20 レデニア捕り物帖 その2 ~現場百遍~
20 レデニア捕り物帖 その2 ~現場百遍~
「ここが目撃現場か」
居住区の一角、入り組んだ路地の一つに、ケンジとマリナの二人がやってきていた。
路地は長く延びており、そこから枝分かれするかのように幾つかの路地が繋がっている。
「居住区は、いつ来ても迷路みたいだな」
「町の発展に伴って、割と無計画に家を建てたりしたからね。道は入り組みまくってるわ」
「ここを逃げるとなると、外の人間には難しいんじゃないか?」
「……それもそうね。ケンジのくせに良い事言う」
「くせに、ってどういうことさ」
マリナの言葉端に引っかかりながらも、ケンジは周りを窺う。
証言では確か『この路地まで追いかけてきた後、犯人は急に消えてしまった』と言う。
「隠れられそうな場所はないけど、幾つでも逃げ道はあるぞ」
「騒ぎが起これば、周りの家からも野次馬が出てくるわ。その辺の路地に逃げたなら、きっと目撃情報が出てくるはずだわ」
「……それが出てこないって事は、やっぱり雲隠れしたってことか。……魔法なのかな」
「うーん、それはちょっと疑わしいわね」
マリナが路地をぶらっと歩き、空中を眺めるようにしているが、首をかしげる。
「マリナ、何かわかるの?」
「アンタはあんまり魔法に詳しくないからわからないかもしれないけど、魔法ってのは空気中のマナを使用して発動するわ」
「あー……ヨネスさんのブレイヴを貰った時に、そんな記憶があったような」
写本を作るのにヨネスからもブレイヴを貰ったのだが、その際に魔術的な知識もある程度受け取っていた。
それによれば確か、魔術はマナを変換して事象を捻じ曲げる技術である、と。
「消費されたマナは、一時的に不活性マナってものに変わるのよ。これはある程度時間が経つと、再活性して普通のマナに戻るんだけど……」
「その痕跡が見当たらない、と?」
「人攫いってことは、最低でも犯人とさらわれた人の二人がいると思うんだけど、人間を二人も移動させる、もしくは透明化させる等の魔法を発動させるとなると、かなりの術式が必要になるし、相応にマナも消費するはずよ」
「その魔法がこの地点で発揮されたなら、不活性マナがあるはず、ってことか」
大量に消費されたマナは大量の不活性マナとなる。量に応じて再活性にも時間がかかるので、それがこの現場にないとなると、魔法が行使された、と言うのは疑わしい。
「じゃあ……どういうことだろう?」
「それを私たちが調査するんでしょうが」
すぐに思いつくことぐらい、フィーナやグラナルが検証しているはずだ。
だが、そのどれもが空振りだったから、特別に調査員であるケンジを派遣し、事件の解決を図っているのである。
ここからがケンジの仕事だ。
「とは言っても、どうすればいいやら……」
「空を飛んでいったわけでもないだろうしね……」
「あ、逆に地面を掘ったとか?」
「アンタ、本気で言ってる?」
「……あ、いや、待てよ?」
ちょっとふざけて言っただけだったが、ケンジは少し天啓を得る。
流石に空を飛ぶのは突飛な話だが、地面を掘る――というより、地下に何か仕掛けをしているのは考えられなくはない。
何せ、レデニアは城壁を持った都市だ。秘密の通路の一つや二つぐらい、あってもおかしくはない。
「地下に秘密の通路があるんじゃないかな? 下水道みたいな」
「げすい……? それはちょっとわからないけど、秘密の通路なんて話、聞いたことないわ」
「いや、でも水路はあるはずなんだ。そうじゃないと……」
ケンジが思い出していたのは居住区にあった水場。
あれは地下から水をくみ上げているようであったが、くみ上げるためのポンプなどは地上に出ていなかった。と言うことは地下に埋められているはずである。さらに言えば、居住区の近くに川が通っているわけではない。水を水場まで持ってくるとなると、地下に水路を作っているはずなのだ。
