41 二人のストライダー
41 二人のストライダー
ケンジとカミケン、二人のストライダーを得たレデニアは、しかしゆったりとした時間が流れていた。
ストライダーが増えたとは言え、今は冬。その間に山の中に入るのはやはり危険だと言うことで、ストライダーとしての活動は次の春まで休止することになったのである。
一応、単独で坑道の神字を刻みなおした実績を持つカミケンだが、やはり雪の深い山道を歩くのは面倒なようで、作業スピードや効率を見ても冬に無理をする必要性を感じなかったそうな。
もしまたコリヌルガルのような強力な魔物が現れたなら、その場合には対処せざるを得ないが、それまではケンジの復調を待つのもあわせて、カミケンも休養を取ることになったのだった。
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自警団の詰め所にて、木刀のぶつかる音が響く。
しかし、それはいつもに比べて極端に音が少なかった。
代わりに木刀の音が響くたびに、『おぉ』とか『ほぅ』とか、感動するかのような、納得するかのような短い声が聞こえて来ていた。
何せ、今、訓練を行っているのはたった二人。
「やるじゃないか、粕谷。もうマナも戻ってきているのか?」
「ある程度はね」
詰め所にある訓練場の中心で、木刀を振るっているのはケンジとカミケンであった。
ストライダー同士の訓練を見れるとあって、他の自警団員はグラナルも含めて見学に徹したのである。
人を凌駕した身体能力を持ち合わせるストライダーが二人で打ち合う姿は、見ているだけでも楽しいものであった。
目で追うだけでも難しいほどのスピードが発揮されることもあるが、それでも娯楽の少ない田舎の町では、これほどの見世物などなかった。
とは言っても、ストライダーの中でも格差はある。
エストが言ったように、ケンジとカミケンでは地力が違う。召喚される際に付与される不思議なパワーにも隔たりがあったのだ。
ゆえに、カミケンの方が明らかに強い。単純な身体能力においても、マナによる強化補正幅においても、ケンジのそれを遥かに凌駕している。
当然、自警団内の下馬評でもカミケンの方が有利に動いていたのだが、目の前で繰り広げられている攻防においては、その下馬評が覆るような展開となっていた。
「そこッ!」
「甘い」
深く踏み込み、打ち込みに言ったカミケンの木刀が、ケンジによって軽くいなされた。
バランスを大きく崩したカミケン。隙だらけのその身体に、ケンジの木刀が叩きつけられる。
「それまで、ケンジさんの勝利ですな」
審判を務めていたグラナルによって、ケンジの勝利が宣言された。
地面に尻餅をついたカミケンは、ため息をついて天を仰ぐ。
「あー……悔しい」
「カミケンは対人戦に慣れてないんだな。面白いようにフェイントに引っかかってくれる」
「アレはチャンスだと思ったのに……」
「技術ではボクの方が上だな」
「もう一回やろう、粕谷!」
どうやら本気で悔しいらしいカミケン。
木刀を拾ってケンジに向き直る。
カミケンに勝利できる、と言うのに単純に優越感が半端なかったケンジも、その挑戦を受ける。
「いいよ。まだまだカミケンには負ける気がしないな」
「すぐに追い抜いてやる……」
そうしてすぐに、もう一戦が始まるのだった。
カミケンの技術がケンジに追いついていないのは、単純に経験値の差だ。
エストの元でたった一人、黙々と訓練していたカミケンは、所詮一人で訓練できる程度の練度にしかならない。
誰かに対する術である剣術は、一人の訓練では限界がある。
その点、グラナルや自警団の面々、果ては魔物を相手に訓練を積み続けていたケンジは、訓練相手に事欠かなかった。
そうして鍛え上げられた剣術は、単純な力を凌駕したのだ。
地力では敵わないカミケンに対して、技術を駆使して対面したなら、ケンジにも勝ち目が充分あったのである。
それは過日、グラナルに負け越していたケンジを見る様でもあった。
「良くやるわよね、こんな寒いのにさ」
「寒いからこそ、身体を動かすのもありなのよ。ほら、マリナも手伝って」
自警団の建物の中で昼食を用意している女性陣の中に、マリナとフィーナの姿もあった。
とは言っても、フィーナは忙しく働いているのに対して、マリナはただボーっと外を眺めているだけなのだが。
「私が手伝っても邪魔になるだけだって。味見役に徹するわ」
「そういってつまみ食いしようと思ってもダメだからね」
「ちょっとぐらいなら良いでしょ?」
「ダメです。働かざるもの食うべからず」
料理に伸ばされたマリナの手が、途中で強かはたかれる。
「料理を手伝う気がないなら、せめて食器ぐらいは用意してね。足りない分が地下の倉庫にあるはずだから、それを持ってきて洗うの」
「えぇ……」
「そうじゃないと、本当にマリナの分は用意しませんからね」
眇められたフィーナの目。
あの目は本気の目だ。
長い付き合いのマリナはそう察して、渋々ながら倉庫へ向かうのだった。
