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19.禁断の 前編

  これはメイミィ本土隊のうち、空母級軍徒ホウショウを旗艦とする、ホウショウ隊での記録である。


『第一攻撃隊、砲撃開始』

 三十キロ離れた山の頂上から見下ろしながら、ホウショウ……薄紅色の羽毛に巨大な翼、細く長い尾を携えた竜は言った。目線の先には、目標の都市と……そこで暴れ回る、大量の軍徒がいた。大きさは三メートル前後と、軍徒としては非常に小さいが、数は二〇〇を超え、戦力としては十分以上。目はなく、口は火を噴き呻くばかりで、消化器官もほとんど持たない個体群。ホウショウの卵から生まれた、眷属軍徒と呼ばれる劣化コピーたちであり、使い捨ての駒である。


『第三エリア壊滅を確認。残存個体を第四エリアへ』

『了』

 現地で航行しながら状況を確認するナミカゼの指示を受けて、ホウショウは戦力を西へと誘導した。

『第二爆撃隊、投下』

 爆弾を括りつけられた眷属たちを、落とす。括りつけるものは、毒ガスでも細菌兵器でも構わない。眷属の命など惜しくはないのだから。


 圧倒的な物量作戦。イーヴェンらしからぬこの戦法は、ホウショウという個体の特殊性とゾンジュオからの軍事費によって成立していた。



 七時間後、都市側が降伏し作戦は終了となった。

「先生、先生。ホウショウ、ちゃんとできてた?できてた?」

「ああ、上出来だ。よくやった」

 ナミカゼは基地に帰投し、ホウショウは尾を揺らしながら出迎えた。

「ねえ、先生。ご褒美のキス、ちょうだい?ね?」

「はいはい、いくつになっても変わらないな、貴公は」

 軍部の人間は忙しく、都市側からの徴発、捕虜の確保で雑然としており。この数分は二頭にとって貴重な交流時間であった。

 低く、低く頭を下げたホウショウの額に小さく口づけするナミカゼ。ひときわ嬉しそうに笑うホウショウに、ナミカゼはやや気恥ずかしさを感じながらも、つられて笑みをこぼした。


 ホウショウは、ナミカゼを先生として尊敬し、したっている。

 生まれてから、戦闘用のデータをインプットされたが、実際に軍を動かすのは難しく、ホウショウは延々と失敗していた。欠陥品なのでは、と影でささやかれるほどであった。

 そのとき偶然、同じ研究所で居合わせたナミカゼがホウショウの指導を行った。ミネカゼ型十四番艦である彼は、特に大軍指揮の適性が高く、それまでもドローンやアンドロイドの物量作戦の指揮補佐として戦績をあげていたためである。

 初となる空母級個体の運用計画。その一環として行われたナミカゼの指導は、ユキカゼと違い穏やかであった。失敗しても怒鳴らない。成功すれば、口頭で淡々と評価する。こうしてホウショウはどんどん学習し、軍徒の中でも有数の撃墜数を誇るようになった。ナミカゼは指南役ではなく、彼女を旗艦とした隊の一員という形で運用は継続された。

 ホウショウは、ナミカゼに甘えていた。ナミカゼも、ホウショウをなかなかに甘やかしていた。生まれたてで自分より小さかった女の子が、日に日に成長し自分を押し潰せそうなくらいに巨大化するというのは、複雑だが感慨深さもあった。

 そんなあるときに、ホウショウがねだったのがキスである。人間の儀式的行為の一つであり、親愛を示す。軍徒がそのような行為をするのは適切なのか、軍規に反してはいないか、とナミカゼは迷った。しかし、これで作戦の成功率が上がるのなら。キスをしてはいけない、とはどこにも記入されていないし。何よりホウショウが欲しがっているのなら……と、絆されるような自己正当化の末に、その行為を選択した。


 常日頃からくっついてイチャイチャする二頭。よく飽きませんねえ、とユウバリは呆れて笑い。可愛らしくていいじゃないですか、とナガラは笑い。姉様、セツもほしいんだけど……とナトリはナガラにねだった。



 夜間。ホウショウは産卵場所に移動し、ナミカゼはその護衛として傍で警戒を行うことになった。空は晴れており、月も出ているが。隠蔽のため、ユウバリの霧が濃く展開されており。周囲は薄暗かった。

「先生に卵産むの見られちゃうの、ちょっと恥ずかしいかも……」

「気にするな、慣れている。今更何も思わんさ」

 穏やかに、ナミカゼは嘘をついた。


 卵が、シートの上に落ちる音。他の卵と、小さく擦れ合う音。転がるそれは、まだしとやかに濡れていて。独特な、ホウショウの匂いが鼻をついて。腹に力を入れるときの、やや苦しそうな、息を止めるような声。一段落して、ゆっくりと吐かれる息の熱。無事に生まれた卵を見て、安心したように細められる目。


 一連のホウショウの産卵行動に、ナミカゼは何かを感じていた。何十回も見てきたはずなのに。じっとりとした熱が背を這い、胸の奥にゾクリとした欲が、蠢くのである。


「……先生?」

 ホウショウは、ナミカゼの目に近頃、妙な熱がこもっているのを何となく感じていた。だからこそ、やや恥じらいのような感情が芽生えていた。不愉快と問われれば、そんなことはない。むしろ、ナミカゼになら、もっと見て、いっそのこと触れてほしい……そんな心地がしていた。

 これは、軍徒における性的欲求に近い感情の発露であった。ナミカゼは、これを報告すべきか未だに決めかねていた。ホウショウはまだ、その欲求は何なのか、分からなかった。

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