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第八〇話 ズキュ――ンッ!



 わかっていたことだったが、点火直後に縮地並みの重圧が全身を襲った。


 下手に硬直すると血が脚に持っていかれる。頭に昇ってもダメだ。すべての筋肉を適度に動かして血流を整えつつ、勁を介して足裏で加速のGを受け止める。


 翼角レバーを微調整して激震する機体を制動し、墜落だけはしないように無理やり水平飛行を維持。


 呼吸と音声入力の邪魔になるためバイザーはヘルメットに格納している。


「燃料タンク! 2番に切り替え! 1番パージ!」


 無言の思兼が命令に即応。スラスターの間欠噴射で姿勢を維持――錐揉みした。


 上下左右もわからない重力の嵐の中、ジャイロの倒立角だけを頼りに下を確認してレバーを操作。


 この計器まで超軽素材の影響を受けていたらどうにもならないが、今はクリスティナを信じて飛ぶしかない。


 バウワウの証言によれば、超軽素材は超大国で産出する地下資源。その正体は魔人の化石だ。


『負の質量を持つ元素を含んでいると仮定した。魔力に依存しない物理的な特異点は1つ以上のエネルギー条件を破り得る』


 半魔の体重が異常に軽い理由。身長1万メートルの大魔人が自重で潰れなかった理由。


 超軽素材はただ軽いだけの材料ではない。超軽素材と分子レベルで結合させた鉄インゴットは双方の質量の和よりも軽くなった。


 この不可解な実験結果から導き出された仮説を基に、クリスティナは超軽素材の分子構造の中に散見される不明な元素に着目し、それを『異種元素』と名付けた。


 そして、一定の条件下で『異種元素』を多く含む物体ほど全体の質量がゼロに近づくという特性を見出したのだ。


『通常の元素原子と結合しづらいから結晶格子のパターンには制限がある。材料研究からやり直さないといけない。閾値を超過したら質量マイナスで空に落っこちる……かも。ぐへへへ……』


 その前提に立って設計された飛翔体の制御系と計器系は『異種元素』から切り離されている。クリスティナにも予想外の原理が働かない限りは大丈夫なはずだ。


「思兼! 3番4番タンクを並列で繋げ! 2番はパージ!」


 どうやら『異種元素制御棒』は機能していない。


 現時点で錬成可能な最も軽い超軽素材の棒だが、これには距離に応じて隣接する超軽素材の質量を変化させる性質があった。この性質を応用して疑似的に機体の重量バランスを保つ機構が組み込まれたのだが、やはりぶっつけ本番で試すべきではなかったらしい。


 空になった1番燃料タンクをパージした途端に姿勢が崩れた。機体形状の変化による空力特性の急変も一因だろうか。


 まだ燃料を残した2番タンクはもったいなかったが、姿勢を崩したまま飛び続ける方がロスは大きいと判断した。


「――」


 何とか機体の平衡を取り戻したところで『消える領域』に侵入した。


 邪魔な温かさを無視して静謐な気配に意識を広げ、凪渡る海のような空間を泳ぐように飛翔すると、機体の震動が穏やかになった。


(大勢の人間が屯して……これはサハブか)


 翼角を調整して進路を定めつつ、大貯水池周辺地域の気配を探る。


 まず気になったのは東サハブのホテル街にある2コ持ちの気配。独特の気配はやはりわかりやすい。


 カルぺじゃないが知っている。たぶんシオンだ。今コイツはどうでもいい。


(イハブは……ちっ。2コ持ちが多いな)


 2コ持ちの気配が全部で5つもある。


 最も大きいのがヌシだろう。先ほどと状況が変わっていなければ、そこが主戦場。南イハブの河川敷のはずだ。


 そのすぐ近くにカルぺ。性懲りもなく生中継に熱中しているのか、いつも通りの喧しい丹田だ。


(これって……なんでアイツらが?)


 対岸の北イハブの一画に2人の2コ持ちがいた。1人はフィフス、もう1人はイーナンだ。


 魔堰怪盗団バグ・イアの構成員と悪徳廃品回収業者の元締めが同じ場所に揃っている。如何にも怪しいが、今はアイツらもどうでもいい。


(もう1人は……――学園長!?)


 いや違う。学園長は2コ持ちじゃない。


 しかし、学園長にそっくりの落ち着き払った丹田の持ち主が1人、崩壊した大水門の南端で佇んでいる。


(…………なんだコイツ)


 今までの誰とも違う。2つの丹田は完璧な調和の下に膨大な気を吐き出し、おそらく学園長よりさらに一段上の強者だ。


(新手の異端審問官? それとも教皇?)


