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Anomaly01: 腐らない遺体

1999年7月、デルタイ・テンカン国、テンカナンド市。閑静な住宅街をバリケードテープが囲う。デルタイ警察はカルト教団「エアベン」への立ち入り捜査を実施していた。

「これ、鳥獣保護法違反やないかい!」

ヤンク警部補がタヌキの骨を拾い上げる。

「これは15世紀に持ち込まれたタヌキの骨ですね。これに触れた人間はたちまち誤った人生を歩み始めると言います」

ナート巡査部長が解説を始めると、ヤンクはすかさず骨を手放す。

「大事に扱ってください!ここは『アノマリー』だらけなんですから」

ナートは「アノマリー」オタクだ。アノマリーとは、超常的な性質を持つ物品のことで、エアベンのような宗教組織や各国の秘密結社、果ては公安組織までがこれらを追っている、というのは風説だ。

二人は屋根裏部屋へと登っていく。暗がりをライトが照らすも、そこには古びたタンスしかない。二人は部屋をあとにしようと梯子に手をかける。

「ナート・ハキム巡査部長、ヤンク・ガビウン警部補」

タンスの中から声がする。固く閉じられたタンスを開くと、そこには一人の少女がいた。


翌日、内務省警察局特務課「第五号楽団(ピアネーザ)・第三小節」

第三小節は超常部門対策課でアノマリーの捜査・隔離・研究を担っている。

「デルタイ国内および西アルトス一帯の既定現実を揺るがしうる超常的アノマリーから一般市民および国土を防衛することは同地の安全保障政策に寄与する」というのが彼らの主張だ。もっとも、ピアネーザの金食い虫とはよく言われたものである。

