最終章
「こっちや優香ちゃん!」
「あ、はい」
私--御神楽優香は手を伸ばしてきたお兄ちゃんの友人の堺さんの手を取ります。
「けど、お兄ちゃんがまだ」
私の後ろでは一対三という不利な状況で戦っている兄の姿。
豪徳寺さんをはじめとする三人の連携は学年でもトップクラス。
お兄ちゃんは防御を余儀なくされているように見えます。
「かぐらんはなあ。ほぼ毎日襲撃を受け取るし、これくらいは余裕や」
「一対多において御神楽さんほど経験豊かな一年はいませんわよ」
二人曰く、第ゼロ学園で屈指の実力を持つあの有村先輩を倒した一年ということで上級生にも目を付けられているとか。
日々上級生を相手にしている兄からすれば同学年など余裕いうことらしい。
「そゆことや。だから優香ちゃんが心配することは何もあらへん。邪魔にならんよう早く逃げようや」
走りながら堺さんは私の肩を叩きますが、私の心は晴れません。
「けど、豪徳寺さん達は軍用魔術を使います」
殺傷力の高い、兄にとって初見となる軍用魔術。
うっかり喰らって死ぬ可能性が高いです」
「ハハハ、軍用魔術程度でかぐらんは死なへん死なへん」
「一要素で負けるほど貴女のお兄さんは弱くありませんのよ」
が、二人とも堪えた様子はありません。
「……」
私は納得がいかないまでも、口を閉じ、堺さんの引かれるがままにされました。
走って十数分。
目的の場所に辿り着けます。
「よし、後はかぐらんを待つだけや」
「堺さん、フィールさん……どうして私がここまで来れたのかご存知ですか?」
私が友人の三人を壊してしまったのは事実。
そしてそれを受け入れ、壊れても良いような人材を私にあてがった学園から逃げたかったのも事実。
お兄ちゃんからの手紙に心が躍り、第ゼロ学園に行きたいのも本心。
だけど……
「これは仕組まれた罠です。お兄ちゃんを葬るための」
「え?」
「どういうことですの?」
私の言葉に二人の速度が遅くなります。
「兄は多方面から恨まれています」
兄は敵を作りすぎました。
努力など無駄だと嘲笑う程の圧倒的な才能。
空気を読んで引くことの知らない不器用な性格。
「神童や傑作を容易に潰していく兄を疎ましく思う人は当然います。だから彼らは考えました、兄を合法的に葬るにはどうすれば良いか」
兄が存在することが許せない。
目の前にいなくとも、同じ空気を吸っているだけでこちらの気が散る。
あれを抹殺しない限り自分達は枕を高くして眠れないんだ。
「けど、殺してしまったらさすがに--」
国が黙っていない。
魔術同士の切磋琢磨ならまだしも、明確に葬るとなれば話は別。
しかもお兄ちゃんは国内どころか世界でも通用するダイヤモンドの原石。
戦力という観点から見れば喪ってはならない人材。
「なので彼らは考えました。その結果が一学年なら黙認。同じ学年同士の諍いならまだ面目も立つという理屈です」
これは訓練の一つです。
だから万が一が起こっても仕方ないのではないか。
「その代わり、私に第ゼロ学園への編入を許可するということです」
交換条件。
私の身柄とお兄ちゃんの命。
とてもとても不平等な交換。
「ふーん、つまり優香ちゃんの編入は確定なんやな」
あっけらかんとした声音で堺さんはそう笑います。
「良かったです、兄妹共々よろしくお願いしますね」
横のブラッドフィールドさんも私の両手を包み込んで微笑みます。
「あの? どうしてそんな笑顔なのですか?」
一対二百という構図。
どれだけ兄が強くてもその数では押し潰されます。
「加えてあの阿部さんがいるのですよ?」
指揮官の能力は文句なしでナンバーワン。
そんな彼が陣頭指揮を執っている以上、勝ち目は--。
「そやなぁ、論より証拠や。見てみい」
堺さんの指し示す先。
ポツンとした何かが私達に向かって走ってきています。
あれは間違いなく--。
「時間かけすぎやかぐらんー!」
私の驚愕をよそに堺さんは大きく手を振ります。
「妹さんは第ゼロ学園への編入が決まったようですー!」
堺さんとブラッドフィールドさんがそんな声をかける人物は一人しかいません。
「ああ! そうか!」
「うそーー」
御神楽圭一。
