5章の1 擦(こす)られると、ちょっとヤダ
朝9時過ぎの泥縄第二・生徒会室。冬休みに入ったのに、執行部メンバーは次年度予算編成のために登校していた。遅れて来たスシが中に入ると、不機嫌さを隠そうともしないクロハ書記次長・マヤ副会長・クモルからの視線を浴びた。キヤはおどおどしていて、クモヤは謎のほほえみをたたえていた。
「うっ」
スシは、いきなりは部屋に入らず、時間稼ぎをしようとした。
「おっと、いけね。忘れ物しちった。取ってきまあす」
「クロハ書記次長だが、待てスシ。忘れるような物は、取りに行く必要ないでしょ? きょうは予算編成だし」
「・・・どうしたの?」
「別に」
「・・・」
スシは、女子3人が怒るようなことをしたか、振り返ってみた。
(何だろう? アレだったら、もらったの12月14日だから、ちょっと時間がたちすぎだし)
思い当たるフシは、なくはないようだ。
「キヤさん、えっと、きょうって、ワキ先生は来ないんですか?」
「アレは非常勤講師ですから、部活の外部指導者と違って、休日出勤はしないですよ」
「えー、オレら生徒会役員は、休みでも来ているというのに。ワキ先生は、校長代行になったキクハ先生が、生徒会担当を投げ出すために、雇われたというのに」
「投げ出すって。でもそんなこと言うなんて、スシさん。ひょっとしてカニさんがいなくなって、男子が一人になったからですか?」
「いえ、そんなことは、」
「クモヤだけど。女が多いのは、わたしとクモルが、ここに居座っているせいもあるよね。ごめんね、スシくん」
「クモルだけど。実家にあたしらの部屋がなくなっちゃったの。だから、ここにいてもいいよね? スシくうん」
「クロハ書記次長だけど。あんたがた、きのうまで東京にいて、きょうも午後から東京で仕事でしょ? そこまでして、ここに来なくていいのに。それに、もう社会人なのに高校の制服着て来るというのも」
「クモルだけど、そうねえ、あたしは、変な女がスシくんに色目を使わないよう、見張っているのかもね」
クモルはキヤをガン見した。キヤは、ますますおどおどした。
(スシだけど、うわあい、すごくギスギスしてる。何これ)
キヤは、ワキ不在で寂しがっているスシを喜ばせて、クモルの圧を和らげようと考えた。
「スシさん、ワキがいない件、わたしが何とかしましょう」
「はあ」
キヤはスシから、生徒会室内の一画の秘密化身室の鍵をかすめ取り、勝手に開けて入った。ごそごそいう音をさせて、4分ほどかかって出てきた。
「お待たせしました」
「な、なんですか?」
「ほら、ワキ講師に化身したんですよ」
化身したと言い張るキヤだが、髪のピン留めが中途半端で、ワキの髪よりだいぶ長い。秘密化身室にあった、ワキのスーツを勝手に着ただけ。雰囲気は若い女そのままで、良くも悪くも「男装の麗人」止まりだった。
クロハ書記次長・マヤ副会長・クモルは激怒した。
「化身をなめないで!」=3人同時発声=
「いやだ、なめてません」
「マヤ副会長ですけど、じゃあ、そのワキ先生と似ても似つかないヘアスタイルはなんなんですか!」
「え、、、4分くらいで化身を終わらせないと、観客のみなさんの熱が下がるから、、、」
「マヤ副会長ですけど、あなたとワキ先生はカップルだそうですね。あなたの『化身もどき』を見ると、お二人は家で衣服を交換したりするのかな? それで、こんなバレバレの化身でも平気になるのかな? などと思えるのですが」
「何かのプレイじゃあるまいし、衣服交換なんてやるわけないです。だいたい、わたしのスカートには、ワキのウエストは入りません」
(スシだけど、なんでわかるの? やってみたの?)
