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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第十幕:則天去死
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第135話:崩レ落チル正シキ人

「私の弱点が、一人であることだと。言ったのは四神さんでしたかね。まあこの程度で倒れるなら、私もそこまででしかなかった」


 傷口を押さえていた手が外されると、血が溢れた。マグカップになみなみという量は、仙石さんの脚をよろめかせる。


「おい、てめえ」

「なんです?」

「なに格好つけてんだ。納得いってねえなら、俺が分からせてやる」


 半身に大太刀を突きつけ、荒増さんはどこからでも来いと構える。


「あ、荒増さん。もう仙石さんは――あの傷じゃ、術を使えば死にますよ」

「だからどうした」


 だからって。

 そんな覚悟もなく、叛乱なんて大それた真似をしたのか。荒増さんなら、そう言うだろうと分かっていた。

 でももういいじゃないか。仙石さんは戦えない。そこに戦いを挑むなんて、もういたぶる為としか見えない。

 それにこの間にも伽藍堂は、萌花さんのところへ向かっている。


「先日の意趣返しですか。いついかなる時にも、備え怠るべからず。常在戦場と仰るのですね。共感しますよ」


 腕が伸ばされて、打刀が向けられた。切っ先が大きく震えて、体力の限界が近いと分かる。


侵炎しんえん


 空いている荒増さんの左手に、炎が纏う。僕の細断と同じく、刀の通用しない相手に緊急で使うことが多い術。

 この人の技の中で、最も霊の消耗が少ない部類に入る。もうその程度で十分だと、分かっていながらとどめを刺すのか。


焦土しょうど!」


 迷いのない声が、式言を完成させる。左手にあった炎が消えて、同時に仙石さんが炎に包まれた。


「仙石さん!」


 走った。

 呻くことさえせずに倒れた彼を見て、放っておくことが出来なかった。


「遠江! 殺すんでも捕まえるんでも、お前に任せる!」

「えっ?」


 急にそんなことを言われて、振り向くと荒増さんはもう伽藍堂を追いかけていた。

 まだ死んでいないのか? その疑問は、問うよりも自分の目で見たほうが早そうだ。


「仙石さん、仙石さん!」


 駆け寄ってすぐに分かった。まだ死んではいない。治療をすれば、十分に回復するだろうと。


「……ぁ、ああ。あの人らしい、仕打ちですね」


 痛みに閉じられていた仙石さんの目が、自身のわき腹に向けられる。

 なにかと思って僕も見ると、その部分の狩衣が焼け落ちていた。大きな炎だったけど、集中したのはそこだったらしい。


「傷が塞がって?」

「ええ……血は、止まった――ようです。どうにも……乱暴ですがね」


 気付くと床が元に戻っていた。煉石と御石の姿も消えて、仙石さんの意識が何度か途切れたのだと思う。

 こんなとき、どうすればいいのか。

 今は意識がはっきりしているようだから、揺り動かしたりする必要はない。でもこの硬い床に寝かせたままでいいものなのか。

 毛布でもあればいいのだけど、都合よく転がっているものでもないし。


「遠江くん。せめてこれを枕にしてやってくれ」


 部下に肩を貸してもらって、粗忽さんがやってきた。手に彼女のジャケットが折り畳まれて、差し出されている。


「あ、は、はい! ありがとうございます」

「いや、無用ですよ」


 受け取ろうとした僕の腕を、仙石さんがつかんだ。瀕死に見える外見と反して、まだ力強い。


「だいぶん痛みも引きましたし。ぼんやりしていたのも戻った。最後のひと勝負をしなくてはならないのでね」

「最後の?」

「貴様なにを言っている。死ぬぞ」


 傷の程度としては、もっと酷いはずの粗忽さん。またそれをうっかり忘れたのか、無理に動いている自分を棚に上げた。


「なにを仰っているんですか。私はあなたがたの敵ですよ」


 床に伏したまま、彼は打刀を天井に向けた。言っているとおり、震えは治まっている。