 その気になればこの騒ぎを一息に収められるほどの実力を持ちながら、何の行動も起こさずにただ見守っているような印象を受けた。


 あんなヤツに見られながらヌシとやり合わなければならないとは、トティアスは広過ぎて、本当にウンザリする。



**********



 目前に迫ったヌシはピタッと止まり、身体をくねられてズズイと遠ざかった。

 

「今のうちだ。丹田を回せ」

「ぜひゅ! わからん! ぜひゅ! 何を! ぜひゅ! どうすればいい!?」

「呼吸法が疎かだ。腹に呼気を落とす感じで」


 もはや気合いだけで立ち続けるモーガンは青白い顔に脂汗を浮かべ、明らかに魔力欠乏の症状が出始めている。


 魔力とは、ヤクトの言うところの気なのではないか。


 これまでの成果と所感から私はそう定義しているので、どのような力であれ他から授かるのではなく自ら捻り出すものだと、そのようにこの脳筋を焚き付けることにした。


「要するに気合いだ。鑑定魔堰に頼らず自ら魔力を捻り出し、魔法まで行使した貴殿に為せぬはずがない」

「そうか! そうかぁ気合いか! ぜぴゅ〜!」

「だが、息も吸えずにウォークライは不可能だ。それじゃあ気合いも出せないだろう? だから呼吸法は基礎中の基礎だ」


 本当なら歩法も教えて上手い位置取りに移動したいところだが、この足場では大して役に立たない。ヌシがモーガンを狙っているとも限らないので、下手に動くと不利に働く可能性もある。


『フレー! フレー! モォ〜ォ〜ガン! 大陸全土のキャワい子ちゃんから多数のファンレターが寄せられておりますモーガン・ノーマン君ですが、その隣で腕組みしながら何もせず、偉そうにウンチクを垂れている命知らずをご紹介しましょう! この度、世紀の実況生中継のプロデューサーに抜擢された新進気鋭のドラント人留学生! ティターン・ドラント王子殿下です! 殿下! 映りたいなら派手な魔法でも撃ってくれないと絵になりません!』


 別に私を中継しなくてよろしい。


 第四師団の現着まであと10分程度。それまでモーガンに踏ん張ってもらうために仕方なく動いただけで、それ以上の意図は無い。


(……メメントも見てるかもな)


 私はヌシに向けて弓を構え、鏃へ『火弾』を顕現させて魔力を込めた。呼吸法の見本はあった方がいいだろうと、それ以上の意図は無い。


 緩やかな呼吸を維持しながら丹田を回し、捻り出した魔力を引き絞った矢に注ぎ込んで溜めていく。


 的は大きい。まだ距離もある。限界まで溜めてみよう。


『今時、弓矢ですか? 何と申しましょうか……さすがはドラント王族と言ったところでしょう。古風です』


 見栄えがしなくて悪かったな。古風の一言で片付けやがった。


『キャワい子ちゃんからのファンレターは1通も届いておりません』


 余計なお世話だ。あえて視聴者へ報告する必要は無いだろ。

 

『火弾』は既に『蒼火弾』まで昇華されているが、ムカつくのでガンガン魔力を注ぎ込む。


 蒼い焔は白光へ代わり、溶けた鏃の鉄が火花となって空気中でバチバチ弾け始めた。


『殿下? まだ溜めます? 小粒なのにまだ引っ張ります? わかってるとは思いますけど生中継なんで、よろしくお願いします』


 わからいでか。こちとらプロデューサーだぞ。


 いや違う、一応王族だぞ。勢いでも始めちゃった以上は結果を求められてしまうのだ。


『王太子に内定して将来を嘱望されている王子殿下が何故わざわざ危ない橋を渡るのか? 皆様、気になりませんか? お答えしましょう、そのふしだらな胸の内。私の聡明さを添えて』


 おい、止めろ。何を言うつもりだ。


『我らが魔法学園新聞部はとっても腹黒な編集長に率いられております。この度の試視聴会にも裏から深ぁく関与しておりまして、一国の王子をまるで小間使いのようにプロデューサーに仕立て上げたのも彼女の手腕です。はて? いくら悪知恵の冴え渡るド悪女とは言え、平民の一学徒風情に(かしこ)くも王子殿下が従っているのは何故なのでしょう?』


 メメントに対する悪感情がてんこ盛りのコメントで視聴者を煽るカルぺの鬱憤は理解できなくもないが、私を出しに使うのは迷惑だからやめろ。

 

『ご覧ください、迸るあの光を。バチバチ火花が散ってますけど……ただの火弾ですよね? 古風な弓射姿勢もちょっと派手になって参りました。ああやって格好つけたい少年の雄姿を見れば一目瞭然です。皆様、もうお気付きの事でしょうが、学園へ留学して来られた王子殿下は平民の女学生に恋しちゃったのです』

 

 不特定多数の視聴者へ向けて何て馬鹿なゴシップネタをぶっ込むのか。


『ですが……残念ながら田舎の王子様の女性を見る目は腐ってました。なんとお相手の少女は殿下の純な恋心を利用して逆調教を施し、下僕扱いされて悦ぶ変態に変えてしまったのです』


