28 無法者に鉄槌を
28 無法者に鉄槌を
「解せないな……」
キャンプ地に戻ったレイナーは、いつもの薄ら笑みを崩して、眉間にしわを寄せる。
「レデニアの連中、何を考えている」
彼が納得行かなかったのは、レデニアの判断であった。
最終的に会議の結論としては、今後の警備の強化と情報収集のみという、ほとんど具体性を持たない対策であった。
平和ボケをしているのならばそれで納得がいくのだが、レデニアはつい先日までボロボロの状態だったはず。それを短期間で立て直しただけの手腕を持つ人間がいるのならば、もっと有効な対策が出るはずだ。
正教に助力を求めるのも一つの手ではあっただろう。
そうでなくとも、レデニアの西部にある町、セルリナとは懇意にしていたはずだ。盗賊団の活動域がわからない以上、セルリナにも危険が及ぶ可能性はある。ならば二つの町が共同して対策に当たる、と言う考えも当然出てくるものだと思っていた。
レデニアは盗賊団の戦力を思い知ったはずだ。セルリナと協力しないと対応できるかどうかは怪しいはず。昨晩の出来事でも自警団の独力では盗賊団を取り逃がしてしまった。
さらに言えば、盗賊団が近くに潜んでいる現状、レデニアの防衛力は保持しておきたいはず。セルリナと足並みをそろえるための伝令にも人手は割きたくないはずだ。そこで伝令役に正教が名乗りを挙げれば、それに飛びつくだろうとまで計算していたのだが……。
「結果は日和見。まぁ、それはそれで悪くはない」
「良いんですか、隊長。あの町に取り入って、楽に冬越えをする予定が……」
「構わんさ。あと三日もある。彼らに揺さぶりをかけるには充分すぎる時間だよ」
部下の心配に対しては、いつもの薄ら笑みで答える。上司としては部下に不安を与えない、良いポーカーフェイスであった。
****
越冬とは、厳しい試練である。
レデニアのような山に近い地域では、当然雪も降るし、積もる。
雪の降り積もった土地では畑仕事なんて出来ないし、出来たとしても育つ作物などないだろう。木の実も雪の下に埋もれ、動物たちは冬眠し始め、冷気は身体を蝕み、延々と燃料を消耗する。
秋にいたるまでに準備を怠っていては、冬を越すのは難しかっただろう。
事実、レデニアはケンジが現れるまで、かなりギリギリの越冬を経験してきた。
貯金を切り崩し、なんとか物資を確保し、死に物狂いで冬を越えていたのである。
今年は収穫祭を開けるほどに作物が実り、なんとか市民全員分の物資の蓄えも用意できたが、それでも油断は禁物だ。
何か予想外のハプニングで物資の消耗が増えたり、今回の盗賊騒ぎなどで手間を取られることもある。
さらに言えば未だ北の山にはアグリム・ドゥガルが鎮座し、瘴気を吐き出し続けているし、魔物は瘴気の海で息を潜め、こちらを虎視眈々と狙っているであろう。
レデニアは今年もまだ、綱渡りの越冬をしなければならないのだ。
ゆえに、正教や盗賊の問題などにかかずらっている暇はない。出来るだけ早急に解決せねばならないのである。
「あの少年……」
昼間のうち、正教の騎士たちは農村付近の警備に当たっていた。
昨晩出没した盗賊団による正教のキャンプ地への襲撃を警戒するのであれば、当然と言える対応であろう。
そんな警備中の騎士の一人が、とある農村にて、ケンジの姿を発見していた。
ケンジは村を回って情報収集に努めているらしい。
村人と何かしら話しては、手を振って別れる。
そんなことを何度となく繰り返し、しばらくした後にレデニアの町へと戻っていく。
ケンジのほかにも、同じような年恰好の少女などがその仕事を行っていた。
「レデニアの人手不足も深刻だと見える。あんな子供を使わなければならんとはね」
ケンジのような少年少女が自警団の正規の団員とも思えないし、仮にそうだとしたなら、本当に人手が足りないのだろう。まさに猫の手も借りたい状況と言うわけだ。
