187・その名は、真眼の少年
いつもの時間に少し遅れてしまいました(汗)。
本当に申し訳ありません。
では、本日の更新、第187話になります。
よろしくお願いします。
『――おのれ、人間風情がっ!』
僕の挑発に、『邪竜の幼生体』が思念で吠える。
ビキッ
脳に痛みと共に響く怒声。
でも、僕はあえて弱みを見せず、平静な様子を演じて奴を見返した。
奴は、母体の目を動かす。
周囲には、自身の眷属3体が死亡し、残る2体も瀕死の様相だ。
まともに戦えそうなのは、自身を宿す母体のみ。
そして、そんな『邪竜の幼生体』の母体の前には、僕を始め、手練れの白銀級、煌金級の冒険者が5人、油断なく武器を構えている。
僕も『霊樹の小剣』を母体に向け、
(――逃げ場はないよ)
と、無言の圧力を与える。
奴も察したのだろう。
数秒の沈黙ののち、
『――そうか』
と、低く呟いた。
けど、その思念の質は、諦めとは違う。
むしろ、覚悟を決めたような重さと怨念の宿るような禍々しさが滲んでいた。
母体が立ち上がる。
ズル ベチャッ
彼女を守ろうとして死んだ死体が地面に落ちる。
血と肉が散らばる。
幽鬼のような妊婦は、血に塗れたまま、僕らを見返した。
そして、その胎内の赤子が言う。
『――いいだろう』
『――お前の勝ちだ。認めよう』
『――今生は諦める。だが、お前だけは生かしておかぬぞ、〈女神の使徒〉よ!』
ビキン
(ぐっ!?)
強烈な思念。
同時に、母体の膨らんだお腹が弾けた。
ドパン
(え……?)
驚く僕ら。
その眼前で、妊婦の裂けた腹部から内臓が躍り出し、肉が蠢いて、その形を変えていく。
ビチチッ メキッ グチャン
肉が膨張し、胎児の顔が見えた。
でも、その顔は、
(竜……!)
人と竜を融合したような、凶悪な形相だ。
妊婦だった肉塊は、周囲の『高濃度汚染体』の死体を巻き込み、更に瀕死の仲間も吸収し、ボコボコと膨らんでいく。
何だ何だ?
何が起きてる?
無数の触手が暴れる様は、まるで『邪竜の腐肉』みたいだ。
警戒した僕らは、後方に下がる。
(真眼君?)
僕は、問いかける。
ヒィン
文字が空中に走った。
【邪竜の幼生体の変異】
・母体と融合し、強引に誕生しようとしている。
・周囲の高濃度汚染体の肉も巻き込み、仮初の肉体を形成している。
・ただし、本来の想定とは違う強引な誕生は負荷が大きく、長くても数日しか生きられない。
・奴は今生を諦め、次の生まれ変わりを待つことにした。
・ただし、自分たちの脅威となる『女神の使徒』――桐山真一だけは何としても殺すつもりである。
・注意せよ。
・戦闘力、3030。
(へぇ……?)
僕は、目を瞠った。
つまり、逃げられないと悟った奴は、自身の死を前提に、最後に僕を殺そうとしてるってことか。
なるほど、覚悟を決めた訳だ。
「……シンイチ君?」
黒獅子公が僕を呼ぶ。
(あ、うん)
僕は簡潔に答える。
「奴は、死を覚悟しました。強引に産まれたので数日しか生きられませんが、僕だけは殺すつもりらしいです」
「君を道連れかい?」
「そうしたいみたいですね」
「へぇ、モテるねぇ」
と、彼女は冗談めかして笑う。
(あはは……)
僕は苦笑。
金髪をなびかせ、クレフィーンさんが自身の剣を構える。
「道連れになどさせません!」
「当然よ」
「だが、なかなか強そうだな」
「注意するんじゃぞ。死を覚悟した奴は、負傷も厭わん。常とは違うと意識するんじゃ」
レイアさん、オーディンさんが応じ、最後にバラディアさんが年長者らしくアドバイスする。
(確かに)
僕らは頷いた。
黒獅子公が、戦斧と大剣を構える。
「奴の狙いはシンイチ君だ。その意識を逆手に、彼を囮にしてダメージを与えていくよ!」
「あ、はい」
「わかりました」
「ええ、了解よ」
「おう」
「承知したぞい」
全員が応じ、武器を向ける。
その先で、
『――ぎゃおぅぅ……ぐるがぁああ……!』
メキキッ
赤黒い肉の塊が『竜』の形状をして、完成する。
もげた翼。
見えている骨と内臓。
隙間を触手が蠢き、落ちかけた眼球から粘液が滴る。
――腐肉の竜。
そんなイメージ。
体長12メートルほどの巨体を蠢かせ、奴は喉を晒すと甲高い悲鳴ような咆哮を響かせた。
さぁ、最後の戦いだ。
僕は、小剣を握る手に力を入れ、闘志を燃やす。
(――行くぞ!)