 これをドラント本国でやったら確実に無礼打ち、難癖を付けられて合法的に処刑される。少なくともドラントの在帝国大使館には確実に目を付けられた。


『魔女の如きそのアバズレこそ! 我らが新聞部の編集長メメント・モリ! 天才的な頭脳と手練手管で王子殿下を魅了し悩殺した天性の性悪です! 当の殿下はその事実に気付きもせず! 毒女にカッコイイところを見せようと頑張っている! なんて憐れ!』


 そんな事ずっと前から気付いている。


 メメントはまともじゃないし頭がおかしい。普通の婦女子ならドキドキハラハラ心配するであろうこの状況を見て、一体どういう感想を得ているのか。


 罵倒されそうな気もするが、だからこそ私はこうしているのだ。


『お~っと、ここでようやく視聴者から殿下宛のお便り。ペンネーム『シュレーゼンプルート』さん。『おいティタン。ヤクトが誰にビビッときたか教えろ』――は? うつけ姫を名乗るこの視聴者は何を言っているのでしょうか?』


 この状況を見て、まず考えることがソレか。


 呆れを通り越して哀しくなる。私はどうしてあの義姉を敬愛していたのだろう。我ながらキモいシスコンは卒業だ。もう本格的に放っておこう。


『ダーリンの想い人のことをおっしゃっているのであれば、何を隠そうこの私です。彼はヤバ気な感じで私に過度の執着心を抱いています。要するに、うつけ姫さまの出る幕はありません。え〜、続きましてのお便り……あっ。ペンネーム『メメント・モリ』さん。来ました黒幕。何らかの首魁です』


 メメントからの便り。

 

 期待感に合わせて膨れ上がった焔は激しく光を放ち、バチバチと迸る雷撃が水面を打ち、隣のモーガンにも降り掛かるが知ったことではない。


 耳を象のように広げて彼女のコメントに意識を集中していると、ヌシが再び突っ込んできた。

 

『退屈です。早く帰ってきてください』


 腹の底から湧き上がる熱を魔力に変えて矢に注ぎ込む。手元で燃え上がる矢は既にカタチを無くしているが関係ない。


 在らん限りの力を込めて、カルぺの好奇心を増長する源の眉間に照準し、撃ち放った。


 バヂィッ! ズキュ――――――――ンッ!


 雷撃を纏った光線は一直線に駆け抜けて、大型海獣の頭を貫き、背中まで貫通してさらに突き進む。


 その熱量魔法は対岸の北イハブ上空に投影された映像を掻き乱してなお止まらず、雲の彼方へと消えた。


「ハァ、ハァ……あっ。ヌシも止まらんな。止めてくれ……モーガン殿」

「と、とと止まれぇえええ――っ! …………――ガクっ」


 勢いに乗り惰性で流れてきたヌシを止めたところで、モーガンの魔力が限界を迎えた。


 この1撃にすべてを込めた私も空っぽだが、呼吸法を駆使してどうにか立ち続ける。大陸全土に無様を晒し、せっかくの大金星に泥をつける愚は犯せない。


『え、えーっと……予想外の結果になってしまってコメントしづらいのですが……ってか殿下スゴくないっすか!? 今の魔法は何!? あっと、視聴者からのお便りです。ペンネーム『ビクトリア号の元乗組員』さん。『モーガン! 貴様の正義! しかと見届けた! 我が息子ながら誇りに思う!』あっ。これメリッサ・ノーマン教官ですね』


 モーガンの漢気に触発された教官は兄の不祥事に付き合うのを辞めるらしい。メメントの抱える懸案も多少は減ることになるから歓迎すべきだ。


 所用でしばらく学園都市を離れるので、あとは好きにしろとのことだが、その息子は魔力欠乏で死に掛けている。さすがはノーマン。豪気なことである。


『あと、殿下にもコメントが……『お見事! それこそは伝説の『ビクトリア砲』なり! 準備中に周囲へプラズマを撒き散らす大変危険で甚だ迷惑な大魔法なので、今後は周りに人が居ないことを確認してから行使するように! 以上!』なるほど。だからこのペンネームですか。的の向こう側に居るかもしれない人のことを無視する辺りがノーマンっぽいですが、どうやら間違いなさそうです。殿下! 御開眼おめでとうございます!』


 彼のビクトリア・アジュメイルがクジラを狩った際に生み出した最強の熱量魔法は有名だが、この10年で本人以外に行使できた者は居ないはず。


 図らずも私は複合魔法『流炎』に比肩する超絶火力を秘めた攻撃魔法の射手となったわけで、大陸全土に知れ渡ってしまった変態王子の醜聞を相殺するには十分な手柄と言えるだろう。そういうことにしておこう。


「…………くそっ」


 残る問題は、脳みそを焼き貫いて斃したはずのヌシが再生し始めていることだ。


 いけない。足が動かない。


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