キャンプファイヤーー成宮そら(2)
自習中は全く何も手につかず、そらはぼーっと教室の外を眺めていた。やがて雨がやみ、日が差し込んでくる。教室の中ではだんだん活気が戻ってきて、浮き足立っていくのが分かった。極めつきは昼の放送で、キャンプファイヤーはできる見込みだとアナウンスが入ると、まるでスポーツ観戦をしているかのように沈黙を突き破って歓喜の声が教室中に響くのだった。
授業が全て終わり、夏休み後半の宿題のラインナップが出揃った。そらはその日の内に今日出された宿題を7割程度終わらせ、夏休み後半はあとの3割と大学受験のための勉強を進めようとしていたが、ミサンガの世界での一件があったことで、それ以降の宿題は全く進まなかった。問題文を読み考えようとすると、思考の間にうみの泣きそうな顔がよぎる。果たしてあれが正解だったのだろうか。それとも素直に打ち明けるべきだったのだろうか。そらは今考えても元には戻らないと分かっていながらも、あの時はどんな立ち回りをするべきだったのだろうかと、数十分に一度は思ってしまうほどだった。
「長い!」
自習が続く中、斜め後ろの席からいつの間にか前の席に移動していたるるが、そらの机をコンと叩く音がした。そらははっとして、悶々と考えごとをしている最中に意識が遠のいていたことに気が付いた。
「あ、ごめん起こした?」
「ううん、大丈夫」
そらはるるの言葉に一応反応しながら、教室の様子をちらっと見た。先生はいつの間にかいなくなっている。生徒たちは席を移動して仲の良い人と話していたり、自席で寝ていたり、ぼーっとスマホを見ていたり、まるで休み時間のように過ごしていた。
「あれ?今って何の時間?」
「しまちゃんがキャンプファイヤーの準備に駆り出されちゃって、もう30分はこんな感じ」
るるはそう言いながら、そらの顔を覗き込んだ。
「なんか珍し。そらが自習中に寝るの。いっつもガンガン勉強してるのに」
「んー、、。確かに」
そらはまだ頭が働いていない。
「成宮さん、これあげる」
と、斜め前の席に座っている唯川やこがアメを差し出した。
「めっちゃ酸っぱい。目ぇ覚めるよ」
「あ、ありがとう、、」
1つ貰って口に入れた。強烈な酸味を喉と鼻奥にぎゅっと感じる。
「くぅ、、」
あまりの酸っぱさに、思わず声が出てしまった。それを見ていたるるとやこは同時に吹き出した。
「なんか寝起きのそらっておばあちゃんみたい」
「どういう意味、、?」
「のっそりしてて冬眠明けの熊って感じ」
「えめっちゃ分かる!」
悶絶するそらを見て、2人は盛り上がっていた。そらはそんな2人を見てつられて笑う。その時はミサンガの世界での出来事は忘れていた。
担任の島田が教室に戻ってきたのは、結局それから20分ほど経った後だった。そらは集中できないと判断して、宿題の穴埋め問題をしながらるるとやこが喋っているのを聞いたり、時々会話に参加したりして時間を潰していた。
島田は改めて、キャンプファイヤーができること、それに向けての準備を先ほどの時間に超特急で用意していたこと、ただ結局準備が終わらずなので、残りの分は2年生が準備することになったことが告げられた。
「えぇー!」
教室中に不満の声が響く。が、
「3年生は一番上の学年だし、1年生も初めてのキャンプファイヤーだから、ということで1、3学年の先生たちから圧をかけられました。みんな手伝って」
「しまちゃん、苦労してんだね」
「手伝うよ。しまちゃん」
島田の様子を見て、生徒たちは同情して席を立ちあがるのだった。
校庭に出ると、すでに1組が外で作業をしていた。外部活の生徒たちはラインを引くため1組の外部活組に強制召集され、それ以外の生徒たちはテントの骨組み立てと機材の準備に駆り出された。
「あ、にーなじゃん」
「やっほー。手伝うよ~」
「助かる~。これ一緒にやろ~」
「いいよー」
「ひばー、これー」
「あ、やるやる。貸して」
屋内部活の中でも、クラスの中で中心になっている生徒は1組の中に自然に手伝いに入っていき、それ以外でも1組に知り合いのいる生徒はそちらへ行って話しに行っていた。
そらは目立たないように端の方に行って気配を消していた。
「あ、あれそうじゃね?」
「そうじゃん。うわ顔ちっさ」
そらの近くにいた3組の男子たちが小声話しながら1組が作業している方を見ていた。そらはなんとなくその注目の的が誰なのか分かっていながら、それを目で追ってしまった。案の定、それはうみだった。1組の女子集まっている中の中心にいて、余所行きの笑顔を振りまいている。
『そんなにうちって信用ない?』
彼女の顔を見た瞬間、またミサンガの世界で言われた言葉と泣きそうな顔を思い出してしまった。そらは周りに悟られないよう、一瞬で目を逸らして作業に戻った。淡々とケーブルの絡まりを解いていく。
