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第一話 扁平島



 ヤクトたちを乗せたゴーイング・ブラド号は中継島の西から近づき、その沖合い3マイルの船溜まりに仮泊した。


 大量のシーアンカーを海に落として船位を保持し、他船と5ケーブル以遠の距離を保つ。


 山や丘は無く、樹木も疎らな平たい島の周囲には引っ切りなしに船舶が行き来し、出船入船で溢れかえっている。


 さすがは世界に冠たる商人たちの楽園にして登竜門。


 ものすごい数の船と人間が行き交う海路の要衝――ムーア・ドラント中継島。教皇が下位席次の1人を割いてこの島に張り付けていたのも理解できる。


 あの男に命じられるお役目でもここまで出向いたことは無かったし、現役時代は延々と大陸担当だった僕も実際に目にするのは初めてのことだ。

 

 ヤクトは船橋の窓辺からその光景を見ていた。


 怜悧な群青色の瞳からは特に何の感慨も抱いていないことが窺える。可愛くない子供だ。

 

「離岸流はどうか? 今は無いようじゃが」

「最新の予報では変化ありません。大丈夫でしょう」


 通信士は通信魔堰から出力された文伝紙の詳細を読み上げた。中継島近海域の気象予報だ。


 船長は風と潮流の予報に傾聴し、船橋の左舷に伸びるウィングデッキへ出ると同じように泊まっている他船へ向けて投光魔堰で合図を送った。


 その船からもチカチカと明滅する光が返ってくる。


「他の予定を聞いてどうするんだ?」

「見てみぃヤクト。岸壁は船でいっぱいじゃ。ここいらに浮いとる船はどれも同じ。沖待ちしとるんじゃよ」

「あそこの桟橋。奥から2番目の船。もう出港するぞ。止まってないで早く行け」

「よう見とるのぉ……じゃが、ルールっちゅうもんがある。到着した船が好き勝手に港へ殺到してみぃ」


 船長の言わんとすることを理解したヤクトは黙って頷くと、船橋から出て居住区階段を降りていく。


 後部甲板へ出たところで柔軟体操をしていたティタンが声を掛けてきた。


「ヤクト。少し稽古に付き合ってくれ」

「お前に近接戦は無理だ。詰められる前に逃げろ」


 そこら中に船が浮いている錨地に着き、海へ向けた遠距離攻撃魔法の練習ができなくなったティタンは代わりに体術の教導を求めたが、ヤクトは素気無く断って船首方向へ。


「まだ何日か待つだろ?」

「入港は3日後だ……たぶん」

「ならいいじゃないか」


 ティタンは剣術も捨てたわけではなかった。


 遠距離からの狙撃を極めたところで王族の、しかも王太子が示す武勇としては微妙だと言わざるを得ないらしい。その辺りにドラントの気風が窺える。

 

「アユーに相手してもらえ。僕は忙しい」

「そうだ。ヤクトは忙しいんだ」


 この状況で忙しいことなど何も無いことはわかり切っているが、アイゼもティタンに素っ気ない。


「……義姉上。いい加減にしてください」

「な、何のことだかな」

 

 常にヤクトの周りを彷徨くようになったアイゼは今日も居室から船橋、居住区、甲板と連れ立って歩く。


 どちらが従者だかわからない2人だったが、ヤクトがアイゼの希望に応えて奉仕している点は間違いないだろう。


「本船上に敵はおりません。万に1つの確率で近くに大型が出たとしても、中継島には帝国海軍第三艦隊の基地もあります。つまり、現状ヤクトに護衛の任はありません」

「ヤ、ヤクトは従者でもあるだろう? 従者は主人に付き従うものだ」

「同じ部屋で寝起きして毎晩あられも無い……それについてはもはや何も言いますまい」


 ヤクトにとってはアイゼの丹田を起こすついでに、発勁を自在に扱うための練習。


 アイゼにとってはヤクトの好意を得るついでに、上手にオーガズムも得るための練習。


 後者の後者は男には計り知れない女の事情である。


「もう諦めましたし、義姉上にはヤクトを繋いでおいて貰わねばなりませんから。ある程度は仕方ありません」

「おっ! わかってるじゃないか、ティタン! そう! 私の犠牲は近い将来お前のためになる! それがドラントの国益となるなら私は本望だ!」

「よくもまぁ……はぁ〜。ですが、余人の目のあるところではお控えください」


 色々と困難を乗り越えて、一皮剥けたティタンはアイゼに対する心情に変化が生じていた。


 ただ義姉を盲目的に尊敬する義弟は卒業して、常識的で真っ当な説教を続けている。


 そんな2人を尻目に船首楼の上甲板へ登ったヤクトは――ぴょんと船から飛び降りた。


「「――は?」」

「アイゼは船で待ってろ」


 そう言い残すと水上歩法で海面を走って近くの船に渡り、また飛び降りて別の船へ。


「「…………」」


 いくつかの船を経由して海を走るヤクトの行く先には波止場があった。


「「えぇえええええ〜!?」」


 アイゼとティタンは水上歩法を見たことがなかったようだ。


 右足が沈む前に左足を踏み込む――ヤクト曰く、コツはただそれだけらしい。


 

**********



『ゴーイング・ブラド号! 貴船から密航者が……! あれ? 飛び降り……――は? なんじゃありゃ!?』


 船橋の通信魔堰から他船船長の抗議と驚愕の叫びが響いていた。


『どこん船じゃあ! おれんトコに変なん嗾けよってからに!』


 通信士は素知らぬ顔で通信魔堰から距離を取り、代わりに船長がその前に立ってメモを取り始める。

 

『本船の女性航海士が性的な被害を受けた! ウチの紅一点! というか私の娘に何してくれる!? なんか知らんが惚れてしまったじゃないかぁ〜!』

『密航は重罪だが……これは密航なのか? そこはわからんが、本船は船首楼の非常用飲料水と保存食一式を奪われた。強く抗議すると共に賠償を求める――え? 甲板長があげた? 何故だ?』

『うわっははは! 海を走っとる! 何だあのガキ面白い! ブラド号の船員なら譲ってくれ!』


 各船から寄せられる口頭を簡単な箇条書きにまとめて小首を傾げ、ふと気付いたように受信したすべての船へ宛ててまとめて返した。


「えー……誠に遺憾じゃが、とりあえず船名を名乗って……いや、船名を付して文伝で送ってください」

 

 船長は変わらず喧しい通信魔堰のスイッチを一旦切ると、通信士に文伝の作成を命じた。


『宛:中継島自治部会 発:貨客船ゴーイング・ブラド号』


 わかりやすく簡素な文面で記載された文伝紙が通信魔堰に吸い込まれ、島の当局へ宛てて送信される。


『本船の旅客1名が誤って落水した。その後、自力で貴島西岸へたどり着いた模様。保護を求む。以上』


 船長の機転によりヤクトの密入島は不慮の事故として処理された。


 見つからなかった場合は、報告があったにも関わらず憐れな落水者を保護できなかった自治部会の責任である。


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