180・黄金剣鬼と共に
「オーディ!」
アルタミナさんが歓喜の声を上げた。
気づいたオーディンさんは、「やぁ」と爽やかに笑う。
黒髪の美女は細長い尻尾をなびかせ、クレフィーンさん、レイアさんと共に、僕らの方へと駆け寄ってくる。
彼の前に立ち、
ボカッ
アルタミナさんは、そのままオーディンさんの顔を殴った。
(ふぁっ!?)
僕らは唖然。
殴られたオーディンさんも目を丸くし、けど、すぐに彼女の表情に気づいて苦笑する。
あ……アルタミナさん、涙目だ。
「馬鹿なの? オーディの癖に、何、死にかけてんのさ」
「はは、悪い」
「本当、悪いよ」
「ああ……」
「生きて帰ったら、高いご飯、奢ってもらうからね?」
「ああ、わかったよ」
彼は頷く。
それに、アルタミナさんもようやく笑顔になった。
(うん)
雰囲気が、いつもの彼女に戻った。
重苦しく張り詰めた部分が消え、軽やかで明るい太陽のような輝きを感じる。
飄々と。
でも、しなやかに強く。
――それが、黒獅子公アルタミナ・ローゼンだ。
僕も笑う。
クレフィーンさんも微笑み、目が合い、お互いに頷いた。
と、
ポン
レイアさんの手が、黒髪の美女の背を叩く。
「アル、再会を喜ぶのは後回しにしましょう」
(あ……)
ハッとし、振り返る。
見れば、遠くに投げ飛ばされたアン・ベリィは、茫然と復活したオーディンさんを見ていた。
その表情には驚きが。
やがて、嘆きの慟哭に変わり……そして、強い怒気に変化した。
キシャアアッ
人外の広さまで開口し、絶叫する。
(っっ)
ああ……そうだよね?
オーディンさんは、彼女が執着する想い人。
自分を殺しに来た敵でありながら、仲間を思う行動に絆され、気に入り、彼のことを殺さずに、むしろ、自分の仲間として受け入れ、助けることにまでしたのだ。
それなのに……。
(彼女にしたら、酷い裏切りに思うよね?)
恩を仇で返された。
もっと言えば、可愛さ余って憎さ100倍って奴だろう。
…………。
30年前は仲間に裏切られ、今はオーディンさんに裏切られた形になる。
――アン・ベリィ。
彼女に、少し同情する。
もし腐肉がなければ……呪詛に侵されなければ、僕はただ彼女を弔えたかもしれない。
でも、今は敵である。
邪竜の怨念に侵され、僕らを襲い、将来、ファナちゃんの敵ともなる。
(だから――)
ジャキッ
僕は感情を飲み込み、彼女に『霊樹の小剣』を構える。
同じように、アルタミナさん、オーディンさん、クレフィーンさん、レイアさんの4人もそれぞれの武器を構え、邪竜の鬼女アン・ベリィへと向けた。
黒獅子公の美女が言う。
「オーディ。病み上がりで悪いけど、しっかり働いてもらうよ?」
「ああ、任せてくれ」
黄金剣鬼の青年も、当たり前のように頷いた。
2人は笑う。
王国最強の『煌金級』が揃い、並んで僕らの前に立つ。
頼もしい背中……。
数分前と、状況は大きく変わった。
うん、
(きっと、やれる!)