だめだ。考えれば考えるほど自分の行動の中で、もっと良い方法があったんじゃないかって、色んな選択肢を増やしてしまう、、、。それのせいでどんどん後悔が濃くなって、自分の言動に罪悪感が溜まっていく。全然他のことに集中できない、、。
あれから少し時間が経ち、るるややこと喋り頭が冷静になってきたことで、自分の現状を俯瞰でき始めた。そこで自分が感じていた罪悪感が、ミサンガの世界を出た直後よりも大きくなっていることに気が付いたのだ。
きっとまだまだ考えて、後悔が濃くなっていく。でも、、。
それでも、考えてしまうものは考えてしまう。これは自分で意識して思考を止めようとしても、俯瞰して冷静に判断できたとしても、考えることをやめることは難しいものであった。
「おっす」
急に声をかけられ、そらははっとして声の方を向いた。赤髪の大柄な男子生徒、谷崎勝吾がすぐ近くに立っている。
「谷崎、、?」
「お前、大丈夫?」
「え、」
「なんか今日、ボッチじゃね?いつもひばたちと一緒にいるじゃん」
「ひばたちは1組の人と一緒に作業してるから」
「なるほどね」
「何しに来たの?」
「これ」
勝吾はそう言って手に持った大きなスピーカーを見せた。
「そのケーブル使うねん。てか、成宮こそなにしてんの?それ?」
「ケーブル解いてる」
「ほーん」
勝吾はスピーカーを置き、そらの近くに来た。
「どう?解けそ?」
「多分、、あとちょっと」
そらが格闘していることろを勝吾が見守る体勢が数分続いた。
「あ、これじゃね?」
「ほんとだ」
そういうやり取りをしていると、後ろからまた声が聞こえた。
「っおんもー!なんなのこれぇ!」
そらと勝吾が同時に声の方に顔を向けた。
「あ、」
そらは思わず声を出してしまった。スピーカーを台の上に置いて伸びをしていたのは、ここまでそらの頭を悩ませている張本人の一人、雄大であった。
「あれ?成宮さんじゃん。これなにしてんの?」
「ケーブル解いてんだと。スピーカーに使うやつ」
そらは頷いて、またケーブルに目を戻した、勝吾も同じタイミングで顔を戻す。
「うわー大変そ。でも成宮さん、俺らより指細いからそういう細々した作業してくれるのマジで助かる」
「着眼点きもくね」
「え、どこが?」
「「あ」」
最後の堅い結び目が緩み一気に解けたことで、そらと勝吾は同時に声が出た。
「お、できた?」
「よし、ナイス成宮。あとは頼んだ。じゃ」
勝吾はそう言うと、そらの肩をぽんぽん叩いて走っていってしまった。
「あいつヤバいな。最後までやってけや」
その場に残った雄大はそう言うと、そらの方にスピーカーを寄せた。
「よし、俺やるからケーブル貸して」
「あ、はい、、」
2人は黙々と作業をしていく。沈黙の中、どうしても色々考えてしまうことに耐えられなくなったそらは、自分から口を開いた。
「あの、ライン引かなくていいの?外部活の人がやってるっぽいけど」
「あーあれね。俺も最初やってたんだけど、話しながらやってたら顧問に見つかってこうなった」
雄大はそう言いながらへへっと笑った。
「でも成宮さんと作業できるのラッキーって感じ」
「え、、?」
「ちょ、聞きたいことあってさ」
雄大は周りに人がいないことを確認し、小声でそらに質問をする。
「立花さんって、キャンプファイヤーで誰かと踊るとか言ってた?」
そらは内心、やっぱりと思った。キャンプファイヤーで近づこうとしない訳がない。ましてや、雄大のような人間が。
「今日俺、一緒に踊ろうって声かけようと思って」
ここでいると言って、実際には誰もいなかった場合には嘘だと分かるし、逆にいないと言えば雄大の手助けをしていることになる。そらは頭をフル回転させて言葉を出した。
「あー、、どうだろう。最近話せてないから、分かんないや、、」
嘘は言っていない。しかしなんだか雄大を突き放したみたいに見えて、勝手に罪悪感が出てきた。
「そっか!了解!」
雄大は笑顔でそう言うと、最後のケーブルをスピーカーにつないで、終わったー!と伸びをした。
「俺先生に報告してくるから!戻っといて良いよ!じゃね!」
「あ、うん。ありがとう、、」
そらが言い切る前に雄大は走って行ってしまった。
どうしよう。本当に関くんはうみちゃんと踊るつもりだったんだ。
そらの中でほんの一握りだけあった希望が、容赦なく吹き消されたような気分だった。
と、突然、校内放送のチャイムが鳴り響いた。
『みなさん、お待たせしました。キャンプファイヤーの準備が整ったので、1学年、3学年の生徒は、校庭に集合してください。繰り返します。キャンプファイヤーの準備が、、』
ついに、キャンプファイヤーが始まる。




