23 お祭りの夜
23 お祭りの夜
涼風薫る季節。
レデニアの南に広がる森の中にも、色づき始めている葉っぱが幾つも見られるようになっていた。
そんな中、ケンジはエストの泉へとやってきていた。
「ボクより以前に、七人のストライダーがいたって聞きました」
『……そうですか。いずれは話さなければならないと思っていましたが、知ってしまったのならば仕方ありませんね』
ケンジの問いかけに、エストは否定しなかった。
そもそもマリナから聞いた話が嘘であるはずもなかったのだから、この結果は予想通りだ。
だが、
『正確に言えば、あなたより以前にいたストライダーは八人、あなたは九人目のストライダーです』
「九人目? マリナは八人目だって……」
『町の人間が知らないのも無理はありません。彼らの知らない残りの一人は、ブレイヴを受け取ってすぐ、廃人と化したのですから』
「は、廃人!?」
『あなたには脳のキャパシティの話はしましたね。彼は自分の身の程をわきまえず、強力なブレイヴをその身に宿し、そしてその負荷に耐えられなかった脳がパンクし、廃人と化しました。結果として、レデニアにたどり着くことも出来なかったのです』
「そんな……」
誰にも知られなかった一人のストライダー。
この世界にやってきてすぐ、自業自得ではあっても、誰にも知られずに死んでしまった。
そのストライダーのことを思うと、ケンジはなんとも言えない気持ちになった。
一歩間違えば自分も、そうなる可能性はあったのだ。
「で、でも、ボクより前の八人について、エストさまが教えてくれなかったのはどうしてですか?」
『私も何人ものストライダーと接してきて、いろいろと勉強しました。……幾人かのストライダーは、それより以前に失敗したストライダーがいると教えられると、著しく意気消沈していました』
それはそうだ。自分より前に失敗した人間が何人もいた、なんて聞かされれば、凡百の人間は『自分も失敗してしまうかもしれない』と言う不安の方が大きくなるだろう。
ストライダーがどういう選考基準で選ばれるのかはわからないが、逆境に燃える人間を選んでいるのでなければ、失敗例を挙げ連ねるのは愚策だろう。
そう考えれば、エストの判断は間違いではないはずだ。
『私はあなたにも十全の力を発揮していただきたかった。ですから、以前のストライダーのことはある程度タイミングを見てお話しするつもりだったのです』
「そうだったんですか……」
『ですが、私の思わぬ形で、あなたも不安を抱くようなタイミングでお話しする形になってしまったのは、私の落ち度です』
「い、いえ! そんなことはありません!」
エストの言葉を、ケンジは強く否定する。
「ボクは意図が聞きたかっただけです。確かに、ボクより以前に八人ものストライダーがいたのはショックでしたけど、それでもやる気がなくなったなんてことはありませんから」
『そう……ですか。それは、安心しました』
安堵したエストは笑顔を零す。
それを見て、きっと期待にこたえよう、とケンジは思ったのだった。
****
秋である。
夏からこっち、レデニアはずっと再生に努めてきた。
グラナルやフィーナ、そしてケンジたちの尽力のお陰で、町の設備は復活し、人口は回復し、治安は著しく向上し、農村はかつての賑わいを取り戻し、他の町との交流も再開されつつあった。
極め付けに、フィーナの予想よりも早く、坑道までの道の整備が終わり、坑道の再生に手がつけられるようにもなっていた。
今後はエストの泉の水によって、坑道内の瘴気を浄化し、それから作業員を募集して、ようやく採掘が始まる。まだまだ先は長いとは言っても、坑道を解放するより以前から考えれば、かなりの進歩だと言えるだろう。