しかし、そんな子供たちばかりを注視してもいられない。
正教の騎士たちが警戒しているのはむしろ、巡回中の自警団である。
町の自警団とは言え、二人一組で警邏し、至る所に目を光らせている。
あれでは盗賊団もうかつに行動できまい、などと感心してしまうくらいであった。
しかし、それでも盗賊団が噂どおりの戦力を有しているのならば、自警団とて物の数には入るまい。自警団が盗賊団を発見するのに要する時間は短くなるだろうが、たったそれだけだ。
きっと襲撃を止める事も出来なければ、取り押さえる事もままなるまい。
騎士はそんな様子を眺めつつ、予定通りの巡回経路を回り終え、キャンプ地へと戻った。
きっと彼はレイナーに『異常はなかった』と報告するだろう。
ケンジたちが村を回っていることこそが、警戒すべき点であったのにも気付かずに。
****
その夜にもまた、一騒動起きる。
夜の闇に紛れて、再び盗賊団が暗躍を始めたのだ。
農民が寝静まった夜中を狙って、適当な農村付近へと布陣する。
「では、手はずどおりに」
「了解」
リーダー格らしき男に指示され、後ろに控えていた騎馬兵が村へと突撃をかけていく。
騎馬兵の手には長柄の武器が握られており、そのまま走りこんだ勢いのままぶつかれば、相当な破壊力を発揮するであろう。さらに言えば、馬にも魔術によって強化が施されており、馬たちもちょっとやそっとの衝撃ではビクともしないようになっている。
準備万端で村へと突撃していく騎兵たち。
しかし、その先頭を行く馬がある一点を通り抜けたその時、
「うぉ!?」
突然、閃光が走る。
気がつくと、地面には輝く模様が浮かび、それによって盗賊団の姿を闇夜の中でも煌々と照らしているではないか。
「な、なんだ、これは!?」
「魔術、罠か……!? いや、こんな規模の魔術をどうやって……!?」
「撤退!」
すぐに号令がかかる。
騎兵たちはその場から速やかに転進し、散り散りになって逃げ出そうと馬を走らせる。
……だが、
「ぐぉ!?」
「ぶあッ!?」
輝く模様の縁までたどり着くと、馬だけは模様の外へ、上に載っていた人間は壁のようなものに阻まれて馬から落っこちる。
「結界か!? 手の込んだ真似を……ッ!」
「しかし、どうやって!?」
この規模の罠を張るとなると、入念な準備と相当な力量の魔術師か、複数人の魔術師を要する。盗賊団がどの村を襲うかわかっていなければ、まず出来ない罠である。
「敵に情報が漏れていた……? いや、そんなはずは……」
「それより、迎撃だ! 来るぞ!」
この結界の発動や維持にも相当の魔力を要する。
恐らくは、闇に紛れてかなりの人間が囲んでいるはずだ。
馬から落とされた数人と、まだ馬に乗っていた十数人が、輝く模様の中心付近で陣取る。
この暗闇の中、結界内だけは昼のように明るい。散開していては各個撃破される。固まって防御陣形を取るのが得策だろうか。
「盗賊団に告げる!」
「むっ!?」
どこからか、声が聞こえてくる。
「無駄な抵抗はやめて、大人しく投降しろ。そうすれば命ばかりは助けてやる」
「ふふ、バカな事をいう。貴様らこそ、命が惜しくばすぐに逃げ帰ることだな! どうせ貴様らでは、我々を倒せまい!」
「……よろしい、では試してみよう」
声がそう言うと、盗賊団の足元で輝いていた模様が、じわじわと狭まっていく。
その範囲は見る見る内に半分ほどの大きさまで迫った。
「な、何をするつもりだ!?」
「先ほど、君たちも経験したように、その結界は人間のみを判別して通さないように設定されている。このまま結界を狭めれば、君たちは臼で挽かれた木の実のように潰れてしまうだろう」
「ぐっ……」
声の言っていることには間違いはないだろう。
先ほど、馬は素通りし、馬に乗っていた盗賊のみ地面に落っこちた。あれが人間のみを通さない結界なのだとしたら、本当に潰されてしまう。
