キャンプファイヤーー成宮そら(1)
中間登校合宿2日目。昨夜の雰囲気とは打って変わり、どんよりとした空気感が教室を包んでいた。それは決して湿度が高いだけではなく、生徒たちの雰囲気もそうだった。朝から雨が降り、キャンプファイヤー用の組木にシートがかぶせられるところを、生徒たちはただ横目で見ていることしかできなかった。
成宮そらは昨日ミサンガの世界で見たとおりの景色に、今はただ胸をなでおろしていた。
これでいろんなことを考えなくて済む。
そらはそう思いながら、配られた宿題を見つめていた。
2日目の朝、そらが起きるとすでに起きていた生徒たちはバタバタと人前に出るための支度をしていた。
「あ、おはよ。そら」
「おはよ。るる」
外内るるはそらに挨拶をすると、窓の方を指さした。
「雨、降ってる」
「あ、、、。へー。雨降ってる、、」
そらは寝起きのぼーっとした頭でるるの言葉を繰り返した。
「キャンプファイヤーできないかもなー。これ」
藤堂ひばりが布団をたたみながら窓の外を見ている。
「昨日寝る前は天気予報晴れだったのに。今日見たらもう一日中雨だって」
「そうなんだ、、」
2日目は主に夏休み後半の宿題を配布したり、自習の時間が取られる。そらは前々から受験勉強を夏休み中に進めておこうと思い、その自習の時間は主に配られた宿題の消化に使おうと考えていた。
1時間目が始まり、宿題が配られる。雨でキャンプファイヤーが無くなる可能性が高く、テンションが下がりきっているところに追い打ちをかけられた生徒たちが多いようで、生気の抜けるようなため息が教室のあちこちから聞こえた。
そらはそんなことなど気にせずに自習の時間を有効活用しようと黙々と宿題を進めていた。途中で間違いに気が付き、消しゴムで消す。消す拍子にシャープペンシルに腕があたり、床に落ちる。そらは少しめんどくさそうに鼻で息をふんと吐いてから、座ったまま体を屈めてペンに手を伸ばした。
ペンを握った瞬間、目の端に捉えていた前の席の生徒の足が不自然に消えた。
そらはまさかと思い体を戻すと、やはり教室にいた生徒が全員いない。
ミサンガの世界だ。
そらがそう思ったと同時に、がらりと勢いよく教室の前のドアが開いた。
「ねぇねぇねぇ!見てこれ!」
立花うみはそう言いながら教室に入ってくると、軽快なステップでこちらに近づいてきた。
「うみちゃん、、?」
そらはうみの様子を見て、少し驚いた。あれほど楽しみにしていたキャンプファイヤーがなくなりそうで、前回のミサンガの世界では今日の朝の様子を一緒に見てあれほどへこんでいたのだ。現実世界での今日でも、きっとへこんだままだろうと、そらは思っていたのだ。それが今目の前にいる彼女は、散歩に出かける直前の犬のようにキラキラした目をそらに向けている。
「ど、どうしたの?」
そらの言葉に、うみは待ってましたと言わんばかりにスマホの画面をびっと見せてきた。そらはそれを見てみる。
「ゼッタイ当たる、、!ウェザー・ウェザー・マサコ、、、。まだこれ使ってるんだ、、」
「ちょ、その目やめてよ!ほんとに正確なんだって!てかほら、これみてこれ!」
そらはうみが必死に指さす部分を見てみた。そこにはそら達のいる市の1時間おきの天気が表示されている。それを見るに、この後11時には雨がやみ、午後は晴れる予報となっている。
「ねぇこれ、キャンプファイヤーできそうじゃない?ここの校庭って水はけ結構良い方でしょ?」
「あ、そういうことか」
そらは納得して思わず声が出た。きっとうみのことだから、自習の時間になった瞬間に天気予報を見て飛んできたのだろう。
「あ、ごめん。えっと、うち水はけ良い気がする。去年の体育祭のときも、前日まで雨振ってたけど朝には乾いてたし」
「えー!やった!できるじゃーん!」
うみは嬉々としながらハイタッチを求めてきた。そらはそれに応じたが、内心では全く喜べていなかった。前回ミサンガの世界で今日の天気を知る前に自分にのしかかっていた不安が、今になって再び現れた。
「ね、激アツじゃんね!やったー!」
うみの喜ぶ姿を見て、そらは不思議に思う。
「何でそんなにやりたいの?キャンプファイヤー」
「えー、だってなんか学生してる!って感じするじゃん?死ぬまで記憶に残ってそう」
「逆に、そらちゃんはなんで?」
「え?」
「なんで嫌なの?」
「え、、!」
うみの言葉に、そらは図星をつかれた。
