21 レデニア捕り物帖 その3 ~あの人は今~
21 レデニア捕り物帖 その3 ~あの人は今~
ケンジとマリナの二人は、調査の結果を報告するためにレデニアの庁舎へと戻ってきていた。
とは言っても、報告するだけならケンジだけでいい、と言ってマリナは途中で町のほうへ消えてしまったのだが。
結局、調査内容はケンジが一人で報告することになった。
「……それは、本当ですか?」
ケンジの報告を聞いて、フィーナは渋い顔をする。
その隣にいたグラナルも眉間にしわを寄せていた。
「えっと……ボク、何かおかしいことを言いましたか?」
「あ、いえ……」
どう言ったらいいのか、とフィーナは言葉を選ぶように思案する。
それを見かねて、代わりにグラナルが口を開いた。
「レデニアの地下通路は、庁舎に勤めている人間でもごくごく一部の人間しか知らぬことなのです。現在では私とフィーナぐらいしか知らないはずだ」
「ってことは……犯人は偶然地下通路を発見した、と?」
「ケンジさんも出口を見たと言うことは、気付いたでしょう。アレはほとんど天然の洞窟と変わらぬ見掛けをしております。偶然に見つけると言うのは考えにくい」
確かに、傍目から見ればアレが地下通路に繋がる出入り口だとはわかるまい。中に入って確かめようとしても、かなり奥の方にある仕掛けを起動しないと地下通路に入ることは出来ない。
つまり、ちょっとやそっとでは地下通路の存在が知られることはないはずなのだ。
「賊が地下通路の存在を知っていたとなると、どこかから情報が漏れたことになります」
「当然、私もお父様も、この町の重大な秘密を口外するはずもありません。他に地下通路の存在を知っている人間となると……」
「誰か心当たりがあるんですか?」
「それが……」
言葉を詰まらせるフィーナ。グラナルと顔を見合わせ、どうするべきかと考えを巡らせている。
「確証は持てません。ですから、明言は避けたいのですが」
「え? あ……そうですか」
フィーナとグラナルの間では、共通の『誰か』を思い浮かべているようであるが、それを口外するのは憚られるようだ。
突っ込んで聞いていいものか、と思ったケンジは、やめるべきだ、と結論を出した。
言いにくいことを無理に聞き出すべきではない。
****
それから数日後。
夜闇に紛れて、警笛がけたたましく響く。
「賊だ! 賊が出たぞ!!」
自警団の全員に配られた警笛によって、周囲に警戒が促される。
簡単な防具と鉄の剣を帯びた自警団は、すぐに居住区の周りを包囲し、賊を追い立てるように布陣する。
訓練された動きの自警団により、賊はすぐに袋のねずみと相成る。
「こっちに逃げたぞ!」
「バカめ、挟み撃ちにしてやる!」
賊は確認できた限りで三名。対して自警団は二十名を超える人数で包囲している。
賊に逃げ場はないように思われた。……のだが。
自警団が路地を曲がり、賊が逃げた方向へと視線を向けると、そこには既に誰もいなかったのである。
「なっ……また!?」
「どうなってる……!?」
路地の向こう側では、同じく自警団が出口を封鎖しており、賊に逃げ場などなかったはずだ。
しかし、賊の姿はない。
「バカな……どこへ消えたって言うんだ」
追跡対象を完全に見失ってしまった自警団は、今宵も敗北を喫するのであった。
地下に響く靴音。
整備された地下通路は、走りやすくて助かる。
「はは、今日もやってやったぜ!」
「この調子なら、何度だって盗みには入れるぞ!」
「調子に乗るんじゃないよ。……でも、確かに言えてるわ!」
声から察するに男が二人、女性が一人。さらに男の片方は大きな麻袋を肩に抱えている。
あの麻袋には言わずもがな、人間が入っている。
