やがて英雄の放つ光が最高潮に達すると、周りの紫色に煙った瘴気を消し飛ばす勢いで辺りを照らしつくす。

 まばゆい閃光は洞窟中を駆け巡り、そして一瞬で収まった。

「……な、何が起こったんだ!?」

 恐る恐る目を開けたケンジが見たものとは、

「う、嘘だろ!?」

 地面に横たわった鎧。黒ずんだ鉄鎧に角十字のサーコートは、間違いなく神殺しの英雄のものだ。

 しかし、その鎧の中に肉体は存在していない。

 血のようなものを噴出していた首の断面もなく、剣を握っていた手も腕もなく。

 ただそこには抜け殻のような鎧と剣のみが残されてあったのだった。

「ほ、本当に解呪してしまったのか……?」

「は、はは、やれば出来るモンね」

「お、おい! 今の言葉、なんかちょっと聞き捨てならないぞ!」

 まるで成功するとは思わなかった、と言うニュアンスであった。

 マリナは誤魔化すようにへらへら笑っているが、その額に浮いた玉のような汗が、疲労困憊であることを告げていた。

「だ、大丈夫なのか、マリナ」

「私は平気……ちょっと使い慣れない大魔術だったからね。気疲れしただけよ」

 マリナはもう一度深呼吸すると、ゆっくりと立ち上がり、ケンジの肩を叩いた。

「さぁ、これで神殺しの英雄はいなくなったわ。カミヤのところに行きましょう」

「い、いやでも……このままにしておいて良いのか?」

 横たわる鎧と、放り出された剣。

 それだけ置いてあると、元々そうであったかのような感じすら覚えてしまうのだから不思議だが、今までアレは動いていたのだ。

「蘇ったりしないよな?」

「身体はもう完全に朽ちたからね。蘇っても、鎧に憑依でもしなけりゃ動くことはないでしょ。……それにしても、我ながらすごい魔術が使えたもんだ」

 マリナは鎧に近づき、足の先でそれを小突く。

「お、おい!」

「大丈夫だって。このマリナ様が外法まで足を突っ込んだ魔術を使ったのよ? 効果のほどは覿面よ」

「げ、外法?」

「ふふ、レデンの編み出した秘術、その名も魔瘴気術」

「うわ、名前からして危なそう」

「実際、あまり現実的なものではないわ。魔瘴気が充満している、今みたいな危機的状況でないとまともな運用は出来ないでしょうね」

 マリナが説明するに、魔瘴気術とはマナではなく魔瘴気を消費して行う魔術のことらしい。

 通常、魔術は空気中に存在しているマナを利用して精霊の力を借り、現象を起こすものだ。

 だが、魔瘴気術はマナではなく瘴気を使う。

「瘴気はマナとは違って、含んでいる魔力量が大きいのよ。だからマナと同じように使用しても、マナの中で行使した魔術よりも高い効果を発揮できるの」

「でもそれって危ないんじゃないのか?」

「まぁね。この世界の精霊は瘴気なんて慣れてないだろうから、効果にバラつきが出たり、暴発したりする可能性もある。前に私が瘴気の中で魔術を使ったけど、アレも実は綱渡りだったってことね」

 笑って話しているが、笑い事ではない。

 瘴気の中ではマナはほとんど存在できないため、本来ならば魔術を行使することは出来ないはずなのだが、それでもマリナは過去に瘴気の中で魔術を使っていた。それは、精霊との交信にマナではなく瘴気を使っていたからである。

 瘴気に含まれる魔力はマナよりも凝縮されて物であり、より純粋なものであった。

 ゆえに精霊も力加減を間違い、暴発させて魔術の仕様者に影響を及ぼす可能性もあった。

 それは最悪の場合、死に至るだろう。

「でも、瘴気の性質がわかっていれば、その中では普段よりも格段に強い効果の魔術が使用できるわ。レデンはその方法を探っていたわけ」

「そんな事、どこで知ったのさ?」

「ちょっと前にチラッとね」

 マリナが再び地下へ潜り、ひそかに得ていたレデニアン・グリムの二冊目。その中に収録されていた内容の一部が、この魔瘴気術であったのだ。

 この魔瘴気術を以ってすれば、神を超える力を発揮することも可能である、とすら書かれてあった通り、運用法を知れば実際に神の力を凌駕する効果を実現できる。

 今、まさにマリナがそれを実証したのだ。

「これさえあれば、あの性悪女神だって怖くないわよ、ケンジ」

「性悪女神って……エストのことか?」

「ふふん、すぐに思い当たる辺り、アンタもそう思ってたんでしょ?」

「そうは言わないけど……まぁ、チラッと思ったことはある」

 自分のことをあれだけ貶した女神のことを、今はケンジも好いてはいない。

 性悪女神と言われてすぐに連想したことにも、少しも悪びれる気持ちはなかった。

「ともあれ、この天才魔術師マリナ様が助力するんだから、アグリム・ドゥガルなんて怖くないわよ!」

「え!? まだついてくるつもりなの!?」

「そりゃそうよ。今なら、ケンジよりも役に立つんじゃないかしら?」

 悔しいが、その通りである。

 神殺しの英雄の足止めをギリギリ行えるのがケンジの関の山だ。

 しかし、マリナは英雄を消し去って見せた。戦力としてはケンジよりも上だろう。

「……わかったよ。一緒に行こう」

「わかればいいのよ。さぁ、ストライダーなんか必要なかったって事を、私が証明してやるんだから!」

 意気揚々のマリナはズカズカと奥へ進んでいってしまい、ケンジは呆れつつも彼女の後を追うのであった。

「……おや?」

 その途中、足にぶつかるものが一つ。

 神殺しの英雄の使っていた剣であった。

「……ボクの剣、折れちゃったしな」

 まだフツ・レンツィスは残っているが、万が一それがなくなった後のことを考えると心細い。

 念のため、ケンジはその剣を手に取り、また洞窟の奥へと進んだ。

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