第三八話 継がせるべき価値
三胴揚陸艦『カリハリアス』艦内――ヘルメスは大きく溜め息を吐いた。
「お前たち。もういいよ」
ヘルメスの言葉を受けて半魔奴隷たちは首の隷属魔堰を自ら外して、腰の安全ベルトに引っ掛けると各々にふぅと息を吐く。
「ヘルメス様。やはり本艦で上陸するのは無理があったのでは?」
「いくら白ペン塗ったからって、これで商船だって言われても……なぁ?」
「全然、真水だけじゃないっすよ。穀物もそうだし、鉱石だって」
半魔たちはウンウンと頷き合っている。
海上輸送の最大の長所は一挙に大量に運べることであると、口々に己れの見解を述べる彼らの態度はどこか素朴で親しげだ。
首の隷属魔堰が見せかけのブラフだった事を差し引いても、主人と奴隷の関係とは思えない。
「んなこたぁわかってんだよ。技術部の連中がやり過ぎたんだから仕方ないじゃないか」
「我々も造ってる最中は想像できませんでしたけどね。技術部長の頭の中は」
「あんなモンができるなんて誰が思う? しっかり強度計算して、青図もちゃんと引いて欲しい。とりあえず造り始めて完成間近でボツって何だよ……」
「……予算も無しだからねぇ。まったくあの子は」
「建造中のアレよりはマシでしょう? おれたちゃ何をやらされるんです?」
「それこそ姫よりマシだろ。帝国の奴ら……変なことしやがったらぶっ殺してやる」
「あの姫さんの何を心配してんだい?」
自由な半魔たちの表情は普通に明るい。
人類の天敵である魔人の因子を受け継いだ不幸な生まれを苦もなく退け、ヘルメスと対等に話をしている。
「艦長。さっさとケートスを呼び出しとくれ。近くにいるはずだろ」
「アイ・マム」
獅子面の半魔が通信魔堰を操作して暫し、いくつか口頭でやり取りすると操舵士に針路を告げて、ヘルメスに向き直った。
「ランデブーは5日後の深夜となります」
「は? どういうことだい?」
「例の魔堰の行方がわかったそうで。その島にセカンド様が向かわれました」
「……なるほどねぇ」
謎の多い光景と会話だが、僕がこれを見ているということは――、
「また1つ、島が消えるかい」
これもヤクトの物語なのだろう。
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「はぁ〜! 終わった〜!」
今年の冬を乗り切るための木材、落盤の処理に尽力した領民への報奨、死亡した者の家族へ充てる見舞金、衛兵隊の損耗補填、ハリッシュとアユーの鑑定料、王家への納税――などなど。
諸々の諸経費も含めて予算を弾き出し、来年度の領地整備費も込みで2億エンを両替することになった。
「腰の痛みを心地良く感じる日が来るとは!」
「領主様、役人のボーナスも計上しましたけど良いですよね?」
文官たちは凡ゆる勘定科目を洗い直し、今までは諦めていた出資項目を予算化した。
「ご指示通り、ヤクト殿の鑑定料も入れました」
3日間も完徹した後の明け方とは思えないほどテンションが高く、表情は晴れやかだ。
「皆、良くやってくれた。今日は休んでくれ」
「「「今日はですか」」」
「当然である。明日からは忙しくなるのでな」
彼らを労い帰宅させると、男爵は金庫から1億エン玉の入った箱を2つ取り出し、過剰なまでモコモコに梱包して背嚢へ入れた。
「ふぅ……よしっ」
各国の大使館はドラント本島にある。移動の手配は済ませてある。あとは無事にニホン国大使館へたどり着くだけだ。
「……ここは万全を期すべきか」
玄関へ向かう足を止めて方向転換し、背嚢を背負った男爵は食堂へ。
ダイニングテーブルには寸胴鍋と山盛りのナンが置かれ、相変わらず気持ちのいい食べっぷりを見せるヤクトの姿があった。
「おはようございます」
隣には時々ナンを摘みながらカレーと水を絶妙なタイミングで補充するアイゼも居る。
「アシッシュ殿。お早いな」
「殿下もお早いお目覚めで」
2人はいつも一緒に居て、すぐに社会の枠組みからはみ出しそうになるヤクトの手をアイゼが引いてくれている印象だ。
彼女の存在が無ければ、ヤクトは適当に食べ物を奪いながら、手当たり次第に股間を弄る謎の山賊に成り果てていたかもしれない。
「本島に行かれるのか?」
「はい。少しばかり両替して参ります。そこで1つお願いがありまして」
男爵はアイゼに大使館への同行を願い出た。
ブラフマ島領主である自分が多勢を引き連れて本島に渡るわけにはいかない。