余談だが、これまでの化身でスシが使ったスカートは、元の持ち主とスシとで共用できるよう、ウエストが小改造されている。
「クモルだけど。カニくんがここにいないのは、あたしとクモヤが奪ったせいだよ。それはそうだけど、この場に男を増やすとか言って、そんな中途半端な化身で擦られると、ちょっとヤダ。男ぶってスシくんに接近して『でも実は女よ』みたいなのもイヤ」
スシは、みんなの怒りの矛先が別の方向に行ったことで、様子をうかがう余裕ができた。
女子3人の口論はずっと続いていた。スシは、一人だけ穏やかだったクモヤに事情聴取を試みた。
「ひそひそ、クモヤさん。みんな、何怒ってたんですか?」
「ひそひそ、泥縄第三のこっちへの合流は、どういう形式なのかでモメたの。第三の学校組織がそのままあって、こっちの校舎に間借りするだけなのか、それとも、ほんとうに統合してクラス編成もイチからやるのか、はっきりしないと予算の組みようがないって」
「ひそひそ、あとは?」
「ひそひそ、スシくんを次期生徒会長選挙に出す上で、どういう戦術を取るかで対立したの。クロハさんとマヤさんは2期目が終わるから、次は役員になれないしね」
「ひそひそ、でもオレ、次は出ないから。合流する泥縄第三の、スエくんかキロさんにやってもらおう」
「ひそひそ、それじゃあ泥縄第二のみんなが納得しないわよ。あなたがキロさんに副会長に選任される恐れもあるんだから」
「ひそひそ、『生徒会長が副会長に異性を選任した場合、会長が告白して副会長が受け入れたとみなされる』という泥縄第二の慣わしは、オレの代限りでやめるので、関係ないです。もともと泥縄第三にはないものだし」
「ひそひそ、やめるための努力、何かした? スシくんとマヤさんはカップルになっておいて、そういうの通るのかしら」
「ひそひそ、うーん。でもよかった。オレ、てっきり生徒会室に隠したアレが見つかったのかと、、、」
いつの間にか、不敵な笑みを浮かべたクロハ書記次長とマヤ副会長が、スシのすぐ近くに立っていた。二人は両側からスシのほっぺに、でかいチョコの包みをグリグリ押し付けた。
「クロハ書記次長だけども。スシくんが言う『アレ』って、コレのことかい?」
「わーっ。見つけてたの? 目立たないところに置いといたのに。きょう怒ってるの、これが原因?」
「12月14日は『10倍バレンタイン』だって? キロとスハとオロネちゃんが結託して発案した、迷惑な日だよ!」
「マヤ副会長ですけど。義理チョコも10倍ともなると、本命チョコを上回る規模になって、何だかわからなくなります。配るのではなく一人にあげるだけなのも、紛らわしい。泥縄第一のスハさん・オロネちゃん連名の物は、ただのでっかい義理チョコですけど、第三のキロさん個人からスシくん個人に来た物は、義理チョコの枠を超越している疑いがあります」
「えー、そんなわけないでしょう。どこかの副会長が他校の生徒会長に本命チョコあげるシチュエーションなんて、聞いたことないし」
「スシくん、そう思うのなら、なんで隠したんですか!?」
「その、みんなが、あんまりいい顔しないと思って」
「まあ、それはそうですけど」
「あと、その伝でいくと『10倍ホワイトデー』は『13月14日』になる。でもそんな日ないから、お返しは3月14日の本当のホワイトデーにするしかない。まだ3か月あるから、おいおい、みんなに話そうとしたというか」
「クモルだけど。その二つのチョコ、あたしがスシくんにあげた本命チョコより、かなりでかい。カカオが高騰してるのに、根性見せてくれるよ。泥縄第三生徒会は負債3ケタ万円なんでしょ? チョコの予算なんて確保しにくいだろうから、キロちゃんが自分で出してるくさい。スシくんに、まっすぐ気持ちが向かっているのかも」
「そうですかねえ? オレがキロさんから矢印を向けられたのは、県境合宿の一瞬だけな気が」