確信にも似た予感。
僕ら5人は、邪竜の鬼女アン・ベリィと睨み合い、張り詰めた緊張感の空気が高まっていく。
それが限界まで膨らみ、
キシャアアッ
鬼女の叫びと共に、僕らは全員一斉に動き出した。
◇◇◇◇◇◇◇
――戦況は、明らかに変化した。
「おらぁ!」
黄金剣鬼オーディンさんは、好青年の姿からは想像もできない、まさに鬼の形相で黄金の剣を揮っていく。
輝くような苛烈な剣。
それは、アルタミナさんの野生の獣のような動きやクレフィーンさんの研ぎ澄まされたものとはまた違う――ある種、狂戦士のような戦い方だった。
気をつけないと、周りも巻き込む。
そして、そんな『黄金剣鬼』を中心に『黒獅子公』と『雪火剣聖』が動きを合わせ、上手く立ち回る。
3人の前衛。
その強烈な攻撃に、さすがのアン・ベリィも今までのような余裕はなかった。
ザクッ ズシャッ
何度も斬られ、再生する。
その頻度は、今までと比べ、数倍にもなっている。
原因はいくつかある。
まず、彼女はオリハルコンの剣を失った。
代わりに、自身の爪を長く伸ばしたり、長い黒髪を使って応戦しているけれど、黄金の剣ほどの強度と間合いがなかった。
2つ目は、魔法が通じるようになったこと。
オリハルコンの剣が失われたことで、今、アン・ベリィはレイアさんの重力魔法による負荷がかかっている。
そのため、先程までより動きが鈍い。
見えていても避けれない――そんな状況が起きている。
そして、クレフィーンさんの『白き炎霊』が効果的なタイミングで発動され、アン・ベリィが攻勢に出たり、回避したりする動きが制限されていた。
その絶妙さは、
(さすが、クレフィーンさん!)
と、見ていて惚れ惚れするほどだ。
天才である彼女ならばこそ、見極められるタイミングなのだと思う。
最後、3つ目。
それは、オーディンさんの古代魔法だ。
ヒィン
【怒りの鬼霊】
・攻撃力強化の魔法。
・自分を含め、半径周囲10メートルの仲間の物理攻撃力を3倍に高める。
・発動中は、徐々に魔力が消費される。
・補助力、200。
と、これである。
(3倍って……)
ただでさえ凄まじいアルタミナさん、クレフィーンさんの攻撃が3倍になってしまう、とんでもない効果だった。
ちなみに、レイアさんの大弓は範囲外なので適用なし。
でも、彼女自身、重力魔法を使えるようになったので、矢の威力自体は上がっている。
わかるかな?
つまり、オーディンさんが参戦し、オリハルコンの剣も取り戻したことで、僕らの攻撃力は3倍以上になっているということなのだ。
(そりゃ、戦局も変わるよ)
でも、敵もさる者。
僕らがここまで強くなっても、まだ抵抗している。
押し切れない。
いや、気を抜いたら、逆にやられそうな気配は常に感じる。
――化け物だ。
うん、
(これほどの相手に、僕らは今までよく殺されないでいたよ)
先程までの戦いを思い出し、そう感じさせられる。
僕は、息を吐く。
冷静に分析すれば、多分、時間経過は僕らの敵になる。
人の身である僕らの肉体には疲労が溜まり、各種魔法には効果時間が存在する。
けれど、邪竜の鬼女アン・ベリィは人外の存在で疲れ知らず、かつ強化魔法の効果が切れることなどという戦力低下の事象が起こり得ない。
だからこそ、
(早めに決着をつけないと……!)
戦いの中、僕は少しだけ離れた位置にいた。
目の前の戦闘のレベルが高すぎて、参戦できなかったというのもあるけれど、でも、もう1つ理由がある。
(そろそろか)
グビッ
僕は、魔力回復ポーションを服用する。
空の瓶を投げ捨て、心を整える。
オーディンさんの参戦後、僕は一切、アン・ベリィに対して何もしていなかった。
攻撃も、防御も、何も。
ただ離れた位置から、彼女たちの戦いを見ているだけだった。
だからこそ、
(僕の存在は、彼女の意識から完全に消えているはずだよね?)
