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城下街に人の姿が見られるようになりました。
みな春の訪れを喜んでいます。薪作りを手伝った者達は、冬の危機を乗り越えたのだとより一層、毎年踊らない男までもがくるくると回ってすごいはしゃぎようです。特にあの馬小屋の男は、馬を殺さなくて済んだと大泣きして、そのまま自作の歌を歌い、且つ踊るという有様でした。
もっとも良い事ばかりと言う訳ではありません。冬が長かった分、春は忙しくなるでしょう。それに急激に暖かくなったせいで、危ない事もありました。
「大変! 王さまあれを!」
城下を見回っていた時、ゾンマーが叫びました。指差す方向を見ると、溢れそうなほど河の水量がふえて、水飛沫を上げながら下流へと押し寄せてきているのです。どこかで溜まっていた雪どけ水が川に合流したのでしょう。
猛々しい音をさせながら水流は山を下り、街へと近づき、そして……整備した水路へと吸い込まれていきました。王さまは
「よし」
と言って得意げにゾンマーを見たのでした。
冬の女王ウインテルの気怠い子守唄のせいで眠気が抜けない人たちも、春の女王となったウインテルの歌声で次第に調子を取り戻していきました。冬の女王から春の女王へ。あの場で王さまが言った通りになったのです。
それはやはり城下の見回りをしていた時の事でした。お触れ書きを引き払うよう臣下に命じたところ、レンテが待ったをかけたのです。
「王さま。これって私の事じゃなくて?」
――冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう
レンテは「好きな褒美をとらせよう」のところを指差しています。
城下に出したお触れ書きなのだから、城下に住む者達が対象です。それに、レンテとゾンマーの祈りとオートムヌの言葉が伝わって、ウインテルは救われたのです。レンテ一人だけでは無理だったのは間違いありません。
しかし、王様は乱暴な方法ではありましたが、あの扉をこじ開けたレンテを尊敬し、何かしらの礼をしたいと思っていました。そして
「女王レンテよ、何が望みだ」
こう言ってしまったのです。
レンテはにんまりと笑い、王様は、やはりこの人は侮れないと改めて思ったのでした。
ケントルムの四人の女王は、毎年代わる代わる、好みの季節の女王として塔に入ることになりました。時には夏が涼しかったり、秋が暑かったり、春が長かったり、冬が短かったりしましたが、ケントルムの民たちは、そのつたない季節と美しい女王を愛し、自然の波に負けないしたたかな民へと変わっていきました。
そしてケントルムはいよいよ栄え、その版図を広げて、女王の影響も山をこえ海をわたり広がって行ったのです。
物語を終える前に、もうひとつだけ。
ウインテルが春の女王となって一月ほど過ぎた頃、彼女に手紙が届きました。
一体誰からかしら、と不思議そうに封を開けたウインテルが、次第に笑顔に変わっていきます。
短く切った銀色の髪を弾ませながら塔へ戻ったウインテルは、新しい歌を歌い始めました。歌詞の無い、鼻歌の様でしたが、それは実に得意げで、レンテの歌とはまた違った気持ちにさせてくれる歌でした。
「レンテの約束通り、トロルにいっぱい木の実を上げなきゃいけないのに。気が散るじゃない」
夏の歌を準備していたゾンマーがぼやいています。その横で踊るレンテとオートムヌに暫く文句を言っていましたが、結局自分のその輪に加わりました。
王さまは満足そうに中庭に出て塔を見上げました。危ないから上るなと言った三層目からウインテルが手を振っています。下からでも分かるような大きな笑顔で。なんだかこちらが気恥ずかしくなってくるようです。
青空を背に雪のように白い手を振る笑顔のウインテル。それを眺めながら王様は、やはりこうでなくてはな、と思った事でした