◇◇◇◇◇◇◇
先に言っておく。
――『腐肉の竜』は強かった。
戦闘力はあの多頭牙龍ヒュドラ以上であり、腐った肉体は常に毒を放ち、またその牙もまばらな口からは毒のブレスを噴射した。
巨大な手足、長い尾。
それに加え、腐肉の肉体からは無数の触手が生え、襲ってくる。
単純に強く、難敵だ。
けれど、ヒュドラ戦に比べ、僕らの戦力も上がっていた。
『賢人万魔』は10種の魔法を駆使し、攻撃、防御、支援を途切れることなく行い続ける。
『黄金剣鬼』は敵の魔法を封じ、また、同じ前衛の『黒獅子公』と『雪火剣聖』の物理攻撃力を3倍に高めてくれる。
(2人とも、凄いや)
両者に加え、『月輪の花』クランの3人もいつも通りの強さ。
『黒獅子公』は戦斧を揮い、青き落雷の大剣の雷を放つ。
『雪火剣聖』の華麗な剣は、腐った肉と骨を容易く断ち、『白き炎霊』が振り撒かれる毒を焼き消していく。
『赤羽妖精』は華麗に舞い、重力加速した大弓の矢を放つ。
更に、洗練された連携でそれらが行われるのだ。
『腐肉の竜』の肉体は次々に損傷し、その傷口は無数の触手によって縫い合わされ、けれど、また加えられた攻撃で再び断ち斬られていく。
――徐々に、徐々に、損傷部位が増していく。
(はぁ、はぁ、いける!)
僕は、確信する。
敵の攻撃は、ほぼ僕1人に集中していた。
それら全てを『神鉱銀の小盾』で受け流し、『王霊の盾』で防ぎ、『強身の魔印』で強化された反射と運動神経で回避する。
呼吸は苦しい。
でも、必要なこと。
僕が囮になれば、その分、皆が攻撃に集中できる。
ヒィン
『真眼』を駆使し、必死に防御に徹する。
何度も魔力ポーションを服用し、時に『土霊の岩槍』で攻撃を弾き返しながら、僕は耐え続けた。
――奴との我慢比べ。
条件は似ていて、でも、大きく違う。
敵は孤独で、僕には仲間がいた。
信じられる味方がいたから、苦しくても心が折れない。
だから、負けない自信がある。
その予想通り、
「やぁああ!」
ドパァン
黒獅子公が『英霊の黄金光』と『神霊の天罰』の最強コンボで、『腐肉の竜』の首を断った。
巨大な頭部が空中に舞う。
残された胴体に、賢人万魔の太陽のような火球がぶつかり、盛大な炎を噴き上げる。
その燃え盛る胸部――心臓に、
「ぬん!」
黄金剣鬼がオリハルコンの剣を刺す。
バシュッ
剣を振り抜き、心臓が裂けた。
そこに『赤羽妖精』の放った大弓の矢が3本、突き刺さる。
巨体が、倒れる。
ズズゥン
けど、
ヒィン
【腐肉の竜の頭部】
・まだ生きている。
・防御せよ。
(!)
地面に落ちた竜の頭部――その眼球に、光が灯った。
バッ
切断面の触手が地面を弾く。
巨大な口を開いた頭が、砲弾のように僕へと襲いかかった。
(王霊の――)
間に合わない。
咄嗟の判断で身を捻り、
ガシュッ
僕の左腕ごと、左胸までが噛み千切られた。
(ぐっ……!)
