47 英雄たる力量
47 英雄たる力量
立ちふさがる魔物を一刀の許に切り伏せる。
道を埋めるように湧き出していた魔物も、これでようやく一区切りであった。
「はぁ、はぁ……案外残っているもんだな」
『何せ敵の本拠地ですからね。向こうも必死なのでしょう』
穢れた血を寄せ付けないファニアを鞘に収め、カミケンは一度汗をぬぐい、呼吸を落ち着ける。
ファニアの力で瘴気を寄せ付けないため、澄んだ空気をたっぷり吸い込めるのだ。
「はぁ……これでどれくらい奥まで来たんだろうか?」
『もうすぐ、アグリム・ドゥガルの広間です。邪悪な気配が近づいているのを感じます』
女神であるエストには、瘴気を吐き出す邪竜の気配が感じられる。
アグリム・ドゥガルはもうすぐそこである。
「よし、じゃあ行こう。早くしないと粕谷も心配だ」
『……あなたは、優しいのですね』
「どうしたんですか急に」
不意にかけられた言葉に、カミケンは少し戸惑う。
口に出したエストの方も、自分自身の言葉に戸惑ったようだった。
『思ってしまったことが、つい言葉に出てしまいました……。そう思ったのは本当です』
「俺は優しくなんかありませんよ。単に臆病者なだけです」
カミケンの自己評価はいつでも変わらない。
彼もまだ年齢的には中学生である。評価と言うのはおおむね、他人からされるものだと言うことにあまり気付いていないのだろう。
そんなカミケンは、短い休憩を済ませ、すぐに洞窟の奥へと駆け出した。
それを追いかけながら、エストはやはり思う。
この少年をストライダーにして良かった、と。
しばしも進むと、狭苦しい洞窟が急に開けた。
紫色の煙に曇っていた前方が、だだっ広い空間を得て、相対的に晴れたような気にもなる。
「開けた場所に出た!」
『ここが……』
二人も悟る。
それと同時に、突風かのように思える鼻息が強く噴出された。
瘴気を帯びた呼吸は広間に充満し、紫色の煙をいっそう濃くする。
グラリ、と地面が揺れる。その振動は単に『それ』が姿勢を変えただけのこと。
もたげられた首が、遥か遠くの天井すれすれまで伸びている。
煙の中で鋭い瞳がギラリと輝き、カミケンとエストを睥睨した。
『グルルゥ……人間を見るのは久しいな』
「喋った……」
カミケンは剣を構えながら警戒を強める。
言葉を操る魔物は、それだけ強力で賢い。
「貴様が、アグリム・ドゥガルか!?」
『ほほぅ、我が見逃した男が、ちゃんと伝えていたのだな。結構結構。貴様らも自らを滅ぼす存在の名を知らぬのは口惜しかろう』
グルルと喉を鳴らし、竜は口をゆがめて笑った。
否定しないと言うのは、そういうことなのだ。
この竜こそが、アグリム・ドゥガル。瘴気の発生源にして世界の危機そのもの。
「ならば、俺がこの場で討つ!」
『クハハ! 大きく出たな、矮小な人間風情が!』
アグリム・ドゥガルが前足を高く掲げ、それを地面に叩きつける。
たったそれだけのことで、地震でも起きたかのように激しく揺れた。
地面はヒビが走り、天井からは幾つか岩が落下してきた。
だが、それでもカミケンはびくともしない。
カミケンの動じぬ様子を見て、アグリム・ドゥガルは器用に笑った。
『ならば試してみよ! 我が飽かぬ内は、その児戯に興じてやろう!』
どこまでも人間を見下した態度に、カミケンは少し腹を立てる。
こんなヤツに負けてたまるか、と。
****
揺れが伝播し、ケンジの足元を通り過ぎる。
「うわっと!」
剣を避けながら、揺れをもやり過ごす。
すぐさま体勢を立て直し、目の前の敵を見据えた。
「今の揺れ……奥で何かあったのか?」
少し呼吸を落ち着けながら耳を澄ます。だが、何も聞こえてこなかった。
奥の様子はわからない。それでもケンジにはカミケンを信じることしか出来ないだろう。
「ともかく、目の前の敵に集中しないとな」
ケンジの前には依然として神殺しの英雄が立っていた。
黒く濁った鎧と剣、赤黒い首の断面。その全てが異形を物語ってはばからない。
しかも剣の冴えは英雄の名に恥じぬレベルと来ている。これまで相手にしたどの敵よりも強敵であるのは間違いなかった。
だが、それでも敵の思考パターンは読めてきたように思える。
ケンジは敵との距離を測りながら、ジワリと足をずらす。
それが敵の一足一刀に入ると、
「ぐっ……!」
ケンジの首元に向けて、英雄の剣が薙ぎ払われた。
ケンジはそれを紙一重で見切る。
少し後ろにスウェーし、さらに身をかがめて距離を詰める。
英雄の返しの刃が、上方から襲い掛かってきた。
ケンジの頭を両断するかのような、唐竹割り。
一撃必殺の剣閃を、ケンジはさらに避ける。
耳元を掠めた風斬り音が背筋を凍らせるかのようであったが、それでもなお怯まない。