「あたしがスシくんにあげるチョコは、義理なんかじゃないから、こんな日は関係ないけどね。あたしが11月にあげたチョコ、半分しか食べられなかったんでしょ? 2月14日にはまた別なのあげるね」
クモルが贈ったチョコをスシから取り上げ、割った半分を自分で食べ、残り半分をスシの口に押し込んだのはマヤ。クロハ書記次長がクモルを「あんたはもうくれたでしょ、もういいでしょ」という顔でにらんだ。
「キヤです。『12月14日は10倍バレンタイン』というのは、『ないしょ3』の登場人物が新規に提唱する日です。復唱します。『12月14日は10倍バレンタイン』」
「スシです。復唱まですると、あざとく思われそう」
「マヤ副会長ですけど、スシくん、わたし以外から、本命くさいチョコをもらわないでください!」
「こらマヤ副会長!、そのセリフを言っていいのは、彼女だけでしょうが! 彼女はあたしクロハ書記次長でしょうが!」
「化身している間は、わたしがスシくんの彼女です!」
「え~?」
クロハ書記次長、マヤ副会長、クモルが、キヤも巻き込んで、わーわー言い合いを始めた。
マヤ副会長のスマホにメールが来た。泥縄第三のキロからだ。
「スシくん。泥縄第三が大変です!」
「まもなく校舎明け渡しなのに、スエくんとキロさんの苦労は絶えないんですね。どう大変なんですか?」
「このまま泥縄第二に合流するという勢力と、泥縄第三の近くの学校に間借りして急場をしのごうという勢力の、内紛が起こったんです」
「寮もない、すごく遠い学校だもの。うちらも泥縄第一まで通えと言われたときは相当いやだったから、近隣間借り組の気持ちはよくわかります」
「でも何とか校内を、第二への合流で一本化してもらわないと」
「この間は緊急代表委員会だったけど、次は生徒総会になるのかな? オレらも、オンラインでオブザーバー参加して、力づけてあげましょうか」
スシのスマホが鳴動した。
「スシくん! 『オンラインでオブザーバー参加して、力づけてあげましょうか』と言っている気がして、電話したけど」
「スエくん。オレそんなこと言ってないよ?(汗)」
「ぜひ北の大地まで来て、ボクらを助けてくれないか!」
「やっぱり、そういう流れだよね」
スシは執行部メンバーの反応を見た。こういうとき、反対する役員がいないのは、知っていたが。うれしいことだが。
「いいよ。行く」
「できたら校長代行の先生も、連れて来てほしいんだけど」
「生徒会行事に教師が介入すると、学校行事になってしまうよ。でもまあ、頼んでみる」
「ありがとう!」
スシたちはその日のうちに長距離フェリーに乗船し、北の大地へと向かった。
すでに執行部予算は使い切り、ほかのところの分に相当食い込んでいる。年度末には役員の負担で補填しなければならない可能性が高いので、費用がかさむ飛行機や新幹線は使いたくなかった。フェリーはリーズナブルだが、午後に出発して着くのは翌日の午後と、時間はかかる。
スシのほかのメンバーは、クロハ書記次長、マヤ副会長、非正規生徒のキヤ。スシが「一緒に行ってくれませんか」と頼んだキクハは「吹奏楽部と合唱部のニューイヤーコンサートの準備でそれどころではない。あいさつ程度なら、スシくんがわたしに化身して、よろしくやってほしい。連絡をくれれば、その時間帯は姿を隠すようにするから」とのことで、不参加。スシたちは、キクハに化身するための衣服・ウィッグと化粧アイテム一式、それに不測の事態に備えてスシ用の女子制服・ウィッグを持って移動する羽目になった。
「まったく先生ったら、オンライン会議に政務審議官を出すみたいに」
「スシくん、そう言わないであげましょうよ。ちゃんと、ほかの用事があるのですから」
女子4人は女性用個室を取り、スシは船室の大部屋で雑魚寝した。
日本海側の寄港地に入出港したあと、北の大地の港に入った。そこから鉄路で泥縄第三のホームタウンを目指した。
駅で出迎えてくれたのは、スエとキロ、そしてもう一人、制服姿の女子。
「スシだけど、あの女、誰?」