透明人間。
路傍の石。
もはや無意識のレベルで、彼女は僕を忘れている。
――それを待っていた。
ポゥ……ッ
右手の甲に、魔力紋が灯る。
小剣を握ったその右手を真っ直ぐ、正面に構える。
剣先の空中に、茶色く光る魔法文字が集まり、1本の黒い大理石のような魔法の岩槍を形作っていく。
1度、目を閉じ、
ヒィン
真眼の発動を感じてから、目を開く。
【ここを狙え】
文字が視えた――瞬間、その場所へと岩槍を放つ。
ドン
重い衝撃。
同時に、強力な古代魔法の岩槍は空間を飛び、次の瞬間、その射線上にオーディンさんの剣に弾かれ、後退したアン・ベリィの右足が現れた。
岩槍が命中。
ボッ
青白く細い足に当たった岩槍は抵抗もなく、太ももとふくらはぎの間の膝関節を貫通し、その部位は丸く抉られたように吹き飛ばされた。
突如、右足が両断され、
ガクン
驚愕の表情で、アン・ベリィの体勢が崩れる。
その額に、黄金の刃が当たった。
音もなく、オリハルコンの剣はアン・ベリィの頭部を切断し、その胸部――心臓部分までその肉体を2つに裂いていく。
ドパッ
遅れて、出血。
盛大な返り血が、悪鬼のようなオーディンさんの顔にかかる。
ドシャッ
アン・ベリィの肉体が仰向けに倒れた。
地面に、血の染みが広がる。
と、アン・ベリィの青白い右手が震えながら、何かを求めるように持ち上がった。
(あ……)
泣いてる。
鬼女の目から、涙がこぼれていた。
無念か、情念か。
ただ、酷く悲しそうで……。
けど、4人の大人の内、誰も彼女の手を取らない。
(…………)
理由はわからない。
でも、僕は彼女に駆け寄り、その手を握った。
ギュッ
冷たい。
とても冷たい、細い手だ。
4人の大人は、驚いたように僕を見る。
構わない。
僕は、周りの視線を無視して、目の前で死に瀕するアン・ベリィの手を握り締めた。
2つに分かれた顔。
涙に濡れた目が、僕を見る。
僕も見返す。
ケヒ……ッ
一瞬だけ、彼女が安心したように、かすかに笑ったように見えた。
気のせいかもしれない。
でも、そこに僕は、人間だった頃の彼女を見た気がした。
ズル……パタン
僕の手から彼女の手が滑るように抜け、地面に落ちる。
ヒィン
【アン・ベリィ】
・死亡している。
真眼の伝える情報。
僕は、目を閉じる。
自分が殺すことに加担しておいて、ただの偽善とわかっていても、僕は彼女の冥福を祈る。
仲間に裏切られ、邪竜の怨念に侵され、オーディンさんを失った。
そんな、女の人。
恐らく、普通だった彼女が、ただその人生を……運命を狂わせられてしまった。
(……邪竜の腐肉)
もし、それがなければ、彼女が『高濃度汚染体』としての苦しみの時間まで負うことはなかったかもしれない。
いや、もしかしたら?
邪竜の呪詛は、生物を凶暴化させる。
そもそも彼女の仲間が裏切ったのも、腐肉の呪詛が森の空間に満ちていた影響かもしれない。
(…………)
真相はわからない。
でも、もう2度と彼女みたいな人は生まれて欲しくないと思った。
そのためにも、この世の腐肉を全て滅したい。
そう強く思う。
「シンイチ君……」
クレフィーンさんが心配そうに、僕の肩に触れた。
ピクッ
僕は、身体を震わせる。
目元を服の袖で強く擦ってから、振り返る。
「うん、大丈夫」
と、がんばって答えた。
彼女も哀しげに微笑み、頷きを返してくれる。
僕らの様子に、アルタミナさんとオーディンさんは顔を見合わせ、少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。
レイアさんは『仕方がないわね』という表情で、ため息をこぼしている。
僕は立ち上がる。
ふと、右手を見た。
僕の手を握った冷たい指の感触が、まだ残っていた。
(……ん)
ギュッ
その手を、強く握る。
そして、顔を上げ、視線を全ての元凶となる存在に向けた。
――邪竜の腐肉。
この『魔瘴気の満ちる黒き森』に隠れていた腐った黒い肉塊は、ブルリと怯えたようにその肉の身を震わせた。