この半年で、レデニアはアグリム・ドゥガルの影響によって被った被害を、ほとんど回復できたと言っても過言ではなかった。
そんなある日、町では盛大な祭りが開かれることとなった。
それは、ここ最近のレデニアの復興と、近隣の農村が豊作の秋を迎えたことを祝って開かれるものである。
資金は町の運営資金から出資され、農村で働いていた農夫や農奴ももちろん町の中へと迎え入れられ、レデニアの圏外からも人がたくさん集まり、これまでにないほど盛大なお祭りになることとなった。
祭りは日の高いうちから始まり、町の広場には櫓が組まれ、屋台が幾つも出店され、人々が集って大騒ぎを始める。
エストの泉から戻ってきたケンジも、その祭りの中に混じり、なんとなくその辺をぶらつくことにした。
広場の喧騒は多少の荒事を含みつつも、それも祭りの華として飲み込んでいく。
あまり大騒ぎになると自警団が出張ってきてそれを鎮圧したりはしているが、さほど大事にはなっていないようであった。
「自警団も割りと仕事してるんだなぁ」
そんな様子を眺めつつ、ケンジは出店で買った肉料理なんかをつまみながら櫓の周りを見て回る。
自警団も発足から数ヶ月ほど経っており、練度も徐々に向上し、現在ではそんじょそこいらの冒険者パーティ程度ならば鎮圧できるほどまで成長した。
祭りで管を巻いているごろつき程度などは、既に敵の数ではないのである。
「あら、ケンジさんもお祭りを見て回っているんですか?」
「フィーナさん」
ケンジが見物していると、偶然、フィーナに出くわした。
「フィーナさんも祭りを見て……いや、仕事か何かですかね?」
「ええ、残念ながら、仕事がいっぱいありまして」
庁舎の役人、しかもフィーナほどの役職となれば仕事は山積みだろう。
自警団の指揮なり、出店の品質調査なり、参加者の監視なり、人手は幾つあっても足りないぐらいのはずである。
「ボクも何か手伝いましょうか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。というか、手伝ってもらってはいけないのです。何故なら、ケンジさんは今回のお祭りの主役の一人でもあるんですから」
「主役……?」
「そうですよ。今回のお祭りは豊穣の実りと、レデニアの再生を記念したお祭りなんです。町の再生はケンジさんの助力なしではありえませんでした。だから、ケンジさんは主役の一人なんです」
改めてそう言われてしまうと、少し照れくさい感じもする。
だが、一方で自分の功績がこのような形で実を結んだというのも誇らしい気持ちになるものだ。
これまでの苦労が、これまでの頑張りが、市民の笑顔となって実現したと言うことを、ケンジは改めてしみじみと実感した。
「なんか……ようやくここまで来たって感じですね」
「ええ、これもケンジさんの力あってこそです」
「でも、まだまだ先は長いわよ」
急に別の声が混じってくる。
見ると、フィーナの影で出店の料理を食んでいるマリナがいた。
「マリナ……急に出てきて水を差すような事を言うなよ」
「事実でしょ。まだアグリム・ドゥガルは健在、棲み処の洞窟までの道のりもまだまだ遠い。坑道を解放できたのは大した成果だけど、それだけで喜んでるようじゃ、邪竜討伐も夢のまた夢って話よ」
「くっ、事実だがせっかくのお祭りに、冷や水を浴びせるような言葉は慎んでもらおう」
「ふん、暢気にお祭りを楽しんでる奴らも同じよ。現実が見えてないのかしら」
肉料理をパクつきながらのセリフだとは全く思えない。なんならマリナが一番楽しんでいるのでは?
