メンター
「ここね、後方支援部は」
藤原中尉は初めて訪れた兵科の学棟にもかかわらず、迷わずに芦原少尉の所属していた部隊の駐屯室へたどり着いた。髪をサラリと耳にかけるその仕草に、相変わらずの妖艶な色気が匂い立った。
「樹軍曹はいるかしら?」
ノックしてドアを開けるなり、藤原は部隊の青年たちににっこり呼びかけた。
部隊訓練の汗を流すシャワー後だったのか、半裸でくつろいでいた支援部の彼らは、ギョッと息を飲んで驚いた。しかしすぐに、藤原のその美しい容姿を見て、全員が「俺だ!」とばかりに手を挙げた。
おかしいくらいに鼻息を荒くしている。相対的に、幼い顔だった。
「本物の、樹軍曹を、探してるんだけど?」
再び、青年たちは元気よく手を挙げる。
藤原は(しょうがないなぁ)とやや呆れて微笑み、自分のお腹を愛おしく撫でながら、
「……彼の赤ちゃんができたの」
言い終わらないうちに、全員が揃ってひとりを指差した。
死刑台に突き出されたその青年は、よってたかって藤原の前へと引き立てられる。すぐに他の生徒たちは、いそいそと逃げだしていった。
「ご、ごめん。あの晩が、決っして特別じゃなかったってわけじゃないんだけど、全てが全てを覚えてるわけじゃなくて……」
生け贄に差し出された若い軍曹は、しどろもどろに慌てながら言った。切れ長で面長で、女性的な肌を持っている。髪型もオシャレにウェーブさせた、良い香りのする今時の青年のようだ。法務科の地味な男たちとは、ずいぶんと違う。
「うふふ、赤ちゃんは嘘よ。安心して」
藤原は妖艶に笑いかける。軍曹は、フーッと汗を拭いた。よっぽど、あちこちに心当たりがあるのだろう。
「聞きたいことがあってね。あなた、芦原少尉とルームメイトだったそうですね?」
藤原は、好ましい青年の可愛い狼狽に、好意的な微笑みを向け、クイッと自分の制服の襟をつまんだ。見たトタンに、軍曹は大慌てで敬礼した。
「し、失礼しました、中尉殿!」
拭いた汗が、また大粒になって吹き出している。
「敬礼はそこまでで良いわ。楽にして。……あなたも、貴種の出だそうね?」
優しく問い掛けた。
「少尉とはいとこ同士で、入学とともにルームシェアするようになりました」
休めの姿勢で答えた樹軍曹は、タオル一枚腰に巻いただけの格好で緊張している。藤原は、そのことに無頓着だった。
「貴種の出で軍に入って、有利に働くことってあるかしら?」
可愛く小首を傾げる。
そのガラス細工のような可憐な仕草に、若い樹軍曹も(うわぁ~…)と顔を赤くした。
これが藤原の武器だ。どんな相手でも魅了してしまう。世間で一般的に知られている魔法とは違う、美しき女性のみが持つ魔力だった。
女性への免疫は相当ありそうな樹軍曹に対しても、その威力は変わらない。
「正直、そんなにはありません。生まれつき魔法力が高くても、それを使いこなせなければ、意味がありませんから。むしろ成果を上げないと、貴種の出だけに、余計にプレッシャーがかかります」
藤原と会話できるだけで嬉しいと感じているかのように、上官を前に緊張しているはずの樹軍曹の口は、饒舌に言葉を並べた。
「芦原少尉も相当苦しんでいたようね。わりと無口な青年だったらしいし」
藤原が、持ってきたメモをめくった。細々と小さく綺麗な字で、裁判に関わる重要な情報が書き込まれている。
「ええ。侮られないためにも、私たちは努力を怠るわけにいきませんから。庶民の手本たる貴種。少尉はその中でも、特にその意識の強いひとでした」
「事故が起きた演習、その参加が決まった前後に、少尉の状態はどんな感じだった?」
「と、いいますと?」
藤原は細いフレームの眼鏡をかけ、それをクイッとずらして上目遣いに樹軍曹の顔を覗き込んだ。
「貴種としての意識が強い少尉は、沿岸特殊警備隊の演習に招かれて相当なプレッシャーじゃなかったかしら?」
自分を魅せるための、いろんなパターンを持っているのだ。その容姿に、問い掛けの重要性を隠して忍ばせていく。
「う~ん…、どこかよそよそしくなったのは確かです。でも、演習と関係あるでしょうか?もう1ヶ月近く前からそうでしたから。他に悩みでもあったのかも……」
言葉が濁る。寂しさを思い出したようだ。
「いまとなっては、わかりませんが」
藤原にとっては、重要なことだった。『少尉は特殊部隊の訓練に耐えられる精神状態ではなかった』なら、充分に監督官である大佐の過失になり得るミスだ。
「精神的な落ち込みが、少尉ほどの成績を収めている軍人に、事故死という結果をもたらしたのかしら?」
「わかりません。事故現場を見たわけではないし…あ、そういえば演習参加前に部屋を整理してましたね。そんなものも捨てるのか、ってぐらいに。私もいくつか、持ち物を譲っていただきました。いまとなっては形見になっています。……もう少し悩みを聞いたりしていれば、彼も何かを言い残せたかもしれない。あるいは違う結果になったかもと思うと、残念です」
仲の良かったいとこの死に、樹軍曹は表情を沈ませた。藤原は(そろそろ口を閉ざしちゃうかな?)と思った。暗い気分を思い出させてしまうと、その悲しみをアピールするかのように人の口は重くなるものだ。
藤原は、その容貌で相手の気を紛らわさせることが得意だが、同時に無理もし過ぎない法務官だった。
(今日はこれくらいにしておこう)
連絡先さえ渡しておけば、日を改めて話したいことも増えるだろう。
「虫の知らせ、だったのかもね」
「かもしれません。魔法感応能力の高いひとでしたから。何か予知夢のようなのを見たのかも」
軍曹は、何の気なしに、少尉の行動に関して適当なことを言った。
「暗い?」
藤原も気楽に小首を傾げて合いの手を入れる。
「明るくは、なかったと思います」
━━誰よりも先に、真相に触れることになったのは、藤原東子中尉だった。




