第14話 コロニーB22
ひどくひび割れてあちこち抉れた道路を、六輪のタイヤが噛む。ついこの間まで武装特急を懸命に追い掛けていた装甲車は私たちの手に落ち、今はこうして私の足になっている。今の私は"人類"だ。奴らからはそう見えているらしい。であれば、こうして鹵獲した彼らの乗り物を使ってそのコロニーに向かうのは実に理にかなっている。
私は助手席にてんこ盛りにした武器の山を眺めた。出発前にせっせと準備していた時、すれ違うヒトすれ違うヒトが私を見ては驚いたように違う名で私を呼んだ事をふと思い出して、くすくすと笑いが漏れる。確かによく効いていそうだった。
私はポーチから小さな紙に包まれた飴玉を取り出すと口に含んだ。くれたのはスホーカさんだ。
「……イナータ」
出発前の私を見た瞬間、スホーカさんはそう言った。囁くような小さな声は酷く痛ましげで、いつも理知的だった琥珀色の目は不安定な感情に揺らいでいるような気がした。私が種明かしをしてもその表情は曇ったままで、言われるがままに差し出した手の上に転がされたのがこの飴玉三つだった。
親交の深い相手に誤認する、とヒモモカトさんは言っていた。イナータさんはスホーカさんにとって、どんな相手だったのだろうか。
ちりちりと脳の表面を引っ掻くような、痒みに似た痛みが頭蓋の内側にわだかまる。私は装甲車を止めると、ポーチの底を漁った。指の先ほどのカプセルの入った瓶を取り出す。針無し注射器のスロットに瓶の中から取り出したカプセルを差し込むと、先端を首筋に当てがった。
ぷしゅっと高圧ガスが薬剤を押し出す音と共に、一瞬酩酊感が私を襲う。癖になりそうなほど心地よいその酩酊感と一緒に、痛みやもやもやとした気持ちが押し流されて頭がすっきりとクリアになった。
数度瞬きをして、視界に異常がないことを確認してから再びハンドルを取る。ああ、青い空の下で一人だけのドライブだ。これまでときたら毎日毎日、線路の上を馬鹿みたいに行ったり来たり。あの日々と比べてなんて気持ちがいいんだろう。
低い灌木の茂みの中から、装甲車の音に驚いた小動物が走り出て懸命に駆けていった。いつも双眼鏡越しに見ているその光景はいっそう鮮やかに色づいて、灌木の色褪せた緑も、少しくすんだ色味ながらも艶やかな毛並みも何もかもが美しく見える。
小さな星系に産まれた宝石のような惑星。ここは本当に美しい星だ。澄み渡る空の青さも、そこから落ちてくる陽光も、それを反射して波立つ水のきらめきも、その水面に映る山の稜線も、その山々の合間を吹き抜ける冷たい風も。すべてが美しくて愛おしい。
これは私達のものだ。絶対に渡さない。最後の一匹まで引き潰して、この景色から奴らの影さえも消してやらねば気が済まない。私の任じられたコロニーの殲滅は、その理想の世界へ大きく踏み出す一歩になるはずだ。
ひび割れた道路の砕けた舗装が、車体を弾ませる。上下に揺れる視界の向こうに、地面に張り付くように広がる白い建物の群れが見えてきた。かつては鉱山で採掘した資源をどうにかする施設だったらしいそれは、継ぎ接ぎだらけの不格好なバリケードに覆われている。スピードを緩めて近付くと、バリケードの内側に建てられた粗末な見張り台に歩哨が立っているのが見えた。
私がそいつを見ているように、向こうもこちらを見ているはずだ。私は装甲車の側面の窓を開けると、手だけを出して振ってみせる。歩哨はしばらくじっとこちらを伺っている様子だったが、ややあって手を振り返した。
さらにスピードを落としながら近付いていくと、バリケードがゆっくりと開かれ始める。どうやら第一段階はクリアしたようだった。
* * *
「……マジか」
銃口と共に出迎えてくれたその"人類"は、フロントウィンドウ越しに私の顔をじっと見てから、毒気が抜かれたように銃を降ろした。
「ジェーン、本当にお前なのか? よく生きてたな」
「お陰様でね」
どうやらバッジはうまく機能しているようだった。ジェーン。呼ばれた名を頭に刻み入れながら、間違えないように言葉を選ぶ。
「おいタイラー、ホントにジェーンなのか?」
「あの目を見間違うかよ。おいジェーン、いつまでもそんなトコに引き籠ってないで出て来いって」
車外からは数人の"人類"がこちらの様子を伺っているようだった。助手席からいつも使っているアサルトライフルをつかみ取ると、予備弾倉の位置を確かめてから肩に引っ掛けて装甲車のドアを開ける。側腕と尾が太陽の下に晒されると、幾つかの銃口が再びこちらを向いた。
タイラーと呼ばれた個体がそれらを手で牽制しながら私に一歩歩み寄る。
「ジェーン、おいジェーン。なんだそれは」
「異星人の兵器だよ。奪ってきたの。こう見えてなかなか使いでがあるんだ」
ここに来るまでの道中、繰り返しシミュレートした台詞はするすると私の口から滑り出た。我ながら名演技だと思う。思い描いていた通りに側腕を広げて、尾を左右に揺らして見せた。黒光りするそれを、咄嗟に銃口を向けた数人は薄気味悪そうに眺めている。その銃口を掴んで一つずつ地面に向けさせながら、タイラーはにかっと笑った。
「流石だな。転んでもただじゃ起きないあたり、お前ってばホントに大したやつだよ。よく戻ってきてくれた。何があった?」
「奴らに捕まって……妙な実験だとかでこれを付けられた。ああ、心配しないで。今はちゃんと私の制御下にあるよ。これの制御を奪えたお陰で脱出できたの」
ペラペラと並べたてた嘘にタイラーは納得したようだった。一つ頷いてから真剣な表情になり、縋るような目で私を見る。
「お前の他に捕まった連中は見なかったか? もう何人も連れ去られてるんだ」
「ごめん……それはちょっと、分からない」
研究のために捕獲した"人類"を収容しているフロアがあることは知っている。だが連中の研究をしているのは私の所属とは別部署だ。よく分からない事は言わないに限る。曖昧に首を横に振った私に、タイラーは落胆を隠せないようだった。
「そうか……お前が居ればもしや、と思ってたけど……」
「……その、なんかごめん」
「いや、いいんだ。お前が連れ去られてからずっと後の話だしな。お前だけでも戻ってきてくれて本当に良かった」
タイラーはそう言うと、労わるように私の背中を二度叩く。背中を触れられるのなんて久しぶりで、思わず尾で薙ぎ払いそうになるのを何とか堪えた。
「立ちっぱなしで話もなんだ、いったん中に入ろうぜ。さあ、お前らも持ち場に戻った戻った」
タイラーがしっしと手を振って、装甲車の周りに集まった個体を追い散らす。不承不承と言った様子で散っていく彼らの位置関係を頭に叩き込んでから、踵を返したタイラーの後を追った。向かっているのは戦闘員たちが補給や休息を行うための詰め所だ。私はそれを知っている。
任務の説明をしてくれていたヒモモカトさんの話が脳裏によぎる。
──お前がオネンネしてる間にコロニーB22の情報をお前のアタマに書き込んである。現地に行けば思い出すはずだ──
そこが詰め所であそこが武器庫。あっちは生活用品倉庫。居住区は少し奥まったところにある。ヒモモカトさんの言うとおりだった。思い出すように、建物の外観が役割と紐づいていく。まるで、帰ってきたかのようだった。