ここ最近、レデニアを脅かしている人攫いとは、彼ら三人組のことであった。
彼らは地下通路を使って自警団をやり過ごし、そのまま出口まで走って馬にまたがる。
その後は人買いと落ち合う予定の小屋まで行って商品を卸し、また次の人攫いの機会を窺って潜伏する。
今日もいつもと同じ手段で逃走し、無事に地下通路を出ることが出来たのだ。
「それにしても、お前は良い抜け道を知ってたもんだな」
「ふふ、感謝するんだね。今日の稼ぎも私のおかげってさ!」
地下通路のことを知っていたのは、人攫いの女性であった。
彼女は人攫いのグループを結成する時に、この地下通路のことを仲間に教えたのだ。
この通路を使えば、楽に仕事が出来る、と。
彼女の言った事は事実で、実際に何度も仕事は楽々と成功している。
一団は笑いが止まらなかっただろう。
今日も今日とて、ぼろ儲けが出来たのだから。
そう思いながら三人は馬へまたがり、一人は馬車を操って通路の出口を後にする。
目指すは人買いと落ち合う予定の小屋。
「はー、また薬を分けてもらえるかな?」
「どうだろうな。アレは他の領ではかなり厳しく制限されてるんだろ?」
「そうだよなぁ……せめて、南の国の酒があれば御の字だなぁ」
そんなことを話しつつ、三人はいつもどおりの道を通る。
しばしも行くと、森の奥の方に明かりが見えてきた。
人買いと落ち合う予定の小屋である。
「おっ、先方はもう到着してるみたいだぞ」
「商売相手を待たせちゃ悪いわね。急ぎましょう」
三人は急いで小屋の近くに馬を止め、荷台から麻袋を担ぎ出す。
小屋のドアの前で、いつもどおり合言葉をそらんじようとしたのだが、
ギィ、と。
「なんだ……?」
勝手に開いたドア。
三人は顔を見合わせ、少し警戒を強める。
これまで合言葉もなしにドアが開いたことなどなかった。
何か、様子がおかしい。
三人は各々、自分の得物を確かめながら、小屋の様子を窺う。
窓から覗いた小屋の中の様子は静かなものだ。
部屋の中央にランプが置いてあり、それが小屋の中に頼りない明かりをこぼれさせている。
揺らめいている炎の明かりでは、中の様子を完璧に窺うのは無理であった。
「ど、どうする……?」
「一旦引いて、様子を窺おう。なんか、ヤバイ予感がする」
「そうね、ちょっと距離を置きましょう」
「その必要はない」
三人以外の声が、どこからともなく聞こえてくる。
ぎょっとして振り返った三人は、森の暗闇の中に幾つも明かりが灯るのを見た。
「な、なんだ!?」
「追手か!? どうして……!?」
慌てて馬に乗ろうとする男二人だったが、その足元に矢が突き刺さる。
暗闇の中で弓を射掛けられ、今の数発が命中しなかったのは幸運だったのだろう。弓手も殺すつもりで射掛けたはずだ。
行動を抑止された三人は、追手の登場を黙ってみているしかなかった。
そうしているうちに森の中から現れたのは、レデニアの自警団。
騎馬が四騎、ケンジとマリナを含めた歩兵が六名。
「ストライダー殿、案内、感謝します」
「いえ、当然のことです。なんなら、賊の捕縛も手伝いますよ」
「それは助かる」
自警団のリーダーとケンジの会話を聞いて、三人は顔色を青くした。
「す、ストライダー!? なんでこんなところに……!?」
ストライダーの噂は賊でも聞き覚えがあるのだろう。
超人的な能力を持ち合わせる救世主。そんな人間に追いかけられたのなら、逃げ切れるはずもなかった。
「ち、チクショウ、こうなったら――」
「抵抗するかね? ならばこちらも容赦はしないが?」
自警団の警告に、賊の男は得物に手をかけようとして、動きを止める。
賊は三人、自警団は十人。戦力差は歴然である。
「うろたえるんじゃないよ! こっちには人質だっているんだ!」
