179・参戦させよ
――アン・ベリィは強かった。
30年前の森緑級冒険者であり、もしかしたら、剣士ではなかったのかもしれない。
彼女の揮う剣は荒く、アルタミナさん、クレフィーンさんと比べて、全然、洗練されてもいないし、隙も多く感じられた。
だけど、
ガチュン
「っ」
1合、剣を合わせるだけで、彼女たちが4~5メートル吹き飛ぶ。
とんでもない威力。
まともには受けられない。
それを理解した前衛の2人は必死に剣の衝撃を逸らしながら、辛うじて踏ん張っている。
そして、隙を見て反撃する。
けれど、アン・ベリィの反射速度は尋常ではなく、身体強化をした彼女たちでも捉え切れず、回避されてしまう。
また荒い動きを読み、多少、肉体を斬っても、
ジュゥゥ
と、一瞬で傷が再生する。
僕も隙を衝き、『土霊の岩槍』を放ってみた。
けど、彼女は黄金に輝くオリハルコンの剣で、無造作に黒い岩槍を払う――瞬間、
パシュッ
(あ……)
魔法の岩槍は、黒い煙と化して霧散した。
真眼君の教えだと、どうやらオリハルコンの特性で魔法の術式が破壊され、魔素として分解されてしまったらしい。
マジか~。
(本当に魔法、通じないんだ?)
こうなると、前衛2人ほどの剣の技量がない僕は、攻撃手段がなくなる。
そして、同じく後衛のレイアさんも、隙を見て死角から大弓の矢を放つけれど、
バシィッ
(!?)
彼女の長い黒髪が生き物のように動き、太い矢を絡めとった。
ベキッとへし折る。
おいおい。
あの髪に捕まったら、僕の手足も簡単に折られるんじゃないか?
(やばい)
本当に強い。
黒騎士ジオ・クレイアードほどの技量はないけど、恐ろしい強さだ。
単純な膂力、反射神経だけなら、アン・ベリィの方が上かもしれない。
少なくとも、王国トップの煌金級冒険者オーディン・レクスのパーティーを壊滅させ、敗北させた実力は本物だと思えた。
そして今は、
(更に、オリハルコンの剣を手に入れている)
……もう、手に負えない。
はっきり言う。
今、僕ら4人に勝ち目はない。
戦いながら、それがわかる。
多分、僕より経験を積んだ3人は、よりそれを感じているかもしれない。
でも、引けない。
引こうとした瞬間、多分、一蹴される。
ジワジワ嬲り殺されるか、瞬殺されるか、その二択が突き付けられている。
だから今は、必死に抗い、活路を探してる状況だ。
何か、見つけなければ……!
(真眼君!)
僕は、願う。
すると、
ヒィン
【勝利の方法】
・オーディン・レクスを参戦させよ。
・彼の救出を優先。
・救出後、彼を回復させ、オリハルコンの剣を奪い返し、全員で挑むことで勝機が生まれる。
・現状維持は、5分が限界。
・急げ。
(!)
オーディンさんか!
ハッとし、見れば、腐肉に絡めとられた美男が視界に移る。
(よし)
僕は、そちらに走る。
レイアさんが驚き、
「シンイチ!?」
「オーディンさんを助けて参戦させます! それまで粘って!」
「! わかったわ!」
赤毛のエルフさんも頷いてくれる。
(急げ、急げ)
僕は、必死に走る。
短い距離だけど、クレフィーンさんとアルタミナさん、邪竜の鬼女アン・ベリィの戦いは激しく、吹き飛ぶ土砂や倒木の破片が次々に飛んでくる。
ガン ゴン
イタタ……ッ。
大半は小盾で弾いたけど、何個か当たる。
でも、構うか。
腐肉の前に到着。
ジュルルッ
(うわ……っ)
僕を拒絶するように、黒く変色した肉の触手が伸びてくる。
ええい、邪魔だ。
ザク ザキュン
右手の『霊樹の小剣』で切り裂き、前へ。
意識のないオーディンさんに触れ、彼を拘束する肉の触手を切断しようとする。
瞬間、
キシャアアア
背後から、甲高い声が聞こえた。
(え?)
反射的に振り返る。
すると、クレフィーンさん、アルタミナさんと戦っていたアン・ベリィが物凄い形相で僕を見ていた。
え、あ、怒ってる?