だが、楽しむことの何がいかんと言うのか。
たまには目の前の不安や恐怖を忘れて、一時の喜びや楽しみに興じることも人間にとっては必要なことだ。
ならば祭りを謳歌してなんの罪があろうか。いやない。
「お祭りを楽しんでる人たちを見ながら、自分は斜に構えて、大人ぶった振りをして上から目線で冷や水を浴びせかける……マリナ、君はそんなだから友達がいないんだぞ」
「はぁ!? 今なんて言った!? 誰の友達がいないってぇ!?」
「いるのかよ?」
「い、いるわよ! めっちゃいるわよ! なんなら人類総友達よ!」
「……レデニアだけで見ても超浮いてる存在のクセに、よくもまぁ、そんな大法螺を吹けるもんだな……」
「なによ、アンタこそ友達なんかいないんでしょ! 『ボクも、元の世界では嫌われてた』とか言っちゃってさ! かっこつけてるんじゃないわよ! 友達いないのはアンタも一緒でしょうが!」
「おぉ、よく言ったな、コイツ! そこに直れ、鉄拳制裁を加えてやる!」
「まぁまぁ、二人とも。その辺にしておかないと、自警団をけしかけますよ」
そんな風に三人で騒いでいるのも、お祭りの一部として飲み込まれていく。
なんと穏やかな一日であろうか。
祭りには大量の人間が参加している。
屋台や出店を開いている商人はもちろん、それに群がる客もレデニアの町の人間ばかりではない。
近隣の町からも見物や商売に来ている者もいるし、なんなら遥か遠方からやってきた者もいる。その目的も様々だ。
そして、その中には正教の宣教師も存在していた。
町の目立たぬところで人を引っ張ってきては宗教勧誘にいそしんでいたのだが、レデニアはエストの加護を受けている土地である。レデニアだけでなく、近隣の町も土地神が支配している土地だ。宗教勧誘は上手く行っていないようであった。
それでも彼らはくじけない。この程度でくじけるようなら、布教などはそもそも行っていないだろう。
「おお、そこのあなた」
「……はい?」
そこで宣教師が選んだのは、旅の人間である。
遠方からはるばるやってきた旅人ならば、付け入る隙があるのではないか、と思ったのだろう。
今回も、フードを目深にかぶった男がターゲットに選ばれた。
「神を信じますか? 我らの神は確かに存在します」
「神……か」
男は自分のあごをなでて、ふむと唸る。
男の声は少し高く、少年のような声をしていた。
「見たところ、宣教師のようですけど、あなたたちの神と言うのは……」
「興味がおありですか! お話いたしましょう、我らの神のお話を!」
「興味があるのは、あなたたちが神を見たことがあるのか、と言うことです」
「……な、なんです?」
「俺も宗教勧誘は何度か出くわしましたが、神を見た、と言う人間はいませんでした」
「わ、私は……あります、神の存在を確かに見たことが!」
少年の言葉に、宣教師は強くうなずいて答えた。
その言葉の真偽は怪しいものであったが、少年は話の先を促した。
「では、あなたたちの神はどのような方でしたか?」
「ど、どのような、とは……?」
「女性でしたか? 男性でしたか? 人柄……と言うのはおかしいですが、性格などはどうでしたか?」
「か、神に性別はありません。性格なども、私などが推し量れるようなものでは……」
「なるほど」
宣教師の言葉に、少年は深くうなずく。
そしてまた、言葉を続けるのだ。
「では、もう一つ質問を。あなたは誰かとであった時、その人の人となりを知らず、友人となることが出来るでしょうか?」
「どういう意味です?」
「深い意味はありません、文字通り受け取っていただければいいんです。人は誰かを信じるとき、相手を知らずに手放しで信用することは出来ないでしょう。それは相手が神だとて同じことだと思います」
「は、はぁ……」
「あなたが、あなたの信じる神について詳しく語ることが出来るのならば、俺も話を聞く気にもなりましたが、そうでないのなら、出直してきてください」
それ以上、宣教師は何も言えなかった。
恐らく、この宣教師は布教をし始めて日が浅いのだろう。