そういって、賊の女はナイフを抜いて、刃を麻袋に近づけた。
「中の人間はまだ生きてるよ。こいつを殺したくなければ、さっさとそこをどきな」
「ははっ、面白いことを言う」
「なに……」
「犯罪者との交渉の余地はない。我々が任務を完遂することでその人間が死んでしまうのならば、それは致し方ない犠牲だと言えよう」
「こいつら……ッ!」
自警団は全く当然のことのようにそんなことを言うのだから、賊の手は潰れてしまう。
言い分は正義の味方とは言いづらいが、そもそも自警団は正義の味方などではない。庁舎から受けた命令を粛々とこなす、簡易の軍とも言える。
その命令が賊の捕縛、もしくは掃討であるのならば、そのためにある程度の犠牲も厭わないわけだ。
「さて、君たちの策はその程度かね?」
「くそっ……どうする!?」
「こんなところで私たちは……ん?」
万事休すの状況に陥った賊三人組のうち、女が自警団の中に紛れていた少女を認めた。
「アンタは……ッ!」
「……ッ」
女が見つけたのはマリナ。
二人は間違いなく視線を交差させ、お互いの存在を確認したのだが、マリナは唇を噛んで言葉を抑える。
しかし、賊の女はしたり顔で声を上げるのだ。
「マリナじゃないのかい!? アンタ、マリナだろ!?」
「……マリナ、知り合い?」
名前を呼ばれてもだんまりを決め込むマリナに対し、ケンジが小声で尋ねる。
だが、それでもマリナは黙ったままだ。
女は構わずおしゃべりを続ける。
「私だよ、わからないのかい? 十年ぶりだけど、私にはわかるよ」
一歩踏み出す女。だがマリナは逆に一歩退いた。
「近づかないで」
「……おやおや、酷い言われようだわ。私とアンタは――」
「言うなッ!」
喉を鳴らしたマリナは、腕を掲げ、魔法を発揮した。
光が走り、女の足元を黒く焦がす。
「なっ……魔法? アンタ、そんなものを身に着けて……」
「これ以上、問答を続ける必要はないわ。ケンジ、自警団のみんな、あいつらを捕まえて」
「お、おう」
マリナの言葉を聞き、自警団は賊を取り囲むように広く展開する。
ケンジはマリナの傍で剣を構え、警戒を怠らない。
様子のおかしいマリナを、一人にしておけなかったのだ。
「大丈夫か、マリナ?」
「ええ、平気」
顔色が真っ青だ。平気なようには見えない。
「マリナ! 助けておくれよ! こいつらに言っておくれ! 私を助けると思って」
「黙れ! 私は、アンタのことなんか知らないッ! 私は――ッ!」
「もういい、捕らえろ」
自警団のリーダーの合図で、自警団は賊を取り囲み、瞬く間に捕縛する。
賊も大した抵抗も出来ず、逃げることなど夢のまた夢で、おとなしくお縄についたのだった。
その様子を少し遠巻きに眺めていたケンジとマリナ。
マリナは近くの木の幹に身体を預け、視線を泳がせる。
「なんで、こんな時に……」
「マリナ……?」
ケンジが心配して手を触れようとすると、マリナはそれを荒っぽく払いのけた。
ついでに、厳しく睨みつけてくる。
「平気だって言ってるでしょ」
「平気には見えないんだって」
「うるさいわね、放っておいて!」
ヒステリックに叫ぶマリナに、ケンジは多少反感を覚えたが、しかし、それでも放っておけなかった。
レデニアに来て数ヶ月が過ぎたお陰か、マリナの強がりぐらいは見透かせるようになったようである。
「落ち着きなよ。仕事は自警団の人たちがやってくれる。ボクらは、少し離れていよう」
「ケンジ……人の話、聞いてるの? 放っておいてっていってるの」
「聞いてるさ。マリナこそ、ボクの言葉を聞いてるか? 放っておけないって言ってるんだ」
「……生意気」
不貞腐れた言葉を漏らすマリナであったが、それ以上ケンジを跳ね除けるようなことはなかった。