(あ、そうか)
彼女、オーディンさんに執着してるんだっけ。
自分のものとなった彼に僕が触れたものだから、激怒している訳か。
バキッ ギャアン
前衛2人が必死に踏ん張る。
こちらに迫ろうとする邪竜の鬼女アン・ベリィを必死に足止めしてくれている。
大弓を射ながら、レイアさんが叫ぶ。
「私たちを信じて、やりなさい、シンイチ!」
「あ、は、はい!」
僕も頷く。
信じてる。
でも、多分、長くは持たない。
だから、その前にオーディンさんを救出するんだ。
ザク ザク
必死に肉を斬る。
でも、斬った先から別の触手がオーディンさんに絡みつく。
そして、僕の方にも邪魔するように触手が伸びてくる。
バシッ パシッ
(痛ぇっ)
暴れる触手は、まるで鞭みたいだ。
でも、構うな。
僕の右手に絡みつこうとする触手を左手で引き千切り、鞭のような他の触手は無視する。
腐っているからか、触手の強度は低い。
痣ぐらいなら我慢する。
そして、
(よいしょ……!)
絡む触手を小剣で切断しながら、巨大な肉片に沈んだオーディンさんの身体を引っ張り出す。
ズルル ベシャッ
で、出た。
彼の肉体は、血と粘液に塗れている。
腐肉からは触手がまだ伸びてくるので、届かない範囲まで、ズルズルと引き摺っていく。
引き摺りながら、気づく。
(う、わ……足、折れてる)
逃げられないようにだろうか?
左右の足とも、膝とは違う部分で折れ曲がっている。
全身、打撲の痕や切り傷があり、見たら、左目の眼球は潰れてしまっていた。
ジワッ
抱える僕の衣服に、彼の血が滲む。
(……っ)
感情を抑える。
安全圏まで到達したら、彼を地面に寝かせた。
ドン ゴォン
背後から、破壊音が響く。
徐々に、徐々に近づき、僕らに迫ってくるのを感じる。
僕は目を閉じ、息を吐く。
意識のないオーディンさんに両手をかざし、目を開く。
そして、
「――不死霊の奇跡」
1日1回、即死以外のどんな負傷も癒す古代魔法を発動した。
ボワッ
彼の肉体が、七色の炎に包まれる。
天に架かる虹のような美しい光が、僕の眼球に映り込み、
「シンイチ君、ごめん!」
「くっ」
「シンイチ、そっちに行ったわ!」
(え?)
背中の方から、3人の焦ったような叫びが聞こえた。
振り返る。
あ……。
3人の防壁を突き破り、恐ろしい形相の鬼女がこちらへと走って来ていた。
白濁した眼光には、凄まじい怒気がある。
メキキッ
黄金色の剣を握る腕は、筋肉が膨張し、血管が浮き上がっていた。
(あ、やば……)
時間がスローに感じる。
小盾で防ぐ?
いや、受け流せる威力じゃないし、正面で受けても圧殺される。
王霊の盾は……?
ああ、そうだ、相手はオリハルコン製の剣で、魔法を無効化するんだっけ。
だから、防御結界は貫通される。
じゃあ、逃げる?
いや、あの速さじゃ無理、追いつかれる。
……あれ?
これ、詰んでる?
(僕、死んだかも……)
今更、理解する。
視界の隅、音のない世界で、遠くクレフィーンさんが悲痛な表情で何かを叫んでいるのが見えた。
僕は茫然とし、
「――それは俺の剣だ。返してもらうぞ」
誰かの声がした。
瞬間、大きな人影が迫るアン・ベリィの前に立ち塞がった。
驚く彼女の顔が見え、
ヒュッ
その姿が上空へと吹き飛んだ。
(え?)
驚きと共に、理解する。
彼女は、投げられたのだ。
凄まじい突進の威力を利用され、力の流れを逸らされて、そして、その力ゆえに5メートル以上もの高さに飛び、地面へと墜落した。
ドォン バキバキ
重い音が響き、倒木や枯れ草をなぎ倒して転がる。
ガバッ
彼女は跳ね起きた。
ダメージは見られず、ただ驚愕したような表情だ。
そして、気づく。
彼女の両手に、何もない。
持っていたはずの、あの黄金の輝きを放つ剣が消えていた。
そして、
(あ……)
僕のすぐ目の前に、その輝きがあった。
神々しいオリハルコンの輝き。
その美しい剣は今、僕の目の前に立つ本来の持ち主である男の手の中にあった。
遠い3人の美女たちも、全員、大きく目を見開いている。
カチャッ
彼は、愛用の剣を見る。
そして、その凛々しい緑色の瞳が僕へと向いた。
ドキッ
反射的に、僕は姿勢を正す。
彼は穏やかに笑い、
「――ありがとう、助かったよ、少年。あとは任せてくれ」
アークレイン王国最強の一角『黄金剣鬼』オーディン・レクスは、僕に大きく頷いてみせたんだ。