あの脱出不可能と先生から太鼓判を押された包囲網を突破した兄の姿でした。
「あー! 疲れた!」
突破したとはいえ、その代償は小さくありません。
服も体もボロボロ、満身創痍です。
よく、その体でここまで辿り着けたものです。
「なあかぐらん。途中でスカし男見んかった?」
「スカし男?」
「京都代表の阿部鎌足ですわよ」
「……あー、あいつか。会ったよ。で、取り巻きもろとも潰した」
兄曰く、阿部さんは恐怖に負けたとのこと。
私のスキルをコピーし、それを使ったことまでは良かったが、兄は副作用の発生率を増加させたことで動けなくなったと。
「阿部とその取り巻きの連中は未来を差し出してまで僕と戦う気概がなかった。万事セーブされた攻撃だったよ」
副作用が上昇した今、無理をすれば致命的なダメージを負い、魔術師ではなくなる。
その恐怖が阿部さん達の心身を縛り、満足な戦いが出来なかったと兄は言います。
「僕からすれば豪徳寺達に軍用魔術を習得させ、妹の優香にリミッター解除をさせときながら何を言っているのかと思うがな」
他人には平気で危険な川を渡らせておきながらいざ自分が渡るとなると委縮した阿部さんを兄は快く思っていないようです。
阿部さんの名誉のために補足しますが阿部さんは第一学園一年でも屈指の実力者ですからね。
そんな彼を委縮させる状況を作り出した兄が異常なんですけど。
「で、改めましてだ優香」
ボロボロのまま兄は私に近づいて手を差し出します。
「第ゼロ学園で頑張ろうな」
--ああ、そうですか。
私はもう兄の言葉を聞いていません。
兄は--いえ、お兄ちゃんは。
私が生まれた時から常にお兄ちゃんの姿があった。
最強に相応しい力を持つお兄ちゃんは私のような中途半端な才能などあってなきもの。
いつでもどこでも私はお兄ちゃんの後ろで隠れている存在だった。
これから先、私は一生お兄ちゃんの背中から出られないだろう。
ずっとずっと、死んでも、未来永劫変わらない。
それでも良いと思っていた。
兄妹であることや理屈で考えれば変じゃない。
と、私はそう割り切っていた。
でもね、阿部さんが面白いことを囁いたんだよ。
これだけの状況を整えてもお兄ちゃんは勝った。
なら、そのお兄ちゃんを殺せばどうなるかな?
そう囁かれた時は反発した。
けど、今なら分かる。
うん、阿部さん。
お兄ちゃんを殺す最後の詰めになってあげるよ。
「スキル発動--リミッター解除」
私はスキルを発動し、身体のリミッターを解除します。
「え?」
お兄ちゃんと堺さん、そしてフィールさん表情が安心から凍り付く表情へと移行するまでの刹那の時。
私は手をお兄ちゃんに向けてかざします。
「さよなら、お兄ちゃん。大好きだよ、ずっと」
だから、私の手で終わらせて。
「もうそろそろ着くか」
遠目に見えるのは第ゼロ学園。
まだ一日も経っていないのに随分と懐かしく思える。
「しかしなぁ、かぐらん。よう反応できたなぁ?」
「うん?」
「妹さんからの攻撃。あれは私も予想外でしたわよ」
「ああ、あれか」
僕は拘束された優香を見る。
妹は僕の反応が予想外だったのか今でも呆けていた。
「まあ、確かに僕も何の前情報がなかったらやられてたな」
妹の不意打ち。
タイミングといい、僕の緩み具合といい、あれほどヒヤッとしたのは数えるぐらいしかない。
死を意識したのは認めざるを得ない。
「では、どうして?」
「阿部だよ、阿部。あいつ、やられる瞬間に笑みを浮かべていた。で、僕は思ったよ。ああ、何か仕掛けてあると」
倒す瞬間、阿部はいたずら小僧が浮かべる表情をする。
まだ続きがあるぞ、と顔にでかでかと書いてあった。
「だから僕はピンときたよ。これ、絶対に何かある。その可能性が最も高いのは妹に何か仕込んだなと」
その予想は的中。
「まあ、これほど嬉しくない的中も初めてだけどな」
出来れば当たって欲しくなかった。
妹に命を狙われるのは--例え騙されているのだとしても心に来るものがある。
「しかしなあ、ほんまにかぐらんはようわからん」
「そうです、あれほど溺愛していた妹に刃を向けられてどうして平然としているのですか?」
堺さんとフィールさんが問いてくる。
どうしてそんなに冷静なのかと?