「だって昨日からそうじゃん?今日の朝雨だったとき、なんかホッとした顔してたし。今だって全然嬉しくなさそう」
「えっと、ほら。私は踊る相手特にいないし、早めに帰れれば勉強もできるしなって、、」
そらはそれっぽい言い訳をつらつらと並べていく。背中に嫌な汗が伝うのを感じた。かと言って、関雄大のうみへの好意と、それを阻止したい浦田結花の思惑をありのまま話してしまうのも違う気がした。そんなことをすれば、きっとうみが気まずい雰囲気のままキャンプファイヤーに参加することになってしまうと、そらは思ったのだ。
「そらちゃん」
うみのはっきりした声に、そらは言い訳を紡ぐのを止めた。少しの苛立ちを含んだ言葉は、そらを怯ませる。
すべて話すべきか、否か。そらはぎゅっと目をつぶって考えた。自分が言って、その後は?自分は楽になるかもしれないけど、うみちゃんはどうなる?そう思うと、やはり素直に打ち明けることなど、できなかった。
「ごめん、うみちゃん、、、。今はまだ言えない、、。」
沈黙。
そらはぎゅっとつぶっていた目を開け、うみの顔を見た。うみは今にも泣きそうな顔をしながら、肩で息をしている。
「いつも、いつもいつも、いっつも、、、」
うみはそらの顔を見ようとしない。自分の足先をじっと見つめて言葉を吐き出していく。
「そらちゃんいっつもそうじゃん!肝心なこと絶対言ってくれない!」
「うみちゃん、、」
「ホンネ言えるように頑張るって約束して、最近ちょっとづつ言ってくれるようになったかなって思っても、結局大事なことは覚悟出来たらとか、今はまだとか、全部秘密でさ!」
うみの大きい声が教室中に響き渡る。
「うちだってずっとそらちゃんがいつかホンネ言ってくれるって思って我慢したり流したりしてるけど!いっつもいっつも、、!」
そらはうみの言葉をしっかり聞いたうえで、自分の中に憤りが湧いてきていることを感じた。
言ったところで、結局うみとの関係値が悪くなったり、うみが楽しみにしていることが一気に憂鬱なイベントになる可能性だってあるのだ。特に今回の件は、うみがあれほど楽しみにしていたイベントが、雄大から逃げるイベントになってしまい、心からうみが楽しめなくなるのではないかと思ってしまった。だから、口をつぐむのだ。
「そんなにうちって信用ない?」
「ちがっ、、!そういう事じゃなくて」
「じゃあ言って」
「それは、、」
そらはまたどもってしまった。
「もういい!」
うみはそう叫ぶと、そらを突き飛ばしてドアに走った。そらはいきなりの出来事に対応できず、足がもつれてバランスを崩し、後ろにあった机を倒してしまった。腰を強打したが、痛みは感じない。それどころではない。
急に目の前に手に握られたシャープペンシルが現れた。現実世界に戻ってきている。そらは周りの目を気にして、何事もなかったかのように体勢を戻した。皆が体感している1秒の間で、そらは天地をひっくり返されたかのように、感情がぐちゃぐちゃになってしまった。
雨はやむ。そしておそらくキャンプファイヤーは開催される。今ため息をついている生徒は喜び、面倒に思える合宿も最後には来てよかったと思えることだろう。
そらは再び板挟みの悩みに苦しむが、今はそれどころではない。
初めてだ。
初めてうみを完全に不機嫌にさせてしまった。今までもヘソを曲げることは多々あったが、ここまで拒絶されてミサンガの世界から戻ってきてしまったのは初めてだ。
どうしようどうしよう。
そらはペンを手の中で回しながら、平常心を取り戻そうとした。
私のせいで、うみちゃんがミサンガの世界に入らなくなっちゃったら、、。もう二度と、話せなくなったら、、。
そらはペン回しをやめ、ノブの部分に親指を押し当てる。カチという音と共に、芯が少し出てくる。
カチッカチッカチッカチッ。芯が出る。
そもそも本当のことを言っても言わなくても、結局うみちゃんは嫌な思いするんだ。
カチッカチッカチッカチッ。
やっぱり、はじめに出会ったときにさっさと距離を取って仲良くならない方が良かった。うみちゃんとは性格もなにもかも違うから、うみちゃんが私にイライラするんだ。今じゃなくても、結局そうなってたんだろうな。
カチッカチッカチッカチッ。
でもキツい。辛い。仲良くなった後に拒絶されるのって、本当に、、、。
カチッカチッカチッカチッ。
もう本当に、どうしたら良いんだろう、、。