 でも傷が塞がったところで、体力や霊が補われはしない。激しい出血によるショックが止まっただけだ。


招霊しょうち。天道満つ、彼方と此方を渡せ、越境の橋」

「――粗忽さん。危険です、対霊装備を」

「なに?」


 こんな場所へ来ているのだから、与えられた装備は存分に使っているだろう。

 でもあえてそう言った。細かい説明をしている暇はない。自分で状況を把握し、どう対応するのか決めてもらわなければ。


「な……」


 粗忽さんは意図を察して、外していたバイザーをすぐに確認した。その光景を、彼女も一度見ている。それでも言葉を詰まらせるには十分だった。


「なんだこの量は! これはまさか、あのときの霊の大群か!」

「そうみたいです」


 僕たちは最初に、塞護へ侵入しようと搗割で近付いた。そのときに地下から現れた数万を超える工事人たちの霊。

 それが打刀に吸い寄せられ、そのまま仙石さんの殻へ入っていった。


「全隊退避。通路まで距離を取れ」


 数体程度ならともかく、これだけの霊を相手に衛士の装備ではどうにもならない。正しい判断を下した粗忽さんたちが退がって、僕も紗々を呼び戻す。


「私は知らなかった。正しい行いをすれば、正しい人々が正しく認識してくれると思っていた」


 瀕死だったとは思えない動きで、仙石さんは起き上がる。膨張した霊量のおかげだけど、そんな無茶をすれば殻が持たない。


「正しさが一つでないのは知っていた。だが少なくとも、私が敵とした相手に正しい者は居なかった」

「そうかもしれませんね」

「ならば、なぜ」


 もう随分と飲み込んだのに、順番を待つ列が途切れない。

 最後の勝負と仙石さんは言ったけど、その相手は僕ということか? だとしたらお門違い、見当違いもいいところだ。


「簡単です。仙石さんも正しくなかったんですよ」

「私が正しくなかった? どこが誤っていたのか、教えてもらえますか」

「誤っていた、わけではないかもしれません」


 本当を言えば、そんな指摘もたくさん出来た。でも今それを言う必要を僕は感じなかったし、僕が言えることでもないと思った。

 だからこれは、僕が勝手に傷の舐め合いをしているだけだ。


「この時代に。この場所に。この国に居る人たちにとって、求める正しさではなかった。それだけです」

「見誤った、ですか。なるほど」


 限界が近そうだった。古い霊たちは、仙石さんを頼って押しかける。式のエネルギーとして使うならともかく、一人の人間が抱えていられる量では到底ない。


「平織りの盾。二十重はたえ合わせ」

「分かりましたぁ。紗々は頑張ります」


 相当な無理を言っているのに、紗々も問い返さなかった。これが終わったら、真白と一緒にたくさん休んでもらおう。


「遠江さん。さっきはああ言いましたが、荒増さんの術は素晴らしいものだった。あれをやられていたら、私が負けていましたよ」

「――そうですか。伝えておきます」

「ええ。あれだけの霊を一度に扱うなど、私には出来ないと分かりました」


 試合で負けたのは、それはそれで荒増さんの本気だったのだと思う。当人が言っていたとおり、感情でやる気の左右される人だから。

 でもそれを、今になって言わなくても。本当に真面目な人なのだと感心する。


「なにも試さなくても。仙石さんは僕なんて及びもつかない、すごい術者ですよ」

「まあまあ――私が召される時に、少しでも同行出来ればと。ここで彼らの浄化を助けたかったのですが、それも……」


 吸い込まれる霊の流れが止まった。いよいよ限界らしい。僕にあれをどうにかする技術はなくて、見ているだけしか出来なかった。

 仙石さんの身体がガクガク震えて、ひとかたまりになった霊の波動が嵐のように吹き荒れる。

 吸収しきれなかった霊が身体から漏れ始めて、それは暴走して壁や天井を破壊した。盾を構えた僕も、少しずつ距離を広げなければ危険な力だ。


「さようなら……」


 崩れ落ちる瓦礫が、仙石さんの直上にも降り注ぐ。迸る霊がそれをも破壊していたけれど、いつしか積もって彼の姿は見えなくなった。

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