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24 農村のルール

24 農村のルール


収穫祭から数日後。

 穏やかな秋の日が過ぎていく中、レデニアの町に建てられた自警団の詰め所の中では、今日も元気に訓練の音が響いていた。

 同じ団員同士で木製の武器を使って、模擬戦を行っているのだ。

 同じ程度の力量を持つもの同士がペアを組み、真剣に勝敗を競っている。

 その中には元は凄腕の冒険者であった現レデニア市長のグラナルと、彼の相手をしているケンジの姿があった。

 グラナルは冒険者であった頃、その剣を振るわせれば百の傭兵にも匹敵すると言われたほどの剣士であった。その一端は、レデニアに瘴気が迫った時にも見せていた。

 ケンジもその評判を、身をもって感じる。

 実際に剣を合わせてみると、その強さが窺い知れた。

「ほっ……ッ!」

 切っ先が下がっていた剣は、グラナルが息を一つ吐くと共に、急速に近づいてくる。

 機を悟らせぬかのように、流れるような動きで放たれる突き。

 その瞬速の動きは、ストライダーとして身体能力が向上しているはずのケンジでも、見逃してしまうほどであった。

「ぐぅ……!?」

 しかし、ここで負けていられない。何せケンジも救世主として呼ばれているのだ。

 グラナルの木剣を横から弾き、軽く距離を取る。

「ほぉ、なかなかやりますな、ケンジさん」

「グラナルさんこそ……未だに冒険者としてもやっていけるのでは?」

「はっはっは、老体に冒険は堪えますよ」

 謙遜するグラナルであったが、しかしケンジの言葉は心よりのものであった。

 あの突きの鋭さはちょっと油断できない。

 あれは単純な速さと言うよりも、技術の高さから来るものだろう。

 機を悟らせないと言うのは、それを相手取るにはかなり面倒なものである。

 相手が攻撃する初動を見切ることが出来なければ、対応がそれだけ遅れる。機を悟らせないと言うのはそれを能動的に行う技術であった。

 これはブレイヴを使って手に入れても、一朝一夕では身体に馴染むようなものではない。

 コツコツと年月を重ねて剣の道を歩いたものによる、奥義に近い技術だ。

「しかし、ケンジさんも侮れない。先ほどの突き……まさか捌かれるとは思いもよらなかった。なんなら、アレで決める腹積もりであったのに」

「ボクだってギリギリですよ」

 グラナルの上手さを、ストライダーとしての身体能力を使って凌ぐのがやっと。

 今まで超人たる力におごっていた自分の慢心を呪う。

「これからはちゃんと、訓練も怠らないようにしないと」

「はっはっは、付き合いますぞ、ケンジさん。ではもう一度手合わせを――」

 二人がもう一度、訓練を再開しようとした時、

「た、大変だ! 市長さん、ストライダー様!」

 詰め所に、慌てた様子の男が駆け込んでくる。

 見ると、それは近隣の農村に住んでいる農夫であった。

「どうしたんですか?」

「た、大変なんです……村に、村に」

 ケンジとグラナルはすぐに顔を見合わせ、農村へ向かうことを決めた。


****


 馬に乗って農村までやってきた二人が見たものは、他所からやってきた旅団と農村の民の言い争いであった。

「ここは俺たちの村で、俺たちの畑だ! 余所者は出て行け!」

「何を言いやがる、急にやってきて我が物面ってのはどういう了見だ!」

 面白いことに、そのどちらもが同じような主張をしているのである。