「ポンプを埋めておくだけのスペースや、それを点検修理するための通路、水を通すための水路なんかを考えると、レデニアの地下には相当の地下スペースがあると思って間違いない」
「へぇ、アンタにしては冴えてるじゃない」
「そりゃどうも。……きっとこの辺りに、地下へもぐるための入り口があるはずだ。犯人はそれを偶然発見して、犯行に利用してるんだよ」
「なるほどね、確かめてみる価値はありそうね」
そう言うと、マリナは腕を掲げる。
小さく呪文を唱えると、彼女の周りには風が渦巻き始めた。
「東におわす風の竜よ、我に加護を授けたまえ」
「魔法……?」
「地下に通路があるなら、風も通るはず。入り口があるなら、風の流れをたどればどうにかなるわ」
「そうか。風の魔法なら……」
第一次遠征でも見せたマリナの風魔法。
それによって風の流れを感知出来れば、隠された入り口を発見するのも余裕だ。
そして、それはすぐに訪れる。
「そこね」
マリナが指を指すと、地面に埋まっていたはずの石が幾つかふわりと持ち上がった。
それらは一つの塊となって固められていたようで、まるで蓋のように整形されている。
石の蓋の下には、はしごと共に地下へ続く穴が現れたのだった。
「ビンゴじゃない」
「すごいぞ、マリナ!」
「ふふん、私がついて来て、助かったでしょ?」
「それは……うん、助かった」
最初は邪険にしてしまったが、マリナがいなければこの入り口を探すのにも時間がかかっただろう。
なにせ、見た目にはほとんどわからないように出来ている。そうでなければ隠し通路としての役割を果たせないだろう。
魔法で発見できたのは僥倖であった。
「さぁ、地下に下ってみましょう」
「でも、明かりがないよ?」
「私を誰だと思ってんのよ? 明かりの魔法だって使えるわ」
魔法って便利だ、とつくづく思わされた。
****
地下へ降りると、通路が左右へ長く延びている。
マリナの作り出した明かりの魔法では奥まで見通すことが出来ないぐらいだ。
「すごく、しっかりした造りだな」
壁や天井を確かめると、しっかりと石がくみ上げられ、ちょっとやそっとでは崩れないように出来ている。
こんな通路が地下に埋まっているとなると、まず間違いなく町の設計時点で組み込まれていたものだろう。
となると、レデニアと同じだけの歴史を、この通路は積み重ねているわけだ。
「レデニアの地下にこんなものがあったなんて、私も知らなかったわ」
「市長の娘ですら知らない通路か……もしかしたらグラナルさんでも知らないのかも?」
「それはどうかしらね」
「……ん?」
グラナルのことを話題に出した途端、マリナの反応が冷たくなったような気がした。
親子の仲は悪いのだろうか? フィーナとグラナルは仲が良さそうに見えたが。
「反抗期ってヤツか? マリナもお年頃?」
「何言ってんのよ。バカなことばかり言ってると、置いてくわよ」
「ま、待ってよ! マリナしか明かりを持ってないんだから!」
「悔しかったら、アンタも魔法の一つくらい覚えなさいよ」
「ち、チクショウ……」
完全に立場が逆転してしまったことに口惜しさを覚え、ケンジは魔法を覚えよう、と心に誓ったのだった。
「……ん?」
「どうしたの、マリナ?」
「え? いや……」
マリナはつと立ち止まり、壁を見ている。
ケンジには変わったところは見受けられないが……
「その壁がどうかしたの?」
「気のせいかしら?」
壁に手を這わせ、何かを確認したマリナだったが、首をかしげて壁から離れる。
「いや、今はそんな事してる場合じゃなかったわね」
