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15 工房区の姉妹

15 工房区の姉妹


盛夏。山に程近いレデニアの町も、太陽に照らされて気温が高くなってくる。

 それでもレデニアの町の周りでは、農奴が畑を耕し、野良仕事に精を出している。

 畑で収穫された夏野菜はすでにレデニアの町で取引されるようになっており、農奴に対してもある程度の報酬が発生していた。

 そう、農奴に対する報酬が発生しているのである。

 これはフィーナが立案した農奴たちへの策である。

 農奴の働きに対して一定の報酬を与えることにより、彼らにモチベーションを高く保ってもらうことにしたのだ。

 さらにその報酬が、農奴の購入費用を上回った場合、農奴の身分から解放し、改めてレデニアの市民として受け入れる準備も整えてある。もちろん、農奴本人が望めば農地はそのまま本人の所有扱いのままだし、レデニアを離れたいと言えばそれを引き止めることはしない。

 それだけの特典が与えられて、農奴が張り切らないわけはなかった。

 レデニアの第一次産業は急速に回復していく。

 農奴のモチベーションは他の農奴へも伝播し、農地の開墾は驚くほど速いスピードで進んだのであった。


****


「なるほど、奴隷も財産、上手く使うのが良い経営者の証ってのはこういうことだったのか」

 ケンジも庁舎にて、農地回復の進捗表を見て唸っていた。

 他の分野でも日進月歩で回復が見られるが、それでも農地の回復力は図抜けていたのだ。

 そして第一次産業の発展が、それに引き続いている二次産業の発展にもつながる。レデニアは正常に発展しつつあるのであった。

「これはボクものんびりしていられないなぁ」

「ケンジさんの方も、何か進展があると伺いましたが?」

「あ、はい」

 お茶を淹れてくれたフィーナは、少し得意げな顔をしている。やはり農地の発展具合が誇らしいのであろう。

 だが、彼女にばかり良い恰好をさせてはいられない。何せケンジは救世主としてこの世界に呼ばれたのだから。

 そのための策も、一つ成果を見せる頃合だ。

「それを確かめるために、これから工房区へ行くつもりです」

「ふふ、楽しみにしていますわ」

 フィーナの勝ち誇った笑みに対して、ケンジも少しやる気を燃やした。


****


 工房区にて、立ち並ぶ工房が稼動しているのは、その区画全体から見て五割ほどまで回復していた。しかし、それでも工房区の再生率は芳しくない。

 工房区の現在の状況を整理しよう。

 人手は確保できた。他所からやってきた職人が自分の工房を安く手に入れられると聞きつけて、レデニアへと移住してきたのである。これによって工房を運営するための頭数は、工房の半数を動かせる程度にまで増えた。

 さらに魔術師の助力を得て、燃料に関してはかなりコストダウンすることが出来た。

 強い火力を要する鉄の加工において、火力は命である。

 そこを近所の森の伐採などで薪を手に入れ、それを燃やして燃料にするよりも、魔術師が呪文を唱えて火を熾した方が何倍も手軽であり、経済的でもある。

 問題なのは加工をするための鉄自体である。

 坑道が瘴気に埋まってしまっている現状で、レデニアの町で鉄を手に入れるには、外部――つまり他の町からの輸入に頼るしかない。そこに支出が発生し、魔術師を使って浮いたお金が相殺されてしまっているのである。

 何せ、レデニアの最盛期には原料から近所で調達が出来ていたのだ。それを外部から購入しつつ工房を稼動させているとなると、工房区の収入は振るわない。

 工房区が完璧に再生したと言えるようになるには、やはり山にある坑道を瘴気から解放するしかあるまい。

 それを解決するための第一歩としての成果が、そろそろ出来る頃合なのであった。


 その成果を確かめるために、ケンジは工房区へと足を踏み入れた。

 今も金槌の音がカンカンと音高らかに響いている。

 現在、工房区で作られているのは鉄などを加工した小さな工芸品や、生活に必要な鉄器などである。

 工芸品にはネックレスやイヤリングなどのアクセサリが含まれ、それにはレデニアに居ついた魔術師たちがエンチャントを施し、魔具として商品にしているのである。これが行商人などとの商売に出され、レデニアの町の魔具の噂が広まる。