少年に説き伏せられて言葉をなくすようなら、そもそもこの仕事に向いていないのかもしれない。
それを感じ取ったのか、宣教師は肩を落として路地を去っていった。
少年は彼を見送り、姿が見えなくなった頃にため息をついた。
「布教ってのも楽じゃないんだな。そういう道を好きで選んでるんだろうけど」
「……ふふ、あなたのような人に会うと、宣教師の仕事も難しいでしょうね」
急に別方向から声をかけられ、少年はそちらを振り返る。
そこにはフィーナがいた。
「そのフードの姿……お久しぶり、ですよね?」
「あなたは……」
「以前、町で揉め事があった時、助けていただきましたわ」
あれはまだ夏の初めの頃であっただろうか。
町の治安もそれほどよくなかった所為か、市場でも揉め事が頻発していた。
そこへ出くわしたフィーナは、当然その揉め事の鎮圧をしようとしたのだが、興奮したごろつきは女性一人で抑えるには荷が重かった。
そんな時、助けてくれたのがこの少年であったのだ。
彼はその時と同じようにフードを目深にかぶったマント姿。
インパクトのある第一印象に焼き付けられた記憶を、フィーナが忘れるはずもなかった。
少年の方もフィーナのことを覚えていたらしく、苦笑して口元をゆがめる。
「まさか、俺なんかのことを覚えているなんて」
「物覚えが良くなければ、庁舎の役人なんかやってられませんわ」
「苦労なさっているようで。……しかし、どうしてこんなところに?」
現在地はうらぶれた路地。フィーナのような綺麗な女性がいるような場所ではなかった。
だが、フィーナも役人である。こんな場所であっても仕事はある。
「正教の宣教師がこの辺りで活動している、と聞きまして。レデニアはエスト様の加護を受けた土地ですから、他の神の信徒が勝手に布教などをし始めると迷惑なんです」
「なるほど」
少年が先ほど退けた宣教師が、フィーナの追いかけていた人物なのだろう。
「ですが、その仕事も助けていただいたようで」
「はは、俺はそんなつもりなかったんですけどね」
逃げていった宣教師は、すぐに布教などできる心持ちではあるまい。
少年に言い負かされて敗走したなどと、宣教師にあるまじき失態である。
もし宣教師を続けるならば、しばらくは経典を読み込む日々に追われるだろう。
「ここでの仕事、終わっちゃいましたね……」
「お邪魔でしたか?」
「いえ、ありがたかったです。次の仕事までは時間があるんですが、休憩時間も多めに取れそうですわ」
山積している役人の仕事は、こんな些事などで終わるようなものではない。
まだまだやることはたくさんあるのだが、仕事ばかりでは疲労してしまう。ちゃんと休憩時間も用意されているのだが、もうすぐフィーナの休憩時間となる。
「もし……よろしければ、一緒にお祭りを回っていただけませんか?」
「え? 俺が、ですか?」
思いがけないお誘いに、少年は目に見えて動揺する。
「俺なんかより、もっと親しい人と回っては……?」
「きっと皆さん、お忙しいでしょうし。ですが、女の一人歩きでは少し不安もあります」
「……はぁ、そういうことでしたら、お引き受けしましょう」
祭りの活気にあてられたのだろう、と少年は思う。
目立つことは控えろ、と言い含められていたのだが、しかしフィーナを一人にするわけにもいかないだろう。
「……では、お名前をお伺いしてもよろしいですか? 先日はお名前を聞き損ねてしまいましたので」
その問いに、少年は困惑したように笑う。
「名前は……好きなように呼んでください。俺は、とある理由であんまり目立てないんです」
「そうなんですか……? でしたら、このお誘いもご迷惑でしたか?」
「いえ、綺麗なお姉さんと一緒にお祭りを回るなんて、そうそう出来る機会もありませんし」
「あら、綺麗だなんて……」
そんなわけで、二人はレデニアのお祭りに二人で参加することになった。
短い時間ではあるが、それもまた穏やかな一日の風景である。
****
穏やかに経過する一日は、そろそろ日が傾き始める。
広場では焚き火が焚かれ始め、夜になってもまだ眠らねーぞ! と言う町人の気概が窺えるようであった。
