30◆エピローグ
エルガ公爵家の花嫁は、嫁入りしてすぐに亡くなった。結婚式に公爵は現れず、公爵邸にも姿を見せず、たいそう冷遇していたらしい。
そして戦争から酷い怪我をして帰ったエルガ公爵は、そんな妻のことなど忘れて、療養先の屋敷で平民の愛人を囲って暮らしているという。
「あらぁ、じゃあエルガ公爵家を継ぐのは平民との子になるのかしら?」
「どうかしら、前公爵夫人が許す訳ないと思うわよ?なにせ王妹ですわよ」
「そうよねぇ、一体どうなるのかしらねえ?」
「ねえ?」
「エルガ公爵の傷は酷いらしいわね、見るも堪えない姿になってしまって王都に出て来れないとか」
「ああ、だから平民の女くらいしか寄ってこないのかしら」
社交界で話題のネタで貴婦人たちが盛り上がる。その噂話を後方で聞いて微笑んでいた女はゆっくり遠ざかり、そのままバルコニーに向かう。
「セラフィーナ様、噂は計画通りに」
「ご苦労様、ローラ」
エルガ公爵家の血塗れの醜聞などより、この程度のゴシップの方がマシである。この噂が広がれば、アーネストが森の屋敷に入り浸ろうと、やはりと思われるだけだ。
三年間の修道院生活を終えたローラは、マデリナ侯爵家の者としてセラフィーナに付き従っている。ローラは最初セラフィーナが恐ろしくて仕方なかったが、共に居ると学ぶことが多いことがわかった。
「あなたは家政よりも社交界向きよ。その力を私の元で存分に発揮なさいな」
そう言われている。セラフィーナを支える派閥の家の男と、そのうち結婚することになるだろう。もちろん、相手は自分がセラフィーナの駒であることも知っている。ローラが今の状況に絶望しているかと言えば、そんなことはない。怒りや恨みを抱いて修道院で過ごしたが、その中でよくよく今までのことを見つめ直した。むしろ、ありもしなかった「アーネストとの結婚」の夢を見せられている頃の方が残酷だったと思う。
アーネストのことを今どう思っているかと言えば、「今」も何も、最初からよくわからないのだ。話すこともあまりなく、お互いを知りあう機会もない。かっこいい男の子への初恋のまま突き進んだのを、どこかで誰か止めて欲しかったとは思う。
「ローラ、お仕事は終わったの?」
「ええ、順調に」
「さすがだね」
ローラの元に現れたのは、恐らくいずれ結婚する相手。全てはセラフィーナ次第であるが、できればこのまま彼がその相手であってほしいと思っている。そしてエスコートを受けて、ローラは華やかなパーティーの中へ戻って行った。
***
ギルドへの納品に行く時はいつも魔女にも声を掛ける。自分で行くという日もあれば、菓子作りをしたいからと頼まれる日もある。今日は頼まれた日だ。魔女は作ったポーションを布袋に入れてルルアに渡す。
「帰りには焼き上がってるはずだから持って帰ってちょうだい。今日はパウンドケーキだよ」
「まあ、楽しみですわ」
ルルアが布袋を受け取って家から出てくる。外にはアーネストが待っていて、ルルアの手元を見るとその袋を手から奪った。
「私が持つ」
「ありがとうございます、ではお願いします」
夏も終わりに向かっている森の中、ギルドに向かう道をふたりはゆっくりと歩く。アーネストは引き摺るような歩行だが、リハビリ次第できちんと歩けるようになるという。
まだ暑さはあるが、少し太陽の光は和らいできた。木々が作る影をアーネストは見るとはなしに見ていたが、木陰の色に見覚えがあるような気がした。ルルアを通して見た景色だ。
「窓だ」
「え?」
「ルルアと初めて会った時に、そう思った」
ルルアがいつか聞いてみようと思っていたことである。いい機会なのでちゃんと聞いてみようと思い、問う。
「あの時、どうしてわたくしを窓だと思ったのでしょうか?」
「……」
「アーネスト様?」
「説明が難しい」
「そうなんですの?」
アーネストはその時の気持ちを思い出している。ルルアは黙って答えを待っているが、「ルルアが透明で、その先にあるものしか見えない」という理由ではないだろう。自分がおかしな早合点をしていたのはわかったので、ここで答えが返ってこなくても構わなかった。
アーネストがあの時に窓のようだと言ったのは、様々なことを思っての結果だ。だけどそれに一つずつ理由を立てると、なんだか違うような気もする。考えているうちに森を抜け、街道に出た。思案していたアーネストはルルアの方を向き、ルルアもアーネストの顔を見上げた。
「あなたと、一緒にいたいと思ったんだ」
「え?」
「結局、そういうことだったんだと思う」
これはルルアを窓と言った理由の説明になっているのだろうか。全く文脈は繋がらないが、理由をあれこれ言うよりも、初めて出会ったあの席でアーネストが願ったことを言葉にするとこうなった。
「あなたと一緒にいたい。これからもずっと」
あの時、アーネストはルルアを見つけた。きっとそれだけのことだったのだ。
ルルアは手を差し出し、アーネストと繋ぐ。指を失った左手は痛々しいが、アーネストが痛みはもう無いというので、気にせずにそうする。
「はい、一緒におりましょう。ずっと」
そして二人は手を繋いだまま歩く。街道を歩いているとだんだん人の賑わいが出て来て、顔見知りの人たちはそんな二人を見て「あらあら」と微笑ましそうに笑っている。
この辺境の町の人は、傷だらけの男が戦争の英雄で、この土地の領主であることを知っている。知っているからこそ、騒ぎ立てずに見守っている。
ルルアは今日もギルドに納品をして、顔なじみの人と話をして、お店を覗いて帰るのだ。そして魔女からもらった焼き菓子を持って、屋敷に帰る。食事をして、眠って、その繰り返し。それはいつか失われるもの。時の魔女でもそれは変えることはできない。
だから「ずっと一緒」は叶えられない願いである。それでも命ある限り、心ある限り、愛しいものと。そう祈って止まないのだ。
嵐の中、夢中で駆け抜けた先の未来に、こんなものがあるなんて思いもよらなかった。だけどこれは運命などではなく、偶然交わった糸を大切に紡いだ果てにできたもの。ルルアはそれを忘れることはない。それは命の限りが過ぎても、ずっと。
***
先の戦いで活躍された氷の公爵様の話よ。それからどうなったの?
相変わらず平民の女と、その女との間に生まれた子供と暮らしているんですって。領の仕事も母親に丸投げに、好き勝手しているらしいわよ。
まあ、いくら武勲を立ててもそれじゃあねえ。
ねえ?
それとね、死んだ妻は《ヒイラ》に食べられたんですって!
まあ恐ろしい!
「ローラ、あなたやりすぎじゃなくて?」
「あらぁ、そうでしょうか?」
END
終わりです!お付き合いありがとうございました!




