第四〇話 大使館
御者に案内させてやってきたニホン国大使館は変な建物だった。白いのは例の新素材を使っているからだろうが全体的に四角くて縦に長い。王都の外壁より背の高い建物だ。
「で、殿下! ファンタスマゴリアの素を退けてください!」
「出してくれ! ヤクト殿!」
大使館の敷地内に入ったところで男爵に呼ばれ、馬車の扉を開けたら鉄が溢れ出した。アイゼから切り離されたファンタスマゴリアは粒の細かな砂鉄に戻り、車内の中程までみっちりと詰まっている。
「馬車を壊していいか?」
「それはならん!」
「なら無理だ。ちょっとずつ掻き出すしかない」
アイゼは馬の背中で寝そべり、ダラリと四肢を垂らして動かない。乳は垂れずに天を突いているので良しとすべきか。
そこそこ広い車内で砂鉄の山に腹まで埋まった男爵は背嚢を掲げてエン硬貨を死守したようだ。前部座席に座っていた衛兵が咄嗟に強化しようとしたが、手が届かなかったらしい。
「どうされましたか?」
玄関先にある小振りな建物から出てきた男が馬車を覗き込み、男爵から事情を聞くと手伝いを申し出た。
男から白いスコップを借り、左右に分かれて掻き出そうとしたのだが――、
「おい。このスコップ割れたぞ。薄っぺら過ぎる」
「え? あっ……すまない。ドラントには強化魔法使いが多いからつい。君は錬成魔法使いだったか」
僕の白い羽衣を見て得心すると、強化魔法は戦闘特化ではないと言い出した。
「ニホンでは常識だが、どんな脆弱な構造の物にも不壊の性質を与える魔法だ。強度に限界は無い。強化付与した紙は鉄剣でも切れない」
「それホントか? ベルさんはそんなこと言ってなかったぞ?」
「大使閣下のお言葉だ。間違いない。実際ホラ」
男が持つスコップは僕が壊したものと同じだが、仄かな魔法の光を纏っている。それを使い、車内で固まった砂鉄をパイ生地みたいにサクサク掘ってみせた。
「たいしかっかって誰だ?」
「ニイタカ・ホヅミ様のことに決まってるだろ」
「大英雄か?」
「そうさ。閣下はおっしゃった。『戦闘特化なんかじゃない。これは土建魔法だ』と」
極限まで薄く錬成した物体に強化魔法を付与すれば、どんな刀剣も及ばない切れ味を得られるらしい。それはスコップだろうと同じということだ。
「ちょっと待ってろ。普通のスコップを持ってくる」
男爵や衛兵たちも目から鱗の表情で鈍色の砂山に刺さったペラペラのスコップを見ていた。
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先ほどの男は大使館の警備員だった。
入館するには武器を警備員の詰所に預けなければならないそうで、男爵は懐剣を男に渡し、連れてきた衛兵の2人は外で待機することに。
手ぶらで強い場合はどうすればいいのか。
そう聞いたら笑われた。
敷地内で暴れたらニホンの法で裁かれるから大丈夫とか、よくわからないことを言っている。
「ファンタスマゴリアは良いのだったな?」
「はい。女性の纏うファンタスマゴリアは帽子や手袋と同じ扱いですが、エレベーターにお乗りの際はご遠慮ください」
スッキリした顔をしているアイゼは何度も来たことがあるらしく、この警備員とも顔見知りのようだ。
「特に王女殿下のは重量制限ブザーが鳴ります」
「わかっている。以前ので懲りたから」
「以前より増えてますから絶対に鳴ります」
「何度も言うな。蒸し返すな。王女に恥を掻かせるな」
「大使閣下はおっしゃいました。『旅の恥は掻き捨て』と」
「こっちは地元だ! 地元の……それも王家の膝元で私はあんな……あぁ……終わった」
「……大丈夫です。敷地内はニホン国ですから。ニホンへようこそ。ただし、館内ではご遠慮ください」
「……本国には言うなよ? というか誰にも言うな」
「警備員の自分に言われても困ります。然るべき窓口にお問合せいただき、書面で非公開情報への登録申請をなさってください」
「それだとガッツリ残るだろうが!」
大使館の敷地はその国の治外法権になる。
簡単に言うと敷地内に入った瞬間にドラント州王国ではなくニホン国になるそうで、これも何の意味があるのかわからない。どっちの法律だろうと僕より強い人間が居ないなら僕には関係ない。
治外法権だから平凡そうなこの男は偉そうなアイゼにもこんな感じなのだろうか。ニホンはドラントとは違う意味で変な国らしい。
「ニホン国大使館へようこそ!」
大きな透明の玄関扉が近づいただけで勝手に開き、中に入ると元気な女が挨拶してきた。
襟と袖口にフリルのあしらわれた白い長袖に白い長ズボンを履いていて、同じような格好をした多くの人間が働いている。
「どうだヤクト! ここがニホン大使館だ!」
「ご用件を承ります」
「どうだスゴいだろ! 地上10階建ての高層ビルディングだぞ!」
「ご用件は何ですか?」
「屋上庭園は圧巻だぞ! 早速見に行くか!」
「展望フロアのご利用ですね。受付でVisitorカードをお買い求めいただきます。15歳未満の方はお1人あたり100エンです」
何故か鼻高々で大使館を自慢するアイゼに対し、丁寧な応対を見せる女が受付へ案内しようとしたところで男爵の待ったが入った。
「違うのである。我らはエン硬貨の両替に参ったのだ」
「そうだろうと思ってました。殿下はいつもこうですから」
男爵は質素な出で立ちだが、立ち振る舞いから家柄がわかると言う。そのような人物が背嚢を大事そうに抱えていれば目的も予測できる。
「スマイルはサービスです。0エンです」
「う、うむ……案内を頼めるだろうか?」
規定の文言でえれべーたーを案内したのは、誰にでも公平に対応するニホンっぽさをニホン贔屓のアイゼのためにサービスしただけらしい。
「高額硬貨でしょうか?」
「うむ……。2億エンをドランに替えてもらえまいか……?」
「それでしたら、2階の応接室にて対応させていただきます。まずは受付でご記帳なさってください」
男爵を先導して受付に向かった女は受付嬢に一行の目的を告げ、引き継ぎを終えると一礼して別の来館者の応対に向かった。
例えば、ブラフマ島の領主館では最初からずっと同じメイドが案内役と給仕係を務めていたが、担当別に務めを仕分けて客側を動かした方が物事は効率良く進むようだ。
「アシッシュ殿。ここに名前を記入するのだ」
「客人の記録を客人につけさせるとは……」
「無礼だと思っていては何もわからないぞ。ブラフマ島もニホンに習った方がいい」
「……土建魔法はすぐにでも取り入れまする」
男爵が一通りの事務手続きを終えると、受付嬢から案内を引き継いだ女性職員が2階へ先導する。吹抜けの中をカクカク連なる階段だ。
「エレベーターじゃないのか?」
「2階ですからね。エレベーターファンも増えて混んでますし……で? この子が例の?」
「……例のって?」
ニヤニヤ笑う職員は勝手知ったるようにアイゼをからかい始めた。
「とぼけたって無駄よ。すっごいイケメンだもの。殿下って面食いだったのね」
「ヤクトは顔だけじゃない」
「わかってますって。それにしても……ちょっと見ない間にお育ちあそばされまして?」
「……わかるか?」
「なんか綺麗になってるし、お肌も妙にツヤツヤしてるし。もしかして…………ヤっちゃった?」
「…………まだ」
アイゼと職員の雑談は階段を登りながら続けられ、応接室に着いてもなかなか終わらなかった。