なんなら夜通しでお祭りを強行しそうな勢いすら感じられる。
そんな中、お祭りを回る影が二つ。
「なんでアンタなんかとお祭りを回らなきゃいけないのよ」
「仕方ないだろ。フィーナさんのご指名なんだから」
町の広場にて、出店めぐりをしているマリナの横には常にケンジがいた。
と言うのも、先ほど仕事のために離れるフィーナに『マリナをよろしくお願いします』と念押しされてしまったケンジは、彼女の傍を離れるわけにはいかなくなったのだ。
とはいえ、両者にとって内心は一人ぼっちでお祭りを回るよりは幾倍もマシだっただろう。
友達の少ない人間同士、フィーナという他人が勝手にくっつけてくれたのは正直ありがたかった。
「ってか、君はよくもまぁ、ずっと食べて歩いても飽きないもんだな」
「なによ、自分のお金で買ってるんだから、文句を言われる筋合いはないわよ」
「いや、と言うより、腹いっぱいにならんもんかね? ボクなんか、見てるだけで結構腹に来てるぐらいなんだけど」
「バカね、食べてるはしから歩いていれば、そのうちにお腹が減るって寸法よ。これならいくらでも食べ続けられるわ」
「バカはどっちだよ……」
一つも理解できない論法をぶつけられて、ケンジは目に見えて呆れた。
いつもは割りと理知的な気がするマリナだが、今日はどうやらお祭りに浮かされて、調子をはずしているようにも見える。
まぁ、それはそれで面白いのだが。
「あ、マリナねーちゃん!」
その時、広場の向こうから子供の声が聞こえてくる。
そちらを見ると、数人の子供たちがこちらに駆け寄ってきていた。
「おや、マリナの知り合い?」
「まぁ、いつも遊んでやってる、居住区のガキンチョどもね」
そういえば、マリナが居住区で子供たちと遊んでいる場面に出くわしたことがあった。
その時、ケンジも巻き込まれたのだが、確かにその時に見かけた子供もいるようだ。
「マリナねーちゃん、遊んでー!」
「遊んで、ってアンタたちね。もうすぐ日が暮れちゃうのよ? お父さん、お母さんが心配するから、もう帰りなさい」
「えー、つまんない! せっかくのお祭りなのに!」
「あっちの出店で、ゲームが出来るの! 一緒にやろー」
「だから……」
呆れた様子でマリナが子供たちを追い払おうとしているのだが、子供たちのパワーは夕暮れとは言っても衰えない。
マリナの手をぐいぐいと引っ張り、出店の方へと連れて行こうとする。
小さな誘拐犯たちは、なんとしてもマリナを連れて行きたいようだ。
「マリナ、行ってきなよ。一緒にお祭りを回ってくれる人がいるのはありがたいことだよ」
「はぁ? アンタ、なに言って……」
「ほら、行こうよ、マリナねーちゃん!」
ケンジの助勢も得て、子供たちはさらに調子付く。
困っている様子のマリナは、ケンジに対して恨めしそうな視線を送ってくる。
だがしかし、ケンジにとっては良い気味だ、ぐらいにしか思えない。
「ほら、おにーちゃんも!」
「えっ!?」
急にケンジの手も引っ張られる。
どうやらケンジも子供たちに連れて行かれるようである。
「い、いや、ボクは……」
「遊んでくれないの?」
「うっ……」
純粋な視線に見られては拒絶しがたい感情に襲われてしまう。
マリナを見ると、してやったり、と言う顔をしていた。お前は何もしてないぞ、と言ってやりたかったが、そんな余裕もない。
ぐいぐいと引っ張ってくる子供たちの力に負け、ケンジとマリナはそのまま出店へと引っ張られていってしまった。
****
結局、子供たちから解放されたのは、彼らが親御さんに連れ戻されていった頃合、最早日が落ちてどっぷり夜に浸かっている時間帯であった。
この時間になっても広場では焚き火が煌々と焚かれ、祭りの熱は一切衰える素振りを見せなかった。
ただ、昼間と少し違うのは、出店が大体店じまいしてしまい、逆に通りに面した宿屋や酒場がテーブルを出して、食事や酒を振舞うようになったこと、そして大きな焚き火を背にして、どこからやってきたか器楽隊が現れて陽気な音楽を奏で始めたことか。
広場の開いたスペースでは、男女が手を取って踊りに興じたりしている。
