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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第十幕:則天去死
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第142話:禁ジ手ヲモ解キ放テ

 どう扱えば。いやさどう接すればいいのか、それはどうにも手探りだ。けど、考えていても仕方がない。

 思うまま、素直に頼むことから始めよう。


「真白露。君は僕の父の霊が使われるのを感じていた筈だよ。この最悪の式師、伽藍堂が術を使うのをね」

「うーん、難しいことは分からないよ。でもね、あのおじいちゃんが僕の気持ちを吸うと痛かったんだ。ここは痛くないから、気持ちがいいんだ」


 彼の泣き声が耳の奥に響く。凍える山の上で一滴ずつ溶け落ちる雪の雫みたいに、ずっと絶えることなく続いただろう悲しみが。


「ごめん、僕も同じことをするかも。無理ならやめてもいい」

「大丈夫。ますたーの気持ちを支えてあげるんでしょう? 出来るよ」


 当たり前だけど、真白露に式術とか霊とかは分からないらしい。でも彼自身の感覚で、気持ちを支えると言ってくれた。

 それがとても嬉しかった。


がものも、短き現世うつしよの取り違い。あまねに」


 父はこの術を、敵から霊を奪い取るものだと言っていた。この術がある為に、他人からは無尽蔵の霊を持つように思えただろう。

 ならばそれを、自分以外に向けることも出来るのでは。

 その使い方は習わなかった。けれど、意思を向けた鈴歌の腰。そこにある姉の屍鬼から、荒増さんへと。霊を通す管が見えた。


「ストローを通したよ」


 あるいは流しそうめんの樋と言えばいいのか。なるほどそこに霊を向けるのかと、真白露の補助は分かりやすかった。


「あの狂技術者マッドエンジニア――しみったれた霊を蓄えてやがる!」


 姉の鬱積した怨念を霊として、荒増さんに送り込む。ほんの数秒で立ち上がり、途中からは荒増さん自身が吸い取るような勢いだ。

 事実抱え上げた鈴歌を、飲み干した大ジョッキみたいに振る。最後の一滴まで搾り取ろうというように。


「真白!」

「ここに居りますえ!」


 そっと鈴歌を降ろして、大太刀を大きく振る。呼び声に答えた真白も、さっきまでの弱々しさはなくなった。


「遠江、戒めを解け」

「え。いいんですか」

「良かねえよ。良かねえが――そのジジイをぶっ倒すのに、縛られてるとこを殴るってのはねえんだよ」


 天下に仇為す怪人を前にして、倒し方に拘る。

 倒せればいいが、逃げられたらまずい。普通はそう考えるものだ。

 しかし荒増さんがそう言うのは分かる。分かってしまう。理不尽に理不尽を返しては、自分も同じレベルに落ちてしまうから。


「そうですね。卑劣な相手には、正々堂々と――」

「ああん? なに言ってやがる。紗々が巻きついてたんじゃ、全身ボコボコに出来ねえだろうが!」

「……なるほど」


 それがこの人の真意なのか、たぶん違うと思った。

 でもそれでいいのだろうと思う。荒増さんはこの時の為に、この二十年ほどを生きてきたのだから。

 そんな時に自分のいちばん納得のいく、いちばん格好のいいやり方をしたいというのは分かる。

 遊び仲間の、歳下の男の子が見ているのだから。


「分かりました。でも僕も手を出しますよ」

「ああ!?」


 こいつは俺の獲物だろうが。という語勢に、僕は怯まなかった。

 荒増さんなら、本当に一人で問題ないのかもしれない。でも万が一、億が一もあってはならないのだ。

 そうなれば萌花さんは守れないのだから。


「チッ。ジジイ、随分と弱っちまったな。それをわざわざ回復させてやるほど、俺は人間が出来てねえ。悪く思うな」


 僕が折れる様子がないのを悟って、荒増さんは目配せをした。解放しろと。


「紗々、戻って」

「はぁい!」


 ぐるり。巻きついていたのと反対に回って、紗々の霊跡は伽藍堂から離れた。

 僕の霊で抑え込まれていたのだから、解放したところでそのままではないか。そんな淡い期待があったことは否定出来ない。

 だが怪人は期待どおりにそれを裏切る。


「ヌウゥゥゥ!」


 枯れかけて硬直した身体を揺すり、動かなくなった半身を新苗に押し付ける。僕の霊を吸わせ、三人分となった種を核として得る筈が直接に霊を得ようとしていた。


「ジジイ、必死じゃねえか!」

「なんとでも言え。見てくれや信条などどうでも良い。目的が達せられるのが至上なのよ」

「そいつは同感だ!」


 真白の腕が炎と化し、その色を赤から白に変えた。それは荒増さんの振り上げる大太刀に絡まり、光り輝く白刃となる。

 鉋でも引くように、存分に体重をかけた一撃。それは伽藍堂の背を焼いて、深い焦げ跡を作る。


「てめえ、木のくせに可愛げがねえな! 材木はとっとと燃えやがれ!」


 焦げはあくまで焦げでしかない。初めて伽藍堂に傷らしい傷を与えたのではあるが、致命傷になり得ないのは明白だ。


「おい遠江。あの新人をジジイから引き剥がせ」

「え、ええっ?」


 もう匙を投げたのか。疑った目に、信じられないものが映った。荒増さんは大太刀を真白に渡し、複雑な印を全身で結んでいる。

 真白は真白で、大太刀を構え式言を発して式を構築している。


「式徨が式術を使うだって……?」


 あくまで式徨は、式士が使う術の産物だ。人間と同じに、下手な式士よりうわ手に見えても、霊そのものだから霊を使うことに特化しているというだけだ。

 それが主の使う術とは別に、自分も式を構築するなんて。見たことも聞いたこともない。


「そして無理を言って放置、ですか。やらないって選択肢はないですけどね」


 伽藍堂は新苗の霊を吸収し始めた。それはつまり、萌花さんの霊をだ。荒増さんの都合を無視したって、すぐに伽藍堂から切り離さなくてはならない。


「僕もとっておきです」


 式を使うには、式言、式符、手印を始めとした式印、式図。文字や図形に、声や音、動きを積み重ねる。

 普通ややこしい図を使うときなどは、あらかじめ地面に書いていたりするけれど。僕には必要ない。


てん星道せいどう人道じんどう天地あめつち狭間はざま生生しょうじょうあり。おお天王てんおうよ、ものなげきをけ。くうものうれいをべ」


 今までは実力不足で使えなかった式言を紡ぎ、紗々が放つ金糸を全身に纏わせた。僕自身が式術の発動体になる。

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