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第十二話 岩男


 日がとっぷりと暮れた頃、ヤクトは鉱山の入り口にたどり着いた。


 入り口の両脇には篝火が焚かれ、2人の衛兵が見張りに立っている。


「――ん?」


 ふわりと吹き抜けた風が篝火を揺らした。


「なぁ、今なんか感じなかったか?」

「風が吹いたな。鉱山が息継ぎしたんじゃねぇか?」

「やめろ……マジで。今そういう冗談は」

「……そうだな」


 一体何人の衛兵と鉱夫が死んだことか。


 岩男が鉱山から出てくることはないとはいえ、このままでは島が干上がってしまう。


 ドラント本島の南に位置するブラフマ島は西南五島の中でも特に寒い海域にある。


 土地は岩場ばかりで僅かな痩せた土壌からは芋しか採れず、冬場は薪用の木材を輸入しなければならないほど樹木が少ない。


「今年の冬はキツそうだ」

「ああ……そうだな」


 領主のブラフマ男爵が無理をして懸賞金を懸けた理由は、それっぽっちの金では冬を越せないからだった。


 王家にも報告はされていたが、本島からの救援は望み薄だ。


 北のゴア、西のオデッサ、東のハリヤーナ。


 他の三島の領主貴族家は伯爵位以上であるのに、ブラフマ家だけは最下位の男爵。


 ドラント王家は未だに60年前の戦乱を引きずっているようだ。もはや当時を知る者など生きていないだろうに、凝り固まったブラフマ嫌いは覆らない。


「おれたちも……ドラントなんだがな」

「お上の考えることはわからん。悩むだけ無駄だ」


 金を稼ぎ、薪を買えなければ、大勢が凍え死ぬことになるだろう。



**********



 天井や壁が薄らと光る鉱山洞を進んでいくと、大きく開けた場所に出た。


 ヤクトはソレを見つけてピタリと止まる。


(あれが岩男か……なんだアレ?)


 岩に囲まれた広場の真ん中にこんもりとした塊が鎮座していた。周囲の岩の色味と比べて、その塊は黒っぽく浮いて見える。


(…………音が無い)


 寝いていようと息を止めていようと、生き物は常に数多の音を発している。


 ヤクトの戦闘は対象を正しく捉えるところから始まるが、音の無い相手を捉え切れていなかった。


(師匠と似てる……でも違う)


 ヤクトが師匠と呼ぶあの男には音があるらしい。


 ただし、その音がまったく揺らがない。動いているのに揺らがないんだとヤクトは尊敬の眼差しを向けていたが、僕にはよくわからなかった。


(……ひと当てしてみるか)


 ヤクトは無鉄砲ではない。完全に我流ではあるが、彼なりの戦術を持って戦いに臨んでいる。


 足元に転がっていた石を拾うとノーモーションで黒い塊に投げつけ、すぐに気配を消した。


 とんでもない速さで飛んでいった石が黒い岩に当たって弾け――岩男が動き出す。


『グゥオオオオオオオオオオオオ――ッ!』


 立ち上がった岩男は異様に太い両腕を掲げて()()()


(はぁ? 音が無いのになんで吠える?)


 身動きするたびに重々しい音を発しているが、ヤクトは小首を傾げるばかりだ。たしかに音は聞こえているのだが。


(……音じゃない。なんだコレ?)

 

 岩男の身長は10メートル近くあるだろうか。大きすぎる胸板が目立つゴツゴツした胴体には人間のように四肢が生えており、手足の先に向かうほど太くなっている。手のひらは大人の全身がすっぽり収まるほどに大きい。


 顔に当たる部分は比較的小さく、何故か両眼が光っていた。


(…………魔堰? 動く魔堰か? でも音が無いし……でも音してるし……むぅ)


 通常、魔堰は海底から発掘される古代の遺物。


 魔力をチャージすることで転写魔堰に印字される説明書きどおりの機能を発揮し、現代においても人類社会の根幹を成す重要なものだ。

 

 生き物ではない変な相手に混乱しているようだが、ヤクトは辛抱強く観察を続けた。


『オォオオオオオオオォオオ――ッ!』


 岩男は巨大な両腕を振り回し、シコを踏んで嵐のように暴れている。


 あんな質量の暴力に晒されたら、鎧を着ようと盾を構えようと人間などすぐにミンチだ。


 強化魔法で肉体を強化しなければ一撃で即死だろう。体躯も大きいので、たぶん僕でもかなり手こずる。


 ヤクトは鉱山内部の光る壁を頼りに目を凝らし、小さな頭の額に古代文字を見つけた。


(シ……ン……リ……真理か)


 その文字をじっと見ていたヤクトは、やがて何かに気付いたように目を見開いた。


(――魔法? 魔堰じゃなくて魔法?)


 様々な現象を引き起こす魔法も魔力の産物だと言われているが、聖痕を持つ人間にしか扱えない。


 ヤクトの観察眼は魔法の不自然な部分を看破する。


 それによって魔法を行使する者の先の先を制し、顕現する前に魔法をキャンセルするのだ。


 おそらく世界中で誰も知らない能力。僕も最初にやられた時は度肝を抜かれた。


(岩男は魔法。誰の魔法かわからないけど……岩を人型に固めて動かす魔法。音の無い音は……たぶんそういう魔法だから……――なら!)


 ヤクトは気配を消したまま駆け出し、岩男に向かって突貫していく。勝ち筋を見つけたのか。


 謎の魔法『岩男』はアイゼの『鉄風刃』とは根本的に違うということだろう。


 彼女は新複合魔法と言っていたが、おそらくアレは運動魔法『風刃』と錬成魔法を複合して放たれている。


 熱量・運動・強化・生体・錬成の五大魔法のうち、2種類の魔法を扱える人間――2つの聖痕を併せ持つ二聖だったということだ。


 益々、超優良物件だと断言できる。ヤクトは早く彼女の魅力に気付くべきだろう。


 あの羽衣は錬成魔法で操作する鉄粉の集合体だったようだが、鉄の実体を伴った重さのある『風刃』は脅威だ。


 ヤクトは顕現後の魔法をキャンセルできない。


 運動魔法『風刃』は顕現してしまえばただのカマイタチ。それ自体は自然現象なので、ヤクトの中では普通のことなのだそうだ。


 一方で、岩男は明らかに普通ではない。


「そこっ!」


 巨大な腕を足場に駆け上がったヤクトの飛び蹴りが岩男の額を直撃した。


 古代文字で『シンリ』と描かれた文字列の一部が削られ、『シ・・』となった。


『グォオオオオオオオ……オォオオ……』


 10メートル級の大きな岩男は呆気なく崩れ去り、後にはひと抱えもある石が転がっていた。


「……この石ころが売れるのか?」


 謎の魔法『岩男』から出てきた鉱石は、ただの石らしい。



面白かった、続きが気になるという方は☆評価いただけると大変ありがたく、励みになりますのでよろしくお願いします。


本作は『海の彼方のトティアス ~救助されたら異世界だったので美人船長の船で働くことにしたら、地雷系女子に包囲されてしまった件~』の続編です。


前作が気になる方はコチラからどうぞ→ https://ncode.syosetu.com/n9414gw/

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