↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/27

嘘と危機

「わたしはキミに!この件には関わるな!と言っておいたはずだが!?」




 法務本部長室に、怒号が落ちた。廣瀬の報告を聞くなり、少将は顔を真っ赤にし、少ない髪を逆立てるほどに激怒した。


「自分もまさか、少尉の死因を調査ついでに議長の不審を調べることで、このような疑惑を持つことになるとは思いませんでした」

 直立姿勢で、鼓膜に痛い少将の怒鳴り声を耐える。


「しかし知ってしまった以上、無視することはできません。『テトラ・グラマ・トン』を小規模とはいえ再現しようとしたとなると、国際問題になりかねない重大事由です」

「そんなことはわかっとる!だが、そんなものを復活させて、このご時世に何をやるというのだね!」

 少将の怒りは治まらない。聞かされたのは軍の醜聞だ。心中穏やかではいられない。



「おそらく、低賃金労働者として流入してきている在皇半島人の排斥…つまり半島自体の破壊かと」


 淡々と、廣瀬は自分たちの辿り着いた見解を述べた。『テトラ・グラマ・トン』ほどの威力を求めたからには、それ相応の目的があるといっていい。それを使って出来る最大の行為は、世界の中の一地域を消滅させることだ。

 連中の『テトラ・グラマ・トン』生成の動機と性格から推察するに、その目標地は皇国内のどこかではなく、連中が考える諸悪の根源“半島そのもの”だろう、というのが、廣瀬たちがたどり着いた結論だった。



「移民法は、国家が決めた方針だ」

 少将の語気は、まだ荒い。廣瀬はつとめて冷静に、報告を続ける。


「そうです。そのため、経済的な理由もありますが、皇国内の治安の悪化や、文化の違いからくるモラルの低下など、ご存知のように現在、一部過激な純血主義者たちには我慢ならない事態になっています」


「それは、先の大戦の結果、我々が受け入れなければならないものだ」

「その通りです。平和条約の履行は、各国の最優先事項でした。しかし戦後30年、我々戦争を知らない世代にとっては、色々と受け入れ難い、納得いかないことがあるのも、また事実です」


 机に前のめりで廣瀬を睨みつけていた少将が、一呼吸をした。そしてゆっくりイスの背もたれに寄りかかり、深く腰を沈める。



「……いいか、大尉。もしキミの描くファンタジーが議長の耳に入れば、軍にとって死活問題になるんだぞ?」

「存じております」

「キミの予測の信憑性は、どれくらいだ?」

「決定的な証拠、というにはまだ足りませんが、状況を客観的に推察するに、かなりの確率で危険な事態が迫っていることは確信できます。とりあえず今、坂本准尉に連中の足取りが残ってないか調べさせています」

「う~む…」と、少将は腕を組み、唸った。



(ほぼクリアしたな)


 考え込む少将を見つめ、廣瀬は一安心した。こういった場合、この提案は少将が考慮するに値するということだ。

 どうしようもないものならば、少将は一喝して怒るだけだが、本当に重要な事はきっちりと把握し、それが多少職務権限から逸脱していても、様々に手を回して対処してくれる。例えばどうしても必要なことながら、こちらから言い出しにくいことなどは、先に察っして口にしてくれたりするのだ。


 それが、激しい気性ながら冷静さも持つ、少将の少将たる所以だった。



 そして部下である廣瀬にも、この案件の重要性の理解と、調査を遂行する自信があった。一言命じてもらえさえすれば、確たる証拠を押さえてみせる。




 廣瀬には、自分が法務科で最も優れている、という自負がある。難しい任務であればあるほど、少将は間違いなく、自分に調査を命じるだろう。


「……で、どういう方法で調べるつもりだ?」

 決断の前に、少将は廣瀬の方針を問うた。事が重大すぎるだけに、慎重な判断を求める。廣瀬はシンプルに答えた。


「魔巣窟を調査しに行きます」

「キミは…っ!」

 少将が顔色を変えた。



「キミは、嵯峨中尉が魔巣窟近くまで行くと言ったとき、危険だからと強く反対したと記憶しているが、違ったかね!?」

 廣瀬の顔を指差し、キツく叱るように問いただしてくる。

「その通りです」


「では改めて、キミがそこに行くメリットがあるのか?!危険さは、嵯峨中尉が行こうがキミが行こうが変わらない!確たる証拠も無しに、憶測だけで部下を送り込めるものか!」


