虎穴に入らずんば
「江口軍曹、スナイパー部隊から沿岸警備隊の訓練に参加したのは、あなただけですか?」
翌日の朝に、早くも嵯峨は仕事を始めていた。臨時配属隊員のリストから、アポの取れた順に聴取を行う。
「そうです。一番優秀な生徒を少数精鋭で集めたいということでしたので、わたしが呼ばれました」
「確かに射撃の技能は相当なもののようですね。他から招待された生徒も、同じように首席が集められたのですか?」
「わたしは部外者なので正確なことは…。しかし絶対ではなかったようです。一緒に演習を受けた通信技師の曹長は、『自分は次席だ』と言ってました。首席の生徒が何かの理由で辞退したそうです。口が軽くて外されたのかも」
そういう軍曹は、それこそ軽口を叩いて笑った。
「演習の場所は半島側の海峡でしたね。事故のとき、何か気づいたことはありますか?」
「そうですね、海峡……。残念ですが、わたしは事故の時は、少尉の方は見ていなかったので。後から話を聞きましたが、少尉は誰かを助けようとして死亡したそうです」
「それは、正規の警備隊員を、ですか?」
「さぁ?そこまでは……」
「半島側の海峡だと、帝国との無差別攻撃地帯に近かったわけですよね?それについて危険は感じませんでしたか?」
「そりゃ、怖かったですよ。あそこを任地にしてる沿岸警備隊員たちと違って、我々は慣れていませんから。わたしは魔族どころか、魔獣にすら遭ったことがありません。無差別攻撃地帯の魔獣巣を砲撃してるっていう両国の爆撃音も、今回初めて聞いたくらいですから」
「芦原少尉も初めてだったのかしら?」
「さぁ?少尉とはあまり話をしなかったので。しかし貴種出の彼が、以前にもあそこへ近づいたことがあるとは思えません。初めてだったと思います」
「その海域で、何か見たものはありませんか?帝国海軍の船とか、それこそ魔獣、とか?」
「いえ。天気は荒れていましたし、船は出れないでしょう」
「荒れていた?警備隊は訓練を行ったのに?」
「まぁ沿岸特殊警備隊ですから、私たちより過酷な訓練をしていてても、不思議ではありませんよ」
「訓練内容に問題は感じませんでしたか?」
「特には。合理的でしたし、五藤大佐は噂に違わぬ方でしたし、充実したものでした」
「事故の責任は不当かしら?」
「部外者ですから言う権利があるかはわかりませんが、わたしはあの事故に処罰に値する過失があるとは思えません。全員が自分の出来る仕事をした。賞賛すべきチームだったと思います」
「ありがとう、参考になりました」
「いえ。ご協力できて光栄です」
嵯峨と握手をし、江口軍曹は規律良く退席した。
(結局、たいした収穫は無し…か)
嵯峨はそれを見送り、カリッと爪を噛んだ。
(何か口裏を合わせているのだけは確かみたいね。これだけ意見や説明が似通ってるなんて、普通なら有り得ないし。それでも警備隊員以外から見れば、荒れた天気だったのは確かみたい。馬場曹長が笑ったほどには楽観できなかった……。どちらにしても、一度はあたし自身の目で現場を見ておくべきね)
事故の取っ掛かりを見つけるため、嵯峨は虎穴に入るしかないかな?と思った。