身をよじりつつも、さらに半歩前へ。
ここに来て、ようやくケンジの必殺の間合いとなる。
敵の着込んでいる鉄の鎧を切り裂くには、深く踏み込むしかなかったのだ。
そして、その一撃を繰り出す瞬間――
今までの温い太刀筋ではない。
本気が垣間見える殺意。
それが剣の形を成して、ケンジに襲い掛かるのだ。
命の危険を感じた本能が、咄嗟に生命を優先する。
咄嗟に構えた剣が、敵の剣を弾くこともままならず、音を立てて断ち割られる。
綺麗に折られた剣を目にし、ケンジは死ぬほど肝を冷やしたが、それが功を奏し、敵の剣は軌道を逸らしていた。
――九死に一生を得たケンジは、大きく退いた。
「くそ……ッ!」
今まで愛用していた剣が、こうも容易く叩き折られるとは。自分の未熟さを痛感する。
本当ならもっと活躍できるはずだった。敵の剣を受け切れなかったのは、ケンジの力量が劣る所為である。
「ごめんな……ボクが不甲斐ないばかりに……」
残った柄を鞘に戻し、ケンジは気持ちを切り替える。
そうしなければ戦うことはおろか、生き残ることも出来ないだろう。
「これから頼むぞ、フツ・レンツィス」
新たな相棒を抜き放ち、ケンジは敵を見据える。
同時に先の攻防を思い返し、素直な感想を思い浮かべた。
またこれだ。
いつの間にか英雄の剣は振り抜かれており、回避を行わなければケンジはあの一太刀で両断されていただろう。
恐らく、それでもケンジの剣は届かない。
ケンジの剣が届くよりも前に、英雄はケンジを切り裂くことが出来るのだ。
だが、それは最後の最後になってからなのである。
ケンジの必殺の間合いまでは、こちらを値踏みするかのようなジャブしか撃ってこないのである。
予想するに、かの英雄はケンジと戦うつもりなどサラサラないのだ。
「くそっ、舐めやがって……」
ケンジを敵とも思わないその姿勢に、いい加減苛立ちが募る。
英雄の思考としては、自分の生活圏の確保なのだろう。
自分の生きるこの環境を、そして命自体を脅かすものがいるなら『追い返す』のが基本パターンなのである。
そして敵が本当に自分の命を狙う場所まで来たなら、そこでようやっと相手を『殺す』という判断に至るのだ。
敵を明らかな格下だと侮っているからこその思考パターンである。
だが、それこそがケンジと神殺しの英雄の、明確な力量差でもあった。
今のままでは、ケンジは神殺しの英雄に勝てない。
しかし、それでもケンジは前に進まなければならない。
アグリム・ドゥガルがどの程度強いのかわからない以上、カミケン一人よりはケンジの助力があった方が良いはずなのだ。
ここで足踏みをしていてはそれも叶わない。
「何が何でも、ここを通してもらうぞ」
この場は出し惜しみをしている場合ではない。
そう悟ったケンジは、剣を構えながら覚悟を決める。
ここは命を捨てる覚悟をしてでも、押し通る必要がある。
その気迫に英雄も思うところがあったのだろうか。
今まで構えらしい構えを取らなかった英雄が、やおら剣を構えた。
剣士としての礼儀と言うものなのかもしれない。
命を懸ける覚悟をした相手に、最大限の礼儀を払う。
自らの首を落とし、魔物と堕してなお、かの英雄は英雄であったのである。
それを見てケンジも口元を緩める。
「ちょっと嬉しくなるじゃないか……でも、勝つのはボクだ」
気を引き締め、呼吸を整える。
気合が充実するのを待ち、充分に機を窺うのだ。
かの英雄には心技体、どれを持っても敵わない。
ならば幸運の一つでも味方につけなければどうしようもないだろう。
ここまで来て運ゲーとはバランス放棄も良いところだ、と笑いたくもなるが、こればかりはどうしようもない。
なるようになれ。
先ほどはとんでもない幸運で九死に一生を得たのだ。ならば次はその幸運は勝利に繋げる。
それだけの幸運を、気合で引き寄せてやる。
「ふっ……!」
充分に気合が乗った踏み込み。
敵を殺す気概を剣に乗せ、命を捨てる覚悟で足を踏み出す。
ケンジにとってこれ以上ない初動であった。
――だが、先ほどの幸運をゆり戻すかのような不運が彼を襲う。
グラリとまた地面が揺れる。
それは洞窟の奥でアグリム・ドゥガルが暴れた影響なのだろう。
だが、それはケンジにとっては致命的なタイミングであった。
踏み込みにあわせて揺れた地面は、ケンジにとっては計算外である。
微妙な計算違いが、ケンジのバランスをわずかにずらす。
そのわずかなズレすらも、この攻防においては致命的なのだ。
バランスを戻そう、と反射的に身体が動く。
針の先のような一瞬のズレは、致命的なほどに大きな隙となったのだ。
そこへ容赦なく、英雄の剣が振り下ろされる。
(回避、いや防御……間に合わな――)