「その、確たる証拠を押さえに行くのです。または、あそこを押さえてしまうか何もないという確信が持てれば、つまりはテトラ・グラマ・トンの悪夢が杞憂に終わるということです。それに、事が事だけに、他の部署へ協力を求めるわけにもいきません。それこそ確たる証拠も無しに、協力要請など出来ないでしょう」



 そのこともわかりすぎている少将は、喉の奥で出かけた言葉を飲み込み、


「……中尉たちが戻ってくるまで、待てないか?」

「一刻を争う緊急事態です。第一、嵯峨中尉も危険に曝されているかもしれません」



 事実だった。廣瀬の予想では現場と危険地域にそれなりの距離があると思うものの、危ないことには変わりない。それについても、少将は素早い手を打ちたい。




「……ふーっ、確実な証拠は無いが、確信はある、か」

 少将は老眼鏡を机に投げ出し、唸るようにつぶやいた。


 しばらくの沈黙が漂う。


 廣瀬も、殊勝な顔つきで直立し続ける。急ぎたいが、急がすわけにもいかない。それくらい、難しい判断なのだ。



 と、しばらくシーンと静まっていた本部長室に、廣瀬の端末が呼び出し音を響かせた。


「し…、失礼いたしました」

 慌てて、端末の電源を切ろうとする。それを少将はおさえた。

「構わんよ。出たまえ」

 考えてる邪魔をするな、とばかりに手をひらひらさせる。



(まずったなぁ……)


 廣瀬は冷や汗をかいた。しかし、少将がああ仰る以上、接続を切って知らん顔もできない。慌てて本部長室を出、端末をつなげた。かけてきたのは、坂本だった。




「何かわかったか?」


 なるべく抑えた声で尋ねる。端末の声には、多少のノイズが入っていた。


『当たりでした。大尉の仰っていた通り、船着き場の管理人の帳面に、三週間ほど前に連中がまとめて船に乗った記録があります。スイープ隊の手も、ここまで廻らなかったんでしょう。リスト全員ではありませんが、二回に分けて、大部分が港を出ていますね』

 向こうも聞き取りにくいのか、怒鳴るように大声を出していた。


「向かったのは、魔巣窟か?」

『そこまではわかりません。しかし、半島や帝国方面ではなかったようです』


 廣瀬は心中で頷いた。坂本は明言まではできなかったが、しかし連中の向かった先をほぼ限定してくれた。

「よくやった。気をつけて戻れ」




 議長に行方不明といわれ、軍からは異動したとされた連中は、何らかの意志を持ってグループとして行動している。

 確信を持って、端末を閉じようとした。が、それを坂本が慌てて止めた。


『あ、待ってください!もうひとつ、重大なことがあったんです!』


「?何だ?」

 これ以上重要なことがあるのか?




『それが、リストグループの出た数日後に、もうひとつ、魔巣窟に向かったと思われる部隊がありました』



 今度は、坂本は明言した。彼の調査した管理人の覚え書きには、他の旅行者のような帝国や半島ではない方面に漕ぎ出した船が、もう一隻だけあったというのだ。




『それが……五藤大佐の、沿岸特殊警備隊なんです』



「なんだと!?」


『管理人が言うには、港を出た警備隊の特別挺はその日だけ、いつもの沿岸線を伝って魔巣窟近海の訓練域に行くのではなく、直接魔巣窟方面に向けて出航したそうです。そしてそれ以降、二十日ほど船を出していないとか。不思議に思って、よく覚えているそうです』