それを眺めながら、ケンジはようやく、と言った感じでテーブルの椅子に座った。
「はー、まさかこんな遊ぶとは」
「ふふ、だらしないわね……この程度で、ため息をつくだなんて……」
「テーブルに突っ伏してるヤツに言われたくはないよ」
一緒に子供に連れまわされていたマリナは、どうやらスタミナの限界だったようだ。いつも子供と遊んでいるマリナだが、今日の子供たちのテンションには、どうやら根負けしてしまったらしい。
「ストライダー様、こちらをどうぞ」
そんな二人のテーブルに、勝手に飲み物と食べ物が置かれた。
「え? あ、いや、注文してませんよ?」
「サービスです。今日はお祭りですから!」
そう言って、ウェイトレスさんはにこっと笑って一つウィンクを飛ばし、クルリとスカートを翻して別のテーブルへ去ってしまった。
「な、なんなんだ……」
「いいじゃない。もらえるものはもらいましょう。正直、お腹も減ったし、喉も渇いたわ」
物怖じしないマリナは、すぐにコップに注がれていた飲み物を飲み、食べ物をぱくつく。
祭りを回っている間にも、出店で食べ物を購入してはつまみ食いしていたような気がするのだが、まだ食べるのか……。
「うっ!」
コップを空にしたマリナの動きが急に止まる。
「ん? どうしたの?」
「この飲み物、お酒だわ」
「えっ!?」
ケンジも確認すると、確かにコップの中身はぶどう酒のようだ。いつもはぬるいエールばかり出している酒場が、かなりの大盤振る舞いである。
いや、問題はそんなところではない。
「だ、ダメじゃないか、マリナ! そんな歳でお酒を飲んじゃ……」
「何よ、別に良いじゃない。アンタはたまに『ミセイネン』とか言うわけわかんないこといって、他人のお酒を断るけど、それって結構失礼よ」
「え? そうなの?」
「アンタの世界ではどうか知らないけど、お酒を酌み交わすって言うのは、この世界では重要なことなの。友誼を結んだり、信頼を得たと言う証拠にもなるのよ。細かいことだけど、大事な儀式でもあるの」
「そうなんだ……じゃあ、ちょっと悪いことしたな」
「だから、今も飲んでいいのよ」
「え!? そ、それは……」
戸惑うケンジに対して、マリナはコップを差し出す。
トロン、とした視線は、既に酔っ払っているようでもあった。
冗談でも言っているのかもしれない。そんな考えがチラリとよぎったが、マリナの言葉も同時に思い出す。
友誼を結ぶ。信頼を得る。
マリナがケンジに対して酒を勧める、と言うのは、そういうことなのかもしれない。
「……今日だけだよ」
「へへ、話がわかるじゃん、ストライダーさまぁ?」
「マリナ、やっぱり酔っ払ってるだろ」
ケンジは自分のコップの酒をマリナのコップへと注ぎ、半分に分けた後、コップを掲げる。
「乾杯」
「ふふ、かんぱぁい!」
カツン、と音を立ててコップがぶつかり、二人は同時に酒を飲み干した。
「くぁ……辛い、苦いッ!」
「はっははは、ケンジは舌がお子様ねぇ!? 私なんか、美味しくいただけてるわよ!?」
「顔真っ赤だけど!? 君、絶対酔っ払ってるでしょ!?」
「ふ、ふふふ、なんか気分が良いわ……ケンジ、こっち来なさい!」
「えぇ!?」
急にマリナに腕を引っ張られ、二人は広場の真ん中までやってくる。
「おっ、ストライダーじゃないか!」
「なんだ、踊りの輪に混じるのかい?」
「そりゃあいい、器楽隊も調子を上げなきゃな!」
そういってオーディエンスも二人を煽る。
結果として逃げ道を失ってしまったケンジは、この場で踊るしかなさそうであった。
「で、でもボク、踊り方なんて……」
「そんなモン、テキトーで良いのよ。感じるままに、身体を動かしなさい!」
ぶっきらぼうな言い分のマリナ。
だが、こうなればケンジも自棄である。
「わかったよ! やればいいんだろ!」
お酒の力も手伝ってか、羞恥心など放り投げてしまった。
この時の無様な踊りが後に長い間、笑い話の種になるとはケンジも思ってはいなかっただろう。
こうして、祭りの夜は更け、穏やかな時間が過ぎていくのであった。




