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第二三話 ブラフマ島民


 ヤクトが男爵へ上申してから2週間後、鉱山の入り口には早朝から多くの人間が集まっていた。


 入り口に居座っていた危険な岩男が討伐されたことを知るや、鉱夫たちはこぞって採掘作業に戻っていた。しかし、比較的浅い場所で発生した落盤のせいで奥へ進めず、収入面で苦しい状況に変わりは無かったのだ。


 アイゼは男爵の依頼を受けて再三に渡り王家へ派兵を嘆願したものの、来年の春までは一個小隊も出せないとの返事が届くばかりだった。


「ヤクト。義姉上をこんなのにした責任は取れよ」

「そうだティタン。もっと言ってやれ」

「知らない。何の話だ?」


 鉄血姫のネームバリューはヤクトの為にゴリ押しした米の融通で使い潰されていた。


 王家ではプラデーシュの町中で起きた珍事と共にアイゼの株が大暴落しているらしい。ドラント王族の内部事情に欠片も興味が無いヤクトにはどうでもいいことだろう。

 

「親父殿は鉱夫組合に協力を依頼したのである。数だけは揃っているが……」

「女性ばかりじゃないか。これがブラフマ島の現状と言うことか」


 15人の衛兵と50人の鉱夫がおり、鉱夫の内の半数以上は女性だった。彼女たちのほとんどは芋栽培だけでは子供を養えない未亡人。


 ブラフマ島の平民は鉱山に潜る旦那の稼ぎで生計を立てている家庭が多く、年々苦しくなる生活に疲弊していたところへ10メートル級の猛威が追い討ちを掛けたのだと言う。


 亡き夫の武器装備(しょうばいどうぐ)を背負って鉱夫の真似事を始めたばかりの鉱婦たちは涙を誘う存在であろうが、ヤクトはまったく気にしない。


「きゃっ!?」

「何この子!?」

「あらあら。オマセさんね」

「このクソガキ! おれの妹に何しやがる!」

「ヤクトぉおおお〜!」


 何人かの胸に手を出し、鉱夫やアイゼに叱られて大人しくなった。ビビッとこなかったのだろう。


「アイゼは来るな。館で待ってろ」

「そんなわけにいくものか。鉄血姫の名が廃る」

「もう落ち目だと言ってたぞ。ティタンが」

「ティ〜タ〜ン……」

「義姉上! それは誤解……言葉のあやというものです!」

「正しい理解だって言いたいのか!? この愚弟め!」


 喧しい王族2人に呆れた視線を送りつつ、歩法訓練を通じてティタンとの交友を深めていたハリッシュの険しさは多少緩いものになっていた。


「……それこそ言葉のあやである」

「ハリッシュ様。そろそろ号令をお願いします」

「……うむ」


 傍らに控えていたアユーの冷静な薦めに従い、ハリッシュは少し高い岩棚に登った。

 

「皆の者! よくぞ馳せ参じてくれた!」

 

 若い頃に手を痛めて大槌を握れない男爵に代わり、息子のハリッシュが領主の名代として全員の前に立った。平素の寡黙さは鳴りを潜め、朗々とした声を張り(げき)を飛ばす姿には力強さと貴族特有のカリスマが備わっている。


「此度の採掘は熾烈なものとなろう! 未だ日が浅く、不安を抱える者も多くいるだろう!」


 僕には島外へ出るお役目が下されることもあったが、最近の平民は昔と比べてやけに元気な印象を受けた。


 風の噂で聞いたところによると、平民が寄ってたかって領主を打倒してしまう革命が各地で起こっているらしい。そんな言葉は聞いたことも無かったので大いに驚いた。


「ここで立ち止まる者もいるかもしれない。この場に参じた。それだけでもブラフマの威を示すには十分だ」

 

 大抵の革命は困窮に喘ぐ貧しい島で起こるものらしいが、一時的に貴族の支配から脱却しても最終的に状況が好転した例はほとんど無いと言う。島外から横槍が無くとも数年で勝手に自滅する。


 万年に渡り支配されることに甘んじてきた平民階級の中で、為政者の素養を持つ者は稀有な存在だと言う。


「だが! あえて言おう!」


 人を率いる力は貴族に万日の長があるということだろうが、どれほど辛く貧しくとも大人しかった平民がどうして突然暴れるようになったのか、僕には不思議でならない。

 

「奮起せよ! 落盤を収めぬことには冬を越せない! 多くの幼な子が凍え死ぬことになる!」

 

 ハリッシュを見ていればよくわかる。貴族と平民の垣根が低いドラントにおいてもそれは同じだった。


「震える子らに焚き火の熱を! 焚べるは己れの魂を! 燃えよブラフマ!」


 衛兵や鉱夫は言うに及ばず、不安そうに瞳を泳がせていた女たちまで一心にハリッシュを見つめて武者震いしている。


「岩男の額に槌をくれてやれ!」


 高々と掲げられたハリッシュの大槌を朝日が照らし、重々しく鈍い光を放った。

 

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!」」」」」


 暗い雰囲気を消し飛ばす大音声が響き、闘志を燃やす男女が鉱山洞へ入っていく。もちろんハリッシュが先陣を切り、周りを固めるようにアユーと衛兵たちが続いた。


 残されたのはその光景を黙って見物していた3人の余所者。


「さすがはブラフマの民だ。ハリッシュ殿も見事な檄だった」

「王家のブラフマアレルギーもわかる気がします。あんなのと戦争していたとは……」

「ヤバい。大物が取られる」


 それぞれの感想が出たところで動き出した。


 ブラフマ島民から少し遅れた3人が鉱山洞を進んでいくと、道中に2メートル級の岩男が複数放置されて蹲っている。可能な限り戦闘を避けて奥へ突き進んでいるらしい。


「アイゼ遅い」

「――ふあっ!? もう……っ! 担ぐんじゃなくて他にも抱きようがあるだろ!」

「急ぐぞ」

「こら待て! 待ってくれ! 待って! うおおおおお~!」

 

 邪魔な岩男を避けながら風のように駆け抜けるヤクトに置き去りにされ、身の危険を感じたティタンは必死にその後を追った。



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