法務科の顔触れ
外は、じめじめとした雨が降り続いていた。
「何日目だよ、ったく……」
気圧が低いと、頭痛がして気分が乗らない。
だけではなく、食堂の机の向こう側で仲睦まじくしている嵯峨と柳沢少佐を見ていると、なんとなくだが、腹が立つのだ。
「柳沢少佐は相変わらず好い男だな。賢くて洗練されていて、ウイットがある」
感心したように土居が言った。
「嵯峨中尉にはお似合いの男性だ」
「自慢の“ゲイダー”が反応したのか?」
「……」
不機嫌な廣瀬は、土居を皮肉って憂さ晴らしする。それにしても、
「柳沢少佐は、どうも好きになれない」
「どこが?」
「賢くて洗練されてて、ウイットがある」
「あっはっはっ、天下の廣瀬文武大尉が、珍しく嫉妬しているのか?」
今度は土居が、廣瀬をからかう。友人だからこその呼吸だ。
「嫉妬?何に?ただちょっと、仲良さげにしてるのを見てると癪に障るだけだ」
「ま、そういうことにしとこう」
何が楽しいのか、ニヤニヤと笑っていやがる。
「で、例の彼女とはどうなったんだ?」
土居が、手を摺り合わせながら訊いてきた。土居をはじめとするゲイの連中は、絵画やファッションなどの“ゲイ”術関係の仕事をしてるのが多いだけに流行に敏感で、掛け値なく噂好きだ。
「例の?あぁ、振られちまったよ」
既に興味の失せたような廣瀬と、ゲイ特有の好奇心を隠そうとしない土居が、あうんの呼吸で掛け合いをする。
「今度はどう言ったんだ?」
「マフィアの殺人事件で証言したから、証人保護プログラムで……」
めんどくさそうに、廣瀬は付け合わせの萎びたサラダを口に運んだ。
「身を隠すから、もう会えなくなるって言ったのか?こないだは宇宙軍の飛行士として木星に、その前は10年間の遠洋漁業に行くって言ってたな。そのうちに刺されるぞ」
冗談まじりに、土居が笑う。
「だから、振られたのはボクの方だっての」
「そして悲しいふりをして、新たな女性の母性本能を騙すつもりか?」
「哀愁のある男に、女は弱い」
斜に構えて言ってはみるが、
「それはゲイの男のやり口だ」
やかましいほどに、土居が笑顔を明るくした。
「うるさいなぁ。で、これからどうするんだ?」
「もう一度、現場を見ることにするよ」
切り替えは早い。事務室での廣瀬の指摘を素直に受け止め、検証し直すつもりだ。土居はすでに書類を整え、ファイルカバーに綴じていた。
「僕たちは、五藤大佐の部隊から話を聴いてくることにしよう」
その廣瀬と土居に、嵯峨の肩を抱きつついつの間にか近づいてきていた柳沢少佐が、落ち着きのある低音の声で言ってきた。
「相手が藤原中尉だと、手は抜けないからね」
爽やかに笑ったその顔が、なぜだか廣瀬の鼻につくのだ。
(だが、優秀なのはボクの方だ)
階級も年齢も上の男だが、廣瀬自身不思議なことながら、柳沢少佐を嫌悪の対象として見てしまっている。むしろ、近親憎悪にも似た感情かもしれない。
あの薄っぺらい笑顔の仮面の下が、胡散臭いのだ。
ふんっ、とそっぽを向いた廣瀬と違い、土居は持ち前の社交性の豊かさで笑いかけ、
「坂本は?」
と、辺りを見回していた。
そういえば見かけないな?と土居の問いに合わせて、廣瀬も食堂の入り口から厨房に目をやる。
一緒に食事をしていたはずの藤原中尉も、すでに食事を終えていなくなっていた。彼女の場合は、おそらく、掛け持ちしているサークルのどれかに顔を出しにでも行ったのだろうが。
「中尉に言われて、資料集めに走ってったわ」
可哀想に、という顔を、嵯峨はして見せた。
藤原中尉の、あの光が零れるような笑顔でニコニコと微笑まれたのだ。女性に対してあまり免疫の無い坂本准尉では、それだけでこの先ずっと、馬車馬の如くこき使われてしまうことだろう。
美人で独特な雰囲気を持つ藤原中尉には、挫折知らずのそういう酷薄さがあるんだ、と皆で思っていた。併せて、坂本への同情も、同じように共有していた。
おそらく彼女は、過去に何度も周りを困惑させることをやってきたことだろう。そのたびに、“神が造形した”ような天使の微笑みひとつで、すべて許されてきたに違いない。
本人の振る舞いを見るに、他人の悪意に曝されることのなかった無垢な生い立ちゆえの悪気の無さや、結果、「優遇されている」自覚が無いための木で鼻をくくったようなところが、わりと厄介な存在ではあった。
「となると、今のところ法務科で用無しなのは、ボクだけか」
思わず廣瀬は自嘲した。本来あるはずの、抱えてる案件をすべて片付けた時の清々しさというものが、今回ばかりはどうにも感じられないでいる。
学園どころか、皇国軍全体を巻き込みそうな厄介事を目の前にして、その事件の関係者と近しいために指をくわえて見ていないといけない。廣瀬の性格では、どうにも落ち着かないのだ。
ひとが細々と働いているときに、それをのんびりと眺めていられるほど、廣瀬は鷹揚な性格ではない。
しかし少将から、この件の捜査には手を出すなと言われてる以上、廣瀬に現場へ乗り込んでいく権限は無かった。
(仕方ない、午後の講義でも聴きに行ってみるか……)
必須科目の取り損ねはもう残っていないが、応用科目で多少は役に立つものもあるだろう。それに、まぁそのうち新しい案件が入った連絡が来るだろう、とも思う。法務科は、そうそう暇の続くところではないのだ。
その時は、別に派手な裁判でなくてもいいが、やり応えのある案件であって欲しいものだ。
廣瀬は無責任にそんな事を考えながら、同僚たちとわかれて食器を片付け、雨降る中庭の掲示板までをのたりくたりと歩いていった。
自らのマナで頭上に展開した魔法力の傘は、廣瀬の身体をすっぽりと包むほどに力強く、大きかった。