 元々、魔術師たちは自分の研究にしか興味がない人間がほとんどであるため、こういった魔具に関しては外に出ることが少ない。

 魔術師たちがエンチャントを施す理由に関しては、自分で役立てるためや、腕試し、新たな術の実験などがほとんどであり、エンチャントされる内容が実用的でなかったり、そもそもエンチャントが成功した次の瞬間には魔術師たちが興味を失い、破棄してしまうことも多々ある。

 ゆえに魔具が流通に乗る際には、かなり高値で取引されることが多かった。

 だが、レデニアではレデニアン・グリムの研究を餌に、魔術師たちに良質な魔具を生み出させている。これによって安価かつ良質な魔具がレデニアから出荷されていることになった。

 結果として、レデニアの知名度は高まり、大なり小なり反響を得ているようでもあった。

 鉄器に関しては言わずもがな。レデニアの市民が普段使いする鍋やおたまなどを鉄でこしらえているのである。中には銀食器なども作っている工房もあり、それらには魔術師がさらにエンチャントをすることで価値を高め、他所の貴族などからありがたがられることもある。

 それらの売れ行きが良いのは喜ばしいことながら、それによって鉄の価値が高まったのも事実。仕入れの値段がじわじわと高騰しており、さらにはレデニアの工芸品や鉄器などにエンチャントをするアイディアも他の町などでパクられ始めているとかなんとか。