 両者は確かに、農村に住んでいる農夫や農奴と、他所からやってきた旅団であるにも拘らずだ。

「どういうことだ、こりゃ」

 困惑したのはケンジ。旅団の方が変な言いがかりをつけているのかとも思ったが、しかしその真に迫るような口ぶりは、まるで嘘を言っているようにも思えない。

 だが、間違いなく旅団である。彼らの背後には荷物を載せた馬車などが待機しており、遠方からやってきたことが窺える。

「どうします、グラナルさん?」

「ふむ、まさかこんなことになろうとは……」

 判断しかねる状況に戸惑うケンジとは対照的に、グラナルは一人得心しながらも馬を進め、騒ぎの渦中へと入っていった。

「双方、静まれ」

「グラナルさん!」「グラナル市長!」

 村民と旅団の両方から、グラナルの名前が呼ばれる。

 つまり、グラナルは両者共に知り合いなのだ。

「市長、どうにかしてください! こいつら、急にやってきて、畑や村を自分のものだと嘯きやがる! 盗人猛々しいにもほどがある!」

「それはこっちのセリフだ! どこのどいつかも知れない奴らに、俺たちの畑を渡してたまるか! 早く出て行きやがれ!」

「まぁまぁ、落ち着きたまえ」

 激昂する両者の間に入り、グラナルはなだめるように言う。

 しかし、村民にとっても旅団にとっても、そんな言葉で落ち着ける状況ではない。

「どういうことなんだ……」

 どうやらグラナルも状況を把握しているようだ。ここでつまはじきにされたのはケンジのみである。

 暴力沙汰になった際の抑止力としてストライダーを連れてきたのだが、まさか一番除け者にされるとは思っていなかった。

 首をかしげるケンジの横に、もう一騎、馬が並んだ。

「彼ら……旅団の方は元々、レデニアの近隣を開墾した農民たちです。恐らく、先日の収穫祭の話を聞きつけて、レデニアの様子を見に来たのでしょう。祭りを開けるのならば、平和になったのでは、と」

「フィーナさん」

 やって来たのはフィーナ。乗馬用のズボンをはいた姿も、りりしくていらっしゃる。

「どうしてここに……?」

「私も報せを受けまして、父では手に余るだろう、とやってきたんです」

 確かに、グラナルはフィーナよりも政治力に関して劣っているように感じることが多々ある。

 それに農村関連の問題に関しては、フィーナが力を入れてきた事案である。この場を収めるのには適役だと言えるだろう。

「元々の農民って……アグリム・ドゥガルの襲撃で逃げ出したって言う?」

「ええ、あの顔ぶれの中に、私も見知った顔があります。間違いなく、農村の村民だった方々です。彼らが自分の畑の所有権を主張するのも、道理である一面もあるでしょう」

 レデニアは歴史の深い町でもある。

 過去の英雄、レデンがここに町を築いたのも数百年前だとされる。レデニアン・グリムもそれだけ古い書物であるがゆえに、希少価値も高く、魔術協会もそれに食いついたわけだ。

 そんなレデニアの付近に存在している農村もまた、同じような歴史を積み重ねてきている。

 元々歴史のある村に住んでいた村民にも、先祖の眠る土地に愛着はあるだろう。どこぞの農奴に自分たちの土地を渡すのは我慢しがたいことと言うのもわかる気はする。

「でも、急に戻ってきて我が物顔っていうのは……」

「そうですね。ですから、私のほうからお話します」

 フィーナはそう言って笑顔を零す。

 心なしか、その笑顔に空寒さを覚えたのだが、ケンジの気のせいだっただろうか?

