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第五〇話 遭難


「いやぁ〜、ヤクト殿! 先ほどは助かりました!」


 死にそうだった衛兵が笑顔で礼を言ってくる。


「ヤクト君! 今日はラッキーだったよ! ほら見て、金鉱石が2つも!」


 未だに身体強化のできない女が自慢してくる。


「ヤクト兄ちゃん! 蒸かしたてだぜ! まずは兄ちゃんに食って欲しくてさ!」


 男のガキンチョが湯気の立つ芋を差し出す。


「あの……ヤクトさんっ! 好きです!」


 女のガキンチョが好きと叫び、アイゼが不機嫌になる。


 どの人間も僕とは違う。


 何故笑って生きていられるのか、心の底からわからなかった。そんなに弱くて怖くないのだろうか。


(鈍いとか……そういうことじゃない……)


 僕の方が間違っているのかと思えて、慌ててバカな思考を中断した。


 そんな無駄なことを考えていたら一瞬の後に死ぬ。


 全はそれほど優しくはないと知っている。


 そして、やはり僕は正しかった。



**********



「鑑定の儀まで時が無いというのに……」

「これって……やっぱりそうなのか?」


 拠点に集まり騒つく人間たちの顔色が冴えない。


 鉱山へ入って9日が経ち、順調に進んでいた採掘作業に暗雲が立ち込めていた。

 

「アユー。どうであった?」

「やはり何処にも居りませんでした。鉱石も戦闘の跡も見つからず……」

 

 深部で採掘していた衛兵の1人が消えた。


 共に鉱山洞を進んでいた者たちは壁際へ寄り集まり、頭を抱えてガタガタ震えている。


「本当に突然消えたのであるな?」

「は、はい……。隊長は……角を曲がった直後に……」


 部隊を率いて先頭を進んでいた男が脇道に逸れて、数秒間だけ皆の視界から外れた。その直後に居なくなったのだと言う。


 消えた瞬間を見た者はいなかったが、脇道の先は一本道が続くのみ。5分ほど歩いて行き止まりに突き当たり、他に分岐は無かった。


「領主様……こりゃ遭難でねぇですか?」

「そうだ……! 遭難以外に考えられねぇ!」

 

 部隊が丸ごと消えていたならわかりやすい。


 道に迷って戻れなくなったか、岩男に負けて全滅したか。何らかの合理的な説明は付けられる。

 

(遭難か……怖いな)


 理解できないものは恐ろしい。看破に費やす時間があるならいいが、その瞬間に消えてしまうなら僕にも対処は不可能だ。


「うっしゃ! 行くか!」


 1人が膝を叩いて立ち上がると、鉱夫を中心に初日の熱気が戻ってきた。


「今までに無い稼ぎになるしな! やるっきゃねぇだろ!」

「遭難が怖くて鉱夫が務まるかよ。びびってんじゃねぇぞ」

「抜かせ。女房の方が怖いに決まってんだろ」

「ギャハハハ! おめぇのトコは違いねぇや!」

 

 深部の稼ぎがどうの、身重の嫁がどうのと騒がしい男たちはいつも通りに採掘へ向かい――、


「これが……遭難? あり得ねぇ」


 同じように1人が遭難し、戻らなかった。

 

「アイツ、女房はどうすんだ……! 春にはガキも産まれんだろうが……!」

「ちっ! 下手な道草しやがって!」


 最初の男と同じように脇道へ入り、後を追った仲間が声を掛けた時には消えていたらしい。


(自分から脇道に? 餌付きの罠か?)


 いずれにしても、もう少し観察を続ける必要がある。


 わからない現象に無策で挑むことほどバカな行いも無いが、何事も理解を深めるためには試行錯誤が必要だ。


(なるほど……自分で試さなくていいのか)


 楽を覚えてしまったようで癪だが、採掘に前のめりになっている人間は他にも大勢いる。コイツらを利用しない手は無いだろう。


 余程のことが無い限りは、一挙に潰えることは無い。


(そういえば……ほとんどの獣も群れてたな)


 人間だけが特別なわけではないのかもしれない。


 どの種類も全滅することはなかったから、僕も気兼ねなく狩ることができたのだ。


 他人がいることの利点を見つけて、人間が群れる理由にも納得できた。


(……ちっ)


 胸の奥に理解できないモヤモヤが拡がってゆく。

 


**********



 大多数の人間たちの目的は薪代を確保することだったが、子供の鑑定料を稼ぐことを目指す者も一定数いた。


 10日後に迫る『鑑定の儀』だが、その期限が近づくに連れて遭難者は加速度的に増えている。


(かなりわかってきた……やっぱり魔法だ)


 状況から判断して、これは理に適った現象ではない。


 幾人もの消失を通じて謎の魔法『遭難』の特徴が見えてきた。


 採掘に慣れた者ほど遭難する。


 単独でも複数でも無関係に遭難する。


 遭難地点は深部でも深い場所で、地形自体に急激な変化は無い。


 そして、遭難者の捜索に出た人間は遭難しない。


 ハリッシュはアユーを心配していたが、目的が何かの捜索あるいは回収である限り、おそらく問題は無い。


(人間の認識に作用する魔法か? 居るはずの人間が見えなくなる……とか?)


 魔女の概念魔法は何でもできたという話なので、何が起きてもおかしくはない。


 ならば考えるべきは()()()()()()()()ではなく、()()()()()()()()()()だ。


 僕は深部のある地点から先には進めないが、他の人間もそうだとは言い切れない。


 強い弱いの問題ではなく、個人の意識の隔たりが潜れる深さにも関係すると仮定すれば、謎の魔法『遭難』は『鉱山』の副作用とも考えられるのではないか。


「おい。僕も連れてけ」

「おっ! 坊主も来てくれんのか?」

「こりゃありがてぇ!」

「ヤクト殿。ご協力に感謝します」


 条件に当てはまる人間の近くで観察しておきたい。


 僕が考えている通りだとすれば、コイツらの気持ちとやらにも注意を払わなければならないだろう。


「ヤ、ヤクト!」

「なんだアイゼ?」

「その……私も一緒に……」

「ダメだ」


 何が認識の隔たりを生むのかわからない。


 アイゼとの間にそれが無いとも言い切れないのだから、遭難からアイゼを守る方法が見つかるまでは連れて行けない。


「――絶対に来るな」

「あ……」


 少し脅すぐらいでちょうどいい。


 今のところアイゼはビビッとくる可能性がある唯一の女だ。


 失うわけにはいかないし、アイゼに優しくするためなら他を優先する必要は無い。


 無闇に殺すことはないが、優しくするのも()()()()()でいい。


「ヤクト殿……もう少し殿下に優しくされてはどうです?」

「優しくしてるだろ」

「衛兵さんはわかってねぇな。あれが坊主の優しさなんだ。おれは気に入ったぜ」

「早いとこ進みやしょう。ヤクトさんがいりゃあ四つ腕も楽勝でさぁ」


 言うまでもなく、岩男なんかどうでもいい。


 採掘の果てにどうして人が消えるのか――問題はその一点のみだ。



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