第五〇話 遭難
「いやぁ〜、ヤクト殿! 先ほどは助かりました!」
死にそうだった衛兵が笑顔で礼を言ってくる。
「ヤクト君! 今日はラッキーだったよ! ほら見て、金鉱石が2つも!」
未だに身体強化のできない女が自慢してくる。
「ヤクト兄ちゃん! 蒸かしたてだぜ! まずは兄ちゃんに食って欲しくてさ!」
男のガキンチョが湯気の立つ芋を差し出す。
「あの……ヤクトさんっ! 好きです!」
女のガキンチョが好きと叫び、アイゼが不機嫌になる。
どの人間も僕とは違う。
何故笑って生きていられるのか、心の底からわからなかった。そんなに弱くて怖くないのだろうか。
(鈍いとか……そういうことじゃない……)
僕の方が間違っているのかと思えて、慌ててバカな思考を中断した。
そんな無駄なことを考えていたら一瞬の後に死ぬ。
全はそれほど優しくはないと知っている。
そして、やはり僕は正しかった。
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「鑑定の儀まで時が無いというのに……」
「これって……やっぱりそうなのか?」
拠点に集まり騒つく人間たちの顔色が冴えない。
鉱山へ入って9日が経ち、順調に進んでいた採掘作業に暗雲が立ち込めていた。
「アユー。どうであった?」
「やはり何処にも居りませんでした。鉱石も戦闘の跡も見つからず……」
深部で採掘していた衛兵の1人が消えた。
共に鉱山洞を進んでいた者たちは壁際へ寄り集まり、頭を抱えてガタガタ震えている。
「本当に突然消えたのであるな?」
「は、はい……。隊長は……角を曲がった直後に……」
部隊を率いて先頭を進んでいた男が脇道に逸れて、数秒間だけ皆の視界から外れた。その直後に居なくなったのだと言う。
消えた瞬間を見た者はいなかったが、脇道の先は一本道が続くのみ。5分ほど歩いて行き止まりに突き当たり、他に分岐は無かった。
「領主様……こりゃ遭難でねぇですか?」
「そうだ……! 遭難以外に考えられねぇ!」
部隊が丸ごと消えていたならわかりやすい。
道に迷って戻れなくなったか、岩男に負けて全滅したか。何らかの合理的な説明は付けられる。
(遭難か……怖いな)
理解できないものは恐ろしい。看破に費やす時間があるならいいが、その瞬間に消えてしまうなら僕にも対処は不可能だ。
「うっしゃ! 行くか!」
1人が膝を叩いて立ち上がると、鉱夫を中心に初日の熱気が戻ってきた。
「今までに無い稼ぎになるしな! やるっきゃねぇだろ!」
「遭難が怖くて鉱夫が務まるかよ。びびってんじゃねぇぞ」
「抜かせ。女房の方が怖いに決まってんだろ」
「ギャハハハ! おめぇのトコは違いねぇや!」
深部の稼ぎがどうの、身重の嫁がどうのと騒がしい男たちはいつも通りに採掘へ向かい――、
「これが……遭難? あり得ねぇ」
同じように1人が遭難し、戻らなかった。
「アイツ、女房はどうすんだ……! 春にはガキも産まれんだろうが……!」
「ちっ! 下手な道草しやがって!」
最初の男と同じように脇道へ入り、後を追った仲間が声を掛けた時には消えていたらしい。
(自分から脇道に? 餌付きの罠か?)
いずれにしても、もう少し観察を続ける必要がある。
わからない現象に無策で挑むことほどバカな行いも無いが、何事も理解を深めるためには試行錯誤が必要だ。
(なるほど……自分で試さなくていいのか)
楽を覚えてしまったようで癪だが、採掘に前のめりになっている人間は他にも大勢いる。コイツらを利用しない手は無いだろう。
余程のことが無い限りは、一挙に潰えることは無い。
(そういえば……ほとんどの獣も群れてたな)
人間だけが特別なわけではないのかもしれない。
どの種類も全滅することはなかったから、僕も気兼ねなく狩ることができたのだ。
他人がいることの利点を見つけて、人間が群れる理由にも納得できた。
(……ちっ)
胸の奥に理解できないモヤモヤが拡がってゆく。
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大多数の人間たちの目的は薪代を確保することだったが、子供の鑑定料を稼ぐことを目指す者も一定数いた。
10日後に迫る『鑑定の儀』だが、その期限が近づくに連れて遭難者は加速度的に増えている。
(かなりわかってきた……やっぱり魔法だ)
状況から判断して、これは理に適った現象ではない。
幾人もの消失を通じて謎の魔法『遭難』の特徴が見えてきた。
採掘に慣れた者ほど遭難する。
単独でも複数でも無関係に遭難する。
遭難地点は深部でも深い場所で、地形自体に急激な変化は無い。
そして、遭難者の捜索に出た人間は遭難しない。
ハリッシュはアユーを心配していたが、目的が何かの捜索あるいは回収である限り、おそらく問題は無い。
(人間の認識に作用する魔法か? 居るはずの人間が見えなくなる……とか?)
魔女の概念魔法は何でもできたという話なので、何が起きてもおかしくはない。
ならば考えるべきはどうなっているかではなく、どうしてそうなるのかだ。
僕は深部のある地点から先には進めないが、他の人間もそうだとは言い切れない。
強い弱いの問題ではなく、個人の意識の隔たりが潜れる深さにも関係すると仮定すれば、謎の魔法『遭難』は『鉱山』の副作用とも考えられるのではないか。
「おい。僕も連れてけ」
「おっ! 坊主も来てくれんのか?」
「こりゃありがてぇ!」
「ヤクト殿。ご協力に感謝します」
条件に当てはまる人間の近くで観察しておきたい。
僕が考えている通りだとすれば、コイツらの気持ちとやらにも注意を払わなければならないだろう。
「ヤ、ヤクト!」
「なんだアイゼ?」
「その……私も一緒に……」
「ダメだ」
何が認識の隔たりを生むのかわからない。
アイゼとの間にそれが無いとも言い切れないのだから、遭難からアイゼを守る方法が見つかるまでは連れて行けない。
「――絶対に来るな」
「あ……」
少し脅すぐらいでちょうどいい。
今のところアイゼはビビッとくる可能性がある唯一の女だ。
失うわけにはいかないし、アイゼに優しくするためなら他を優先する必要は無い。
無闇に殺すことはないが、優しくするのもできるだけでいい。
「ヤクト殿……もう少し殿下に優しくされてはどうです?」
「優しくしてるだろ」
「衛兵さんはわかってねぇな。あれが坊主の優しさなんだ。おれは気に入ったぜ」
「早いとこ進みやしょう。ヤクトさんがいりゃあ四つ腕も楽勝でさぁ」
言うまでもなく、岩男なんかどうでもいい。
採掘の果てにどうして人が消えるのか――問題はその一点のみだ。