「みなさん、落ち着いてください。私から説明します」

 ケンジの心中を死ってか知らずか、フィーナは悠々と馬を進める。

 フィーナの登場に、農民たちは水を打ったように静まり返ったが、旅団の方はさらに声を荒げる。

「市長の娘さんが何の用だ!? 話し合いの邪魔だ、帰ってくれ!」

「今回の農村の件、ほとんどの事柄を預かっているのは私です。ここからは私がお話を窺います」

「娘さんが? ふざけるなよ、女に町の運営なんか……」

「あなた方がどう思おうと、事実そうであることに変わりはありません。お話する気がないのでしたら、どうぞお帰りください」

 有無を言わさぬ、強い物言い。

 女性だてらに役人と言う仕事を請け負っているフィーナにとっては、いつもの調子である。

 だが、それを聞いて旅団はさらに顔を赤くする。

「調子に乗るなよ、小娘がッ!」

「おっと」

 フィーナに飛び掛りそうになる旅団の男の前に、いつの間にか白刃が。

「うっ……」

「話し合いをするだけなら、私も見ているだけで済むのですがね」

 剣を抜いていたのはグラナル。いつもながら機を窺わせぬ抜刀であった。

 対して旅団はほとんど武装していない。仮に武装していたとしてもグラナルを相手にしてまともに生き残る自信がなかったか、男も黙って退いた。

「市長、ありがとうございます」

「うむ、ここはお前に任せてもいいかな?」

「はい、お任せください」

 権利の受け渡しも終わり、フィーナがグラナルの前に出る。

 馬から降り、旅団たちと目線を合わせた。

「では、ここからは正式にこの私、レデニア庁舎の役人であるフィーナがお受けいたします」

「……じゃあ、アンタと話をしよう」

 冷静な態度のフィーナに対し、一度深呼吸をした旅団の男が前に出た。

「ここは俺たちの畑だ。そうだな?」

「そう主張する根拠を教えてください」

「……元々、俺たちはここに住んでいた! 俺たちの先祖だって、この畑を切り拓き、大切に育てたんだ! だったら俺たちの畑だろうが!」

 旅団の主張は、確かに正しい。

 元々彼らの土地だったのだから、今も彼らの土地である。真っ当だ。

 だが、そこに付随する様々な要素が、今回の件では重要になる。

「あなた方の主張はわかりました。では、お伺いしますが、あなた方は枯れた土地、やせた土地、荒れた土地の開墾方法をご存知でしょうか?」

「ご存知も何も、それを仕事に飯を食ってたんだ! 当然だろうが!」

「ならば、その大変さも重々ご承知でしょう。……では重ねてお伺いします。土地を一年や二年も放置したなら、その土地がどうなるかはご存知でしょうか?」

「うっ……」

 旅団の主張に対して、フィーナが対立する理由はそこにある。

 旅団の連中はアグリム・ドゥガルの襲撃や瘴気による危機を前に逃げ出した。

 彼らの中でも逃げ出した時期はまばらであろうが、早いものならば最早二年半近くも土地をほったらかしにしていただろうし、短いものでも一年近い期間を空けている。

 その間に『自分たちの』土地がどうなったのか、予測できない農夫などいない。

「私たちもあなた方の権利を最大限尊重し、再三帰ってくるようにとお手紙を出させていただきました。しかし、それに対する返答はなく、実際帰ってきてくださる方はほとんどいらっしゃいませんでした」

「そ、それは、手紙が届いてなかったんだ。アンタは俺たちがどこにいるかも知らなかったんだろう?」

「だとしたなら、我々に行く先を伝えず姿を消した、と言うことになりますが、それは逃げ出した、土地を放棄したと判断するに充分たる行動ではありませんか?」

「じょ、情報伝達が上手くいかなかったのは、俺たちの所為じゃない! 誰かが仕組んだことだ!」

「それは誰です?」

「そんな事ぁ知らん! 手紙を輸送したヤツかもしれんし、アンタたちに俺たちの行方を教えなかったヤツかもしれん!」

「よろしい、では何者かによって我々コミュニケーションが不全になったとしましょう。ですが、それが一年から数年の間、自分たちの土地を放置する理由になりますか?」

「ここは危険な町だった! アグリム・ドゥガルがやってきて、瘴気が近くまで来て、それで逃げ出さないほうがおかしい!」

「私たちは逃げませんでしたし、現在も命を繋いでおります。この判断が狂気の沙汰だったとしても、現実として事実です。それに……逃げ出したことをお認めになるのですね」

 自分の失言に、男は喉を詰まらせた。

 その隙を、フィーナが見逃すはずもない。

「我々としましては、レデニアの運営が十全に行われるように差配する義務があります。市民の方、ひいては近隣の農村の方々とも協力していただく契約となっていたはずです。我々は近隣の農村も守るために最大の努力をします。その見返りとして、あなた方農民も野良仕事に精を出していただき、食物を供給していただく。立派なギブアンドテイクですね」

「だから、アンタらはアグリム・ドゥガルから町を守れなかっただろ!」

「……おかしいですね? レデニアはこの通り、無事です」

 フィーナの指差した先、健在たるレデニアの町がある。

 確かにアグリム・ドゥガルによって危機に晒されはしたが、それを跳ね除けるだけの強さもまた、レデニアには備わっていた、と言えなくもない。

「我々としましては、一年から二年半もの間、契約を反故にされた挙句、あなた方に所有権を主張されても困るんですよ」

「な、なにを……」

「農村の実りは即ち食べ物です。人は食べなければ生きていけません。つまり農村とは町の生命線です。それを放置された上で、私たちは長い間、あなた方を尊重して行動を取ってきたつもりです。しかし、その全てが無為に終わりました」