「魔術師、結界の解除はまだなのか!」
「この術式、見たこともないんです! 解除の方法が……ッ!」
魔術には対抗呪文が存在している。ある程度知識のある魔術師ならば、相手の魔術を解除することも可能だろう。
だが、それも魔術としての構築がわかっていればこそである。全く未知の魔術に対しては、解呪の方法がないのだ。
そうこうしている間にも、結界はその範囲をじわじわと狭めてくる。
「仕方ない、合図だ」
「りょ、了解」
リーダーの言葉で、魔術師が空に高く、火球を打ち上げた。
それは空高くで弾け、まるで花火のように夜空を照らした。
この合図の直後、少し離れた場所で馬のいななきが複数聞こえてきた。
「捕まった数が少ないと思ったら、隊を分けていたか」
結界を張ったらしき声は、なるほど、と納得するかのように唸る。
目の前で結界に捕まっている数は、予想の半数にも満たない。
何の防衛力もない農村を襲うなら、あの程度でも充分すぎるだろう。他の人間はもしもの際に備えて、第二陣として控えていたのだ。
「奴らを逆に包囲しろ! 魔術師を探し出して、殺せ! そうすれば結界も消えるはずだ!」
大声によって指示が飛び、第二陣が足音もけたたましく、こちらへと殺到してくる。
ドカドカと土を蹴飛ばす音は、まるで騎馬隊の一斉突撃のような、敵の恐怖心を煽るような音であった。
のだが。
「なっ……!?」
「あ、あれ!?」
結界の四方八方から現れた騎兵は、そのまま結界の手前まで現れてしまう。
「どういうことだ……? 我らを囲んでいたのではないのか!?」
「ここに来るまで、人影は誰も……」
「誰も……!? バカな、これだけの結界だぞ!」
結界の術式の複雑さや規模などを考えれば、十人ほどの魔術師によって発動、維持されるレベルの魔術だ。
それが全くバレないように隠れると言うのは現実的ではない。
「どういう……ことだ……!?」
理解の追いつかない状況に追いやられて、リーダーも指示が上手く飛ばせない。
その間に、結界はまたも形状を変える。
「はい、張りなおし」
「うぉ!?」
結界は一度解かれ、またすぐに展開しなおされる。
それによって第二陣もまた、結界の内側へと収められた。
「これで大体全員かな」
「貴様……!?」
第二陣を完璧に収容した結界を見て、結界の主が姿を現す。
それは、ケンジであった。
「あの時の少年……!? 貴様がこの結界を!?」
「そうですよ、レイナーさん」
「うっ……!?」
今や、結界に照らされて、その人相までも明るみに出されている。
盗賊団の中心にいたリーダー格の男は、間違いなくレイナーであった。
「貴様……どうやってこの結界を……どうして私が盗賊団だとわかった!?」
「話すと長くなりますし、あなたたちに教える義理はありません」
そこには種も仕掛けもある。といっても、単にブレイヴから得た記憶がそのまま盗賊活動の作戦会議の部分を有していたと言うだけの話だが。
結界に関しては、レデニアン・グリムに収録されていた特殊な結界を使用したのだ。レデニアン・グリムはレデニアを興した英雄、レデンの遺した独自の魔術書。他の魔術師が結界の術式を読み取れなかったのはそういうわけだ。
その複雑な術式の構築には、ヨネスを筆頭に、レデニアの魔術師が図を描き、農村の民がそれを忠実に地面へと描いた。
術式を刻んだのが魔術師ならともかく、農民が地面に絵を描いていても、正教の騎士たちはそれほど警戒しまい。
また、魔法陣の発動だけならば魔術が不得意であるケンジでも可能である。
ケンジたちは魔術師からの指示を農民へと伝え、昼間には農村を走り回っていたわけだ。その後、農民は言われたとおりに陣を敷き、夜に備える。
あとは盗み見た記憶の予定を逆手に取り、罠を張って待ち構えるだけだ。
