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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第十幕:則天去死
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第139話:怪人ト久遠繋グ柵ミ

「ああ、分かりました。分かりましたとも!」

「ヌウッ!?」

「それほど言うならやりますけど、どうなっても知りませんよ!」


 大事な役目を僕に託すとか、萌花さんも。大切な友だちを預かっているのは僕なのに、荒増さんも。

 どうやらこの場が良ければ、あとのことはどうでもいいらしい。

 半ばやけのように叫んだ言葉は、実際に口から出ていた。きっとそれを合図にした萌花さんが、新苗から僕を切り離してくれた。


「むっ。お主、どうして動ける。いや――そうか、なるほどの。儂の気付かぬところへ、まだネズミが息を潜めておったか」

「萌花さんは、ネズミなんかじゃないっ!」


 織南美に細断を纏わせて、切りつける。だがやはり通じない。かすり傷どころか、擦れた痕さえ残っていない。

 とりあえず間合いをとって、と思って打ったのだからそれはいい。しかし思い直す。距離を空けるのは、却って良くない。手数と選択肢に劣る僕が不利になるだけだ。


「なぜそうも抗う。お主の命運は尽きた。この男も、その娘も」


 傷付けられなかった腕を、伽藍堂はこれみよがしに舐める。応急処置くらいはしておかねばなと、嘲って。

 知っている。気付いている。分かっている。命運が尽きてなどいない。

 新苗と繋がって、間接的に伽藍堂とも繋がって。気になっていたことが知れたのだ。


「そうだね、本当に嫌になるよ。どうして僕を狙ったように、僕だけが悩まされるのか。他の人たちみたいに、はっきりくっきり決められれば楽なんだろうけど」


 伽藍堂は、すぐに僕を捕えなおそうとしなかった。時に視線が新苗に向けられているのを見ると、萌花さんが何かしているのだと思う。


「フッ、それは因果というものよ。難しい話でない。この世のあらゆることに原因があり、故に結果がある」

「原因と結果、ね。じゃああなたが僕に拘ったのにも、やっぱり理由があるんだね」

「さて。それはどうかな」


 思った以上に萌花さんの抵抗は激しいらしい。僕が今以上に距離をとろうとすると手を伸ばすものの、やはりそれだけだ。

 会話にも心なしか余裕がなくなっている気がする。

 この間に荒増さんを引き離し、伽藍堂の意識を僕に引き付ける。やるとは言ったけど、実際どうすればいいのやら。


「出発点と到達点だけなどと、単純な話もそうあるまい。経由地が多くなれば、しがらみも妥協点も増える」

「なるほど。僕が目的ではないけど、たまたま条件に合ったと?」


 伽藍堂の二つの顔は、一方が僕に、もう一方が新苗に向いている。試しに目配せを、紗々へ送った。伽藍堂の死角へ移動するように。

 ――気付いていない、ように見える。

 たしかめる方法も猶予もない。伽藍堂の後ろをぐるりと回るよう、また視線を送った。


「考えても詮ないことよ。人は誰しも、しがらみを纏う。産まれたばかりの赤子とて、人の目を気にして布を纏うでな」

「事実はあっても、知らないほうがいいことはある?」

「うむ」


 一周まわって、紗々が僕の傍へ戻ってくる。

 なんとかなってくれ。と確証のない神頼みだが、これ以外に方法は思い付かなかった。

 その仕上げとして、万央の柄を握る。自分の意思でこれを抜くのは、あの時以来だ。


「うん? どうする、そんなガラクタを抜いて」

「僕の攻撃は、どうやらあなたに通用しない。でもね、僕にはもう一つ武器がある」

「その刃のない刀がそうだと?」


 その時ちょうど。おそらくは僕の準備が整うのを待っていてくれた萌花さんが、大きく揺れた。

 右手に織南美。左手に万央。二刀を同時に扱うのも久しぶりだ。先刻聞いた絽羅の声が、勝手に鼓膜の奥へこだまする。


「僕も、君と出逢えて幸せだ……!」


 間合いは五歩。僕のひと跳びには遠い。かといって式を使う暇など与えてくれる筈もない。

 だからただ、万央を逆手に突き下ろす。荒増さんの捕らえられた、新苗との境に。

 短く残った刃は、新苗に食い込む。だがすぐに傷を塞ごうと、その部分が身震いを始めた。


「紗々、ぐるぐる巻き!」

「お任せを!」


 紗々はそもそも糸車の付喪つくも。美しい霊の金糸を、意のままに操れる。

 頼んだとおり、万央と荒増さんの踵が結ばれた。紗々はそれを何重にも巻いて、一気に絞る。


「くだらぬことを。ヌウッ――?」


 阻止しようとした伽藍堂も動けない。織南美と紗々を繋いでいる霊跡ちせきが、金糸と同じに伽藍堂を縛っているから。


「クッ。これは……」

「素養だけなら一流ってよく言われるけど。守ることも一流らしいんだよ。父がたくさんの攻め手を実践してくれたからね」


 地面を素通りし、自由に腕を伸ばす怪人も、今ある腕を縛られては動けないようだった。

 もちろん僕だけの力でなく、萌花さんが今も抵抗しているからだが。


「調子に乗るでない。このようなもの、儂の霊を持ってすればすぐに――」

「無駄だよ。萌花さんを押さえつけるのと両方なんて欲張ってちゃね」


 伽藍堂が抜け出せないでいるのには、もう一つ理由がある。

 それは奴自身が語ったこと。産まれてすぐに纏うしがらみが、奴を縛る助力になっている。


「僕のことはよく知っているでしょう、父上! いや――話しているのは、討王でしょうか?」

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