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この盗っ人拳法を牛(美少女怪盗)に捧ぐ  作者: 左内
第二章 歌姫アイラ
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彼女の目的地

 メリーが起きてから、さてこれからどうしようという話になった。

 テーブルを囲んで顔をつきあわせる。


「大トビに連絡できれば一番いいんだけどな」


 そう口火を切ったのは孝介だ。


「何しろ手が足りない。あんなに大勢で来られるとはさすがに予想してなかったし。俺としては早いところギルドの支援が欲しい」

「それも分かるけど急いでアイラちゃんを送り届けちゃった方が早いんじゃない?」


 メリーが意見を言う。


「昨日だって上手く切り抜けたんだしわたしたちだけでも行けるよきっと」

「阿呆、相手が何者かすら分かってないんだぞ。変な蟲まで持ちだすような連中を敵に回してそう何度も切り抜けられるか。こういう時の基本は安全性と確実性の確保だよ」

「迅速性の確保も大事だよー」


 ムッと口をとがらせるメリー。


「目的地が分かってたら、だけど……」


 自然とお互いの視線がアイラに向く。彼女はぴくっと体を緊張させ、しばらく息を詰めた後ゆっくりと吐き出した。


「あれは劇団の護衛隊だよ」

「護衛隊?」

「うん。わたしが今いる劇団は大陸各地に支部を持つかなり大きなものなんだ。言っちゃなんだけどこの街だけでやってる劇団とは規模が違う。そしてそれだけに扱ってる情報もまた大きいしつながりも広い」

「どういうこと?」

「劇団はいろいろなところに招かれいろいろな人と話をする。だから持ってる情報は多い。つながりも広い。財を持てば影響力も大きくなる」

「だから護衛隊なんてもんまで出てくるわけか」

「そう。最悪の場合わたしを消すことも視野に入れてね」


 ぎょっとする。

 アイラはいたって平静を保ったまま肩をすくめた。


「わたしは劇団の大事な商売道具だから。失うのも嫌うし、誰かに奪われるのはもっと嫌がる。まずいこともいっぱい知ってるからなおさらだね」

「なる、ほど……」


 かなりヤバい相手を敵に回している、ということらしい。


「じゃあ目的地の方は? そっちも分からないと」


 メリーが身を乗り出した。

 アイラはそれにうなずく。


「劇団だよ」

「え?」

「カバル団長の小劇団」


 メリーと孝介は知らず顔を見合わせていた。





◆◇◆





 再び日が暮れて店が開く時間になって。


「本当に行くのかい?」


 マスターは心配そうに言った。


「もう少し隠れていてもいいんだよ?」

「いや、ちょっと急がなきゃならないんです」


 孝介は首を振る。


「事情はやっぱり言えないですけど。でも助かりました、本当にありがとうございました」

「……分かった。気を付けて行きなさい」


 それ以上は何も言わずに隠し扉を開けてくれる。孝介が最初にくぐり、外の様子を確かめてから後ろに合図を出した。

 メリーが続き、最後にアイラが出た。


「あの……」

「ん?」


 扉を閉めようとしたマスターにアイラが振り向く。


「これを。もしよかったらですけど」


 何かを手渡しされて、マスターが妙な声を上げた。


「い、いいのかい、もらっちゃっても……!?」

「それぐらいしかお礼できなくて」

「いやいや! それぐらいなどということは! ありがたい、本当にありがたい……」


 タコの表情はよくわからないが、とても喜んでいるのは伝わってきた。


「お元気で。どうか君の願いが叶いますように」


 それだけを言い残して、マスターは扉を閉めた。

 気になって訊ねる。


「一体何を?」

「サイン。お店のナプキン借りて書いただけだから、本当に申し訳ないけど」

「……客に自慢しなきゃいいけどな」


 若干の不安を感じるが、まあ握手だけはちゃんと我慢したマスターだ、心配はないだろう。

 細い路地を歩き出す。

 警戒は怠らないが、恐らくはここで襲ってくることはないだろうと思っていた。大人数で追うにはあまり向かない場所だ。


「カバルは今どこだろうな」

「街はずれの丘の上」


 アイラはすぐに答えた。

 横目で見ると小声で付け足してくる。


「劇団の情報網で……調べた」

「じゃあもうすぐ街を出るのも知ってるな」

「……うん」


 時間は限られているということだ。そのため危険を冒してでも三人だけで行くことに決めた。

 が、一応念押しする。


「どうする。本当に会いに行くのか?」


 今なら分かる。会いに行こうと思えばすぐに会える。だが気持ちがなければ永遠に会えないというそのことを。

 アイラはしばらくそれには答えなかった。


「わたし、会いに行くのが怖い」

「……」

「もうずっと昔に別れたし、今さら会いに行っても迷惑に思われるだけかも……あっちはわたしのことどう思ってるんだろう。喜んでくれるかな。分からない……」

「それでも会いたいんでしょ?」


 口をはさんだのはメリーだ。

 振り向くと、彼女はニコニコと言った。


「本当の歌を取り戻すためなら、行かなきゃね」

「……まあここまで大事にもなってるしな。今さら後には引けねえだろ」


 それから一応訊く。


「お前起きてたのか?」

「何のこと?」

「いや……相変わらずよくわからん勘の良さしてるなって思っただけだ」

「?」


 まったく心当たりのない顔をしているメリーを半眼で見やりながら孝介は足を止めた。


「……」


 ここからは大通りだ。目的地に着くためにはこのほかにもいくつかの広い道を行かなければならない。敵が来るのならばここ以外に考えられなかった。


「準備は?」

「心のはできてるよー」


 答えてくるメリーの声とアイラのうなずく気配を感じてから。


「……行くぞ!」


 三人は一気に道へと駆け出した。

 それと同時、周囲から殺気が噴き出した。

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