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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第十幕:則天去死
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第123話:斯クモ強固也ル依怙

「破軍の――大太刀!」


 テーブルのたくさん並べられた広い部屋。ラウンジといったところか。入り口付近を陣取った荒増さんが、より濃密な霊のこもった術を飛ばす。

 奥に居るのは仙石さん。格好だけを見ると追い詰められているのだけど、そんな雰囲気はない。

 煉石の右手ひとつで、荒増さんの斬撃は止められた。


「なんだてめえら、遅れてのこのこと」

「どうした。いやに手間取ってるじゃないか」

「活きが良くてな。ただ素直に締めるのも面白くねえだろ」


 互いが視界に入るなり、荒増さんと粗忽さんは口撃を開始した。


「ほう。ならば綺麗におろすところを、見物させてもらうとしよう。せいぜい貴様が三枚目にならんようにな」

「――てめえ遠江。なんでこんな奴を連れてきやがる!」

「えっ。いや、荒増さんの援護をしたいと仰ったので……」


 余計なことを言っただろうか。荒増さんは「へえ?」と。にやり笑った。

 油断のない視線は仙石さんへ向けられたままで、そんなならこちらに構わなければいいのに。


「そういうことなら仕方ねえ。勿体ないが、援護していただくとしようか」

「やかましい。言葉の綾だ」


 そんな会話をしていられるのは、その間にも仙石さんの相手をしてくれている二人が居るからだ。

 静歌と鈴歌。着物の袖や裾をぼろぼろにして、交互に、あるいは同時に、仙石さんが式を構築するのを妨害している。


「刀が戻ったんなら、しゃきしゃき働きやがれ」

「は、はい。縛縄紗!」


 急にそう言われても、何をしたものやら。仙石さんに、僕の術など通用するのか。疑問を覚えつつも、とにかく術を放つ。

 僕の霊が紗々に伝わって、金色の網が広がる。目標は仙石さんの頭上。


「投網で鯨を捕るつもりですか? 遠江さん。諦めて出てきてくださって、ありがとうございます」

「――仙石さん。協力するのは構いません。でも萌花さんだけは、元に戻してもらえませんか」


 仙石さんが特に何をしなくとも、縛縄紗は虚しく消えた。どんなに強靭で目の細かい網も、より大きな物を捕らえることは出来ない。


「ああぁん?」


 下手にあれこれ言われるよりも、情報量の多い不満の声。荒増さんの視線がはっきりこちらを向いて、地の底から根こそぎ穿つような問いかけがされた。


「萌花さんを贄にして、新しく茅呪樹の種を作ると。それを僕が、蒼天の裏に芽吹かせる。そういう計画です」

「――ははぁん。いつか誰かが、そういうくだらねえことをやるとは思ったが。てめえがそうだったか仙石!」


 それだけで理解した様子の荒増さんは、半分ほど笑いながら罵倒の声を向ける。

 もちろんそれに仙石さんは、気に入らないという表情をした。が、彼が何かを言う前に、荒増さんの拳が飛んできた。


「くうっ――!」

「てめえ遠江! なにが協力するのは構わねえだ。てめえの口がなにを言うのかくれえ、てめえで管理しやがれ!」


 わざわざこちらに来なくとも、霊を飛ばすことだって出来るのに。その分重みのある痛みで、僕は五秒ほど答えられなかった。


「だって、どうしろって言うんです! このままじゃ萌花さんは、茅呪樹の種になってしまうんですよ! これから纏式士として、やりたいことがたくさんあったのに!」


 なぜだろう。仙石さんに協力を求められても、粗忽さんに説明を求められても。否とも応とも、僕自身どうしたいのか分からなかった。

 それが今は、言いたい気持ちが溢れてくる。腹の立つ先輩に、やけくそになって言いたい文句が零れ落ちる。


「だって僕なんか! こんなやる気も実力もない僕なんかより、萌花さんが生きてたほうがいいに決まってますよ!」

「――で?」


 ますます怒りを増した目。

 言いたいことは言えと。それが済んだらぶん殴ってやるから、言い遺したことのないように、せいぜい考えろと。


「仙石さんは、行き場をなくした人たちの為に戦ってもいるんです。七家の当主である為に、お父上の出来なかったことを自分に課してるんです。僕にはそんなこと出来ない。僕があの父を超えるなんて、出来ないんです」

「で?」

「で、って……」


 僕と話している間も荒増さんは引く手を蒐め、仙石さんに送り込む。茅呪樹に霊を吸われ尽くしたと思ったこの辺りで、どうして蒐められるのか。


「僕は――纏式士になることが、父に言われたただひとつのことで。荒増さんへの恨みでここまで続けて、でもそれは勘違いで」

「よし分かった」

「僕はいったい――え、分かっ?」


 本気も本気。ぐるりと身体全体を回して放たれる後ろ蹴り。それは僕の横面に炸裂して、後ろの壁まで弾き飛ばされる。


「てめえは邪魔だ、引っ込んでろ」


 これまでどんな相手に対してでも聞いたことのない侮蔑に冷えた声。それはまだ訪れない頬の痛みよりも、素早く深く僕の胸を刺した。

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