第八話 女の悩み
ヤクトとティタンは閣下に誘われて将棋を差し、ハリッシュとアユーは座禅を組んで丹田回しの練習中。
私は腹立たしい女に呼ばれて別室に移っていた。
「ムヅキと申しんす。お噂はかねがね」
ドラントにも遊郭はあるが、もちろん私は行ったこともない。遊女と話すのもこれが初めてのことだ。
「ヤクトを好いておられまし?」
「――」
いきなりのド直球に息を詰めた。ムヅキは20歳前後だと思うが、大人の余裕を醸していて益々腹立たしい。
「勘違いされなんすな。わっちはあの子に興味は……無いと言えば嘘になりんしょうが、色恋の方面ではまったく、これっぽっちも」
ヤクトに興味が無いと言われて腑が煮え繰り返る。私にとっては喜ばしいことのはずなのにムカムカしてきた。
「ふふっ。ほんに可愛らしいお方でありんす」
「何が言いたいんだ? はっきり言え」
「失礼を承知で申し上げれば……あの子はお止めになった方がよろしゅうござりんす」
「貴様……バカにしているのか?」
ムヅキは哀れみの目で私を見て、信じがたいことを言い出した。
「あの子には性欲がありんせんから」
「…………は?」
そんなはずはないだろう。出逢ってからこれまで私はヤクトに何度も――。
「思い当たる節はあるのでありんしょう?」
「――っ」
見ないフリをしてきた事実を突きつけられて、返す言葉がなかった。
「男なら誰でも同じと思っておりんしたが、あの子は違いんす」
「……」
「まるで別の生き物のメスを見るように女を見てやす」
「……やめろ」
「遊郭にはザラにある濡れ場に遭うても興味を示さず、どころかアレは……そうでありんすねぇ……何というのか」
「やめろと言っている」
「気持ち悪い生き物を見つけたような……上手う言えんせんが」
「やめろ! ヤクトはそんなんじゃない! 遊女風情が口出しするな!」
益々の深い哀れみを向けられ、続く赤裸々なセリフに遊女の怖さを知った。
「勃ちんしたか?」
私に触れても、私が触れてもヤクトは反応しない。
始めはそういうものだと思っていたが、その方面のプロをして異常なことだと断言された。
「あの年頃の男児なら精通は終わっていまし。多感な時期でもありんすから、遊郭の雰囲気に呑まれたかとも思いんしたが、おてきの反応を見て確信しんした」
「もう……やめてくれ」
ムヅキは私の不安をわかった上でトドメの言葉を放つ。
「女と思っておりんせん」
不覚にも、私は泣いてしまった。
内心を見透かしたように「話してみろ」と言われて、本当に腹の立つことに、私は遊女に助けを求めた。
すべて洗いざらい吐き出してしまったのだ。そんなつもりは微塵も無かったのに。
「なるほど……女のいない島でありんすか」
ヤクトにはちゃんと人の心がある。
他人を理解しようと努力しているし、疎外感を知れば傷付いたりもする。
嬉しければ笑うし、一度だけだが、何かが溢れたように泣いてくれた。
「泣きんした? その時のことを詳しゅう伺っても?」
人が人に優しくする理由を『好き』という気持ちと一緒に教えた時のことだ。あれからヤクトは大きく変わった気がする。
「それはまた……乱暴な見解を教えたものでありんすね」
「し、仕方ないだろう。私だって……よく知らないんだ」
ムヅキは呆れたように息を吐き、わかった風なことを言う。
「覚悟の上なら好きになさればようござんすが、1つだけ覚えておかれませ」
「……なんだ?」
「初恋は実らぬものでありんす」
誰かに恋をしておけば良かった。ヤクトと出逢う前に。
「わっちが証人でありんすよ」
素直にそう思えるほどに、ムヅキは悲しそうに笑ったのだ。
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「――あっ! ヤクト! 待てじゃ待て!」
宴会場に戻ってみれば、将棋盤を囲む大勢の男たちが白熱していた。
「またか? というかやっとか? 5手前から詰んでただろ」
「うぬぬぬ……っ! このわしが……! ルールを覚えたばかりの小童にぃ〜!」
私の懊悩など知らんとでも言うように、閣下をコテンパンにするヤクトの周りには人が集まっている。
その光景を目にして私は少しほっとした。
「これはいいな。勝ち筋の見つけ方や敵の思考を誘導する鍛錬にはなる。脳みそを回さないヤツは何をやっても弱い」
「わしを弱いと言うかぁ! これでも棋将会の有段者じゃぞ!?」
「攻め手が直線的過ぎる。たぶんムヅキの方が強いだろ?」
「むぐぅ……!」
ヤクトは閣下に色々とダメ出しをして、基地の兵隊の練度にも口出しし始めた。
「なんで事務員を戦わせてるんだ?」
「事務員じゃと?」
「あそこのアイツ。あれは事務員だろ? 気が弱すぎて戦う以前の問題だ。完全な戦力外だ」
「なぁにぃ〜!」
閣下の眼力溢れる視線から逃れるように出口へ向かう男とすれ違った。
「あっ! マザーコンプ卿! 逃げないでください!」
「そうです小隊長殿! 責任取ってください!」
「な、何の責任か? 知らん! 何も知らんぞ!」
初日の演習でヤクトに負けたらしい男たちが騒ぎ始めた。眠りのツボ押しで安らかに落とされ、艦砲射撃にも気付かず寝こけていたことも暴露されて冷や汗を掻いている。
「全員でノーマンズ・ブートキャンプじゃあ〜!」
「「「「「嫌だぁあああ〜!」」」」」
「黙れぃ! たった今から貴様らはウジ虫に逆戻りじゃあ〜!」
宴会を中断して夜中から始まった訓練は過酷そのもの。
卑猥な罵詈雑言を浴びせられながら、瓦礫を担いで無意味に敷地内を走る男の群れはひどく男臭い。
「むっ。あれが有名な第四艦隊伝統の練兵であるか」
「終えれば誰でも屈強な海兵になれるという噂だな」
興味を抱いたティタンとハリッシュもブートキャンプに参加し、呼吸法と歩法と丹田回しを併用して楽々こなす。
他の兵隊たちは蒼い顔をして、子供離れした体力を示す2人を見ていた。
「貴様らぁあああ! 成人前のガキンチョに負けて悔しくないんかぁああ〜!?」
「「「「「ノ、ノー! ノー! サー!」」」」」
「母親の胎に戻って胎児から! いんや親父の〇ン〇マまで戻って〇〇からやり直すか!?」
「「「「「ノー! サー!」」」」」
「なら走れぃ! 貴様らウジ虫に許されておるのは走り続けることだけじゃあ!」
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
ムヅキに連れられてアユーと客室に入り、荒れ果てた敷地に響く男たちの気合の掛け声を聞きながら眠りについた。
翌朝、立っていたのはティタンとハリッシュのみ。
「ノーマンズ・ブートキャンプ……意外とやれるものであるな」
「正しい脳筋を生むための洗礼という触れ込みだったが……集団催眠の一種だろうか?」
他は全員地べたに大の字で倒れていた。何故か閣下まで地べたでイビキを掻いている。
「……男なんてこんなものざんす」
「「……なるほど」」
キョロキョロ辺りを見回すと、ヤクトは我関せず壁際で座禅を組んでいた。
邪魔しない方がいいのだろうか。




