第六二話 ヘクサ・オルター
『ピ――――――――』
ティタンが鑑定魔堰に手を触れると、音が響いた。
『当機ヘノ、生命体ノ接触ヲ、確認シマシタ』
女の声だ。だが人間の女じゃない。
『ヘクサ・オルター六号機……起動確認』
カクカクした変な声音には可愛げがある。
『ヘクサ・チェーンヘノ、接続シーケンスヲ実行中デス……』
明らかに鑑定じゃない。
周りは神妙に聞き入っているが、誰もしゃべりの中身を理解していないようだ。
僕にはわかる。これは師匠言葉だ。
『ヘクサ・チェーン接続……レディ』
ヘクサ・オルター六号機と名乗ったコイツはティタンを何かに繋げようとしている。
『…………接続ヲ開始シマス』
接続が開始されてしまった。ティタンは大丈夫だろうか。
「うぷっ……!」
ティタンが嘔吐いている。
「むぐぐぐ……!」
ティタンは耐えている。
「む〜! むむ〜!」
ティタンは必死に吐き気を堪えているが、ああなるのも当たり前だろう。
接続とやらは覇気とよく似ている。あんな不自然な気に触れれば気持ち悪くなるに決まっている。
「ティターン殿下! 水桶を! 足下にございます!」
「むぅううう〜!」
もうやめておけばいい。そこまでして耐えるようなものじゃない。
「殿下ぁあああ〜!」
「〜〜っ! ウォボロロロロロ……っ! オロロロ……っ!」
遂に耐えられなくなったティタンは吐いた。呼吸を荒くして脂汗を垂れ流し、それでも壁から手を離さない根性を見せた。
『20.25』
黒い壁面に赤い文字列が浮かんだ。古代数字だ。
「「「おぉ〜!」」」
座席にふんぞり返ってティタンの頑張りを眺めていた男たちがどよめいた。
「さすがはティターン殿下! やりましたな!」
「アイゼンプルート殿下には及ばなんだが、良き魔力容量だ!」
「素晴らしい。陛下……これは決まりじゃろうか?」
「うむ。魔法学園を卒業した暁には王太子に任ぜよう」
「あ、ありがたき……オェ……しあわせ……ぐぇ!」
何だこれは。これが鑑定だと言うのか。
その結果で魔力容量が20を超えていたからティタンは認められたらしい。
『オメデトウゴザイマス。契約深度ハ……20.25……デシタ』
しかも魔力容量じゃなかった。契約深度とやらを表す数値らしい。
バカバカしくなった僕はティタンの後に続く子供たちの契約風景をただ眺める。
子供なりに頑張って接続に耐え、我慢できなくなって嘔吐し、担当官が読み上げた数値に一喜一憂する姿が哀れだった。
子供たちは皆わずかに10に届かない程度だが、椅子に座る老人は「やはりブラフマの民は侮れん」と言って顔を顰めている。
普通の平民なら5前後であり、10を上回る人間はほとんどいないそうで、20を超えたティタンはかなりスゴいらしい。
見たところあの気配にどれだけ順応できるかを測っているようだが、それは今日この瞬間の結果に過ぎない。
年齢はもちろんのこと、時と場合に寄りけり、その日の体調と気合によっても変わる数字を見て、何がわかると言うのか。
そもそもあんな不自然に順応する必要など無いだろう。
「今年のブラフマは粒揃いですね。残りは2名ですか?」
「ヤクト。先を譲るのである。行ってくれ」
僕の番が来てしまった。
「ヤクト。適当でいいからな?」
「……わかった」
アイゼの笑顔は見たいが、今回のこれは本気で適当に済ませようと思う。
気を強く持ち丹田を回せば耐えられるが、そんなことに意味は無いし、僕はコレが嫌いだ。
「ほう……アレが例の?」
「アイゼンプルート殿下に見初められた少年ですな。既にファンタスマゴリアを会得しているとは」
「魔力容量によっては二聖もあり得まする。ここは首輪を……否、鈴くらいは着けておくべきかと」
「魔力容量によってはな」
アホらしい。魔力容量ではなく契約深度だ。
何との契約かもわからないと言うのに、噂の契約魔堰よりタチが悪いという事実に誰も気付いていない。
古い言葉を教えてくれた師匠に感謝しなければ。
(絶対に呑まれてやらない)
ヘクサ・チェーンとかいうモノとの接続。
それが開始された瞬間に覇気っぽいアレを散らしてやる。どれだけ呑もうとしてきても散らし続けてやる。
そのうち契約を諦めて適当な数字を出すだろう。
「ヤクト!」
アイゼの期待が重い。しかしコレだけは御免被る。
漆黒の壁面に手を当て、お決まりのセリフを聞き流し、その時に備えた。
『…………接続ヲ開始シマス』
**********
意識が漆黒の壁に吞み込まれるような感覚。
壁の奥底から延びる不可視の鎖に沿って、己の中身が連れ去られる。
落ちていく、墜ちていく。
何処までも暗く深い、昏く不快な闇の中に堕ちていく。
彼方なる何処かへと連れ去られ、底の見えない奈落の底に引き摺り込まれる。
戻らなければならない。一刻も早く。
立ち返らなければならない。直ちに。
そう心が叫ぶ。絶叫を上げる。
だが、帰り方がわからない。
ティタンたちはこんなモノを乗り越えたというのか。
そんなことはあり得ない。
コレは接続などではなく――略取だ。
この極まった不自然には覚えがある。
奈落の底にいるモノを想像して、怖気が走った。
**********
「…………」
漆黒の闇霧の中で薄っすらとした光が浮いている。
「嘘でしょ……成功?」
全体像が見えてくる。人間だった。若い女だ。
透明感のある色白の肌は闇に映え、腰まで届く長い黒髪は闇に溶けて同化している。
アイゼより美しい均整の取れた肉体には6本の鎖が絡まり、両手両足の自由を奪われた女を闇の中に繋いでいた。
瞼が大きく見開かれ、長い睫毛に縁取られた双眸の中で群青色の瞳が揺れる。
「いぃいい〜…………いぃ――やったぁあああああああ〜っ!」
「…………」
「やっと動いた美男子ホイホイ! ひゃっほーい!」
歓声を上げた女の大きな目玉が忙しなく動き、僕の全身を舐め回すように見る。見る見る。穴が空くほど見てくる。
「やめろ。こっち見んな」
「キミって超イケメンだね。ちょっと幼いけど、わたしとしては問題ナッシング」
どうやら僕だけが他とは違う呑まれ方をしたようだ。無理やり引き摺り込まれたと言った方が正しいか。
もうわかっているが、念のため聞いておこう。
「お前は誰だ?」
「わたしはティルネス・磯良・ラクナウ」
名前なんかどうでもいい。
「イソラは……さすがに嫌だから、ネスって呼んでね」
僕が手も足も出ない魔法を仕掛けたこの女は――、
「知ってるでしょ?」
やはり、思った通りだった。
「海の魔女だよ」