フィーナは、やると言ったらやる人間である。
廊下に出たマリナは、倉庫のありかを探してきょろきょろと見回す。
「あんまりここに入ったことないから、地下への階段なんかどこにあるかわからないんだけど……」
行く先がわからない上、マリナはコミュニケーション能力に問題がある。
通路を通りがかる人間に階段のありかを尋ねるのにも苦労するだろう。
それ以前に、訓練場での見世物がヒートアップしているので、建物内の廊下を通りがかる人がそもそもいなかった。
「自分で探すしかないか……」
「おや、マリナさん?」
渡りに船、と言うべきか。
迷子を始めようとしたマリナに声をかけてきたのは、ヨネスであった。
「良いところに来たわ、ヨネス! アンタ、この建物には詳しい?」
「詳しい、と言えるほどではありませんが……どこか行きたい場所でも?」
「地下の倉庫にちょっとね。……そうだ。荷物持ちにアンタもついて来なさいよ」
「……まぁ、今は私も暇ですし、構いませんけど……」
ヨネスの返答も聞かず、勝手にずかずかと廊下を歩いていってしまうマリナの態度には、ヨネスも思うところがあった。
倉庫までたどり着き、ヨネスが食器を探している間、マリナは倉庫の中を物色して回る。
「へぇ、魔術のかかった道具も置いてあるのね。自警団の連中に扱えるのかしら」
「マリナさん? ちゃんと食器を探してます?」
「探してるわよ。途中で目に付いたものを色々漁ってるだけで」
つまりはほとんど真面目に探していないのである。
だが、そんなマリナの態度にもヨネスは慣れっこであった。
小さくため息をつき、そのまま食器探しに専念する。
……その傍ら、ふと思い出した。
「そういえば、あの新しいストライダー……カミヤさんと言いましたか」
「それがどうしたの?」
「あの方の持っていた剣、アレは霊剣ファニアらしいですね」
「そうよ。アレは私とケンジが見つけたのに……」
そのことを思い出すと未だに腹が立つ。
レデンの棺を見つけ、その中から霊剣ファニアを発見したのはケンジとマリナであった。
カミケンはその後に現れ、横からお宝を奪い去ったのである。
マリナが腹を立てるのも仕方のないことだろう。
だが、ヨネスが気にしたのは別のことだ。
「不思議な話ですよね。あのレデンが剣を棺に入れるだなんて」
「そんなに不思議なことでもないでしょ。レデンって魔術に長けた人だったって話だけど、剣術も相当だったんでしょ? 愛剣を抱いて棺に入るのも、おかしい話じゃないでしょ?」
「そうでしょうか。私の読んだレデンの逸話によれば、彼女は剣を振るうのを嫌っている節があったと聞きます」
「んん……? 色々聞き捨てならないわね」
今ヨネスが吐いた短い言葉に、マリナの認識とは大きくずれてる点が幾つかあった。
「まず、レデンって男じゃないの?」
「レデンは女性だったと言われています。多くの話ではレデンを男性として扱うことがありますが、それは後世において『英雄的な働きをした人物は男性であるべきだ』と言う男性社会が捻じ曲げた嘘だったんです」
それ自体はよくある話だ。
この世界でも男性が政治的に力を持つことはよくある。その時世にレデンの逸話も、レデン自身が女性であることを疎み、男性として書き直され、伝えられたのだろう。
「レデンは女性でありながら類稀なる戦闘の才能を見せ付けたがゆえに、他者から疎まれ、辛い境遇の中を生きたとか。こんな辺境に町を作り、自分の居場所にしたのも厭世の念からなのでしょうね」
女だてらに戦士の真似事などしたなら、それは周りから嫌われてしまうだろう。
男性社会である戦士の中では女性のクセに強いとなれば、さらに反感を買うだろうし、女性から見ても粗暴な印象のある戦士となれば仲間に入れたくなくなる。
レデンが山の中にレデニアを作ったのは厭世の感情が理由である、と言われれば納得してしまう。
「彼女は古の戦の際、手に入れた霊剣ファニアをふるって英雄的な活動を成し遂げ、人々から持て囃されましたが、しかし戦士として築いた名声は、彼女にとっては快いものではなかった、と話していたそうです。ですから、後生大事に剣を抱いて棺に入るとは、ちょっと考えていませんでした」
「ちょっと待って。……じゃあ、レデニアン・グリムに書かれていた言葉が嘘だって言うの?」
「あの魔術書にファニアの記述はありましたが、それでもそんなに大々的な取り上げられ方はしていなかったと思いますが?」
確かに、霊剣ファニアについての記述はチラリと見かけた。
だが、レデニアン・グリムの中でもチラッとしか書かれていない。
魔術書なのだから剣のことを書くのはおかしいだろう、と思って、それほど深く考えてはいなかったが、レデンが剣士としての自分を嫌だと思っていたのなら、『自分の半分』などという表現を、ファニアに使うだろうか?
「……ごめん、ヨネス。食器を持っていくの、頼んで良いかしら?」
「え? どこへ行くんです!?」
「野暮用!」
倉庫を出て行ったマリナを、ヨネスが呼び止めるような暇すらなかった。




