五藤大佐
「失礼します」
ノックのあと一礼して、嵯峨と柳沢はオフィスへと招き入れられた。
「あぁ、君達か。座ってくれたまえ」
廣瀬の恩師だという、沿岸特殊警備隊長の五藤大佐が待っていてくれていた。なかなかの精悍さと醸し出すオーラに、嵯峨と柳沢でも少し戸惑う。
しかしやはり、廣瀬の恩師というだけはある。
「大佐、先日のことについて話し合いにきました」
「あぁ、あの一晩の甘い思い出を語り合いたいんだね?大歓迎だ。それには上質のワインが要るな。取って来よう」
手を大袈裟に広げて歓迎するふりをする五藤大佐に、書類を出そうとしていた嵯峨の手が止まった。
「……夜の話などしていません。沿岸部周辺演習での、事故のことについてです」
コホンッと咳払いして、五藤大佐の冗談を辛抱強く受け流す。しかし、やはり呆れてしまう。
(あの弟子にして、この師ありね……)
廣瀬同様、馴れるまでは付き合うのしんどそうだな、と嵯峨は思った。
「当日行っていた訓練内容についてお教えいただきたいのですが」
「何だ、君たちは弁護士か?」
キョトンとした顔で、五藤は言う。クイッと上がった眉毛といっしょに、プロペラのような髭も跳ねておかしみが増した。
「そのつもりで、いますが?」
冗談には付き合っていられない嵯峨は、怪訝そうに伺う。
それを見た五藤大佐は、実に愉快そうに体を揺すって、
「てっきり世界トレンディー髭選考会が、極秘にこの私へ特別会員の認定書を送ってきた使者なのかと思っていたよ」
わっはっはっと笑い飛ばした。
もっとも、大佐自身さほど面白くないと自覚しているのか、無言で生真面目に座るふたりを前に、肩をすくめて素直に腰を下ろした。
「訓練内容は普段通りのものだ」
「ですが、かなり過酷な内容のようですね」
真面目な顔つきの柳沢が、非難の色を込めて言う。
手元の資料には、警備隊の通常スケジュールと場所が記載されている。半島湾の内陸といえば、皇国と帝国による無差別砲撃地帯のすぐそばだ。
「我々は沿岸特殊警備隊(SCT)だ。自然と訓練のレベルはあがる。だが、万全は期している。あれは不幸な事故だった」
そんな若い将校の真っ直ぐな正義感を、大佐は好ましく受け取っているようだった。
「予測は出来なかった、と?」
「そうだ。いや、むしろそういう事も想定内だった、と言った方がいいかな?なにせ我々は、沿岸特殊警備隊、だからね。ただ不幸にも、万が一、億が一の事態が、今回、芦原少尉だっただけだ」
「それはずいぶんと、無責任な言い草に聴こえますね。事故のあった日、どのような状況だったのかを詳しくお話しいただけますか?」
柳沢の当然の質問は、
「それは出来ない。軍の機密にも関わってくることだからな」
大佐は首を振って拒否してしまった。
「しかしそれでは、大佐の立場が不利になりますよ?ご協力いただかないことには、弁護のしようがありませんし」
嵯峨は心配になった。過去にも、こういった対応をする士官はいた。嵯峨の経験上、その多くが全ての責任を独りで背負いこんで、軍を去っていったのだ。
「例えそうでも、軍の機密に関することを、自分一個の保身のためにペラペラと喋るわけにはいかんだろう」
こういう軍人を見るのはツラいな、と嵯峨は思った。大佐の笑顔を絶やさない物腰も、そう思うと悲しくなる。
「機密機密とおっしゃいますが、つまり余程のことが事故当日に起きたということですか?」
たまらずに柳沢が大佐を問い詰めた。まるで検察官の尋問のようだった。
「悪いがノーコメントだ。……ただ、御子息を亡くされた芦原議長には同情する。
━━いや、議長だからというわけではなく、同じ、子を持つ親として、ね。私個人は何ら恥じるところは無いが、非難は甘んじて受けよう」
「つまり、裁判で戦わないおつもりですか?」
思わず、嵯峨も言ってしまった。五藤大佐は目元に優しいシワを作り、
「私が戦わなくとも、これは軍の問題になる。それは君たちの仕事じゃないのかい?」
「ですから、大佐の協力を必要としているのです」
「協力はする。だが、それは私に証言できる範囲までだ」
キッパリと、五藤は線を引いた。
(被告人はアンタだろ……)
と呆れたが、これ以上はあまり収穫は無さそうだな、とも嵯峨は思うのだ。こういう人には、時間をかけて粘る方法は正解じゃない。粘れば粘るほど、意固地になる。
廣瀬と打ち解けた時のような、何かすっきりするきっかけがあればいいのだけれど……。
嵯峨は柳沢の腕をひき、部屋を辞す挨拶を交わした。最後に、
「……当日、大佐の指揮下に入っていた生徒からも証言を聞きたいのですが?」
「それなら講堂に集まるよう、連絡しておこう。まだ勤務があるから…、ヒトキュウマルマル(19:00)で良いかね?」
「お願いします」
頭を下げる。
「必要ないかも知れんが、当日の名簿だ。……あ、それと」
秘書に嵯峨と柳沢の帰りを見送るよう伝えながら、五藤大佐は思い出したように呼び止めた。
「君たちは法務科だったな?ヒロセ、という男を、知っているかな?」
「ええ、まぁ」
「彼は優秀な隊員だった。潜在能力は人並みだが、力を発揮する術を心得ていた。ずば抜けて頭も切れたしね。私が指導した中でも、屈指の生徒だったよ」
語るというより、独白するように目を細めている。
「そして、悪人だ」
ニヤリと笑った。
「奴だけは、敵にまわさんようにな」