「うかうかしていると、本当にヤバいのかもなぁ」

 などとケンジがぼんやり考えながら工房区の道を歩いていると、向こうに大きな台車を引く影が一つ。

 荷台には幾つかの剣が乗せられており、それを運んでいる最中のようだが……引き手がか弱いように見える。

 ケンジと同じくらいの年恰好の少女が、大きな台車を引いているのである。見ていてなんだか可哀想に思えるぐらいだ。

「あの、ちょっといいかな?」

「え? あ、はい」

 見かねてケンジが声をかけると、少女が汗をぬぐって振り返る。

 夏の盛りにこれほどの重労働は堪えるだろう。

「大変そうだし、ボクが手伝おうか?」

「そんな……これは私の仕事ですし」

「荷物運びを君みたいな女の子一人に任せるなんて、君の工房の主に一言物言いをつけてやりたいんだ。案内してくれると助かる」

「……でしたら、どうぞ」

「……え?」

 ムッとした表情の少女は、ケンジに対して言葉を促した。

 話の流れからして……

「もしかして、君が?」

「ええ、レンツ工房のエニと申します。工房では親方の代理をしています」

 人は見かけによらない、とはよく言ったものだ。

 ケンジと同じような年恰好で、最早工房の一つを預かる親方――の代理を務めるとは。

「そ、それは失礼しました……」

「私が荷物を運んでいるのは、仕方ないことなんです。工房には私と姉しかいませんし、人手が足りなさ過ぎるんです」

「職人はかなり移住してきてるって聞いてるけど?」

「……姉の方針が、今のトレンドに合わないんですよ。あ、そう言えば、手伝ってくださるんですよね?」

 エニと名乗った少女は、ガラッと態度を変えてケンジに台車を明け渡す。

 どうやら彼女を下っ端と見くびったことが、そこそこ癪に障ったらしい。

「いや、確かに手伝うとは言ったけどさ……」

「助かりますわ、ストライダー様」

「え? ボクの事、知ってるの?」

「この町であなたのことを知らない人間なんていませんよ。それに……その剣」

 最初の戦い以来、メンテナンスの時以外はずっと腰に帯びているケンジの剣。

 それを見て、エニは薄く笑う。

「私の渾身の作を愛用してくださっているようで、光栄です」

「……ってことは、君がこの剣を打ったの!?」

「少し違います。詳しいことは工房でお話します。急いでいますので、ちゃっちゃと運んでください」

 そう言うと軽々と背を向けて歩いていってしまうエニ。

 先導はするが、手伝いなど一切しないという決意の表れでもあるのだろう。

「……まぁ、一人で運ぶつもりだったけどね」

 ため息をつきつつ、ケンジは台車を引いてエニに続いた。


****


 やって来たのは工房区のはずれにある小さな工房。

 小さい、とは言っても一通り設備は整っており、現在でも炉に火が入ればすぐに作業が出来るような環境になっていた。

 工房には居住スペースも併設されており、エニはここで暮らしているようでもある。

「お疲れ様でした。台車はその辺に置いておいてください」

「う、うん」

 ケンジは工房の中に台車を止め、自分の手を見つめる。

 台車はかなり大きなものだ。荷台に乗れば、ケンジとエニが二人で寝転がっても充分スペースがある程度に大きい。相応に重量もあるはずである。

 その上に十本近くの剣が乗せられているのだが、ケンジはその台車を軽々と引くことが出来た。

「やっぱり、日に日に力がついてるんだな。元の世界にいた頃なら、十メートルも引けばヒーヒー言ってただろうに」

 自分の成長を実感しつつ、エニが消えていった居住スペースへと赴く。

 小上がりになっている場所に腰をかけると、奥からエニがやってきた。

「はい、お水です」

「どうも」

 差し出された水を一気に飲み干すと、小さな労働の疲れが癒されるようであった。

「うん、おいしい。ありがとう、エニ」

「いいえ、こちらこそ助かりました。……すみませんでした、失礼な態度をとって」

「あ、いやいや、こちらこそ……」

 ペコリと頭を下げるエマに対し、ケンジも手を振る。

 ケンジと同じぐらいの年恰好ではあるが、エマの方が世渡りに慣れているようにも感じられた。小さいとは言え、工房の親方代理を務めるだけはある、ということか。

「そういえば、工房の親方代理ってことは、本当の親方がいるんだよね?」

「ええ、私の姉です。ですが……」

「エニ~。帰ってきたのぉ?」

 エニとケンジが話していると、居住スペースの奥から声が聞こえてくる。

 現れたのは、足取りの覚束ない女性。ケンジやエニよりも年上のように見えるが、しかしその挙動は生まれたての赤子のようでもあった。

「お姉ちゃん、ダメでしょ、勝手に出歩いちゃ……」

「自分の家だもん、平気だよぉ。それより……お客さんだねぇ?」

 女性はその場に膝をつき、ケンジに対して頭を下げる。

「ようこそ、レンツ工房へ」

「え? あ……お邪魔してます」

「おや? 男の子かな? エニの知り合い?」

「違います。ちょっとそこで会っただけで……って言うか、ストライダー様だよ」

「ストライダー……あぁ、救世主さまねぇ!」

 ポンと手を打つ女性、レンツ。ぽやぽやしている言動から、エニとは正反対の性格をしているようであった。

 彼女を見ながら、ケンジは先ほどの話を思い出す。

「エニのお姉さんってことは……レンツさんがこの工房の親方?」

「はい、そうですよぉ。今はエニに代理をしてもらってますけどねぇ」

「代理を立てる理由があるんですか?」

「そりゃもう。ウチはちょっと、目ぇをやらかしてまして」

「目を……?」

 ふと、先ほどの言葉を思い出す。

 レンツは目の前にいるケンジに対して『男の子かな?』と零していた。

 この距離でケンジの性別があやふやなのは、彼女の目が悪いからなのであろう。

「そんなわけでぇ、ウチの代わりに、今はエニに親方をやってもらってるんです」

「なるほど……」

「はいはい、お話が終わったらお姉ちゃんは奥で休んでて」

「はぁい……それじゃあ、ストライダー様、ごゆっくりぃ」

 妹に追い立てられるようにして、レンツは奥へと戻っていった。

 その足取りが覚束ないのも視力が弱い所為なのだろう。ちょっと危なっかしいほどではあったのだが、アレで大丈夫なのだろうか?