バシャッ
鮮血が撒き散らされる。
「シンイチ君!?」
クレフィーンさんの悲鳴が聞こえる。
アルタミナさんの焦ったような表情が見える。
他の3人も驚きの表情だ。
そして、人と竜の混じったような『腐肉の竜』の醜い顔は、勝利と達成感を滲ませた歪んだ笑みを浮かべていた。
ああ……やるじゃん。
痛みと意識の喪失。
それを感じながら、
(でも、馬鹿だなぁ)
僕は笑った。
「――不死霊の奇跡」
ボワッ
僕の全身が虹色の炎に包まれた。
傷が塞がる。
左腕が生える。
奴は愕然とした表情で、僕を見つめた。
僕は笑う。
篝火の灯りに照らされ、自分の血に濡れた顔で奴に笑いかける。
奴は、
『――おのれ……だが、貴様の能力、覚えたぞ』
と、悔しげに思念で告げた。
例え死んでも、次の『邪竜の幼生体』として生まれ変わった時のことを考えているのだろう。
だから、僕も言う。
「次はないよ」
奴は、目を見開く。
僕は笑いながら、
「――これから、この世界の『邪竜の腐肉』は全て、僕が消す。『高濃度汚染体』は全員、殺す。だから、お前が再びこの世界に現れることは2度とない」
右手を構えた。
左手で、魔力ポーションを飲む。
ゴクン
回復する魔力。
それを感じながら息を吐き、
「――さよなら」
言葉と同時に、
ドン
漆黒に輝く魔法の岩槍が放たれ、醜い顔面の中心に突き刺さると、その腐った脳と頭蓋を貫通、破壊した。
一泊遅れ、後頭部から血と脳の破片が飛び散る。
バシャアッ
地面が汚れる。
その眼球に驚きを宿したまま、生命の輝きが消えていく。
傷口の触手は動きを弱らせ、力なく落下する。
『――お前は……何なのだ?』
奴の思念がした。
怒気も、怨恨も、恐怖もない、単純な疑念。
僕は口を開きかけ、
ヒィン
【邪竜の幼生体】
・死亡している。
(……あ)
言葉を飲み込む。
答える前に、奴は息絶えていた。
でも、激しい戦いの終わりはいつも唐突で、勝利の余韻もなく、少し虚しさも感じる。
(ふぅ)
重い何かを抜くように、息を吐く。
と、その時、
「シンイチ君!」
ガバッ
(ほわぁ!?)
金髪の未亡人さんが僕に抱き着いた。
僕の血に汚れることも関係なく、強く、僕の無事を確かめるように抱き締められる。
長く綺麗な髪が躍り、僕の顔を撫でる。
「ああ……シンイチ君、シンイチ君……っ」
「…………」
「う、う……」
な、泣いてる。
僕の半身が食べられたことで、驚かせちゃったみたいだ。
(ごめんね、クレフィーンさん)
内心で謝り、
ギュッ
僕も『生きてるよ』と伝えるため、彼女を抱き締める。
周囲を見れば、アルタミナさんとレイアさんは苦笑し、目が合った僕へと拳を突き出した。
(うん)
僕も笑い、拳を出す。
オーディンさんは黄金の剣を支えにしながら、
「終わったか」
と、息を吐く。
白髪のご老人さんは「やれやれ、老骨には堪えるわい」と笑いながら、疲労から地面に座り込んだ。
ああ、うん。
(僕も疲れた)
ズルッ
抱き合ったまま、2人で地面に座る。
少し顔が離れると、
(……ああ、綺麗だな)
大好きな婚約者の涙に濡れた美貌があり、見ているだけで心が温かくなった。
僕は言う。
「これでもう、ファナちゃんは安心ですね」
「――はい」
彼女も泣きながら、笑う。
娘の脅威を排除した。
当面、あの天使幼女の日々は安泰だろう。
うん、
(本当に、立派なお母様だ)
その日々を手に入れるため、生命を懸けて邪竜とも戦った母親の美しい笑顔を眺めると、僕は改めて彼女に惚れ直す。
堪らず、
ギュウ
もう1度、今度は僕から抱き締めた。
彼女は一瞬驚き、でも、すぐに抱き返してくれる。
やがて、そんな僕ら2人の方へ、大切な仲間であるアルタミナさんとレイアさんもやって来る。
気づけば、東の空が明るくなってきた。
(もう、夜明けか)
その光に、僕は目を細める。
その金色の輝きは、何だかあの子の髪の色を思い出させる。
(うん)
じゃあ、帰ろうか。
――あの、天使な幼女の待つお屋敷へ。
ご覧頂き、ありがとうございました。
次回、最終回となります。
よかったら、どうか最後まで見届けてやって下さいね。
※次回は4月1日(水)、午後7時過ぎに更新予定です。