無用な誤解を生まないためにも単身で行くつもりだったが、そうすると今度は海賊の被害に遭うかもしれない。
「精鋭を連れて行ったとしても、殿下が居られるなら問題にはなりますまい?」
「うん、そうだな。ゴーラガートの兵に道中の護衛も頼めるだろう」
「それは有難い。山賊も怖いですからな」
「私に任せておけ。おかしな事を企む王族がいないとも限らないからな」
朝食を終えて港へ向かう男爵とアイゼには護衛として2人の衛兵、そしてヤクトも同行していた。
先頭を歩く男爵はニヤリほくそ笑んでいる。アイゼが来るならヤクトも付いてくることがわかっていたのだろう。
でなければ護衛部隊がたった2人のはずがない。
「海賊ってどんなだ?」
「残念ながら何処の島にもいるのが海賊だ。漁師と兼業しているような連中もいるから取り締まりが難しくて」
「危険な連中である。まっこと危険な連中である」
「そうなのか」
「いや……そんな大したことは……」
僕が現役だった頃は海賊や闇組織を支援して見返りを得る貴族や、鑑定料を着服して代わりに子供を消す悪徳司祭なんかも居たのだ。
大陸最大の闇組織の掃除を1人でこなした時は大変だった。アジトの所在がわかってしまったので仕方なかったのだが、冷静になって考えれば僕じゃなくて憲兵の仕事だろう。
人との会話で壮絶なストレスを受ける僕の精神疾患は、他人にモノを頼めないYESマンを生んだ。僕の半生、道理で忙しかったわけだ。
「ティターン殿下はいらっしゃいませんでしたな」
「あいつは弓の稽古で忙しい。徐々に射程を伸ばすのだと言っていた」
「銃魔堰の方がよろしいのでは?」
「運動魔法適性を得たならばそれも良いだろう。貴公こそ、ハリッシュ殿を連れて来なくてよかったのか?」
今年は島の将来を左右する転換点になると、次期領主として可能な限り関わらせるべきではないかとアイゼは問うたが、男爵は小さく首を振って衛兵たちに聞こえない程度の呟きで返した。
「貴族は家長が子女の先を決めるもの。それはおそらく正しい……引き継がせるに値するものがあるのなら」
「……領主とは思えぬ発言だな? 今ならあるのではないか?」
「いいえ、まだ何も。これからそれを築いてゆく所存です」
男爵はブラフマ島の敗戦から暫く後に産まれた世代だ。
当時はブラフマの家を存続させるだけで精一杯な状況にあり、男爵家として臣従を許されたのも、自分が家督を継ぐ事を認められたのも王家に相応の見返りがあったからだと言う。
「精強な兵らは鉱山に籠り、ひたすら採掘に明け暮れたそうです。私が成人を迎える頃には1人も残りませんでした」
彼らの犠牲は重くブラフマ男爵家にのし掛かっている。
この島はもはや60年前のような戦には耐えられず、島民の魔力容量は一般的な平民より少し大きい程度で、強化魔法適性者ばかり。
思考形態も固くて柔軟さに欠けるとボヤく男爵は自虐的な苦笑いを浮かべ、ニホンのような革新の芽は無いと肩を落とした。
「1人も? 精強であったなら何故……」
「もちろん戦死もあったそうですが、最も多かった死因は遭難です」
鉱山での遭難――、アイゼもたびたび耳にするらしい遭難事故は魔力容量や練度でどうにかなるものではないのだと言う。
「食い物が無くなれば死ぬからな」
「無論その通りだが……ヤクト殿。そうではないのだ」
遭難して戻らなかった人間はどれだけ探しても見つからない。遭難の現場に居合わせても見つからないのだ。
「遭難に居合わせるってなんだ? ソイツも遭難してるじゃないか」
「そう問われると答えに窮するが……」
採掘を終えた部隊が深部から戻る際、欠員が出る時がある。隊列を組んで共に分岐路を進んだはずで、さして距離を開けていたわけでもない。
「それでも死体どころか、装備品も戦闘の痕跡も見つからないのである」
「ブラフマ島の鉱山洞は他島と比べても複雑だ。迷うこともあると思うが……さぞかし無念だったろうな」
一行は中型の高速艇に乗り込み本島を目指して海に出た。艫側で甲高い唸りを上げる小型の推進魔堰が艇を推し進め、飛沫を上げて波濤を越えてゆく。
銅鉱石の売却益はブラフマ島の推進力となるだろうが、問題はどの方角へ舵を切るかだ。
守るべき領民を乗せて海図の無い海で舵取りを行い、島を沈めないことの難しさを痛いほど知る男爵は、少しでも無駄な重荷を減らしてから息子に引き継ぎたいのだと、胸元に抱える背嚢を撫でた。