「ま、待ってくれ、娘さん。俺たちは……」

「率直に申し上げて、あなた方の土地、などというモノは、今のレデニア領にはありません」

 まさに一刀両断。

 反論の余地すら見せないフィーナの言葉に、旅団の面々は静まり返ってしまった。

 奇しくも、フィーナの登場から既に黙りこくっていた農民たちと鏡写しのような状況である。

しかし、ここで終わらないのがフィーナである。

「ですが、あなた方が過去にレデニアに対して、多大に尽力してくださった事実もまた覆せません。ゆえに、私どもにはあなた方に提案するプランがあります」

「ぷ、プラン……?」

「ええ、この畑のような一等地は流石に無理ですが、この近隣には未だ手の入っていない土地はいくらでもあります。元々畑であった場所も、再生が追いついていないのです。そこでよろしければ、もちろんあなた方にお貸しすることは出来ます」

 その提案に、旅団の面々は顔を見合わせる。

 察するに彼らは居候先で居場所をなくしてしまった人間なのだろう。

 居候先と揉め事があったとか、下宿先に支払う代金がなくなったとか、その理由は様々であろうが、出て行った先にいられなくなったから、今頃レデニアに戻ってきたのだ。

 だから自分たちの行動を棚に上げて、元々自分たちのものであった土地の所有権を主張し、そこに居座ろうとしている。

 その弱みをフィーナは既に見透かしている。

「もちろん、農具一式もお貸ししますし、住居も可能な限り用意しましょう。これから準備をしたなら来年の春には種まきも出来ましょう。次の秋に出来た作物は我々が買い上げますし、それまでの生活の保障もします。貸したお金は流石に目処が立った頃に返していただきますが……それでも破格の条件かと思います」

 彼らに必要なのは、安定した衣食住。

 誰に気兼ねもなく生活できる環境だ。

 借金を背負うことによって、多少はリスクが発生するものの、居候先で肩身の狭い思いをするぐらいならば、レデニアに戻って百姓生活をするのも悪くはあるまい。

 フィーナとしては、安く労働力を得られるのならば万々歳だ。元々レデニアの農民だったのならば教育の手間も省ける。

 今もレデニアの第一次産業は伸び白の多い状況である。それを改善できる人材が、こちらに好条件で雇えるのならば言うことはない。

「いかがでしょう?」

「……わ、わかった。この土地はこいつらにくれてやる。代わりに別の畑を貰う」

「では契約成立ですね! では追って契約書の作成をいたしましょう。その時に詳しい契約内容をお話いたしますわ」

 飛び切りの笑顔を見せるフィーナ。対して旅団の連中は少し安堵したような表情を浮かべている。

 だが農民の人々は何故だか生暖かい瞳で彼らを眺めている。いかにも『地獄へようこそ』と言わんばかりだ。

 一体フィーナはどんな指揮を執って農民を操っているのか……。

 想像するだに恐ろしい。

 その光景を見ながら、ケンジは先ほど覚えた寒気の正体を知る。

「女の人って、怖い……」

 一度、彼女を押し倒したなどと、自分はどれだけ命知らずなのだ、と思ったぐらいだ。

 そんな恐怖を覚えて小刻みに震えるケンジの横を、庁舎の役人が駆け込んでくる。

「フィーナさん、大変です。セルリナから報告がありました!」

「セルリナから……? なにかしら」

 セルリナとはレデニアの町から街道を西へ進んだ先にある町である。

 レデニアとの交流は昔から続いており、近所では一番仲のいい町であると言えよう。

 そんな町から急ぎの報せである。

 役人から書状を受け取ったフィーナは、少し眉を動かした後、

「市長、ケンジさん、すぐに庁舎に戻ってください。大事なお話があります」

 神妙な顔をしてそんなことを言った。

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