「すみません、お恥ずかしいところを見られてしまいまして」

「い、いや、お姉さん、大変だね」

「ええ……だから、もう仕事はして欲しくないんですけどね」

「仕事の所為で目が弱くなったの?」

「姉の仕事は、この町では……いえ、この国一帯でも珍しいもので」

「ふぅん……」

 珍しい仕事、と言われると俄然興味がわくのだが、エニはそれ以降を話してくれない。

 突っ込んで聞いていいものか、少し悩んでしまったのだが、そのうちにエニは工房の方へと足を向ける。

「私はこれから仕事がありますが、ストライダー様はどうします?」

「え? ……そうだな、ちょっとエニの仕事を見ていい?」

「構いませんが……面白いものではありませんよ?」

「大丈夫大丈夫。ボクはこっちの世界に来て、いろんなものが珍しくて仕方ないんだ」

 実際、見ること聞くこと、何もかもが目新しいことばかりであったが、その本心はレンツの珍しい仕事の手がかりになるか、と思ったのだ。

 怪訝そうな顔をしたエニだが、それ以上突っぱねることはなく、二人で工房へ移動することになった。


****


 エニが持ってきた剣たちは、打ち直されて表面や刃がデコボコした剣であった。

 おそらくは町にやってきた旅人や、冒険者などが使っていた剣なのであろう。

 ケンジの剣も一定期間ごとにメンテナンスに出すのだが、そうしなければ剣は使い物にならなくなる。最悪、ぽっきり折れてしまって買いなおさないといけなくなるだろう。

 レデニアの町の支援を受けているケンジならば、剣の新調も簡単だろうが、旅人や冒険者などは軽々と買い替えとはいかない。

 そのため、人里に寄ると、こうやって工房にメンテナンスに出すのだ。

 エニはその中でも特別、研ぐ作業を専門に行っている職人であった。

 剣の加工とは言っても、鉄は多くの工程を経て剣となる。その中でも最後の作業がこの研ぎである。

「ストライダー様の剣も、私が研いだんですよ」

「へぇ。……あぁ、そうか。それでボクが『打ったの?』って聞いた時、ちょっと違うって言ったんだね」

「ええ、私は研ぎ専門ですから」

 確か、この剣を渡された時、町長であるグラナルは『町一番の研ぎ士による逸品』とか言っていただろうか。

 つまり、エニこそがレデニアで随一の研ぎ士なのだろう。

「エニとレンツさんは、ずっとレデニアにいるんだね。瘴気が迫った時も逃げ出さなかったんだ」

「そりゃそうですよ。あんな状態の姉を残して町から出て行けませんし、姉に旅は難しいですからね」

 この姉妹はレデニアから出られなかった方の残留者であった。

 レデニアに危機が迫り、にっちもさっちも行かなくなりそうだった時、避難しなかった人間には相応の理由がある。エニの場合はレンツだ。

 レンツの弱視はかなりのものだ。家の中でさえ危なっかしい足取りなのだから、彼女と共に町を出るとなるとかなり危険であろう。

 そのため、エニもレデニアに残り、このまま町と心中するぐらいの心積もりだったはずだ。

「その点、ストライダー様には命を助けられたことになりますね」

「いや、ボクだってエニが作ってくれた剣がなきゃ、どうなったかわからないし」

「作ったと言っても私が行ったのは『研ぎ』のみです。その剣を作り上げたのは私だけではなく、他に幾人も職人が関わっているんです」

「ボクはついこないだまで、剣は一人で作るものだと思ってたよ」

「私のような女の力では、鉄を打つのは重労働ですからね。材料となる鉄のインゴットを作ったり、それを成型加工する作業は、他の工房が行っています」

「ふぅん……。じゃあ、他の工房に行けば、剣を打っている様子も見られるのかな?」

「見学くらいは出来ると思いますよ。……あなたも鍛造について知識が?」

「え? いや、ボクは聞きかじりって言うか……あんまり詳しくは知らないんだけど」

 ケンジの頭の中にあるのは所詮、漫画やゲームで得た知識のみ。

 詳しい鍛造の方法など、中学生がパッと知れるものではない。

 そんなケンジの返答を聞いて、エニは少し微笑む。

「そうでしたか」

「ん? どうしたの? 嬉しそうな顔して」

「いいえ。すこし安心しただけです」

 エニはそう言うだけで、その真意を教えてはくれなかった。

TIPS


鍛冶の神様

 レデニアで信仰されているエストではあるが、元々、レデニアの信仰体系は二柱の神様への信仰であった。

 一つは泉の女神エスト。そしてもう一つは北の山に加護を与える山の神であったとされる。

 その神はアグリム・ドゥガルが現れた時に、かの邪竜に食い殺されてしまったため、既にいなくなっているのだが、山の神も女神であったと言われる。

 レンツ工房の主であったレンツが、女の身ながら鍛冶職に就くことが出来たのは、その影響が強いだろう。

 大陸の内部では未だに『女が鉄を打つと、鉄が穢れる』とされて、女性の鍛冶職人はほとんど存在していない。

 レンツがレデニアでまともに鍛冶が出来たのは、鉄を生み出す山の神も女神である、と言う認識の影響が強く、レデニアでは女性の鍛冶職人にも寛容な風潮が出来上がっていた。

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