「単純なことだ、僕は両親からも恐れられていた。今更妹に恐れられたところで何も変わらない」
僕をこの世に生まれさせた両親でさえ僕を恐れている。
最初はごく普通の家庭だった。
魔術を覚え、スキルを習得するごとに『我が家から天才が生まれた』と喜んだ。
しかし、その喜びが恐怖へと変わるのにそう日は必要ない。
中学一年で都大会に出場し、二年には二十三区の天才達を撃破するだけでなく全国大会優勝。
そして三年では同学年において敵はいなくなっていた状況。
あまりの強さに本当に僕は両親から生まれたのかと本気で疑われ、DNA鑑定を受けたことは決して忘れまい。
「でも、僕は両親を恨んだことはないよ」
両親は確かに僕を恐れた。
しかし、それは陰湿な方法でなく、面と向かって堂々と宣言した。
「中学二年で全国大会を優勝した夜、父は本気の勝負を僕に挑んできたんだよ」
父も魔術は使えるがスキルが発現していない一般人。
魔術と全く関係ない職業についている父に負ける道理はない。
「で、僕は簡単に父を病院直行の半殺しにさせた後、言ってきたんだ」
「……なあ、かぐらん。そこは突っ込むところか?」
「真顔で半殺しって……何か恨みでもあったのですか?」
「いや、恨みなんてないよ。ただ、本気で喧嘩を売られたから本気で叩き潰しただけ。それ以上もそれ以下もない」
「「……」」
あれ? 僕って変なことを言ったか?
堺さんとフィールさんの視線が痛い。
「まあ、そこら辺については後で話すとして」
話を戻そう。
でないと先に進まない。
「救急車を待つ間、父はこう言ったんだ『もう俺が圭一に教えることはない。だから圭一よ、今度はお前が教えてくれ。空気を読まず、折れることを知らない圭一の物語を俺は草葉の陰で聞かせてもらうよ』--とね」
で、救急車に運ばれた父を見送った僕は母から別の家の鍵を渡され、荷物は後日配送という形で落ち着く。
そしてその際、妹が僕についていきたいと提案したところ両親は特に何も言わなかったので兄妹揃って家を出ていくことになった。
「そういう経緯だ。だから妹が歯向かってきたことを僕は何も思わない」
この生き方を貫く限り、僕は愛する妹からも刃を向けられる。
その事実を理解しているがゆえ、妹の持つ刃を察し、躱すことが出来た。
「なあ、優香。聞いているか?」
「……」
未だ呆けているのか優香は何も言ってこない。
「兄である僕に対し、皆と同じよう僕に恐怖を覚え、排除しようとしても構わない。ただ、その場合は皆と同じ対応--すなわち制裁を食らわせることをあらかじめ通知しておこう」
妹が何を怯えているのか知る必要もない。
ただ、僕としては普段通り接してくれるのが一番ありがたい。
こういう生き方を望んでやっているとはいえ、はれ物に触るかのような態度を取り続けられるは堪えるんだよ。
「…………うん」
僕の願いが通じたのか、優香は消え入りそうな声で返した。
「--以上が此度の大規模訓練による結果です」
暗く圧迫感を与えるよう計算された部屋にて中央に立つ老人--羽柴学園長が頭を下げる。
場所は東京の某所。
日本という国の中枢部分を握っている、いわば国を動かす面々のみ揃っていた。
「そちらがどれだけ手を打っても御神楽圭一を止めることはできませんでした。よって彼の妹を私どもの学園に転入させます」
それについては誰も異論が出ない。
そもそも最初から優香を手放すつもりだったのだ。
友人が壊れた程度で心が不安定になる存在など危険極まりなく、実戦では心もとない。
では、何故この部屋の空気はこんなにも重苦しいのだろうか。
「この結果を参考にした場合、『ドラゴン』を止めることが出来るのか?」
ドラゴン。
それは隣国に君臨する魔術王。
史上最強の魔術師とされ、あの夢宮翼でさえ単体では勝ち目がない怪物。
過去、ドラゴン討伐に周辺国と国内の反乱分子共同で挑んだが、倒すことは叶わなかった。
「不可能でしょう」
学園長は断言する。
「学生の悪口を述べるのは憚れますが現状、御神楽圭一は『ドラゴン』の劣化コピー。スキルも戦術も性格も全てが同じであり、全てに劣っているのが御神楽圭一です」
「「「……」」」
学園長は暗に訴える。
『ドラゴン』は確かに強力だがこちらから仕掛けない限り敵対することはない。
ならば答えは一つ。
絶対に敵対してはならない。
如何に倒すかではなく、如何に敵に回さないようするかについて考えろと迫る。
「我々の計画を進めるにあたり、『ドラゴン』は避けて通れない障害だ」
観念の混じった声。
「ご苦労だった羽柴学園長。これからも公務に励むことを希望する」
「……かしこまりました」
果たして羽柴学園長の胸の内はいかがであったろうか。
年齢の重ねたその笑顔の仮面は真意を隠していた。