「……っ!!」


 廣瀬には、言葉も無かった。それが事実なら、五藤隊は訓練事故を起こしたという海域にはいなかったことになる。




 皇国から半島へのU字型の海岸線に沿うことで、特殊警備隊の訓練海域に着くことができる。無差別爆撃地帯のそばとはいえ、彼らは皇国側の海域で訓練を行っていたはずだ。だからこそ、嵯峨たちはそちらに調査へ行った。


 が、直接魔巣窟を目指したとなると、皇国から見れば裏側の海岸線、つまり、魔巣窟を挟んだ向こう側に着くことになる。無数の魔族や険しい山脈がそれを隔てている以上、誤差で済む距離ではない。



(嘘つきは、軍の一部だけではないってことか……)


 爪をカリッと噛んだ。また頭が痛くなる。




 五藤大佐が特殊警備隊の訓練に皇国領海外の魔巣窟近辺を選んだとしたら、現役隊員以外をそこに連れて行った判断ミスは重い。不慣れで危険な訓練を強要したとなると、職務怠慢は言い逃れできないだろう。

 さらに偽装をした上、予備審問で訓練海域を偽ったとしたなら、


(嵯峨は不利になるな……)


 小さく舌打ちをし、廣瀬は額から頬まで、ズルリと顔を拭った。




「わかった。嵯峨には連絡がついたか?」


 顎を撫で、もうひとつの懸案を尋ねる。前述の通り、魔巣窟と嵯峨たちの調査地点は近いとはいえ、離れている。危険な連中と鉢合わせすることはないだろうと思うものの、心配は拭えなかった。


『すみません、それはまだ繋がらなくて…。もう少し試してみます』


 坂本も苦しそうに言った。もし自分が、嵯峨たちに危険を知らせることができなかったら。彼女の身に何か起きたなら、小心な坂本はいたたまれなくなるだろう。

「いや、もういい。ご苦労だったな。あとはボクがやるから、帰ってきていいぞ」

 言い、廣瀬は端末を切った。一度大きくため息をつき、本部長室のドアをノックする。



「失礼いたしました、少将。ご報告したいことが」

「ん、つづけたまえ」

 少将は何やら書類に書いていた。その手を止め、廣瀬の方を向いて先を促す。


「先ほどの、坂本准尉からの連絡ですが、議長から預かったリストメンバーのほとんどが、三週間前に魔巣窟へ向けて出航したことが、港の管理人の記録から確認できました」

「そうか…」

 口元を撫で、少将は眉をしかめた。


「それともうひとつ……」

 と言いそうになり、廣瀬は慌てて口をつぐんだ。

「なんだ?」不審がる少将。



「いえ、嵯峨への連絡がまだ取れません。もう戻ってきているはずなので、心配ないとは思いますが」

「そうだな」

 同じく部下の身を案じている少将に、廣瀬は申し訳なく思いながらもごまかした。



(警備隊の偽証は重大だが、まずは嵯峨に教えてから報告させた方がいいな。なにせ裁判に関わることなんだから)

 報告を終えた廣瀬に、今度は少将が自分の見解を口にした。




「さっきわたしの方でも、参謀本部に問い合わせてみた。『テトラ・グラマ・トン』生成の危険性を報告するためにな。だが……」

「無視された?」

「……キミはその、ひとの言葉を遮るクセを無くしたまえ」

 苦い顔での説教。しかしすぐに、手元の書類へ捺印し、


「許可しよう。だがキミが推察した通り、軍は我々に何かを隠している。他の部署からは協力は求められん。なるべく早く、軍を動かせるだけの証拠を持ち帰れ」

 全権を与えるとの命令書を廣瀬に渡し、少将は強い口調で命じた。



「アイアイサー!」

 ガッとかかとを鳴らし、廣瀬は海軍式で敬礼した。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。