「何をしてたか知らないけど、今は人攫いの足取りを追わないと」
「そうね。……また今度にしましょう」
そう言って、マリナは通路を先行した。
マリナが風の魔法で空気の流れを探知し、それを辿って通路を歩くと、レデニアの外に出口があった。
「進んできた方角的に、レデニアから南西に数キロってところか。エストさまの泉がある森の中だね」
出口は木々に囲まれた場所にあった。
出口付近は自然に作られた洞窟のように偽装されており、外から見ると単なる洞穴に見える。
良く出来た隠し通路だ。
「ケンジ、見て。馬の足跡が幾つもあるわ。轍も新しめのが」
「これは間違いないね。犯人はこの地下通路を通って、ここに馬か馬車を待機させて、攫った人たちを運んでるんだ」
「攫われた人たちは……」
「この足跡の先にきっと……!」
すぐにケンジは足跡を辿って走り出す。
しばらく走ると森の中に一つ、ぼろぼろの小屋を発見した。
「ここが、隠れ家……?」
「ケンジ、ちょっと待ちなさい。私が魔法で偵察するわ」
「そんなことも出来るの?」
「まぁ見てなさい」
マリナが小さく詠唱をすると、風が吹いてくる。
彼女の魔法によって風は小屋の様子を伝えてくれているようだ。
「……誰もいない。人の気配がないわ」
「でも、何か手がかりがあるかもしれない。人がいないなら調べるチャンスだ」
「そうね、ちょっと入ってみましょう」
二人は用心深く小屋へ近づき、中へと進入した。
小屋の中は奇妙な香りがした。
嗅いでいるとヤバイ、と本能が告げている。
「これって……薬か?」
「私たちみたいな青少年には百害しかないわね。とりあえず、吹き飛ばしましょう」
マリナの風によって瞬く間に換気が終わり、小屋の中のよどんだ空気が消える。
「薬を使っていたってなると、レデニアで横行してるらしい薬の売買にも関わってるのか」
「そんなことまで町で起きてるの? ……自分の故郷ながら、ヤバイわね」
「と、とにかく、中を調べよう」
小屋の中はかなり雑然としており、物が散乱している。
しかし、証拠になりそうなものはほとんど処分されているようで、手がかりらしい手がかりは見つからなかった。
「お酒の空瓶が転がってるわ」
「お酒? 薬の上に酒か……」
「あんまり参加したくはないパーティが開かれてるみたいね。……ってこれは」
マリナが瓶を拾い上げる。
そのラベルには、見たことのない文字が刻まれていた。
「その文字って……レデニアじゃ使われてない文字だね」
「かなり南の方の文字ね。ヨネスが持ってる魔導書に同じような文字があったわ。人身売買や麻薬の密輸なんかを行ってるんだから、遠方のお酒を手に入れるのも簡単ってわけね」
「そんな遠くに商売相手がいるとなると……」
数日前に攫われた人間などは、もうその足取りを追うのは絶望的だろう。
攫われた人間を取り戻すのは、恐らく不可能だ。
「戻って姉さんに報告しましょう。これ以上は、私たちだけじゃ手に余るわ」
「……くそっ! ボクは人助けも出来ないのか……ッ!」
「そうじゃないでしょ、ケンジ」
悔しさで家具に八つ当たりするケンジに対し、マリナは冷静に対応する。
「アンタはこれ以上、被害を出さないためにこれから働くの。こんなクソ野郎が、もう二度とレデニアで仕事をしないように、ね」
言葉の端々からマリナの怒りも感じられる。
彼女とて完全に冷静ではいられないのだろう。
それを感じて、ケンジは落ち着くために深呼吸する。
「そうだね。ごめん、ちょっと取り乱した」
「ううん、アンタがいなかったら、私がこの小屋を薪の山に変えてたわ」
隣で感情を荒ぶらせている人間がいれば、傍にいる人間は逆に冷静でいられるものだ。今のマリナがそれである。
二人は人攫いに報復を誓い、レデニアへと戻るのであった。