旗手(イェラマン)」と呼ばれる女性が取調室に入ると、控えていた警察官たちが敬礼する。

「彼女が『アノマリー』です。戸籍上の名称は未だ特定できていません」

警察官の一人がガラス越しに指を指す。少女はミラーガラスの向こうにいるイェラマンの目を正確に捉えている。

イェラマンは少女のいる部屋へ入り、椅子に腰掛ける。

「あたしはイェラマン、あなたの名前は?」

少女は変わらず視線を保つ。

「やましいことがあるのか。わらわは嘘つきにはなにも話さぬ」

イェラマンは警察官たちに部屋の外に出るように指示をすると、自らの覆面を外す。

「これが『やましいこと』。エルネア・テイル・マ・ヤビス、テンカン(国王)の第一夫人よ」

イェラマン、もといエルネアは調書を手に取る。

「名はエミエ、姓はわからぬ。『天使』と、わらわはそう呼ばれ続けてきた」

エアベンはエミエを組織の顔として育て上げてきた。信者曰く、同じ部屋にいるだけで全てを見通されるのだという。

「サイコメトリーのつもりかしら」

エルネアは超常現象を信じない。アノマリーも科学で説明できるという立場をとる。

「天がわらわに与えた、ひとを緋空の世界へ至らしめるために。心のやましさは、魂に重くのしかかる」

エミエは余裕の表情を崩さない。


横倒しに置いた二つのコップのうち、一つに豆を入れる。底側しか見えない状態で、エミエに豆の入ったコップを当てさせる。

「正解はこっちよ」

エルネアは赤いコップを指差す。エミエは、赤いコップの方から「やましさ」が響くのを感じ取る。

「くどい!わらわに嘘は通じぬ!」

エミエはもう一つの青いコップを覗き込むも、中にはなにも入っていない。

「あら、心にやましさでもあったのかしら?」

エルネアは赤いコップから豆を取り出す。エミエは赤いコップの底が高いことに気がつくと、裏に隠されていたスピーカーに気がつく。

「わざとらしく豆が転がる音を再生したのよ。もっとも、中には本当に豆が入っていたわけだけど。サイコメトリーとやらは、ただの五感の鋭さと卓越した分析能力」

エミエはうつむく。彼女は生まれてこのかた、「それ」でしか評価されてこなかったからだ。

「その能力は評価に値するわ。捜査に協力してちょうだい」

エルネアがエミエに手を伸ばす。天に与えられたものとしてではなく、自らの能力として、彼女は評価をしてくれたのだ。エミエは迷わず彼女の手を握った。


「『腐らない遺体』、それがあたしたちが追っているアノマリーよ。エアベンの信者たちは『不老不死の力の源』として崇めているみたいだけど」

エルネアがデルタイの地図を広げる。エミエにエアベンのアジトの場所を指差すよう指示する。

「これは、困ったわね」

エミエが指さしたのは、ホログ氏族領・ホロガンド市。「氏族連合」とテンカン国は内戦中であり、ホロガンド市での捜査は不可能だ。

「信者として潜入するのはどうかしら」

エミエが提案する。確かに、エアベンの信者を乗せたバスはたびたびホロガンドの検問を通っている。

「それで行こう、エミエ」

エルネアがエミエの名前を呼ぶ。王妃とサイコメトラーの物語がいま、幕を上げる。


数日後、ホロガンド市の宗教施設。

「天使」の凱旋に信者たちが平伏する。

「天使さま、よくぞご無事で。ところで、後ろの者たちは?」

スーツに身を包んだ幹部格の男、リオ・フオロンはタブレットでスケジュールを管理している。

「『下界』でわらわ自ら折伏した下々だ」

入信者たちに「天使の輪」と称した金属の腕輪が配られる。信者として潜伏したヤンクとナートも腕輪を装着する。

「これも『アノマリー』ですかね」

ナートは興味津々に腕輪を観察するも、リオが詮索をしないよう警告する。

「こら、こちとら一蓮托生やねん。余計なことすんなや!すいません、まだ見習いなもので」

すかさずヤンクがナートの頭を下げさせる。幹部たちが入信者を修行用の大部屋へと連れ込む。

「これはあなたたちの業を洗い出す聖水です。『青空の世界』、つまりこの世を脱したものには無害ですが、いまのあなたたちが触れると焼けるように痛むでしょう」

リオはデモンストレーションと称して、脱走未遂をした信者と、自分自身に聖水を吹きかける。突如、その信者が苦しみ出すが、リオは平然としている。

リオはデモンストレーションを終えると、入信者たちをタコ部屋へと詰め込む。


エルネアとエミエはナートたちとは別行動で施設に侵入する。あちこちに監視カメラとスプリンクラーが設置されている。エルネアが巡回中の男を捕えると、モニター室の場所を聞き出す。

「サイコメトリーの出番よ。遺体の場所を突き止めてちょうだい」

エルネアの合図とともにエミエがモニターを操作する。一瞬、エミエの手が止まる。

「ここ、やましさを感じる」

彼女の言う通り、部屋の一箇所だけカメラの画角が不自然だった。二人はその部屋に向かった。

そこにはいくつもの遺体が並んでいた。エミエが泣き崩れる、「なにか」を読み取ったのか、あるいは自分がこの惨事に加担していた事実を目の当たりにしたからなのか。

エルネアはエミエに肩を貸すと、エミエは分析を再開する。

「この一体だけ、怖がってない。興奮で我を忘れておる」

確かに、一体だけ体つきが違う。これらの遺体は同じ目的のために保管されているが、保管されるに至った経緯が異なるのだろう。


「天使さま、一体なにをしておいでですか」

リオが部屋に入ってくる。すかさずエルネアがエミエを匿う。

「おぬしこそ、これはなんなのだ!わらわはなにも知らされておらぬぞ!」

エミエは怒りを露わにする。彼女は純粋に人々の救済を目指していたのだから。

「緋空の世界へ至った先駆者たちですよ」

リオは淡々と説明する。

「『腐らない遺体』、さしずめなにかの投薬実験の犠牲者たちだろう。細胞劣化の遅延はその副作用と言ったところか」

エルネアがリオに詰め寄ったそのとき、ナートたちが部屋に突入してくる。

「警察だ!遺体遺棄罪で現行犯逮捕する!」

リオは顔色ひとつ変えずにスプリンクラーを作動させる。なにが起きるのかを察したエミエが膝をつくも、ナートたちは動じない。

「姐さん!言われた通りにしましたよ!ほかの信者たちにも伝えました!」

ナートとヤンクが腕輪を見せる。

「この腕輪には銅の膜が貼られていた。塩素に触れると塩化第二銅になる。部下たちにはあらかじめ膜だけを取り除くように指示を出していた」

エルネアは腕輪の仕掛けを見抜いていた。リオが観念したかに思えたそのとき、彼はとっさに懐から拳銃を取り出し、逃走する。


後日、テンカナンド市。施設から救出された信者たちはうつむいている。失業者や孤児、DV被害者など、みな宗教に救いを求めるしかない者たちだったからだ。彼らと心を通わせ、心を痛めるエミエにエルネアが歩み寄る。

「『モート』、条約違反のドーピング剤が回収された遺体から検出された。エアベンははなから彼らをモルモットとしか見なしていなかったのよ」

エルネアがエミエにパンを手渡す。天使と言っても中身はただの子供だ、パンを頬張るエミエを横目に、エルネアは次のアノマリーに関する報告書を読み漁る。

「『変幻自在の屋敷』、ホログ公爵カインバ・カント・ホログ直々の捜査依頼よ」

緑光が地平線をほと走る。新たな脅威が二人に迫っていた。

『共和国物語』というシェアユニバース作品を書いています。

https://soshuko.github.io/RePubReader

架空世界/架空国家/架空言語/架空鉄道

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