結界の発動、維持に必要な魔力は、ケンジの中に溜まっている大量のマナによってまかなわれている。この結界はケンジ一人によって維持されていたのだ。他の魔術師など、近くには存在していない。
蓋を開けてみれば、結構簡単なことである。
だが、それをレイナーに説明してやるほどお人よしでもない。
「正教を敵に回して、どうなるかわかっているのか! 我々は正教の実働部隊だ! その任務を妨げたとなれば、こんな田舎の町程度――」
「しかし、そうはいかん」
「なっ!?」
暗がりから、ケンジではないもう一人の男が顔を出す。
それは庁舎にて、ケンジと共に会議を盗み見ていた男であった。
「あ、あなたは……」
「私は正教騎士、ロルトレン。久しいな、レイナー」
ロルトレンと名乗った男は、正教のシンボルである角十字が描かれた鎧を纏い、レイナーへと笑みを見せる。
対してレイナーの方は苦虫を噛み潰したような顔であった。
「どうして、あなたがここに……!?」
「どうしても何も、貴様らが何をしてきたかを思い返せば、おのずと知れるはずだがな?」
レイナーたちは各町を渡り歩き、正教の名を笠に着て、横暴の限りを繰り返していた。
正教は今や、かなりポピュラーな宗教となっている。とある国では国教とするぐらいだ。影響力は計り知れない。田舎の町などでは、正教の名前だけで荒事を恐れ、態度を軟化させてしまうだろう。
セルリナでもレイナーたちはかなり横暴な態度を取り、かなり煙たがられていた。先日、レデニアに宛てられて届けられた手紙は、レイナーたちが近くにいることを注意喚起する内容だったのだ。
さらに、正教への抗議も行っていたセルリナにより、正教内でもこのことを問題視し、この度、ロルトレンを含む、正教上級騎士を派遣したのであった。
「貴様らの所業は、私がとくと見させてもらった。これは弁解の余地もないな。この件は正教本部へと持ち帰り、裁判にて決着させてもらう」
「そ、そんな……私たちはただ……」
「ただ、なんだ? 見ず知らずの他人に迷惑をかけ、正教の名を貶め、その上嘘による自己弁護でもしようというのか? ますます貴様の立場を悪くするだけだと思うがね」
全く取り付く島もないロルトレンの物言いに、レイナーはついに口をつぐんでうなだれてしまった。
こうしてレデニア付近で起こった盗賊団事件は収束したのである。
****
その後、日が昇った後に自警団が到着し、盗賊団の武装を解除させて捕縛しなおす。
さらに時間を経て、ロルトレンの率いる正教の部隊がやってきてレイナーたちの身柄を受け取り、彼らを正教本部へと連れて行った。
今後はこんなことがないようにする、と堅く約束してくれたが、はてさて、どの程度信用できるものやら。
ロルトレンは誠実な男であったが、レイナーもまた正教の騎士であった。
その両極端なインパクトを与えてきた騎士を擁する正教は、やはり手放しで信用できる集団ではない、とケンジは思った。
今後、正教と接する時には、今まで以上に警戒しなければならない、と気を引き締めた。
余談だが、後日、正教から慰謝料として大量の金が輸送されてきた。
それによってレデニアの金庫事情はかなり潤った。
TIPS
トーメントで手に入るブレイヴの範囲
今回、正教の連中からブレイヴを得て、特にレイナーの記憶を盗み見ることで事件の被害を最小限に止めることが出来たわけだが、本来のブレイヴの使い道とは若干外れている。
ブレイヴを使用した時、スキルを有していた人物の記憶を継承するとはいえ、それはスキルを習得するのに必要な範囲のものであるはずであった。
これが今回、極最近のレイナーの記憶を垣間見ることが出来たのは、偶然や奇跡に近いものであった。
あるいは、エストが正教の連中を疎んだがゆえに起きた神の御業であったのかもしれない。
その場合、恐らくエスト本人に自覚はないだろうが。




